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前夜編」(2008/05/01 (木) 18:36:34) の最新版変更点

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<div class="mes"> 男の人に甘えたいと思うのは、やまとにとって初めての経験だった。<br />  だから、それが恋であるということも、初めて知った。<br /><br />  まことの前で、泣いた。あれ以来、頭の中には常にまことがいる。何日たっても、消えない。<br />  好きなんだな、と認めるのに、抵抗は感じなかった。<br />  まだ、淡い。それでも、間違いなくまことに恋をしつつあった。<br /><br />  憧れた相手なら、他にもいる。小学校の担任に、フラワーショップの店員に、恋ともいえない曖昧なものを抱いた。<br />  まことに対する気持ちは、そんなものとはまるで違う。ただときめくというだけではなく、いつも近くに居たくなる。<br /><br />  あの日から、まことはしばしば電話をくれるようになった。それも、もう2週間ほどない。まことは、入試が近いのだ。<br />  いくらなんでも、息抜きなどとは言っていられないのだろう。会えない日々が続くほど、胸の中のまことは大きくなっていった。<br /><br />  そんな状況で、電話が来た。つい、普通に喜んでしまったが、まずは何事かと訝しむべきだったのかもしれない。<br />  自分と喋っている余裕など、あるはずがないのだ。<br /><br /> 「…それじゃあ、特に用件があるわけじゃないのね?」<br /> 「うん。なんか、人と話したくなっちゃって」<br /> 「呆れた。こんなことしてて、大丈夫なの?」<br /> 「どうかな。でも、このままじゃ不安で眠れそうになかったし」<br /> 「だったら、電話なんかしないで公式のひとつでも解けばいいのに」<br /> 「今さらじたばたするより、永森さんと話したほうが有益、ってんじゃダメ?」<br /> 「そんなの知らないけど」<br /> 「俺はそう思うな。つまり、これも勉強の一環なわけ」<br /> 「だからって、バカじゃないの?センター、明日なんでしょ?」<br /> 「バカでもいいから、もっと違うこと話そうよ」<br /><div class="mes">「…わかったわよ。勝手にすれば?」<br /> 「そうする。じゃあ、最初にお礼言っとこうかな」<br /> 「なんの?」<br /> 「息抜き。あれのおかげで、勉強のペース取り戻せたから」<br /> 「…私、泣いちゃったけど」<br /> 「あれは、俺が泣かしたようなもんだし。くっついてもらえて、むしろ役得だったね。それに、あれから永森さん、なんだか明るくなったよね」<br /> 「く、暗くて悪かったわね」<br /> 「そんなことないけど。昔の自分に、戻れそう?」<br /> 「…けっこう、戻ってるかも」<br /> 「戻ってるよ。はじめて会った頃は、憎まれ口なんて言わなかったもん」<br /> 「どうせ、口が悪いわよ」<br /> 「ほら、そういうの」<br /><br />  確かに、泣いたことがきっかけで心が軽くなっている。<br />  こうと話すときも、中学の頃のようなやり取りが出来た。それが楽しくて、さらに心は軽くなった。<br />  いまでは、感情の枷はほとんど消えかかっている。<br /><br />  戻ったのは性格だけで、こうとの再会の記憶は、どこか遠くにあるままだった。<br />  それなら、それでいい。こうがいて、まことがいて、本当の自分がいる。それが、ただ嬉しかった。<br /><br />  素直に喜ぶ、というのは、元から苦手だった。好きな相手といるときほど、照れ隠しをしてしまう。<br />  こうにはとっくに見抜かれているが、まことにとってはただの憎まれ口でしかないのかもしれない。<br /><div class="mes">「…嫌なわけじゃ、ないんだけど」<br /> 「え?」<br /> 「たまにキツいこと言っちゃうけど、これは元々だから。まこと君が嫌いとか、そういうわけじゃ」<br /> 「ああ、なるほど。