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「八坂こうの場合 前編」(2008/10/28 (火) 22:52:48) の最新版変更点
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<p align="left"><font size="1"> 桜藤祭も無事終了し、いつもの陵桜の姿に戻りつつあるようだ。<br />
俺はというと、やや受験モードに入りつつも、相変わらずみんなとゆるーい時間を過ごしている。<br />
まあ、変わったことがあるとすれば、気がついたら交友が広がっていたということだろう。<br />
桜藤祭が終わってからは、今までずっと陵桜にいたのではないかと思ってしまうほどだ。<br /><br />
「はあ……、今日はもう数学のことは考えたくないな……」<br />
最近日課になっている、みんなとの勉強会が終わった。<br />
現在、俺はややグロッキーな状態で、玄関へと向かっている。すると――。<br />
「あれ? 伊藤先輩じゃないっスか、お久しぶりっス!」<br />
見知った後輩に出会った。<br />
「田村さん、久しぶりだね。桜藤祭以来かな?」<br />
「そうっスね。……えーっと、もしかして、勉強してました?」<br />
「そうだけど……、わかる?」<br />
「顔にすごく出てるっス」<br />
どうやら、見てわかるほどグロッキーだったようだ。<br />
「あー、やっぱりか……。それで、田村さんはこれからアニ研?」<br />
「そうっスよ」<br />
「掃除当番か何かで遅れたの?」<br />
「そうなんスよ! 掃除のときに小早川さんと岩崎さんが……」<br />
「えっ、掃除は?」<br />
「わ、わかってはいたんスけどね。つい……妄想を」<br />
「田村さんらしいね」<br />
「まあ、そういうわけで、急いで部室に行かないとこうちゃん先輩に怒られるっス」<br />
「もしかして、締め切りが近いの?」<br />
「違うっスよ。こうちゃん先輩が原作で漫画を作ることになってるんスけど、それのネームを今日見てもらう予定になってるっス」<br />
「そうなんだ、……八坂さん忙しいのかな?」<br />
永森さんとはちゃんと再会できたのかを聞きたい。<br />
漠然と再会できたものと思い込んでいるけれど、実際は再会できていないという可能性もある。<br />
「そこまで忙しくはないはずっスよ。だから、こうちゃん先輩に会ってきます?」<br />
「うん。お願いするよ」<br /><br />
「こうちゃん先輩、遅れてごめんなさいっス」<br />
「遅いよひよりん! 何してたの? ……って、まこと先輩?」<br />
「久しぶりだね、八坂さん」<br />
「あ、お久しぶりです。アニ研に何か用ですか?」<br />
「アニ研というか、こうちゃん先輩に用があるみたいっスよ」<br />
「あれ、そうなんですか?」<br />
「うん、永森さんとちゃんと会えたのかなって」<br />
「まこと先輩のお蔭でバッチリでしたよ! いや~、あのときはありがとーございました」<br />
「いやいや、俺は頼まれてたことを伝えただけだから」<br />
「そーいえば、何で約束のこと知ってたんですか? あれはやまとしか知らないはずなのに」<br />
「う~ん、俺もよく覚えてないんだよね。確か、永森さんに伝えてくれって頼まれたような気がするんだけど……」<br />
「でも、やまとに聞いても、まこと先輩のことすら知ってませんでしたよ」<br />
「あれ? 変だな、何か忘れてることがあるのかな……」<br />
「まさか、やまとをストーキングしてたわけじゃないですよね?」<br />
八坂さんの目が鋭くなる。いや、マジで怖いんですけど……。<br />
「そ、そんなことしてないよ! 何て説明したらいいのかわからないけど、なんとなく知ってたというか、わかってたというか!!」<br />
「冗談ですよ、まこと先輩がそんなことする人じゃないって、わかってるし」<br />
満面の笑みの八坂さん。なんか本当に楽しそうだ、人が悪いなまったく。<br />
「はあ、本気で疑われてるのかと思ったよ」<br />
「まこと先輩のお蔭でまた会えたんですから、疑うわけないじゃないですか~」<br />
「あんまりからかわないでくれよ。ただでさえ、普段からこなたさんにからかわれてるんだから」<br />
