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眼鏡編」(2008/10/28 (火) 22:38:34) の最新版変更点

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<p align="left"><font size="1">「…すごいな。俺ら、ホントに会ってるよ」<br /> 「なに言ってるのよ、そっちが言い出したくせに」<br /> 「いや、そうなんだけど。実際に2日連続で会ってみると、なんか違和感というか」<br /> 「わかる気もするけど…」<br /> 「やまとに会うのは、たまの楽しみって感じだったからさ。贅沢ってあんまり続くとバチが当たりそうじゃない?」<br /> 「そう。じゃあ、やめにする?」<br /> 「…まあ、2連チャンくらいならセーフでしょ」<br /> 「はいはい」<br /><br />  つとめて冷静な言葉を使いながら、やまとは先にたって歩き出した。<br />  ただ、顔が赤くなっているのは自分でもわかる。<br /><br />  こうが主催した祝賀会から、一晩しか経っていない。<br />  カラオケでさんざん盛り上がり、その後の食事会の席で、まことからふたりで会いたいと切り出されたのだ。<br />  半ば冗談なのはわかっていたが、別にいいけど、と口からこぼれていた。<br /><br />  本当は、別にいいどころではない。そこからは一日中、顔がにやつくのをこらえていた。<br /><br /> 「映画でよかった?一晩じゃなにも浮かばなくてさ」<br /> 「全然いいよ。こうがね、お勧めの映画があるって言うの。ほら、あれ」<br /> 「小神あきら初主演」<br /> 「それじゃなくて、隣」<br /> 「…時代劇?」<br /> 「うん。昨夜電話したら、絶対に観ろって言うから」<br /> 「渋い趣味をしてらっしゃる」<br /> 「でも、感動するんだって。悲恋ものらしいんだけど、こうってその辺りは見る目があるから」<br /> 「先に俺と観ちゃって、八坂さん怒らないの?」<br />  <br />  怒るわけがない。まことと観るように言ってきたのも、こうなのだ。<br />  なにか企んでいる気もしたが、せいぜい恋愛映画で盛り上げてやろうという程度だろう。<br />  それくらい大したことではないし、正直にいえば望む所でもあった。<br /><br />  好きなだけでは、我慢できなくなっている。<br />  電話だけで満足していたのが嘘のように、まことを強く求めていた。<br />  もっと近く、そしてもっと長く。<br />  日増しに欲張りになっていく自分を、やまとは信じられないような気持ちで見つめていた。<br /><br />  なにかのきっかけで、告白したい。そういう時、まことが映画に誘ってきた。<br />  なにかが背中を押しているような気がする。打ち明けるなら今日だろうと、やまとは密かに決心していた。<br /><br /> 「あ、意外とおいしい。最近はポップコーンにも色々あるんだね」<br /> 「もう、食べながら歩かないの」<br /> 「この辺でいい?あんま前だと観づらいし」<br /> 「うん、いいと思うけど」<br /> 「それにしても、キャラメル味もいけるもんだ」<br /> 「それって、かなり定番だと思うけど」<br /> 「食わず嫌いっていうか、塩しか認めたくない意地があってね…」<br /> 「ふうん。男の子って、意地とかそういうの好きよね。全然理解できない」<br /> 「だけど、ずいぶん変なのもあったね。お雑煮パスタ味だっけ。あんなの誰が頼むんだか」<br /> 「食べた人、知ってるけど」<br /> 「…八坂さん?」<br /> 「じゃなくて、ひよりちゃん。二人で賭けをして、こうが勝ったそうよ」<br /> 「…女の子同士でなにやってんだか。で、味はどうだったの?」<br /> 「訊かないでほしいッス、だって」<br /> 「やっぱり?」<br /><br />  会話に、ふと間が入った。まことの方を見ると、携帯電話の電源を切っている。<br />  やまとも自分の鞄を探り、眼鏡を取り出した。<br /><br /> 「…あれ、メガネ?」<br /> 「うん。時々使うの。知らなかった?」<br /> 「知らない。ねえ、かけてみてよ」<br /> 「言われなくってもかけるけど」<br /> 「こっち見て」<br /> 「…別に面白くはないよ?」<br /> 「…うわ、うわぁ」<br /> 「な、なによ、失礼ねそんなに変?」<br /> 「いや、なんというか。…うわぁ」<br /> 「もっ、もういいよ。今日は使わない」<br /> 「待って、そのまま。えっと、写メ、写メ。電源入れなきゃ」<br /> 「やだ、撮らないでよ」<br /> 「ダメ?じゃあ、もっとよく見せてよ」<br /> 「ねえ、少し落ち着いて。一体なんなの?」<br /><br />  そうは言ったものの、落ち着いていないのはむしろこちらだった。