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でいと編」(2008/04/23 (水) 18:46:28) の最新版変更点

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<div class="mes"> 決められた場所に行くと、まことはすでに到着していた。時間どおりに落ち合うことが、なにか不思議だった。<br />  こうと会うときは、いつも30分は待つ覚悟をしているのだ。<br />  それを言うと、まことは屈託なく笑った。<br /><br /> 「八坂さんは、筋金入りなんだね」<br /> 「ええ。だから、あの子と会うときは早めの時間を伝えておくの」<br /> 「なるほど。それなら、毎回きっちり遅刻してくるのもいいかもね」<br /> 「少しは、待つ方の身にもなって欲しいわ」<br /> 「いいんじゃない?悪気は無いんだろうし」<br /> 「無いから、厄介なのよ」<br /><br />  まことが、また笑う。電車に乗るまでの会話は、ほとんどがこうの話になった。<br />  彼女のことならいくらでも語れるが、聞いていて面白いとも思わない。しかし、まことは逐一楽しそうだった。<br /><br /> 「永森さん、本当に大宮でよかったの?」<br /> 「遠出したら、疲れるでしょ。息抜きがしたいなら、近場でいいわ」<br /> 「悪いね。そのコート、似合ってるよ」<br /> 「つまらない格好で、ごめんなさい」<br /> 「かわいいよ。なんていうか、もこもこしてて」<br /> 「…そう」<br /><br />  平凡な言葉でも、さらりと言われると本当にそんな気がしてきてしまう。恥ずかしいようなことを、平気で口にする人だった。<br />  周りに合わせているように見えて、まことは意外とマイペースを通す。<br />  それに付き合っていると、なにかおかしな疲れ方をするのだった。<br /><div class="mes">「さて、どうしようか」<br /> 「なにも考えてないの?」<br /> 「まあ、実は。この辺、越して来たばっかでわかんないし」<br /> 「…呆れた」<br /> 「ごめんごめん。永森さんがいれば、それで息抜きになるかな、って」<br /> 「そんな台詞、よく平気で言えるわね」<br /> 「実際にそう思うからね」<br /> 「…いいわ。少し、案内してあげる。女の子の趣味になるけど」<br /> 「お。それは、実に興味深い」<br /> 「あけすけな人ね」<br /> 「わかりやすいってこと?」<br /> 「慎みが無い、ってことよ」<br /> 「慎みのある人が、永森さんは好き?」<br /> 「なにそれ。ほら、行きましょ」<br /><br />  促し、歩き出す。どこへ行こうにも、女性向けの店しか浮かばない。<br />  この人なら、どこに連れて行っても喜ぶという気もする。<br />  さっきは受け流したが、やまとは他人のそういう性格が嫌いではない。<br />  明るかったり、遠慮が無かったり、何事にもはっきりとした人に惹かれる。自分でも、そんな風であろうと心がけてきた。<br /><br /> 「こんなお店、見ていて楽しい?」<br /> 「楽しいよ。永森さんに似合うものでも、探してみる?」<br /> 「…変わった息抜きね」<br /> 「買ってあげたりしないから、安心して。金欠だし。ほら、このブレスレットとか」<br /> 「そういう大人っぽいのは、こうに似合うかもね」<br /> 「永森さんは、子供っぽいの?」<br /> 「子供よ。人に甘えてばかりだもの。なのに、全然素直になれない」<br /><div class="mes"> それは言葉どおりの意味で、子供のように寄りかかったり、しがみついたりするのが、やまとは好きだった。<br />  無論、誰にでもするわけではない。むしろ、そういう場面とはずいぶん遠ざかっている。<br />  誰かに甘えようという気分に、まるでならないのだ。<br /><br />  感情がうまく表せない。ひと月ほど前から、なぜかそうなっていた。<br />  怒りもするし、喜びもする。それが、いままでの半分ほども表面に出せなくなっている。<br />  性格が変わったというより、枷をつけられたような、不自然な感覚だった。<br /><br /> 「甘えるってのは、厚意に甘えるってこと?」<br /> 「違うわ。言葉どおりの意味。