~第三十八章~
 
 
玉座の鎧武者が、鋭い眼光で、謁見の間に飛び込んできた二人を睨みつける。
巫女装束に身を包んだ金髪碧眼の娘と……巴と面差しのよく似ている、緋翠の瞳を持つ娘。
木曽義仲――前世の記憶を覚醒させられた桜田ジュンは、鼻でせせら笑った。
あんな小娘たちが、鈴鹿御前を脅かす存在だと?

手にしていた皇剣『霊蝕(たまむし)』の鞘で、カツン! と床を軽く叩く。
たちどころに、抜刀した近衛兵の一団が随所から溢れ出し、二人を取り囲んだ。

 「巴……あれが、話に聞いていた小娘どもか?」
 「はい。真紅と、蒼星石です」
 「……ふむ。他愛なさそうに見えるが、ともあれ、お手並み拝見といこう」
 「義仲さまの御命令よ。者共、かかれっ!」

号令一下、近衛兵たちが、真紅と蒼星石に襲いかかる。
見た目こそ同じ骸骨だったが、その技量も、装備も、
今までの雑兵どもとは格が違った。

 「気をつけて、真紅っ! こいつら、意外に手強い相手だよ」
 「そうね。油断ならないわ」

近衛兵たちは単調な力押しだけでなく、巧みな連携で斬りかかってくる。
剣技に秀でた蒼星石ならまだしも、真紅は次第に、消耗度合いを高めていった。
防御装甲精霊、法理衣に護られているから、辛うじて持ちこたえている状況だ。
蒼星石は、そんな真紅を助けようとするものの、近衛兵の攻撃によって、
徐々に互いの距離を引き離されつつあった。

真紅の脳天を目掛けて、近衛兵が大上段から剣を振り下ろしてきた。
辛うじて、真紅は頭上に得物を翳して、その剣撃を受け止める。
だが、のしかかるような鍔迫り合いに圧され、がくんと膝を折ってしまった。
もう一体の近衛兵が、畳み掛けるように、真紅の剣に斬撃を叩き込んでくる。
衝撃で、神剣を握り締める真紅の手が、ジンジンと痺れた。

 「っ! くっ……こ……のぉっ!」

真紅は気を吐いたが、二人がかりで刃を押し込まれ、
片膝を着いた姿勢から身動きが取れなくなってしまった。
そこを狙い澄まして、別の近衛兵たちが、真紅の背後から斬りかかってくる。
この体勢で、躱す術など無い。

たとえ法理衣に護られていても、斬撃を直に受ければ、
棒で叩かれたくらいの衝撃は伝わってくる。
真紅は歯を食いしばって、これから襲ってくるだろう痛みと衝撃に備えた。

刹那、真紅の脳裏に、聞き慣れた娘たちの声が――
 
 
  背後からの攻撃は……任せて。私が……圧鎧で受け止める。
  その後に、縁辺流を起動して、全部やっつけるのっ!
 
 
聞こえた気がした。

今のは、いったい何?
突然の出来事に戸惑う真紅の背後で、斬りかかってきた近衛兵の剣が、
しっかりと食い止められる気配。とても頼もしい、力強い感触。
真紅が肩越しに振り返ると、そこには巫女装束の一部が形状変化したモノが、
近衛兵たちの剣を全て受け止めていた。
装甲の形状変化――圧鎧の特殊擬態だった。

 「薔薇水晶……貴女が、護ってくれたの?」

【忠】の御魂が、自分の中で薔薇水晶の人格として、自律したというのか。
驚きを隠せない真紅の首筋から、今度は縁辺流が飛び立ち、
周囲に柔らかな光を降り注いだ。
だが、近衛兵たちは浄霊術への耐性が高いらしく、足軽どもと違って、
瞬時に消滅する事は無かった。

 「なるほど……ここまで来ると、流石に一筋縄じゃいかないね」
 「でも、怯ませる事はできたのだわ。今の内に駆逐するわよ、蒼星石!」
 「言われるまでもないよ。いつまでも邪魔されたくない」

ジュンの人格は、きっと木曽義仲の内に眠っているだけだ。
彼を目覚めさせる為にも、こんな所で手間取っている訳にはいかなかった。

近衛兵たちの勢いは完全に失われて、包囲網が僅かに後退している。
雛苺の人格と縁辺流が作ってくれた千載一遇の好機を、無駄にしてはいけない。
真紅は抑え込まれていた神剣を気合いと共に押し返し、立ち上がると同時に反撃に転じた。

まずは、いま押し返した二匹の頸を一刀両断に斬り祓い、そこから包囲網を突き崩しにかかる。
背後からの攻撃は、法理衣と圧鎧で防ぎ、前方の敵に注意を傾けた。
ひたすらに、前へ、前へ――

程なく、真紅たちは近衛兵の一団を殲滅した。
その殆どが、蒼星石によって討ち取られた者たちだ。
煉飛火によって生み出された松明の数が、それを証明している。

 「……ふむ。あやかしの術が、これほどとはな。
  鈴鹿御前が手を焼くのも、まあ、得心がいった」
 「しかし、義仲さま。それも此処までのことです」
 「そうだな。我らが直々に、引導を渡してやるとしよう」

言って、義仲は玉座を立ち、真紅と蒼星石を見下した。
彼の隣に、巴がひたと寄り添い、勝ち誇った笑みを蒼星石に向ける。
まるで自分たちの仲睦まじい姿を、蒼星石に見せつけている様子だった。

