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「小姑編」(2008/05/20 (火) 19:29:51) の最新版変更点
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<div class="mes">
<p>「えっ、うそっ、集合って1時じゃないんですか?」<br />
「俺は、2時って聞いたけど」<br />
「…そうだったかもしれない」<br />
「八坂さんにしては早いと思ったら、そういうことね」<br />
「そんなぁ。走って損した」<br />
「まあ、結果オーライじゃない?1時集合のつもりなら、15分遅刻だけど」<br />
「…むむ」<br />
「結局、いつも通りってことか」<br />
「…それを言わないでください。てゆーか、先輩もずいぶん早く来たんですね」<br />
「いまひとつ土地勘がないからさ。遅れたら嫌だからって、余裕持ちすぎちゃったよ」<br />
「なるへそ。でも主賓なんだから、ちょっとくらい遅れてもそれはそれでアリですよ?」<br /><br />
主賓、などと言われると、やはり照れる。<br />
まことにとって、彼女らがこんな風に祝ってくれるなど、考えもしないことだった。<br /><br />
合否が発表されたのは、ほんの二日前だ。<br />
駄目だろう、という気持ちが大きかったが、結果としては受かっていた。<br />
あれでどうして、と思うほどに感触が悪く、自己採点などもする気が起きなかったほどだが、結果は結果だった。<br /><br />
親の次に合格を報せたのは、やまとにだった。<br />
もっとも助けられたのは誰か、と考えたとき、教師よりも先に、彼女の顔が浮かんできた。<br />
限度はあるが、勉強なら自分でも出来る。やまとから貰った安心のようなものは、ひとりでは作れないものだ。<br /><br />
そのやまとの口から、漏れ伝わったのだろう。次の日には、すでに祝賀会が企画されていた。<br />
こうが中心になり、その後輩たちも来るらしい。当然のように、やまとも参加するようだった。</p>
<div class="mes">「でも、いきなり呼び出しちゃってすいません」<br />
「大丈夫だよ。ちょっとびっくりしたけど、祝ってくれるのはすごい嬉しいし」<br />
「さっすが先輩、話がわかるっ。やまとなんか、こうが騒ぎたいだけでしょ?とか言うんですよ?」<br />
「八坂さんの場合、それも合ってるんじゃない?」<br />
「そんなこと、ほんのちょっとしかありませんよ」<br />
「あるんじゃん。さすが、永森さんはよく見抜いてるんだね」<br />
「まあ、短い付き合いじゃないからねっ」<br /><br />
こうの口調は、敬語と砕けたものとが混ざっていた。<br />
本人は時々気にしているようだが、別段気に障ることはない。仲が良ければ、タメ口など当然なのだ。<br /><br />
「でも、そんなに仲がいいなら、なんで高校に入ってから会わなかったの?」<br />
「え?なんのこと?」<br />
「桜藤祭まで、一度も会わなかったんでしょ?喧嘩でもしてたの?」<br />
「別に、一度もってわけじゃないですよ。桜藤祭の前にはブランクあったけど、<br />
1年のときはけっこう遊んでたし。星桜の前で、写真も撮ったんですよ」<br />
「え。ああ、そうなんだ」<br />
「そうなんです」<br /><br />
おかしい、と思った。高校に上がってからは一度も。やまとは、確かにそう言った。<br />
聞き間違い、ということはないだろう。なら、やまとの勘違いなのか。そんな勘違いが、ありうるのか。<br />
曖昧な記憶。それは、自分の中にもあった。文化祭に関わるほとんどの情報が、頭から抜け落ちている。<br />
クラスの友人、そしてやまとなども、ちょうどその辺りが怪しいようだ。<br /><br />
受験は終わったのだから、今度はそういうものに向き合うべきなのかもしれない。</div>
</div>
<div class="mes">「ねえ、八坂さん」<br />
「はい」<br />
「ちょっと、避けてた話題なんだけど」<br />
「なんすか?シリアスモードっすか?」<br />