<br />  ぶつぶつと漏らしながら、まことは一心にこちらを見据えている。<br />  それどころか、眼鏡を外すのを止められたはずみで、手まで掴まれてしまった。<br /><br />  汗が出てくる。うまく、ものが考えられない。ひどく息苦しいが、その息苦しさを心が求めている。<br />  まことがいる。その眼が、自分を見ている。手を、握られている。頭の中が、次第にそれだけに染まっていく。<br /><br />  言いたい。あなたが好きだと、言ってしまいたい。言わないと、窒息してしまう。<br />  そう思い口を開いたが、なぜか声が出ない。まるで、心臓を強く握られているようだった。<br />  なにもかも、よくわからなくなっている。わかるのは、自分がまことに見られているということだけだ。<br /><br />  その眼が、不意に逸れた。どうして、と思った次の瞬間には、ブザーの音が聞こえていた。<br /><br /> 「…始まるみたいね」<br /> 「そ、そっか」<br /> 「ごめん。その、あんまり似合ってたもんだから、つい。なにか言わないと、わけわかんないよね」<br /> 「…少し、びっくりしたかも」<br /> 「いや、ホントにごめん」<br /><br />  照れ隠しなのか、まことはすぐにスクリーンに向き直ってしまった。<br />  仕方なく、こちらも正面に視線を移す。それで動揺がおさまるはずもなく、<br />  冒頭の宣伝などはまるで頭に入らなかったが、本編が始まるとさすがに意識は移った。<br /><br />  こうが勧めるままに選んだから、物語の筋などは全く知らない。<br />  時代劇などまるで興味がないが、実際に見ているとなかなかに面白かった。<br />  しかし、物語が中盤に差し掛かると、なにやら雲行きが怪しくなってきた。<br />  まこととの間に流れる空気が、目に見えて重苦しくなってしまったのだ。<br /><br />  確かに、恋愛ものではある。台詞も演技も、心に響く。<br />  ただ、あまりにラブシーンが多い。というより、あからさまな絡み合いが、そこかしこに挿入されている。<br />  その辺りの描写は、はっきり言ってポルノに近かった。<br />  本当のポルノなど観たことはないが、目の前のそれはポルノと呼んでもいいものだろう。<br /><br />  まことが唾を飲む音が聞こえた。反射的に横を見ると、なんと眼が合ってしまった。<br />  お互いすぐさま前に向き直ったが、そこで行われているのはポルノだ。<br />  どこにも逃げ場がない。下を向いて耳を隠せばなんとかなるだろうが、どこかでこのまま観たがっている自分もいる。<br /><br />  隣には、当然のようにまことが座っている。<br />  まこともいま、自分を意識しているのか。それを考えた瞬間、鼓動が一気に速まった。<br />  顔を覆いたくなる。それでも、眼はスクリーンから離せない。<br />  結局、エンドロールが流れカーテンが閉じるまで、やまとは固まったように前を見つづけていた。<br /><br /> 「お、終わったねぇ、やまと」<br /> 「…うん」<br /> 「とりあえず、出ようか。…えっと、ポップコーン残っちゃったね」<br /> 「…うん」<br /> 「もったいないけど捨てちゃおうか。それと、どっかでお茶でも飲もうよ。なんか死ぬほどノド渇いた」<br /> 「…うん」<br /> 「うん、じゃわかんないかもなぁ…」<br /><br />  完全に、空気を持て余していた。<br />  まことの必死のフォローが有難い気もするし、かえって恥ずかしいだけとも思える。<br />  喫茶店に入ってからも、まともな会話は出来なかった。<br /><br />  こうは、一体なにがしたくてあんなものを見せたのか。<br />  あの通りにしろ、などと言うなら、冗談もはなはだしい。結局、タチの悪いいたずらだったのか。<br />  自分の恋をそんな風に扱うなら、いくらこうでも許せなかった。<br /><br />  まことは、さっきからなにか考え込んでいる。彼も、きっとこうに対して怒っているのだろう。<br />  泣きたかった。さっきから、自分のことが馬鹿みたく思えて仕方がない。<br /><br /> ――――――――――――――――――――――――――――<br /><br />  まことには、こうの言わんとしていることが如実にわかった。<br />  結論からいえば、さっさとつきあってしまえ、ということなのだ。ずいぶん過激なものを見せられたが、<br />  映画の内容はどうでもよくて、とにかくこちらの背中を蹴っ飛ばしたかったのだろう。<br /><br />  少し荒療治すぎる気もする。いまの雰囲気は、ひどいものだ。<br />  あれだけの絡みをさんざん見せ付けられたのだから、当然だろう。<br />  喫茶店にいるが、やまとはさっきからストローをくわえてうつむいたままだ。<br />  気分を盛り上げるつもりでも、逆の効果にしかなっていない。