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なんだろう、このモヤモヤは。


「ねえ、雛苺。なんだか水銀燈、最近妙に薔薇水晶と仲が良くない?」
何があったのか、あの二人が最近妙に仲が良いように見える。
「うゆ?でも、水銀燈と薔薇水晶は元々とっても仲良しなのよ?」
「それは、そうなのだけれど……」
そう、仲がいいのは元々なのだけれど、なんだろう。
「何かしら?なんだか薔薇水晶と一緒にいると、水銀燈今までよりもずっと楽しそうだわ。」
どう言ったらいいのだろうか。今までの「仲が良い」と最近の「仲が良い」では違うような気がする。

「うゆ~?そうね、言われてみればそんな気がするの。やっぱり真紅は水銀燈をよく見てるのね。」
そう言って雛苺は小さく笑う。
「そ、そんなことはないのだわ!誰もあんな子のことを好き好んで見たりしないわ!
こ、今回は偶々、そう、偶々薔薇水晶を見ていたらあの子がいっしょにいて気づいただけなのだわ!」
「ふふ、そういうことにしておくの。」

いつも雛苺は私が水銀燈をよく見ていると言うが、そんなのは絶対に雛苺の勘違いだ。
あの子が勝手に私の視界に入ってきてうろちょろしているだけなのだから。

「だから……ッ!」
「じゃあ、真紅はどうして薔薇水晶を見ていたの?」
「………っ!」
一瞬言葉に詰まる。

「ジュン…、そう、最近ジュンが薔薇水晶のお父さまの槐さんによくお世話になっているじゃない。
それで、薔薇水晶のことをついつい見てしまったのよ。
ジュンは薔薇水晶や槐さんに迷惑をかけていないかしらって。
ジュンは私達の居候先の息子なのだから、家族として気にするのは当然のことだわ。」
そうだ。私は、私たちの居候先の家主のりの、その弟のジュンのことが気になっただけ。そうに決まってる。

「ふふ、じゃあヒナが薔薇水晶を呼んでくるから、直接お話を聞いてみる?」
「そ、そうね。呼んでくるのだわ。」
「じゃあ、行ってくるの。」
そう言って雛苺は水銀燈たちに近づいていった。

「薔薇水晶ー、水銀燈ー!」

「!?」
どうして、水銀燈まで呼ぶのよ!?

いえ、この程度でうろたえてはいけない。そもそも、うろたえる必要などないのだから。
私は真紅、誇り高き薔薇乙女。うろたえることなど何も……ッ!?
「真紅ぅ、用って何なのぉ?」
「あ、貴女は別に呼んでなんかいないのだわ!」
そう、私が用があるのはあくまで薔薇水晶。
私が水銀燈と話をしたいだとか、そんなことは決してない。
「あらぁ、そうなの?」
「そうよ、私が用があるのは薔薇水晶だけなのだわ。」
薔薇水晶の後ろでまた小さく笑ってる雛苺を睨みながら言う。
水銀燈と話がしたいだなんて、そんなことはない。絶対に。

「もぉう、せっかく久しぶりに真紅に呼ばれたと思ったのにぃ。薔薇水晶、真紅が用があるそうよぉ。」
ちょっと寂しそうに言う水銀燈。なぜか、胸がチクリと痛んだ。

「何、真紅?」
「あっ、薔薇水晶、えっと、その………」

もっと水銀燈と話していたかった。一瞬胸に去来するそんな思いに、咄嗟に返事ができない。
「薔薇水晶、ヒナたちはジュンのことが聞きたいの。ねえ、真紅?」
「え、ええ。その通りなのだわ。」
雛苺が助け舟を出してくれる。
雛苺はいつもの定位置、私から一歩引いたところ、私の斜め後ろに移動していた。

誰が、誰と話していたいですって?そんなはずはない。さっき感じたのはきっと気のせい。何かの間違いよ。
それよりも、そう、私はジュンのことが聞きたかったはず。

「ジュン君のこと……?」
「ええ。ジュンのことよ薔薇水晶。最近うちのジュンがよく貴女のところにお邪魔しているみたいだけれど、貴女や槐さんに迷惑はかけてはいないかしら?貴女のところではジュンはどんな様子なの?」
「大丈夫、ジュン君はよくやってる。迷惑だなんてことは全然ない。
よく妹の雪華綺晶の相手もしてくれてるし、あの子もジュン君のことを気に入ってるみたい。
それに、お父様の教える人形造りに関することもどんどん覚えていってる。」
いつものように淡々と言う薔薇水晶。
「そう、安心したのだわ。家でいるときは部屋に引きこもってばかりだけれど、ジュンもしっかりやっているようね。」
「うん、お父様も筋がいいって褒めてた。」
ジュンのことは信じているし、家族として思ってもいる。
それでも、どうやら私の思っていた以上にジュンはしっかりやっていたようだ。