別に気にならないよ。かがみさんって、いたじゃん?あの子も、ちょっとそんな感じだし」<br /> 「…そう」<br /> 「えっと、あれだよ。ツンデレだ、ツンデレ」<br /> 「もうっ、こうと同じこと言わないでよ」<br /><br />  女の子の名前が出てきてしまった。<br />  まことを好きになるにつれ、やまとには気になりだすことがあった。もしかして、この人は異性にもてるのかもしれない。<br />  中庭でこうを待っているとき、まことに話しかけてきたのは女の子ばかりだった。<br />  よく見たわけではないが、三人がそれぞれにかわいかった気がする。<br />  特に、みゆきという人は明らかにスタイルが良く、かなり美人だった。おまけに、まことを好きでいるような気配さえあった。<br /><br />  恋人はいるのか。訊くのは、怖かった。しかし、黙って耐えるのはもっとつらい。こういうことは、結局、訊かずにはいられないのだ。<br /><br /> 「ねえ、まこと君。まこと君って、つき合ってる人はいるの?」<br /> 「…悲しいことを訊かないでおくれよ」<br /> 「本当に、いない?」<br /> 「永森さんは、俺を泣かしたいのかな?そんな話は、18年生きてきて、1回も…いや、1回ぐらいあったような。でもまあ、とにかくございませんな」<br /> 「なにそれ。あったの?なかったの?」<br /> 「…なかったね」<br /> 「…ふうん」<br /> 「じゃあ、永森さんはどうなのさ」<br /> 「わっ、私?」<br /> 「うん。彼氏、いるの?」<br /><div class="mes">「だって、女子高よ?」<br /> 「別に、彼女でもいいんだけど」<br /> 「…漫画の読みすぎ」<br /> 「そうかぁ。まあ、現実はそんなもんだよね。で、彼氏は?」<br /> 「し、しつこいわね。あなたと同じよ」<br /> 「ふむふむ。永森さん好みの、賢くて頼りがいのある人には出逢えていない、と」<br /> 「…こうに吹き込まれたんだっけ」<br /> 「吹き込まれたっていうか、すごく楽しそうに語ってたよ。他にも、誕生日とか、好きな食べ物とか」<br /> 「変なこと、聞かされてない?」<br /> 「ないない。あ、でも」<br /> 「でっ、でも?」<br /> 「…俺の口からは、ちょっと」<br /> 「なに、なんなの?あの子、なにを言ったの?」<br /> 「八坂さんから、直接どうぞ」<br /> 「なによそれっ。気になるじゃない!」<br /> 「大したことじゃないよ?ただ、俺もセクハラ野郎にはなりたくないし…」<br /> 「…最悪っ」<br /> 「まあ、聞いちゃったものは仕方なし」<br /> 「…それなら、まこと君のことも教えてよ」<br /> 「え?」<br /> 「あなたが私のこと知ってるなら、私も知ってなきゃ不公平でしょ?」<br /><div class="mes"> つまらない口実だな、と思った。それでも、構わない。<br />  まことについて、誰よりも知っている女の子でいたかった。あの姉妹より、こうより詳しく。それに、みゆきよりも。<br /><br /> 「…うーん。訊かれりゃ、答えるけど」<br /> 「じゃあ、訊くね。まず、誕生日は?」<br /> 「1月24日。予定日は12月だったんだけど、長引いたらしくて」<br /> 「もうすぐじゃない」<br /> 「今年ばっかりは、それどころじゃないけどね」<br /> 「…本当にそう思ってるのかしら。それじゃ、なにか趣味はあるの?」<br /> 「…ん、特には無いかも。いろいろやるけど、全部そこそこ」<br /> 「将来の夢」<br /> 「お嫁さん」<br /> 「…どうして、即答なの?」<br /> 「これ、1回言ってみたかったんだよね」<br /> 「…本当は?」<br /> 「えっと、なにかな。コレというのは無いかも。ただ、強いて言えば」<br /> 「言えば?」<br /> 「…なんか、恥ずかしいな。あれだよ。幸せな家庭、ってやつ?うちの家も、仲いいし」<br /> 「…へえ」<br /> 「ああっ、悪うございましたね、平凡な夢で」<br /> 「そんなことないよ。兄弟とか、いるんだっけ?」