「桜藤祭のことでさ」<br />
「…なるほど」<br />
「どうして、誰も憶えてないんだろう」<br />
「私の周りじゃ、忙しすぎたから、ってことで落ち着いてますけど」<br />
「それだって、限度があるでしょ」<br />
「まあ、不自然なのは確かだけど。私なんか、あんまり気にしないようにしてますね。<br />
大して困らないし。あ、でも、会計の報告が人によってちぐはぐだったのは効いたなぁ」<br />
「ちぐはぐ?」<br />
「もう、思い出すのも億劫ですよ。ステージが崩れた、なんて妄言吐く人もいたし」<br />
「ひどいな。誰がやったと思ってるんだか」<br />
「あのステージ、先輩が組んだんですか?」<br />
「…違うけど。でも、重要なところに関わった気がする」<br />
「…そう言われれば、私も」<br />
「ちょっと、深く思い出してみようかな。いままでは、考えるのも避けてたし」<br />
「いま、ですか?」<br />
「うん。ちょっと、ひとりで考えてみていい?」<br />
「まあ、お好きにどうぞ。私、コンビニ行ってきますんで」</div>
<div class="mes"> こうの言葉が終わらないうちに、まことは眼をつむった。<br />
胸がざわつく。しばらくすると、ぼんやりとしたイメージが、いくつも湧いてくる。<br />
しかし、形になるものは少ない。ステージ。花火。それがどうしたのか。よくわからない。<br /><br />
思い出そうとすると、こんな調子だった。そのうちに、怖くなってやめてしまう。<br />
今日は、それを越えてみるつもりだった。<br /><br />
ひとつ、大きなイメージにぶつかった。桜の樹。自分が、寝ている。そこに、女の子が近づいていく。<br />
顔ははっきりしないが、女の子だということは、なぜかわかる。<br />
下を向き、はにかんでいる。それが誰かを考えたとき、不意にざわつきが大きくなった。<br />
思い出したくない。違う。なにかに、妨げられている。<br />
負けるな。もう少しで、手が届く。思い出せ。あれは、大事な人のはずだ。<br />
優しい。やわらかい。そして、温かい。そう、あれは。<br /><br />
あと一歩。そう思ったとき、声が降ってきた。<br />
10分ほど、経っているようだった。うたた寝から覚めたような感じする。実際に、船を漕いでいたのかもしれない。<br /><br />
「…えーっと、まこと先輩?」<br />
「マコト、Are you O.K.?」<br />
「…田村さん。あ、パティも」<br />
「ひょっとして、寝てました?」<br />
「起きてた…と思う」<br />
「Sorrry,マコト。先に来てるとは、思わなかったデス」<br />
「けっこう、早めに出たんスけど」</div>
<div class="mes">「ふたりとも、一緒に来たの?」<br />
「はい。すぐに、やまとさんも来ますよ。電車が同じだったもんで」<br />
「そっか。…ってか、自分らって面識あったんだ?」<br />
「やまとさんと、ですか?実は、それなりにあるんスよ」<br />
「一緒にEventやったカラネ」<br />
「こーちゃん先輩に呼ばれて、アニ研にも遊びに来てましたよ」<br />
「そっかそっか。でも、なんですぐ来ないんだろ」<br />
「あれッスよ。鏡を見てるんです」<br />
「…直前で、わざわざ?」<br />
「女のコには、色々あるデスヨ?」<br />
「ふうん」<br />
「あ、でも、来たみたいッスね」<br />
「…ほんとだ」<br /><br />
まっすぐ、こちらに向かってくる。なぜか、あまりこちらを見ようとしない。<br />
やまとに会うのは、ずいぶん久しぶりだ。<br />
妙に緊張している自分に、まことは気付いた。すでに、やまとから目が離せなくなっている。<br /><br />
かわいい格好してるな。もう、そんなに寒くないからね。最初に、なにを言おうか。<br />
思いつかないうちに、やまとは目の前に立っていた。<br /><br />
「…久しぶりだね、まこと君」<br />
「うん。久しぶり。えっと…お変わりなく?」<br />
「なにそれ、変なの。親戚の集まりみたいよ?」<br /><br />
