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「ホーム編」(2009/01/13 (火) 01:05:37) の最新版変更点
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<p align="left"><font size="1">西日が、少し眩しくなってきた。<br />
帰りの電車を待っているはずが、もう5本ほど見送っている。<br />
あと少し、ほんの少しだけ一緒にいたい。そう思いながら、ずるずると時間が過ぎていく。<br /><br />
まことに告白された。それを聞いて、やまとは泣きじゃくることしかできなかった。<br />
なにに泣いていたのかは、自分でもよくわからない。<br />
ただ、嬉しさや興奮より、ほっとしたような気持ちが強かったように思う。<br /><br />
言葉もなく、ただ並んで座っている。ふと、まことの視線を感じた。<br /><br />
「…なぁに?」<br />
「え」<br />
「さっきから、こっち見てるから」<br />
「ああ。別になにってことでもないんだけど」<br />
「本当に?」<br />
「ん。まあ、やまとはもう俺の彼女なんだなってしみじみ思ってた」<br />
「なっ」<br /><br /></font></p>
<p><a></a></p>
<dl><dd>
<div align="left"><font size="1">まただ。こうやってこちらばかりが動揺するのも、もう何度目かわからなかった。<br />
多少恥ずかしい台詞も、まことはしれっと呟く。それで、話す相手はすっかり丸め込まれてしまう。<br />
さっきまでいた喫茶店でも、顔色を変えていたのはずっとこちらだった。<br /><br />
泣き止むまで待たせることになっても、まことはそこでずっと手を握ってくれていた。<br /><br />
「でも、急になにかが変わるわけでもないのかな」<br />
「そんなの、当たり前じゃない」<br />
「これから、ってことか。まあ、そういうものかもね」<br />
「…なによ。自分ばっかり落ち着いちゃって」<br />
「ん?」<br />
「私ばっかりオドオドして、馬鹿みたい。こういうときって、もっと話しづらいものじゃないのかな。普通」<br />
「そう言われても、俺はずっと思ってたことを言葉にしただけだから」<br />
「だからっ、そんなことを平然と言わないでよ!」<br />
「なんで?だめ?」<br />
「あなたが当たり前みたく言うことが、ひとには恥ずかしいこともあるんだからね?少しは自覚してよ」<br />
「あぁ、似たようなことこの間も言われた」<br />
「…誰に?」<br /><br /></font></div>
<a></a></dd>
<dd>
<div align="left"><font size="1">「こなたさん。でも、だからって性格を変えるわけにもいかないしなぁ」<br />
「別に変えなくてもいいよ。けど…」<br /><br />
ほんの少しだけ、しこりのように不安がある。<br />
まことは、自分を可愛いと言ってくれる。ただそれは、彼にとってごく当たり前のことなのだ。<br />
他の女の子にも、きっと同じことを言っている。気が付くと、胸のあたりに小さなわだかまりがあった。<br /><br />
自分は、とてもいやなことを考えている。ただの妬きもちとも言えるし、大袈裟に言えばまことを信じていないのだ。<br /><br />
「…私だけドキドキさせられるのは、やっぱりずるい」<br />
「俺がドキドキしてないって?」<br />
「だって、そう見えるから」<br />
「そんなことないよ。俺だって」<br /><br />
まことが手を繋いできた。右腕から心臓に、小さくなにか走った。<br /><br />
「こういうときは、ドキドキする」<br />
「…ん」<br />
「わかった?」<br />
「…うん。わかった…と思う」<br />
「そっか」<br /></font></div>
<a></a></dd>
<dd>
<div align="left"><font size="1">まことが微笑むと、やまともようやく安心できた。今日という日は、ずっと動揺し続けていたようなものだ。<br />
手を繋いで、一緒にいる。いまは、ただそれを感じていればいい。<br /><br />
「そういえば、俺、卒業したら独り暮らしはじめるから」<br />
「え?でも、まこと君の大学って…」<br />
「まあ、下宿するほどの距離じゃないね。実は、引っ越すときに親と約束してたんだ。<br />
それなりの大学に受かったら家を出てもいいって。しかも家賃は親もち」<br />
「ずいぶん甘いのね」<br />
「一人っ子だしね。それに、これから受験って時期の引っ越しだったから、親も色々気にしてくれてさ。<br />
就職するまでは甘えておこうかなー、と」<br />
「…いいな。私も独り暮らししてみたい」<br />
「遊びに来なよ。お茶くらいしか出せないけど」<br />
「お茶って言うけど、家事とかできるの?全然想像できない」<br />
「俺はからっきしだよ。でも、やまとがしてくれるんでしょ?」<br />
「…それは冗談?」<br />
「どうだか」<br /><br />
そのうち、冗談でなくなるのかもしれない。<br />
いまはまだ、なにもわからない。わからないことが、嬉しくもある。<br /><br />
ホームに、無機質なアナウンスが響いた。まことが、大きく息をつく。<br /><br /><br /></font> <font size="1">「そろそろ行こうか、やまと」<br />
「…うん」<br /><br />
手を繋いだまま、まことだけが立ち上がった。しかし、この電車に乗るのはやまとだ。<br />
離れたくない。駄々をこねるような気持ちを察したのか、まことは困ったように笑みを浮かべた。<br /><br />
「大丈夫だよ。いつでも、会いたいときに会えばいいんだから」<br />
「…そうだね」<br />
「まあ、これまでも似たようなものだったけど。ほら、立って。電車くるよ?」<br /><br />
強く腕を引かれ、立ち上がる。男の人の力だった。<br />
正確に電車は停まり、ドアが開く。<br />
流されるように、やまとは車両に乗り上げた。まことが、繋いでいた手を離す。<br /><br />
「ねえ、まこと君。これからは」<br />
「ん?」<br />
「…これからは」<br /><br />
そこから、うまく言葉にできない。<br />
いつも一緒にいたい。自分だけを見てほしい。甘えてみたい。困らせるくらい、好きでいたい。<br />
そういうことを、すべてまとめて伝えたかった。<br /><br />
言葉では言えない。それでも、伝える方法はある。いまの自分には、それができる。<br />
聞き飽きたメロディ。もうすぐ、ドアが閉まる。<br /><br /><br /></font> <font size="1">まことの方へ倒れこみ、そのまま口付けをした。<br />
立ち尽くすまことを押して、少し勢いよく離れる。なにも言わない。ドアが空気を遮り、景色が動き出す。<br />
姿が見えなくなっても、やまとはまことのいた方向を見つめ続けた。<br /><br />
唇には、もうなにも残っていない。それでも、どこか満足だった。<br />
自分のはじめてのキスで、まことにはなにか残ったのか。<br />
<br />
これからは、好きだという気持ちをいくらでも注いでいい。そう思うだけで、胸がいっぱいになった。<br />
小さな不安など、すでにどこかへ飛んでいる。<br />
帰ったら枕を抱いて、ベッドで転げまわる。そんな自分を想像しながら、やまとはゆっくりと右手を握り締めた。</font></div>
</dd>
</dl>