つまり、その」<br /> 「くっつき虫なんだ」<br /> 「…病気みたいなものね。最近は、治まってるけど」<br /><br />  なぜ、こんなことを喋ってしまうのだろう。<br />  こうは、まことのことをバカの付く正直と話していた。こういう人は、他人の本音も引き出してしまうのかもしれない。<br /><br />  ふと、不安に似たものに襲われた。<br />  ずっとこの人といたら、いつか余計なことを白状してしまうかもしれない。そんな、実体の無い予感。<br /><br /> 「いや、しかし、けっこう歩いたもんだ。ちょっと早いけど、お昼にする?」<br /> 「そうね。どこも混むだろうし」<br /> 「永森さん、なにが食べたい?」<br /> 「それを言ったとして、案内できるの?」<br /> 「できませんっ」<br /> 「…もう」<br /><br />  声を上げて笑いたかった。それが、上手く出来ない。<br /><div class="mes">―――――――――――――――――――――――<br />  冷静で、あまり人の領域に踏み入ってこない。はじめは、警戒しているのだと思った。<br />  どうやら元からの性格らしい、とわかったのは、こうに対しても同じ態度だったからだ。<br />  しかし、それはこう自身から否定された。元は、もっと表情が豊かだったという。<br />  やはり、どこかで感情を抑えているというのだ。それは、今日のデートより前にこうから聞かされた。<br /><br />  隣には、やまとがすました顔で立っている。この顔を見ていると、不思議な気分に襲われる。どうしようもなく、切なくなるのだ。<br />  彼女に対して、するべき事がある。言葉にするなら、そういうことだった。<br />  そんなやり場のない感傷が、何度もまことの胸を締め付けた。<br /><br /> 「おいしかったね」<br /> 「ええ。でも、パスタじゃ足りなかったでしょう?」<br /> 「うーん。まあ、たらふく食べる場面でもないしね。あ、でも、よく食べる方がもてるとは聞くなあ」<br /> 「…そうね。頼れるイメージがいいのかも。そういう人は、行動力もありそうだし」<br /> 「それって、永森さんの好みじゃない?」<br /> 「そ、そんなこと」<br /> 「ほんとにぃ?」<br /> 「…頼れる人が好きじゃ、いけないの?」<br /><br />  消え入りそうな声で、やまとが言った。これ以上は耐えられない。<br />  どうしても、自分は嘘や隠し事が苦手だった。すぐに、居ても立ってもいられないような気持ちになってしまう。<br /><div class="mes">「嘘だよ。実は、知ってたんだよね」<br /> 「…え?」<br /> 「向こうから、嬉々として語ってくれたよ」<br /> 「…あの子」<br /> 「まあ、八坂さんも悪気は」<br /> 「あなたも、あなただわ」<br /> 「ははっ。ごめん」<br /><br />  やまとが、軽くむくれる。ここだ、とまことは思った。いつも、この辺りに壁がある。それを破る手段が、浮かばない。<br />  もう一歩、やまとの心に踏み出すべきなのか。下手を打てば傷つけるだけだろう。<br />  それでも、本気で怒ってくれるならいい。嫌われるのは、自分だけなのだ。<br /><br />  どうして、こんなことを考えるのか。やまとを救う、などということではない。こうの為でもない。<br />  やらなくちゃならない。理由はわからないが、これだけは自分がやらなくてはいけない。<br />  一瞬、脳裏に浮かぶものがあった。校庭にある、桜。なぜ、そんなものが。<br />  いまは、どうでもいい。一歩を。それだけを思って、まことは口を開いた。<br /><div class="mes">「永森さん」<br /> 「…なによ」<br /> 「怒ってないでさ。それより、ちょっと訊きたいことがあるんだ。永森さんは、昔からそんなに静かだったの?」<br /> 「…は?」<br /> 「極端に言うよ。いま、俺の前にいる永森やまとは、中学の頃と同じ人なの?」<br /> 「こうが、なにか言ったのね」<br /> 「そうだよ。でも、口に出したのは俺の意思。嫌な話かもしれないけど、一度しか訊かないって約束する。<br /> できたら、答えてくれないかな?」<br /> 「…どうして?」<br /> 「なんでかな。はじめて会った時と、同じような。訊かなくちゃいけないって、なぜか思っちゃって。