笑った。かわいいな、と言いそうになったのを、ぎりぎりで抑えた。</div>
<div class="mes">「まこと君こそ、お変わりなく?」<br />
「変だったさ。ずっと、会いたかったんだ。昨日は一日中、キミのことばかり考えていた。もう、離さないよ」<br />
「こっ、こう?いたの?やめてよっ、後ろからいきなり。びっくりするじゃないっ」<br />
「八坂さん。今のは、誰の真似?」<br />
「もち、まこと先輩の。ねえねえ、似てた?似てた?ときめいた?」<br />
「全っ然」<br />
「判定きびしいね、やまとは。でも、似てたよねぇ、ひよりん?」<br />
「…いや、というかですね」<br />
「コウが、Appointmentを守るナンテ!」<br />
「失礼ッスけど、今日は遅刻してないんですね…」<br />
「わ、私だって、たまにはこういう日もあるのだよっ」<br />
「こうのことだから、間違って1時間ぐらい早く来ちゃったんでしょ?」<br />
「…あれ?あれれ?先輩、やまとにばらした?」<br />
「俺は言ってないけど、バレバレみたいね」<br />
「…こーちゃん先輩。結局、そういう落ちッスか」<br />
「カンドーして損しまシタ…」<br />
「むうっ、ふたりして私をそんな眼でっ」<br /><br />
みんな、笑っていた。開放的な雰囲気が、身に沁みるようだった。<br />
今日は、思い切り楽しもう。そう、素直に思えた。<br /><br />
全員が、歩き出す。やまとと話そうとしたが、先にこうにつかまった。</div>
<div class="mes">「せんぱぁい」<br />
「え、なに?」<br />
「やまとに絡もうとしたでしょ」<br />
「…そうだけど」<br />
「あの子、どうですか?先輩的にも、満更じゃないんでしょ?」<br />
「まんざら、って…。そりゃ、かわいいけど」<br />
「かわいいだけですか?」<br />
「どういう意味」<br />
「好きかどうかって、聞いてるんです」<br /><br />
こうの声の色が、不意に変わった。<br />
小さいが、こちらにだけはしっかり聞かせようとしている。表情にも、緩みがなかった<br /><br />
「やまとに、恋してます?」<br />
「嫌いじゃないけど」<br />
「誤魔化さないでください。こっちは真剣に訊いてるんです」<br />
「…どちらかといえば、好きだよ」<br />
「ひっぱたきますよ?」<br />
「説明くらいさせてよ」<br />
「はあ」<br />
「永森さんのことは、好きだよ。なんというか、その」<br />
「女の子として?」<br />
「そう。そういう意味で、好きになってると思う」<br />
「思う、ってなにさ。はっきりしなよ」<br />
「だからっ」<br />
「だから?」<br />
「…ブレーキがかかるんだよ」<br /><br />
こうの語調に反撥するように、こちらの言葉も粗くなる。あまり、止めようとは思わなかった。</div>
<div class="mes">「心から本気で好きになろうとすると、歯止めがかかるんだ」<br />
「…自制するほどのケダモノでも、飼ってんの?」<br />
「そんなのがいるなら、いっそ解き放ってやりたいね。俺自身、永森さんのことはかなり意識してるよ。<br />
だけど誰かに、好きになるな、って言われてる気がして、そこから踏み出せないんだ」<br />
「そんなことを言う人が、先輩にはいるわけだ」<br />
「いないよ、そんなの。自分でも、よくわからないんだ」<br />
「出た出た。やまとに初めて逢ったときも、そんなことのたわってましたよね」<br />
「そういう言い方するなって。本当のことなんだから」<br />
「…ふうん」<br /><br />
本当のことを言って、なぜそんな皮肉めいたことを返されるのか。<br />
本気で苛立ちそうになる自分を、まことはどうにか飲み込んだ。<br /><br />
なぜ、好きになりきれないのか。どこで、引っかかっているのか。<br />
先ほどのイメージが、また浮かんできた。桜の樹と、女の人。やはり、それなのか。</div>
<div class="mes">「まあ、信じます。先輩は嘘つけない人ですからね。でもって、先輩」<br />
