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まことの不安編」(2008/06/07 (土) 01:40:00) の最新版変更点

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<div class="mes">「お、伊藤。自分、良かったやん」<br /> 「何がですか?」<br /> 「今年度限りで、現国の先生が引退するらしいで。せやから、来年度から自分は教諭になるわけや」<br /> 「え!? ……でも、本当ですか?引退の話はともかく、まだ年内なのに教諭の採用が決まるとは、思えないんですけど」<br /> 「何言うとるん、ウチがデマ言うわけないやろ」<br /> 確かに、黒井先生は冗談を言っているようには見えない。という事は――。<br /><br /> 「本当に……、教諭になれるんですか?」<br /> 「やから、そう言っとるやないか。ウチに感謝せーよ」<br /><br /><br /> ――永かった。やっと……、やっと教諭になることができるのか。ここまでくるのに三年もかかってしまった。<br /> ゆたかは待ちくたびれてはいないだろうか? 愛想を尽かしてはいないだろうか?<br /> でも、これで、ようやく伝えることができる……。</div> <p>「黒井先生」<br /> 「何や?」<br /> 黒井先生には、陵桜を卒業してからもずっとお世話になった。<br /> 陵桜に戻ってこれたのも先生のお蔭、指導の仕方や生徒との接し方を教えてもらい、教師として成長できたのも先生のお蔭。<br /> ネトゲ……は置いといて、教諭になれるのも、先生が推薦してくれたからだろう。その気持ちを言葉に込める。<br /> 「ありがとうございます。先生がいなかったら、もっと時間がかかっていたと思います。なんて感謝したらいいか……」<br /> 「そんなに感謝しとるんか、なら、そやな……。自分は、確か小早川と付き合うとるんやったな」<br /> ちなみに、黒井先生はゆたかのクラス担任になったことがある。<br /> 「はい、そうです」<br /> 「やったら、小早川を幸せにしたってや。それで勘弁したる。ほんまは、息子をマリーンズにって言いたいとこやけどな」<br /> 豪快に笑う黒井先生。<br /> この人には適わないな、なんて思った。尊敬してる、本当に。<br /> 「当たり前ですよ、俺はゆたかを愛しているんですから」<br /> 「おっ、言うやないか。その気持ち、忘れたらあかんで」<br /> 「わかってます」</p> <p>その日の放課後、俺は未だ職員室に残っていた……。<br /> あんな事を言ったものの、俺の気持ちが一方通行の可能性は0ではない。<br /> 八年間も付き合っていて、何を言うのかと思うけれど、やはり不安がある。0でなければ、それは不可能ではないのだ。<br /> 以前、色々な人にへたれと言われた気がするが、それは間違いではないようだ。思わず溜息をつく。<br /><br /> 「よう! まことせーんせっ!」<br /> 予想外の背後からの奇襲。風船が破裂したかのような大きな音と背中に痛み。<br /> こんなことをするのは同期に陵桜に帰ってきたあの人しかいない。<br /> 「痛いよ、日下部さん」<br /> 振り返れば、いつもの頭の後ろで腕を組むポーズで、笑っている日下部さん。<br /> スーツ姿が凛々しく、似合っている。<br /> 「あんだよ、何か落ち込んでるから、活を入れてやったのに」<br /> 「度を越えてるよ……」</p> <p>日下部さんは俺と同じく、教師として陵桜に帰ってきた。<br /> ただし、高校・大学と、陸上部で上位の成績を残している日下部さんは、陸上部の顧問を引き受け、早々に結果を残し、その功績を認められ、既に教諭となっていた。<br /> あの日下部さんが、まさか指導力が高いとは思っていなかった。しかも、生徒とも友達感覚な日下部さんは、部員だけでなく、多くの生徒から親しみ易いと人気らしい。<br /> どことなく、黒井先生の姿と重なる。<br /> 「細かいこと気にすんなって。それで、どーしたのさ?」<br /> 「うん、実は――」<br /><br /><br /> 「チキン」<br /> 「うわ、またへこむことを、あっさりと……」<br /> 「私は、回りくどいの嫌いなんだよ」<br /> 日下部さんは、俺なんかよりもよほど男らしい。だから、あんなにもスーツ姿が凛々しいのだろうか?<br /> 「大体、私に言わせりゃ、贅沢な悩みだ!」<br /> 「どこがどう贅沢なのか、俺にはわからないよ。