「あんまり気にしちゃだめですよ~。まあ、せっかく来たんですから、ゆっくりしていってね!」<br />
「ゆっくりって……、もう用件は済んだんだけど」<br />
「じゃあ、まこと先輩もひよりんのネーム見てきます?」<br />
「ちょっ、何言ってるスか! せめて見せるのは完成してからにしてほしいっス!」<br />
「ひよりんはああ言ってますけど、どーします?」<br />
あんな反応を見てしまっては、逆に興味が湧くというものだ。<br />
「じゃあ、見させてもらおうかな」<br />
「いっそ殺してほしいっスー!!」<br />
ごめんね、田村さん。<br /><br />
「それで、何で今日もいるんですか?」<br />
「え? い、いやー、ここなら落ち着けるかなーと」<br />
「部活動中だから、静かにしててもらえれば構わないですけどね」<br />
「うん、わかってるよ」<br />
「でも、数学から逃げるために使われるのも、どうかと思いますけどね~」<br />
「えっ……」<br />
八坂さんがジト目で俺を見る。前回お邪魔させてもらったときに、数学嫌だーと言ってしまったのが失敗だったか。<br />
あぁ……、ニヤニヤされてる……。なんか凄い恥ずかしくなってきた。<br />
「嘘ですよ、ウ・ソ」<br />
「へ?」<br />
「締め切りが近くなければ、いつでもどーぞ。それに、私でよければ愚痴でも聞いてあげますよ」<br />
「……またこのパターンか」<br />
「いや~、まこと先輩はちゃんと反応してくれるから、つい楽しくて」<br />
「まあ、別に構わないけどね」<br />
「からかった分、話し相手になるから許してくださいね」<br />
「それは気にしてないから大丈夫だよ。というか、八坂さんも活動しなきゃいけないだろ?」<br />
「そーなんですけど、ネタってのは案外人との会話からも出てきたりするんですよ」<br />
「へ~、そうなんだ?」<br />
「ひよりんがたまに描いてる、あるあるネタなんかは特にそーですね」<br />
「何がネタになるか、わからないもんだね」<br />
「そーですよ。だから、ネタをくださいね、まこと先輩!」<br />
「う~ん、努力はしてみるよ」<br />
八坂さんの無邪気な笑顔に元気をもらう。<br />
まだまだ受験生のゴールは先なのだから、こんなところで音を上げてはいられない。<br /><br />
「なんだ伊藤、また来てるのか」<br />
「桜庭先生、またお邪魔させてもらってます」<br />
またアニ研へやって来ているけれど、最近は数学から逃げて来ているワケではない。<br />
かがみさんは、こなたさんとつかささんに付きっ切りで忙しく、みゆきさんは物凄く集中して勉強しているので、邪魔したくないのだ。<br />
しかも、八坂さんは生徒会会計の力か、数学が苦手なわけではないので、たまに教えてもらっている。<br />
後輩に数学を教えてもらうというのは、何やらおかしな状況ではあるけれど……。<br />
「ふむ、しかしよく来るな。そんなに八坂に会いたいか?」<br />
「そんなところですね」<br />
「え、そうなんですか!? いやあ、何か……照れますね!」<br />
顔を赤くしながら、照れ笑いをする八坂さん。<br />
こなたさんたちは、こういう反応はしない気がするから、何か新鮮だ。<br />
「八坂さんがいれば、愚痴を聞いてもらえるからね」<br />
「そういう意味だったんですか。いや、確かにそう言いましたけど……」<br />
「八坂さんはどういう意味だと思ったの?」<br />
いつもからかわれてばかりだから、たまには反撃だ。<br />
「え? そんなの……秘密に決まってるじゃないですか!」<br />
「いや、そんなこと言われたら、逆に気になるよ」<br />
「なりません! ならないから忘れてください!」<br />
「そ、そんな無茶な! 桜庭先生も何か言ってくださいよ」<br />
「……若いっていいな」<br />
「桜庭先生!?」<br />
こうして、放課後の時間は過ぎて行く。本日もアニ研は賑やかだ。<br />
……部員のみなさん、ごめんなさい。<br /><br />
「はあ……、もうすぐ模試か……」<br />
「大丈夫ですよ、ちゃんと勉強したじゃないですか」<br />
「それでも不安だよ、結果を出せるかはわからないわけだし」<br />
「気にしないのが一番ですよ。気負い過ぎると、逆に空回りしちゃいますから」<br />