「まだ、なんかあんの?」<br />
「いま私と話して、イラッとしましたか?」<br />
「正直、ちょっと」<br />
「私はね、先輩。やまとが大事なんです。いまさら言うのも、照れますけど」<br />
「…それで?」<br />
「わかってはいるんです。自分が口出すことじゃない、って。でも、どうしても黙ってられない」<br />
「…悪かったねぇ、はっきりしない男で」<br />
「違います。要するに、ただのお節介なんです。<br />
部長なんかやってるうちに、こうなっちゃったんです。で、それを治そうとも思ってません」<br />
「つまり、どういうこと?」<br />
「これからもちょくちょく口出ししますんで、よろしくってことです」<br />
「…もう、好きにしてよ」<br />
「いいんですか?」<br />
「だって、やめろっつってもやるんでしょ?」<br />
「…先輩」<br />
「んー?」<br />
「先輩があんまり怒らなくて、嬉しいです。<br />
やまとのこと、ちゃんと見てあげてください。私、先輩ならいいかなって思えます」<br />
「…勝手だなぁ」<br />
「そうですね。だけど」<br />
「わかったよ。でも、もう少し考えさせてくれないかな」<br />
「それは、先輩の勝手です。だから、私も勝手にします」<br />
「…なるほどね」<br />
「よっしゃっ」</div>
<div class="mes"> こうが、急に声を張った。前を歩く3人が、弾かれたようにこちらを向く。<br /><br />
「What!?」<br />
「せせ、先輩?なにごとッスか?」<br />
「パティ、ひよりんっ。今日は飛ばすよっ」<br />
「ちょっと、こう。まこと君のお祝いだって、忘れてない?」<br /><br />
たしなめるやまとに、こうは何事か囁いている。<br />
なにを言われたのか、やまとはやや緊張した顔でこちらに寄ってきた。<br /><br />
「なぁに?まこと君」<br />
「え?」<br />
「こうが、まこと君から話があるって」<br /><br />
あいつめ、と、まことは胸の中で呟いた。でまかせを伝えて、話す機会を作ったつもりらしい。<br />
なんとも癪だったが、だからといってやまとを追い返す気にもなれない。<br /><br />
苛立ちの名残なのか、妙に気分が昂揚している。<br />
こんな気分に任せて喋ってみるのも、たまにはいいかもしれない。<br />
ふと、まことの中に悪戯っぽい考えがよぎった。</div>
<div class="mes">「あのさ」<br />
「うん」<br />
「今日から永森さんのこと、やまとって呼んでもいい?」<br /><br />
慌てると思ったが、やまとはしばらく茫然としていた。<br />
それから不意に落ち着きをなくし、眼を泳がせては時々なにか言いかける。<br />
顔には、少しずつ赤みが差している。<br /><br />
こういう様子を見ていると、どんどん苛めたくなってしまう。<br />
からかうほどに、やまとは可愛らしい反応を返してくれる。<br /><br />
自分を好きなのかもしれない、という想像は、押し殺すようにしていた。勘違いなら、みっともないだけだ。<br /><br />
「合格のご褒美ってことで、ね?」<br />
「わけわかんないわよっ」<br />
「じゃあ、だめなの?」<br />
「…呼びたいんなら、いいけど」<br />
「ありがと、やまと」<br />
「…うん。まあ、悪くはないかもね」<br />
「でしょ?」<br /><br />
名前を呼ぶというのは思い付きだったが、意外なほど気分が晴れた。楽しもうという気持ちが、戻ってくる。<br />
自分がつまらない顔をしていては、場も冷めるだろう。仮にも、今日の主役なのだ。<br />
誰かしらと集まって騒ぐのも久しぶりだから、多少は羽目も外してみたい。<br /><br />
こうと、目が合った。悪びれたように笑いながら、軽く謝るような仕草をしている。<br />
こちらも、苦笑で返す。それを、やまとが不思議そうに眺めていた。<br /><br />
なんでもないよ、やまと。そう言うと、やまとは下を向いてはにかんだ。</div>