不安なのに、贅沢だなんて」<br /> 告白とは違う。断られれば、今までの楽しかった日々も、辛かった日々も、ゆたかを思うこの感情も意味を失ってしまう。<br /> それを恐れることが、贅沢とは思えない。</p> <div class="mes"> <p>「まこと、それは、彼氏がいない私への当て付けか?」<br /> 「あ――、ごめん」<br /> 「謝んな! そこフォローするとこだから!!」<br /> 「フォローって……、俺が言っても、嫌味にしか聞こえないだろ?」<br /> 「それでも、フォローしてくれって。ちっとは気が紛れるだろ?」<br /> 「そんなものかな?」<br /> 「ああ、もう! 空気読めよ!」<br /> 「ごめん」<br /> 「いいよいいよ、どーせ私は、売れ残りが決まったクリスマスケーキだよ!」<br /> 「……」<br /> いつかの黒井先生と同じような事を言っている。本当に姿が重なる。<br /> でも、さすがに売れ残ることはないだろう。人として魅力的でなければ、あんなに生徒に好かれはしない。<br /> ただ、黒井先生の例があるから、確実とは言えないけれど。</p> <div class="mes"> <p>「何にせよ、私が言えることは一つ。自信を持て」<br /> 「え?」<br /> 「あのな、普通に考えて、好きじゃなけりゃ、八年も付き合えないっての」<br /> 「それもそうだけど……」<br /> 「もっと堂々としろよ! おまえがそんなんじゃ、彼女の方が不安になるっつーの」<br /> それは以前、岩崎さんから言われた事と同じ事だった。俺はあの時から、何も進歩していないじゃないか。<br /> 何故、こんなにも大切な事を、忘れていたのだろう。<br /><br /> 「……そう……だよね。ありがとう、日下部さん。大切な事、思い出したよ」<br /> 「大切な事なら忘れないようにしとけっての」<br /> 「うん、もう忘れないよ」<br /> 二度も忘れるわけにはいかない。もう、不安には負けない。ゆたかが安心できるように。</p> <p>「しっかし、あやのといい、まことといい、私の周りのやつはみんな幸せそーだよな」<br /> 「俺はこれから、だけどね」<br /> 「うむ、まあまあかな。少なくとも、チキンよりはマシだな」<br /> 「赤点は回避か、良かった。それにしても、峰岸さんは、もう二人子供がいるんだっけ?」<br /> 「そうそう、五歳の息子と二歳の娘。高校卒業と同時に結婚ってのも含めて、手が早いよな、兄貴」<br /> 「でも、幸せそうだよね」<br /> 「そりゃそーだ、あやのを不幸にしたら、兄貴といえどもぶっとばす!」<br /> 「優しいね、日下部さん」<br /> 「ううううっさい、おまえもだぞ!」<br /> 「え?」<br /> 「私は、ハッピーエンドが大好きなんだ! だから、彼女を幸せにしないとぶっとばすからなっ!」<br /> 「わかってるよ。俺だって、ハッピーエンドがいいしね」<br /> まったく、黒井先生といい、日下部さんといい、最近はプレッシャーをかけるのが流行っているのだろうか?</p> <div class="mes">「さーて、私も早く、彼氏作らないとな。今度、柊と作戦会議でもするか」<br /> 「今は忙しいだろうから、あんまりかがみさんに迷惑かけちゃダメだよ」<br /> 司法試験に合格した、と連絡があったのは、三ヶ月程前の事だ。現在は司法修習の最中だろう。<br /> 「いやいや、きっと柊も、そろそろ焦ってるって。あやのの話を聞くと、いっつも羨ましそうにするんだぜ」<br /> かがみさんは、恋愛願望が強い。かがみさんの言葉や態度の節々から、それはどことなく感じ取れた。<br /> 目の前にいる日下部さんだけでなく、かがみさんにも伝えるように、俺は言葉にする。<br /> 「あんまり羽目を外さないようにね。いつかはきっと、いい人に会えるから」<br /> 「あんがと。そっちも、結果報告待ってるかんね」<br /> 良い結果報告と言わないあたり、日下部さんらしい。<br /> 「んじゃ、またな」<br /> 「うん、お疲れ様」<br /><br /> さてと、覚悟も決まった。後は、気持ちを伝える――プロポーズをする――だけだ。<br /> ……しかし、プロポーズ、か。<br /> どのような感じにすればいいか、あの人のところへ相談に行ってみよう。<br /> きっと、色々な助言をもらえるはずだ。</div> </div> </div>

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