「それに、ジュン君はとても理解力のある人。」

「?」
どういうことだろう。
槐さんの言うことをよく理解する、ということかとも思ったが、そのことはさっき言っていたのだから「それに」という結びはおかしい。
いや、薔薇水晶がただ間違えただけで、そこまで深く考える必要はないのかもしれないのだけれど。
それでも、なんとなく違う気がした。

「最初は驚いていたけど、すぐに私たちのことを認めて、祝ってくれた。」

そのとき、私は久しぶりに心の底から驚いた。
いつも淡々としている薔薇水晶が、頬を染めて幸せそうに笑ったのだ。
「それは、どういう………ッ!?」
薔薇水晶の言っていることは、よく分からなかったけれど、ものすごい嫌な予感が走った。

「だから、私たちが同性同士なのに付き合うって言っても、理解して、認めてくれたの。
って、そうか、言ってなかったっけ?」

だめ、その先を聞いてはいけない。

「私たち、付き合ってるの。」

聞いてはいけない。今すぐにでもここから逃げ出したい。
だというのに、喉が勝手に動く。

「……私たちって?」
駄目よ。聞いてはいけないの、真紅。聞かないでここから逃げなさい。


がらり、と。


「だから、私と銀姉。」


どこかでなにかがくずれた音がした。



「水銀燈と、薔薇水晶が、付き合ってる……?」

そんなの、知らない。
そんなの、聞いてない。

つうと、私の頬を伝う冷たい何か。

―――私、泣いてる……?

「そ、そんなの……」
「そんなの、聞いてないの!!!!!」
斜め後ろから聞こえてきたあまりの大声に、ビクッと体が震えた。
「ひな、いちご……?」
「そんなの、聞いてないの!なんで、どうしてなの!?」
私の後ろにいた雛苺が、前に出て二人に詰め寄る。
「雛苺ぉ……?」
付き合いの長い私でさえ初めて見る、雛苺の激昂する姿。それに、二人がたじろぐ。
「なんでなの?二人は蒼星石が好きなんじゃなかったの!?」

―――え…?

今、雛苺は何を言った。
「な、なんで雛苺がそんなこと知ってるのぉ?」
狼狽した水銀燈の声。
薔薇水晶も頷いてる。私も初めて聞いた。

「そんなの、見てたら分かるの。二人とも体中で蒼星石が好きって言ってたの……」

徐々にトーンダウンしていく雛苺の声。その目からは雫がぼろぼろと零れだした。
「そ、そうだったかしらぁ?」
驚いた顔。
薔薇水晶も驚いた顔をしている。私も気づかなかった。
でも、二人の反応から分かる。それは正解らしい。
気がつけば、私の涙は止まっていた。

「でも、蒼星石は翠星石が好きなの……」

「!?」
驚く二人。驚く私。

それも初めて聞いた。二人の反応を見る限り、それも正解のようだけれど。
「だから、大丈夫だって思ってたの。水銀燈が誰かと付き合うことはないって思って安心してたの。なのに………」
「ちょっとぉ、それはどういう」

「なのに!!!!!」

ビクゥッ
突然の雛苺の大声に、再び私の、そして二人の体が震える。
「なのに、どうして水銀燈と薔薇水晶が付き合うの?どうしてなの?
それじゃあ水銀燈のことがずっと好きだった真紅はどうなるのよ………」

「え……?」

ストンと、胸に落ちた。
そうか、私、水銀燈が好きだったんだ。そっか……

「…どういう、ことぉ……?」
「真紅はずっと水銀燈を見てたのに、」

私はずっと水銀燈のことをを見ていた。

「薔薇水晶なんかよりもずっと長く、ずっと強く水銀燈のことが好きだったのに、」

水銀燈が薔薇水晶と知り合うよりも前から、私の視線はずっと彼女を追いかけ続けていた。

「なんでなの?」

なぜなの。

「どうして薔薇水晶なの?どうして真紅じゃないの?」

どうして、私ではないの。

「水銀燈が薔薇水晶と付き合ったら、真紅はどうすればいいの?」

私はどうすればいいの。

「真紅は、真紅は……っ!」

私は。
私は……

悲しい。
心が痛い。
水銀燈は、薔薇水晶を選んだ。
それは私にとって、とても悲しいこと。
あまりの痛みに、心が悲鳴を上げそう。
けれど。
だけれど。

「雛苺!!」

ビクゥッ
今度は、私の声に雛苺が震えた。
私は雛苺に歩み寄る。

「真、紅……?」

私のために、私以上に悲しんで、私以上に心を傷つける貴女を見るのは、それ以上に悲しくて、心が痛かった。

「雛苺、もういいのだわ。」
そう、もういいのだ。貴女は傷つかなくて。

水銀燈が薔薇水晶が付き合っていることは確かにショックだった。でも、それ以上に。
それ以上に、貴女がそんなに悲しそうに項垂れているのを、もう見ていたくない。

「でも、それじゃあ真紅が!あんなに、あんなに水銀燈のことを見ていたのに」
「雛苺。もう、いいのよ。」
雛苺の言葉をさえぎって、もう一度言う。
私のために、貴女が傷つく必要はないの。私の大事な雛苺。
貴女のために、決着をつけるから、そこで見ていて?