「……そうだよね、リラックスして模試受けた方がいいに決まってる」<br />
「そーですよ! というわけで、賭けしません?」<br />
「えーと、もしかして、俺の模試の結果で?」<br />
「もちろん! 私も少し手伝いをしたわけですから、いいですよね?」<br />
「うん、構わないけど、一体どうやって賭けをするの?」<br />
「まこと先輩が自己ベストを更新するかしないかで!」<br />
「う~ん、またえらく大きく出たね」<br />
確かに、かなり勉強をしてきた。けれど、それでも中々超えられないから、自己のベストと言うわけで。<br />
「大丈夫ですって! そもそも、自信を持たないとベスト更新なんて無理ですよ!」<br />
「その通りだとは思うんだけど、なんというか、俺より八坂さんの方が自信を持ってる気が……」<br />
「私が自信を持ってるのは当たり前ですよ、これまでのまこと先輩のがんばりを見てたんですから!」<br />
そんなことを真剣に言われると、すごく照れる。<br />
「……八坂さん、ありがとう」<br />
「お礼を言うなら、ベストを更新してからですよ」<br />
「それもそうか。でも、八坂さんは更新できないに賭けるんだろ?」<br />
「何でそーなるんですか! 更新に賭けるに決まってるじゃないですか!」<br />
「それじゃ賭けにならないって」<br />
自分がベスト更新しないに賭けるなんていうのは、まずありえないことだ。<br />
「それなら、ベスト更新したら何かご褒美ってことでどーですか?」<br />
「うん。それがいいかな」<br />
「それじゃあ、どーします? ゲーセンでも行きますか?」<br />
「いや、どうしてご褒美でゲーセンに……。行くなら、映画の方がいいな。見たい映画があるんだ」<br />
「なら映画で決まりですね! ……でも、まこと先輩をゲーセン色に染めたかったな~」<br />
「染めないでもらえると助かる」<br />
「そーですね、またの機会にします」<br />
どうやら、あきらめてくれていないようだ。<br />
けれど、一応目標も定まった。後はベストを尽くすだけだ。<br /><br />
結論から言うと、俺は自己ベストを更新した。そして、現在約束した場所で八坂さんを待っている。<br />
待っているのだけれど、八坂さんはまだ来ない。そろそろ待ち合わせの時間から、三十分が過ぎるところだ。<br />
何かあったのだろうか? ここまで遅れていると心配になってしまう。<br />
そもそも、一番気になるのは、なぜか永森さんがここにいるということだ。どうやら、誰かを待っているように見えるけれど……。<br />
しかも、永森さんは俺のことを覚えていないと聞いているのに、俺の方をチラチラと見てくる。<br />
一体全体何がどうなっているのか、まったくわからないぞ……。<br />
と、そんなことを考えている間に、八坂さんがやってきた。<br />
「ごめーん! まこと先輩、やまと、待った?」<br />
え……と、余計にわからなくなったぞ。<br />
「八坂さん、これはどういうこと?」<br />
「実は、やまともこの映画を見たかったらしくて、一緒に行こうってことになったんですよ。……連絡するべきでしたね」<br />
「連絡してなかったの?」<br />
「いやー、最近妙に筆が進んで、その……忘れてた。まこと先輩、すみませんでした!」<br />
「謝ることじゃないよ、俺は別に構わないしね」<br />
「そーですよね! 女子高生二人と映画なんて、いいシチュですよね~」<br />
「こう、反省してる?」<br />
「はい、反省してます、すみませんでした」<br />
「前に約束は守るって言ったわよね?」<br />
「本当にごめん。ちゃんと時間に来れるはずだったんだけど……」<br />
「また亡くなったおじいちゃんの葬式?」<br />
「な、永森さん、そこまでにしてあげようよ。時間はまだ余裕があるんだから」<br />
「こうはいつも二、三十分遅れるのよ。だから、私が余裕を持てる時間を指定したの」<br />
「そうだったんだ……。さすがに八坂さんのこと、よく知ってるんだね」<br />
「付き合いが長いから。それと、こうが集合時間にルーズなのは、覚えておいた方がいいわ」<br />
「そうさせてもらうよ」<br />
「なんか、すみませんね」<br />
「俺は気にしてないから大丈夫だよ、そういうところも含めて、八坂さんなんだって思ってるから」<br />
