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プロポーズ編」(2008/07/17 (木) 23:12:39) の最新版変更点

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 ――今日はゆたかの誕生日だ。  同僚たちに冷かされながらも、早めに帰ってきた俺は、誕生日だからとゆたかを外食に誘った。  行き先は、今や立派なコックになった、つかささんの勤めるレストランだ。  ゆたかは以前から、つかささんの考案した料理を、食べてみたいと言っていた。 「つかさお姉ちゃんの料理、楽しみだね」 「そうだね」  ゆたかは、つかささんの事を、つかさお姉ちゃんと呼んでいる。  気がついたら、そう呼んでいたそうだ。信頼している証拠だろう。  つかささんは、お姉ちゃんと呼ばれると、照れくさげに、けれど、嬉しそうに微笑む。  予約した席に着き、料理を待つ。  しばし、ゆたかと雑談をしていると、つかささんが料理を運んでくるのが見えた。  つかささんは俺の顔を見ると、意味ありげに微笑む。何だか嫌な予感がする……。 「お待たせしました、ゆっくりしていってねー。それと……」 「それと?」 「まこと君、がんばってね!」 「えっ」  つかささんは、時に鋭い。  ガッツポーズを作り、エールを送ってくれるつかささんを見ながら、俺は今さらそんなことを考えていた。  つかささんが去った後、ゆたかが不思議そうに俺を見る。 「お兄ちゃん、何をがんばるの?」 「え!? それは……、来年度から教諭だね、おめでとう、がんばってね。の略だと思うよ! たぶん」  我ながら苦しい。 「そうなんだ、つかさお姉ちゃんも、応援してるんだね」 「そ、そうだね、がんばらないと! ……じゃあ、料理を食べよっか。早くしないと、冷めちゃうよ」 「うん、そうだね」  ゆたかは気付いてないようだ、助かった……。  できれば、計画通りに進めたい。 「今日はありがとう、お兄ちゃん。料理、美味しかったよ」  頬を少し染め、嬉しそうな笑顔を、こちらに向けるゆたか。  純粋に喜び、心から笑ってくれるところは、初めて会った頃と変わらない。  レストランを後にし、帰路につく。そして、途中にある公園で、少し休憩することにした。  この公園は、小さくやや寂しい雰囲気だけれど、不思議と冷たい印象はない。むしろ、暖かい印象を受ける。  製作者が色々と配慮した、純粋な優しさを感じるのだ。だからか、近隣の人達に愛されているらしい。  俺が、この場所を選んだのは、この公園のイメージに、ゆたかに近いものを感じたからなのかもしれない。 「えっと……、ゆたか、渡したいものがあるんだ」 「え?」  婚約指輪を手渡す。急にプロポーズじゃ、驚かせてしまうだろうから、先に指輪を渡して、何の話を切り出すのか気付いてもらうのだ。 「あ……、ありがとう、お兄ちゃん。プレゼント、大事にするね」  顔を赤らめ、ゆたかは嬉しそうに微笑む。 「へ?」  失念していた、ゆたかは、ちょっとうっかりさんだということを……。  婚約指輪を、誕生日プレゼントと受け取られてしまった。どうやら、ストレートに言った方が良かったようだ。  不測の事態に、頭の中が真っ白になる。 「ゆたか、ちょっと待って! 受け取るのは、俺の話を聞いて、よく考えてからにしてほしいんだ」 「え……?」  話を切り出せたのはいいけれど、不測の事態により、どう伝えるつもりだったかが抜け落ちてしまった。  ……これは、考えてきた台詞ではなくて、ありのままの感情を言葉にしろということなのか?  アドリブに強い人なんて、そうはいないだろうに……。  こうなったら、段取りなんて関係ない。 「その……、俺たち付き合い始めてから、八年だよな」 「……うん」 「時間がかかったけど、ようやく伝えられる」 「……何を?」  俺はゆたかの目を見つめる。  ゆたかも俺の目を見つめる。 「俺が……、ゆたかを愛してるってこと。この気持ちは、世界中の誰にも負けない自信がある。もちろん、ゆいさんにもね」 「……」 「だから……、結婚しよう」 「……」  先に視線を外したのは、ゆたかだった。何かに耐えるように俯いている。 「ゆたか?」 「……いの?」 「え?」 「私で、……いいの? きっと……、お兄ちゃんを、不幸にしちゃうよ……?」  表情は見えない。けれど、声が震えている。  ゆたかは、ずっと体が弱いことを気にしていた。そのことが、ゆたかを不安にさせている……。  俺は、ゆたかを優しく抱きしめた。 「そんなことないよ。この八年間、不幸だなんて感じたことは、一度もない。むしろ、ゆたかと一緒にいられることが、すごく幸せなんだ……」 「……お兄ちゃん……」 「だからさ、体が弱いから、なんて理由じゃ、俺の気持ちを動かす事なんてできないよ」  その時、ゆたかの感情が零れ落ちた。 「……ご、ごめん……ね。泣かないように、がんばった……んだけ、ど……」 「泣きたい時は、泣いた方がいいよ。何かに耐えるって事は、どこかに負担をかけるって事だから」 「……でも、強くなって、お兄ちゃん……を、支えて……あげたくて。わ、私……支えてもらって……ばかりだし」 「何言ってるんだよ。俺、いっつもゆたかに支えてもらってるんだぞ?」 「え……?」 「それに、俺だけじゃない、ゆたかは色々な人を支えてるんだ」 「……ホントに……?」 「岩崎さんが言ってたよ、ゆたかはいるだけで人を明るくできる、本当に優しい人だって」 「え……」 「俺もさ、ゆたかの純粋な優しさに、ずっと支えられてきたんだ……」 「……」  ゆたかは何も答えない。けれど、俺を抱きしめて、泣いていた。  俺は、ゆたかが安心できるよう、抱きしめる腕に優しさを込める。 「ごめんね、お兄ちゃん。いきなり泣いちゃって」 「もう大丈夫?」 「うん、落ち着いたよ」 「そっか、良かった。……えっと、それでさ、その……答えは?」 「……えと、もう一度言ってくれたら、答えるよ……。ワガママかな?」  照れくさげに、お願いをしてくるゆたか。  まいったな……。そんな顔されたら、断れないじゃないか。 「……仕方ないな。……俺は、ゆたかを世界で一番愛してる。だから、結婚しよう」 「うん……。私も……、お兄ちゃんを愛してる。世界で……一番」 「待たせてごめんな、ゆたか」 「ずっと……待ってたよ、お兄ちゃん」  大切な事を忘れていた。少し、惜しい気もするけど、仕方のないことだ。 「ゆたか、お兄ちゃん禁止。もう、彼氏彼女の関係じゃなくなるんだから」 「え? ええ?」  目を点にするゆたか。そこまで驚く事だろうか? 「ええと、うんと、その、それじゃあ……、まー君で」 「!?」  今度は俺が、目を点にする。きっと顔が真っ赤だろう。  ……ってゆたかも真っ赤じゃないか。  お互いの顔を見て、お互い笑い合った。恥ずかしいのは、お互い様だ。 「それじゃ、改めてよろしく、ゆたか」 「うん、よろしくね、まー君」  手を繋ぎ合い、歩き出す。  クリスマスは、二人で結婚指輪を探しに行こう……。  そんな事を考えながら、夜空を見上げる。今夜は雲一つなく、月が綺麗だ。  まるで、月も俺たちを、祝福してくれているかのようだった。

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