<br /> 永森さんには、答える理由なんて無いんだけど」<br /> 「…あの時」<br /> 「うん。あの時と同じ」<br /> 「…私」<br /><br />  とりあえず、言った。心に、踏み込めたのか。不快にさせただけかもしれない。まことは、かすかな後悔を覚えかけた。<br /><br /> 「やっぱり、だめ?」<br /> 「…私は、静かなんかじゃない」<br /> 「うん?」<br /> 「私は、静かなんかじゃないの。もっと元気で、口が悪くて。今の私は、元々の私とは、どこかで違っているの」<br /> 「…永森さん」<br /><br />  やまとが、語り始める。聞いたことのない声だ、とまことは思った。<br /><div class="mes">―――――――――――――――――――― <br />  余計なこと。それを、言おうとしている。こうと自分だけの秘密。<br />  でも、この人なら受け入れてくれるかもしれない。違う。この人に、聞いてもらいたい。<br /><br /> 「静かなんかじゃない。こんなのは、私じゃない。わからないことが、多すぎるの。<br /> 自分のことも、あの日のことも、全部わからない」<br /> 「やっぱり、なにかあるんだ」<br /> 「あなたになら、話してもいい気がするの。本当に、聞いてくれる?」<br /> 「…いいよ」<br /><br />  本当に、これでいいのか。人に話して理解される内容では、到底ない。<br />  それでも、言いたかった。ずっと、誰かに打ち明けたかった。<br />  その相手にまことを選んだのは自分で、今はそれだけで充分じゃないのか。<br /><br /> 「私、こうと会った日のことが、思い出せないの」<br /> 「会った日?」<br /> 「高校に上がってから、一度も会えなくて。でも、あなたの学校の文化祭の日に、待ち合わせる約束をしていたの。<br /> 私たち、確かに会った。そのときのことが、どうしても」<br /> 「…思い出せないの?」<br /> 「こうも、同じだって言ってた。気がついたら、ただ普通に連絡を取り合っていて。<br /> あなたが言うような静かな私になったのも、その頃からなの。<br /> なにをしても、なにをされても、感情がうまく出てこない。嬉しいのに、楽しいのに、それを伝えられない」<br /><br />  まことは、ほとんど相槌も挟まない。ただ、聞いてくれている。<br />  余計な、本当に余計なことを喋っている。でも、止まらない。目の前の人に、全てを吐き出したい。<br />  声が、熱を帯びている。押さえつけられたものを、身体の底から引きずり出す。<br /><div class="mes">「あの子、気にならないって言ってくれた。だけど、私はずっと不安だった。<br /> こうが仲良くしていた永森やまとは、もういないんじゃないか、って。いまの私といても、こうはきっと楽しくなんかない。<br /> 昔から、いっつも素直じゃなかった。嬉しくても、いつもツンケンして、こうを困らせてた。<br /> そんな私に、神様からバチが当たったのかもしれない。あの子と一緒にいる資格なんか、無いのかもしれない。<br /> わからないよ。文化祭でこうと会ったのは、すごく大切な瞬間だったはずなのに。<br /> なんで、忘れちゃったの?なんで、私だけが変わっちゃったの?気にしたくなかった。考えないようにしてた。<br /> でも、もう限界だよ。私、こうが好き。大好きなの。こうといる自分が、本当の自分じゃない。そんなのは」<br /><br />  自分の中で、なにかが破れた。しかし、嫌な感覚はではない。<br />  熱い。<br />  涙は、熱い。ずっと、忘れていた熱さ。いま、思い出した。<br /><br /> 「そんなのは、嫌」<br /><br />  すべて言えた。最後まで、聞いてくれた。<br />  いまは、泣くことしか出来ない。いつまでも、泣いていたかった。<br />  ぐらりと、身体が傾く。自分は、目眩を起こしている。<br /><br />  違う。まことだった。堅い胸に、抱き寄せられている。<br />  泣いたままでいい。そう言われた気がした。<br /><br />  まぶたの裏。なにか映った。あれは、桜の木。でも、花はついてない。</div> </div> </div> </div> </div> </div> </div> </div>

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