<br /> 「いや、一人っ子だけど」<br /> 「そう。それじゃあ」<br /> 「ちょ、待ってよ。永森さん、いくつ訊くつもり?」<br /> 「別に、答えづらいことは質問してないでしょ?」<br /> 「…いいですけどね」<br /><div class="mes">「なら、これでおしまいね。まこと君は、その」<br /> 「うん」<br /> 「なんていうか…どういう女の子が好きなの?」<br /> 「…そんなことに興味がおありで?」<br /> 「な、ないけど。お互い知ってないと、ふっ、ふこっ」<br /> 「不公平?」<br /> 「そうっ」<br /> 「…わかったよ。っていっても、特に無いんだよね」<br /> 「ないわけ、ないじゃない」<br /> 「うーん…考えたことがないからなあ」<br /> 「…背が高いとか、スタイルがいいとか。それか、眼鏡の人がいい、とか」<br /> 「微妙。そもそも、永森さんと話してると、永森さんのことしか考えられないし」<br /> 「…あ、えっ、え?」<br /> 「だって、そうでしょ?話してる相手のこと考えるのは、当然だし」<br /><br />  油断すると、これだった。まるで意識もせずに、くすぐるようなことを言う。<br />  どこが好き、というのではなかった。理想に近いとも思えない。惹かれていることだけが、はっきりとわかる。<br />  放っておけば、どんどん惹きつけられる。早くそうなってしまいたいと、どこかで思ってもいた。<br /><br /> 「…バカなこと言ってないで、そろそろ寝たら?」<br /> 「バカなことって、そっちがふった話じゃん」<br /> 「う、うるさいなぁ。寝不足になったって、知らないからね?」<br /> 「大丈夫だよ。多分、よく眠れる」<br /> 「じゃあ、寝坊しちゃえばいいのよ」<br /> 「…ここだけの話、なんか、素になれるんだよね」<br /> 「なによ、いきなり」<br /><div class="mes">「もともと下手くそなんだけど、永森さんの前だと、隠し事とか無駄な気がしちゃってさ。逆に、本音で喋れるっていうか」<br /> 「…そう」<br /> 「とにかく、今日もお陰で楽になりました、ってこと」<br /> 「…私も。私もね、まこと君の前では素直でいたい…かな…」<br /> 「え?ごめん、声ちっちゃいかも」<br /> 「…なんでもない」<br /> 「つまり、なんでもなくないわけだ」<br /> 「うるさいなぁ、もうっ!さっさと寝ちゃえっ!」<br /> 「ははっ。…ねえ、永森さん」<br /> 「なによぉ」<br /> 「ホントに、明るくなったよね。その方が、かわいいよ」<br /> 「…え」<br /> 「好みのタイプ、わかったかも。かわいい人…ってんじゃダメかな。じゃあ、おやすみ」<br /><br />  そのまま、電話は切れた。<br />  ベッドに仰向けになり、やまとはおもわず放心した。<br />  しばらくして、ようやく心臓が高鳴りだす。話した内容など、すべて飛んでいる。<br /><br />  どういう神経で、あんなことを言うのだろう。最後の言葉だけが、頭を埋め尽くしている。<br />  舞い上がるな。そう思っても、どうにもならなかった。<br /><br />  枕を、思い切り抱きしめる。ベッドを、転がってみる。なにをしても、まことの声がまとわりついてきた。<br />  ずるい。ほんの少しの言葉で、もっと好きになってしまった。こんなのは、ずるい。<br /><br />  試験、頑張って。それをメールにしようと思って、やめた。いまは、まるで頭が回らない。<br />  まことは、もう眠っただろうか。おやすみとも、言えなかった。<br /><br />  おやすみ、まこと君。呟いて、目を閉じる。<br />  ほら、顔が浮かぶ。どこまで、深く入り込むつもり?もう、勝手にしてよ。<br />  私は、もう眠るからね。できるなら、夢でも逢えたらいいね。<br />  おやすみ、まこと君。</div> </div> </div> </div> </div> </div> </div>

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