「うーん、あまり嬉しい認識じゃない気が……。でも、ありがとうございます」<br />
「気にしないでいいよ。それじゃあ、映画館に向かおうか」<br /><br />
「まこと先輩、飲み物何がいいですか? 私が買ってきますよ」<br />
席に着き、上映を待っていると、八坂さんが突然聞いてきた。<br />
「いや、いいよ。俺が買いに行くから」<br />
「何言ってるんですか! 今日はベスト更新のお祝いなんですから、主役は休んでてください!」<br />
「あ、……うん。……じゃあ、コーラをお願いするよ」<br />
映画館だと、なぜかコーラが飲みたくなるのは、俺だけだろうか?<br />
「わかりました。それじゃちょっと行ってきますね」<br />
う~ん、でも、これで良かったのだろうか? なんか押し切られたような気がする。<br />
「押しに弱いのね」<br />
「うん、俺も今そう思ってたところだよ」<br />
「……それにしても、こうがまこと先輩まこと先輩ってうるさいから、どんな人なのかと思ったら、聞いてた通りのお人良しで驚いたわ」<br />
「えーと、それってどう受け取ればいいのかな?」<br />
「褒めてるのよ。まこと君なら大丈夫だって」<br />
「そうなのか、ありがとう永森さん。……って、それどういう意味?」<br />
「そのままの意味よ。だって、こうのこと好きなんでしょ? 会うために部室に通うほど」<br />
「ええ!? それは……」<br />
ないと言い切れるだろうか? 八坂さんに会いたいと思って、アニ研に顔を出していたのは事実だし、八坂さんに以前から惹かれているのも事実だ。<br />
「まあ、よく考えてみるといいわ。……けど、不思議なものね。初めて会うはずのに、こんなに会話がスムーズだなんて」<br />
会うのは初めてではないけれど、永森さん本人には初めて会う。なんというか、説明が難しい。<br />
しかも、そのことについての記憶は、もはや風化してきている。だから、無理に説明しない方がいいかもしれない。<br />
「きっと、八坂さんから俺の話を聞いて、ちょっとした俺のイメージができてたからじゃない?」<br />
「そう……かしらね」<br />
「俺はそうだと思うよ」<br />
「まだ納得はできてないけど、それが一番ありえそうな話ね」<br />
「おまたせしましたー!」<br />
「おかえり、って八坂さん、その手に持ってるのは?」<br />
「え? いやー、限定って言葉には魔力があると思いませんか?」<br />
「確かに、特に日本人には効果バツグンだよね」<br />
俺も行っていたら、劇場限定商法にやられていたかもしれない。<br />
「中々面白かったですね」<br />
「そうだね、期待以上だったかな」<br />
「そうね、面白かったわ。それに、こうは衝動買いもしたし」<br />
「やまと、一言余計っ! それに、本人はいい買い物したと思ってるんだから!」<br />
「本人がそう思ってるなら、それでいいけど」<br />
「まあ、みんな楽しめたならそれが一番だよ。だから、今日はいい一日になったよね」<br />
「何言ってるんですか、まこと先輩! まだ、今日は終わってませんよ!」<br />
「へ?」<br />
「せっかくのオフ日なんだから、一日フルで楽しまないと損です! てわけで、カラオケでも行きましょー!」<br />
「その提案は中々魅力的ね」<br />
な、永森さんが乗り気だ……、これはもう誰にも止められないかもしれない。<br />
けれど、個室に男一人・女二人の構図は、中々にマズイシチュエーションではないだろうか?<br />
俺も男なのだから、精神衛生上あまりよろしくない。<br />
「その気遣いは嬉しいんだけど、ほら、せっかくのオフなんだし、しっかり休むって手も……」<br />
「その言い逃れは、悪あがきでしかないわ」<br />
「逃げ場はないよ、まこと先輩!」<br />
両腕をしっかり二人に拘束され、カラオケへと連行される俺。<br />
八坂さんのことだから、きっと無意識だろうけど、俺の腕が胸に圧迫されている!<br />
な、なんて攻撃力だ! まるで断れる気がしない!<br />
こうなったら……、あきらめて歌いまくるしかない!<br /><br />
――結局、精神衛生上は特に問題も起こらなく、カラオケを楽しむことができた。<br />
しかし、俺の声が戻るのに、長い時間が必要とされたのは当然の結果だった。</font></p>