「水銀燈。」

キッと、私は水銀燈に向き直る。
「な、なにかしらぁ?」
「はっきり言うから、今すぐ返事を頂戴。」
水銀燈は一瞬私の視線にたじろぐも、私の言葉から何かを感じてくれたのかすぐに立て直して私に向き直る。
「ええ、わかったわ。言ってちょうだい。」
「水銀燈……」
決意したとはいえ、やはり言いづらい。でも、言わなければ。

「水銀燈、私は貴女が好き。私と付き合ってほしいわ。」

言った。ついに言ってしまった。
そして、返事は分かっている。伝えてしまったら、この恋はお終い。

「ごめんなさい、真紅。私、薔薇水晶が好きなの。」

やっぱり、振られた。
だというのに、私は清々しい気持ちでいっぱいだった。
水銀燈は、ちゃんと正面から受け止めてくれた。それだけで、私は満足だ。
悲しむのは家に帰って、部屋で一人になってから。今はそれよりももっと大事なことがある。

「あーあ、振られてしまったわね。振られた乙女は大人しく退散することにするのだわ。ほら雛苺、行くわよ?」
そう言って私は雛苺の手をとり、扉に向けて歩き出す。
雛苺は数瞬キョトンとした顔をしていたものの
「ま、待ってなの、真紅ー。」
すぐに私に合わせて歩き出した。

教室を出る間際、私は二人を振り返る。
二人は動かず、その位置にいた。

「水銀燈、薔薇水晶、お幸せに。二人の仲を心から祝福するわ。」

会心の笑顔を浮かべて言って、そのまま教室から出た。
廊下を歩いている途中、二人の「ありがとう」という声が聞こえた気がした。






雛苺と二人、屋上までやってきた。
見上げると、そこには悔しいほど綺麗な、蒼く透き通った空が広がっていた。

「……真紅、あれでよかったの?」
おずおずと、雛苺が訊いてくる。
「ええ、あれでよかったのだわ。」
はっきりと答える。
「でも、それで真紅は平気なの?」
「もちろん……」
平気だと答えようとして、やめた。

「…そうね、平気ではないわ。一人でいると崩れてしまうかもしれないわね。」
「なら、どうして」
「だから、ね?」
再び声を荒げかけた雛苺の唇に、そっと指を当てて言葉をさえぎり、その目を正面から見つめた。

「だからね、雛苺。私と一緒にいて?私が崩れないように、雛苺が支えてくれないかしら?」

「え?」
雛苺の目が見開く。

「どうなの、雛苺。一緒にいてくれないの?」
「………ヒナ、で……いいの?」
呟くような声。

「ええ、貴女がいいわ。」

だから、はっきりと頷いてやった。
雛苺はしばらく呆然としていたけれど、やがて満面の笑みを浮かべた。

「もちろんなの!ヒナがずっといっしょにいるの!ヒナは小さいころに真紅の家来になってから、ずっと真紅といっしょにいるって決まってるの!」
その言葉に、ふっと頭をよぎる情景があった。

  「雛苺、私の家来になりなさい。」
  「うゆ?家来?」
  「そう、この真紅の家来になれるのだから誇りに思うのだわ。」
  「家来になれば、ずっと真紅といっしょにいられるの?」
  「そうね、家来なのだからずっと私の傍にいなさい。」
  「じゃあ、ヒナ、真紅の家来になるの!」

それは、幼い日のこと。
拙い約束。無垢な誓い。
子供の頃のこんな約束を、この子はずっと大事にしてくれていたんだ。

「そうね、雛苺は私の家来なのだから、ずっと、ずっと私の傍にいなさい。」

雛苺の手をとる。
ぎゅっと、すぐに握り返してくれる。
今度は、暖かいものが頬を伝うのを感じた。

「うん、ずっと、ずっと傍にいるの!」

雛苺の目にも、それが光っている。

絡み合う指と指に、見詰め合う目と目に、何だか気恥ずかしくなって、



――――――ずっと、いっしょよ。



泣きながら二人、笑った。

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