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悲哀編」(2008/07/17 (木) 23:29:17) の最新版変更点

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「……はぁ、……ただいま」  いつも、おかえり、と言って迎えてくれた人は、もういない。  思わず、涙がこぼれそうになる……。  ゆたかの葬式が終わり、家に帰ってきた。  俺は、胸にぽっかりと孔が開いたような喪失感に襲われている。  俺が考えていたより、ゆたかは大切な存在だったということに、失ってから初めて気付いた。  一方、まゆみはというと、ずっと大人しくしていた。きっとまゆみも、ゆたかを見送っていたのだろう。今は疲れて眠っている。  ……しかし、俺一人で、まゆみを立派に育てることができるだろうか?  仕事ばかりで、構ってあげられない可能性だってある。  思春期になったら、一言も話してくれなくなってしまうかもしれない。  子供にとって、母親の存在はとても重要だ。俺が、ゆたかの代わりになれるとは思えない……。  まゆみが母親の力を必要とした時、どうすればいいのだろう?  その時、玄関の呼び鈴が鳴った。一体誰だろう? 「やあ、まこと君! 元気付けに来たよー!」  ゆいさんだった。けれど、なぜこんなに元気なのだろう?  葬式の間はずっと泣いていたのに……。 「元気だね、ゆいさん……」 「あったりまえでしょう! 自分のことで落ち込んでるなんて、ゆたかが知ったら、きっと泣いちゃうよー!」  確かにそうだ。ゆたかは、自分のことで迷惑をかけると、とても悲しむ。  ゆたかが今の俺を見たら、どう思うだろう……? 「だから、まこと君、元気出しなよ。きっと、ゆたかが一番見たくないのは、まこと君が落ち込んでるとこだよ?」  ゆいさんが言うのだから、間違いない。今の俺を見たら、きっとゆたかは悲しむだろう。  だから、元気を出さないと、俺はゆたかを不安にさせないと決めたのだから。 「そう……だね。ゆたかが安心できるように、元気を出さないと!」 「そーだよ! それに、落ち込んだ父親の姿を見てたら、まゆみが不安になっちゃうぞ」  娘にまで心配させてしまうなんて、良くない。 「それはマズイ。頼れる父親になれるよう、努力しないと!」 「うんうん。思ったより落ち込んでなくて、良かったよ。式の時はすっごく落ち込んでたからね」 「何言ってるんだよ。ゆいさんだって、凄く落ち込んでたじゃないか」 「いやー、まこと君とは比べ物にならないよ。あの時のそうじろうさんと同じくらい、落ち込んでたよ~」  そういえば、そうじろうさんは、俺と同じ状況を経験していた。  今思い返してみると、ゆたかにかなたさんの姿を重ねていたようにも思える。 「男手一つで、娘を育てるアドバイスを、今度聞いてみようかな」 「んー、どんなことを参考にするかは、自分でしっかり考えてからの方がいいと思うよ」 「うん……、そうだね」  まゆみにも使えるアドバイスが、どれほどあるかはわからない。  けれど、聞かないよりは聞いた方がいい……と思う。 「なあ、ゆいさん」 「ん? どうかした?」  ふと疑問が浮かんだ。 「ゆたかは幸せだったって言ってたけど、俺は本当にゆたかを、幸せにできていたのかな?」  ゆたかの言ったことを、信じていないわけではない。  確かめたかったのだ。姉であるゆいさんに、ゆたかは本当に幸せだったのか……。 「そんなの聞くまでもないでしょう、ゆたかは私の前でも、あんなに幸せそうな顔したことないよ」 「そうなんだ、……良かった」  ゆいさんの言葉を聴き、少し心が楽になった気がした。 「うん。だから、お姉さん少し悔しかったんだ~」  ゆいさんが笑う。  俺もつられて笑ってしまった。 「よ~し、それじゃあ今日は、そうじろうさんやこなたも誘って飲むか! 我が弟よ!」 「まゆみを起こさない程度なら、喜んで」  その時、またもや玄関の呼び鈴が鳴る。今日は葬式だったというのに、来客が多いな。  俺が玄関を開けると、そこには――。 「おーす、まこと。励ましに来てやったぞ!」 「まこと君、大丈夫?」  日下部さんとあやのさんだ。どうやら、俺を励ますために、わざわざ来てくれたようだ。 「二人とも、ありがとう……」 「何言ってんだ? 二人じゃねーぞ」 「へ?」 「夜分にすみません、ですが心配だったので……」 「おや、意外と元気そうだね~」 「凄く落ち込んでたから心配だったけど、大丈夫そうだね」 「少しは無理してるってのも、あると思うけどね」  みゆきさん、こなたさん、つかささん、かがみさん……、みんな忙しいはずなのに……。  泣きそうになってしまう。 「無理しないで、辛いなら言うてみ、ちゃんと聴いたるで」  黒井先生――いや、今は兄沢先生か――も来てくれたようだ。 「ななこのおナヤミソウダンシツネ!」 「……さすがに、それは軽すぎでは……」 「いやいや、こーいう時は、案外軽いノリの方が、悩みすぎないかもよ?」 「そうっスよ、下手に悩むと鬱まっしぐらっス!」  パティさんに岩崎さんに八坂さんに田村さん……、みんな励ましに来てくれるなんて、嬉しい。  嬉しいのだけれど、何やら面子が凄いことになっているのは、気のせいだろうか? 「何か……、ちょっとした同窓会レベルになってない?」 「こんな面子で励ましてもらえるなんて、この上ない幸せだと思うけどね~」 「こなたさん、確かにそうだとは思うけど、俺妻子持ち……」 「細かいことは気にしない方がいいよ」 「……そうだね、みんなありがとう」  ゆたか……、俺は弱くて、小さな人間だから、きっとゆたかを忘れることなんてできない。  でも、みんなの支えがあるから、まゆみを守って歩いていくことはできそうだ。  だから、心配しないで大丈夫だよ……。  ――その後、けしからん! と言ってそうじろうさんがやってきたのは言うまでもないだろう。

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