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別れ編」(2008/07/17 (木) 23:27:29) の最新版変更点

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 まゆみが生まれてから一週間が経った。けれど、どうもゆたかの体力が戻らないらしい。  本来ならば、そろそろ退院できるはずだったが、ゆたかはまだ入院している。  ゆたかは体が弱いから、通常より体力の戻りが遅いのかもしれない。  一方のまゆみはというと、看護師や医師の人たちからよく可愛がられている。  これも名前の恩恵なのだろうか? 「ゆたか、体の調子はどう?」 「まだ、良くならないみたい。……ごめんね、家のこと全部任せちゃって」 「何言ってるんだよ、いつもゆたかに任せっきりだっただろ? だから、こんな時くらい俺ががんばらないとな」 「ありがとう、まー君」 「気にしなくていいよ。だから、今はちゃんと体力を戻さないと」 「うん、そうだね。……それで、今日は学校どうだった?」 「試験の返却をしたんだけど、委員長たちの試験結果が良くてね」 「それじゃあ、約束通りまゆみの写真を見せてあげたんだ?」 「うん、そしたら、あいつら何て言ったと思う? 凄く可愛いじゃないですか、先生に似ないといいですね、だぞ。ひどいよな」 「こなたお姉ちゃんや、日下部先輩と同じ感想だね」 「まったく、みんな俺の扱いが酷くない?」 「きっと、まー君はからかいやすいんだよ」 「……だから、あんなに冷かされたりしたのか」 「色々な意味で、それも才能だと思うよ」 「うーん、喜び難い才能だな」  二人で苦笑いをする。  このいじられ体質は、まゆみに遺伝してないといいのだけれど……。  出産から三週間が経った。ゆたかは未だに体力が戻らない。むしろ、弱っているようにも思える。  けれど、それは俺の勘違いであってほしい――。 「まー君? どうかしたの?」 「え? あぁ……、何でもないよ」 「ごめんね、こんなに長引くと、色々なこと考えちゃうよね……」 「……」  表情が曇るゆたか。この場合の色々とは、良い意味ではないことがわかる。  言葉を返すことができないということは、俺も同じようなことを考えているからだろうか……。  それはだめだ、ゆたかの不安を煽ることになってしまう。 「まー君……、もし、私が――」 「ゆたか」 「え? な、何?」 「うまくいかないときは、ネガティブに考えやすいものだけど、そんな時は、逆にポジティブに考える方が、うまくいくもんだよ」 「え……」 「ほ、ほら、俺が受験期の時、成績が上がらなくて落ち込んでたのを、ゆたかに励まされて、奮起してがんばって合格しただろ? あれと同じだよ」 「……」  反応が無い、この励ましでは効果なんてないほど、ゆたかは不安なのか。 「そう……だよね」 「ゆたか?」 「辛い時こそ、がんばらないとだめだよね」  良かった、俺の気持ちが伝わったようだ。 「その通りだよ!」 「うん、私がんばるね」  落ち込むのは、ゆたかには似合わない。元気が出て本当に良かった。  出産から四週間、ゆたかは弱っているのが見てわかるほど、衰弱してきていた。  みゆきさんも、様々な文献を調べてくれているけれど、効果は大して無かった。  日に日に弱っていくゆたかを見るのは辛い。けれど、そんな辛さは、本人のそれとは比べ物にならないだろう。  だから、使える時間は、全てゆたかの傍にいる。少しでも、ゆたかの不安を和らげられるように……。 「あれ、みゆきさん。こんにちわ」  ゆたかの病室に向かう途中、みゆきさんに出会った。 「あっ、まことさん。こんにちわ。……その、申し訳ありません。私の力が足りないばかりに、ゆたかさんを苦しめてしまって……」  謝るみゆきさん。けれど、みゆきさんは自分の限界以上に、ゆたかを助けてくれている。  それなのに、自分のせいだなんて……。 「そんなことないよ、みゆきさん」 「ですが、私が優れた医師であったなら……、あの時、強引にでも優秀な方にまかせていたならば、このようなことにはならなかったはずです」 「……それは違うよ。みゆきさん以外だったら、中絶を勧めてると思う。でも、みゆきさんは、ゆたかの意志を尊重してくれた」  中絶は、ゆたかに一生の傷を作ってしまう。そのことを、しっかりと考えた上で、みゆきさんは決意してくれた。  難しいことはわかっているのに、ゆたかの意志を理解してくれた。 「だから、感謝してるよ。どんな結果になったとしても……」 「ま、まことさん……、すみ……ません」  みゆきさんは、泣いている。 「……みゆきさん、医者がそんな顔してたら、患者が不安になっちゃうよ。だから、涙を拭かないと」  感謝の気持ちを込めて、俺はみゆきさんにハンカチを差し出す。 「ありがとうございます。……すみません、お恥ずかしいところを見せてしまいましたね」  やっとみゆきさんが笑った。まあ、苦笑いではあるけれど。恐らく、励ましにはなったはずだ。 「気にしないでいいよ、誰だって不安になるんだから」  だからこそ、俺は不安に負けてはいけない。ゆたかを支えるために。  出産から五週間、ゆたかは満足に動けなくなるほど、衰弱している……。  俺にできることは、ゆたかを励まし、傍にいることだけだった。 「まー君、ありがとう」 「ゆたか、急にどうしたんだ?」 「言える内に、言っておかないとって思って」 「ゆたか……、その冗談笑えないぞ」 「ううん、冗談じゃ……ないよ」 「……ゆたか?」 「自分の体だから、わかるんだ。もう長くはないんだって」 「……」  言葉が出ない、何か言わなければと思うのだけれど、一言も出てこない。  俺は、言葉を失ったかのように黙り込んでしまう。 「ずっと……、私を支えてきてくれたよね。不安な時も、落ち込んだ時も、楽しい時も、ずっと一緒にいてくれたよね」 「……」 「本当は、まー君とまゆみと、もっと一緒にいたかったんだけど……」 「……」 「でも、幸せだったよ。まー君はどうだったかわからないけど、私は幸せだったよ」 「……俺も、幸せだったよ」  ようやく出た言葉は、ゆたかの運命を受け入れた言葉だった。 「よかった」 「……言っただろ? 俺もずっとゆたかに支えられてたって。だから、……ありがとう、ゆたか」 「うん……」 「盆には、ちゃんと帰って来てくれよ。迷わないように、迎え火を焚くからさ」 「絶対に帰るよ。まー君とまゆみにも会いたいし」 「そうだな、俺に霊感でもあれば良かったんだけど」 「確かに、霊感があったら、ちゃんと会えるのにね」  二人で笑い合う。些細な時間ですら、惜しい……。 「ゆたか」 「まー君?」  ゆたかに優しく、口付ける。今までの思いを込めて……。 「世界で一番愛してるよ、ゆたか」 「うん、私も世界で一番、まー君とまゆみを愛してる」  ――翌日 「今まで、ずっと幸せをくれて、ありがとう」  そう俺に伝えて、ゆたかは旅立った……。

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