<br />  仮にいま告白しても、やまとはそんな気分ではないだろう。<br /><br />  それでも、こうはあの映画を勧めた。観終わったときの気まずい雰囲気など関係なく、<br />  自分にさえハッパをかけられればよかったのだ。<br />  つまり、たとえどんな空気になっていようと、告白すればうまくいくと思っている。<br /><br />  まこと自身、脈はあるな、と思うことはあった。ただ、自分の中に妙な引っかかりがある。<br />  自分には大切な人がいて、他の女の子を好きになってはいけない気がするのだ。<br />  こうにとっては、そういう足踏みがたまらなくもどかしかいのだろう。だからこそ、<br />  押すのではなく蹴っ飛ばす方法を選んだ。<br /><br />  ここで言わなければ、もうデートなど出来ないかもしれない。<br />  それほど、いまの雰囲気は重苦しかった。それも、こうの計算の内なのか。<br />  本気でないなら私の親友に近づくなと、そう言いたいのか。<br /><br />  俺は、本気だ。口の中で、まことはそう呟いた。<br /><br /> 「やまと」<br /> 「えっ?な、なにっ?」<br /> 「俺は八坂さんに同情するよ」<br /> 「…どうして?」<br /> 「あとで、俺とやまとの両方に絞られるだろうから」<br /> 「…そうね。…その、ごめんなさい」<br /> 「なんで」<br /> 「あんな内容だなんて、知らなかったから。<br /> 私、こうがあんなもの見せるなんて、思わなかったの。もうなに考えてるのかわかんないよ…」<br /> 「…なんでやまとが泣くの」<br /><br />  首を横に振って、やまとは顔を覆ってしまった。泣いている気持ちは、わかる。<br />  楽しいはずの時間を、自分の不注意が壊してしまったと思っているのだろう。<br />  誰が悪いかと言うなら、こうが悪い。しかし、そんなことにもう意味はなかった。<br /><br />  ほら、言えよ。そう囁かれた気がする。八坂さんは、黙っててよ。頭の中で言い返す。<br /><br /> 「あのさ、やまと。泣いてないで、こっち向いてくれないかな」<br /> 「…ごめんなさい」<br /> 「それはいいから。俺さ、あの子がなに考えてるのか、わかる気がするんだよね」<br /> 「…どういうこと?」<br /> 「俺たちをからかうつもりは無い、ってこと」<br /> 「…全然わかんない」<br /> 「昨日、歩きながら八坂さんに訊かれたんだ。俺はやまとが好きなのか、って」<br /> 「えっ…」<br /> 「そんとき、なんか曖昧な返し方しちゃってさ。<br /> それがもどかしくて、あんなもの見せたんだと思う。<br /> なんでもいいからはっきりしろって、八坂さんに耳元で言われたような感じだよ」<br /> 「…あの…」<br /> 「だから、はっきりする。俺はね、やまと」<br /> 「まって」<br /><br />  聞こえていた。でも、無視した。一度止まったら、もう続けられない。<br /><br /> 「やまとが、欲しいんだ。どう言ったらいいかわからないけど、やまとが愛おしい。<br /> ひとりになると、いつもやまとのことを考える。電話を切るとき、デートでお別れを言うとき、<br /> どうしようもなく切なくなるんだ。もっと長く、出来れば、ずっとやまとと過ごしたい」<br /> 「まこと、くん…」<br /> 「いつから、って聞かれたら、正直わからない。はじめて声をかけたときかもしれないし、<br /> 八坂さんに引き合わされたときかも。自分でも気がつかないうちに、すごく気になってた。<br /> でも、恋愛ってそういうものじゃない?だから、なんというか…俺、なにが言いたいのかな」<br /> 「…なに?」<br /> 「だめだな。本当は、ひと言でいいんだよね。ねえ、いままでのはナシでいいから、次だけ聞いてくれない?」<br /> 「…うん」<br /> 「…やまと」<br /> 「うん」<br /> 「好きだ、やまと。やまとがどう思ってるかは知らないけど、俺は君が好きだよ」<br /> 「…うん」<br /> 「ねえ。やまとは、俺のことどう思ってる?」<br /> 「…うん」<br /> 「うん、じゃわかんないかも」<br /> 「………うんっ」<br /><br />  やまとが、また泣き始めた。拭ってやるにはテーブルが邪魔だ。それでも、手を延べてみる。<br />  やまとはそれを、大切そうに両手で包み込んだ。<br /><br /> 「…ちゃんと返事してくれないと、俺、勝手に勘違いしちゃうよ?」<br /> 「すこし…まって…」<br /> 「いいよ」<br /><br />  返事は、はじめからわかっていた気がする。だから、いつまででも待てる。<br />  両手で包まれた手を、そっと握り返す。やまとの手は、自分よりずっと小さかった。<br /><br /><br /></font></p>

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