彼も、巴も、縁辺流の光を浴びていながら、平然としている。
巴は鈴鹿御前の御魂を宿す者として、それなりの耐性を備えているのだろう。
義仲――ジュンの場合は、穢れに染まった時間が短いせいかも知れない。

蒼星石は義仲と巴を交互に睨めつけ、隣で神剣を構える真紅に、小声で囁いた。

 「彼の相手は、ボクに任せてくれないかな」
 「貴女に……」

ジュンを斬れるのかと訊こうとして、真紅は言葉を呑み込んだ。
彼――桜田ジュンを覚醒させられる役目は、蒼星石の方が適役だと思えた。
心を通わせ会った二人なら、言葉だって、互いの胸に届く筈だ……と。
仮に最悪の状況になっても、志願した以上、ジュンを斬る覚悟は出来ていよう。

 「良いわ。私は、巴を引き受けるから……その隙に、最善を尽くしてちょうだい」
 「ありがとう、真紅。一生、恩に着るよ」
 「そう言うことは、全てが巧くいってからにして」
 「そうだね……ゴメン。それじゃあ、巴の方は頼んだよ」

真紅と蒼星石が二手に分かれたのを見て、義仲と巴は、鼻先で笑った。

 「どうやら、一対一の決闘を望んでいるみたいね。
  義仲さまは、どちらの相手をなされますか?」
 「どちらでも構わん。皇剣『霊蝕』の試し斬りが出来るならな」
 「では、わたしが蒼星石の相手を致しましょう。今度こそ――」

息の根を止めて、わたし達の前から抹殺してやる。
巴の胸の内に、黒い炎が燃え上がった。
漸くにして掴んだ幸せを、みすみす奪われる訳にはいかない。
その要因と成り得るものは、どんなに些細な問題であろうと、排除するつもりだった。

巴が右手を頭上に掲げると、どこからともなく集結してきた黒い靄が、なにかを象る。
徐に物質化したソレは――めぐに与えられ、彼女の脇に転がっている筈の武器、
龍剣『緋后(ひきさき)』だった。

 「めぐは、この剣の真価を発揮できなかったみたいだけど……」

巴の鋭い視線が、蒼星石を射抜く。
蒼星石も、敵愾心を剥き出しにした眼で巴を睨み返していた。
鳶色の瞳と、緋翠の瞳が双方の中間でぶつかり、火花を散らす。

 「わたしは違う。今度は、この前みたいにはいかないわよ」
 「そうだね。今度は、手加減できそうにないよ。
  鈴鹿御前の手を借りて、ジュンを誑かすなんて……
  ……ボクは、絶対にキミを赦さない」
 「奇遇ね。わたしも同じ考えよ。わたしは、貴女の存在を認めない。
  だから…………消えてもらうわ。え・い・え・ん・に、ね」

巴は、ジュンを見つめる蒼星石の視線を遮るように、二人の間に割り込んだ。
しかし、いざ階段を降りようとした矢先、彼女の態度に変化が現れた。
目眩でもしたのか左手を額に当てて、なにやら小声で、ブツブツと独り言を呟いている。

 「はい……え? でも、それでは…………解りました。仰せの儘に」

巴は蒼星石に一瞥をくれて牽制すると、義仲の方へ向きなおった。
彼女の、鳶色の瞳には、明らかな不服の感情が表れている。

 「御前様のご指示です。蒼星石の相手は、義仲さまがするように――と」
 「ほぉ? どういう腹づもりか知らんが、この俺に、巴に似た娘を斬れと言うか」
 「気が進まないのでしたら、やはり、わたしが」
 「構わん。巴の内に宿る鈴鹿御前は、真紅と直に決着をつけたいのだろう。
  俺のことは心配するな。お前と容姿が似ていたところで、斬ることを躊躇ったりはしない」

義仲にそう言われては、それ以上、巴に返す言葉など無い。
巴は彼に向かって軽く会釈すると「お気をつけて」と囁き、真紅と相対した。


皇剣『霊蝕』を引き抜き、蒼星石と対峙する義仲。
その瞳は、氷の刃を思わせるほど冷たく、鋭い。
嘗ての、春の日射しのように穏やかで優しい眼差しは、微塵も見受けられなかった。
本当に、彼――桜田ジュンは、心の奥底に沈んで、眠ってしまったらしい。
だが、眠っているのなら、呼び起こすことも可能な筈だ。
蒼星石は懸命に、一縷の希望を見出そうとした。

 「蒼星石とやら。女だてらに相当な遣い手だと聞いたぞ。
  お前と巴の勝負も愉しみだったが……鈴鹿御前の命とあっては是非もなし」
 「ジュン……思い出すんだ。キミが、本当は誰なのかを」
 「? 何を戯けた事を。俺は、木曽義仲。ジュンなどという輩は知らんな」
 「いいや、キミは木曽義仲なんて、過去の人間じゃない。
  この時代に生きていた、桜田ジュンなんだよ」

義仲は眉を顰め、小首を傾げた。
蒼星石が何故、桜田ジュンの名を連呼するのか、全く理解できない風だった。
彼の目には、蒼星石の態度が女々しい妄執と映ったことだろう。

 「小娘の戯言など、聞く耳は持たぬ。その減らず口、二度と叩けなくしてやろう」

言い終えるや、義仲は地を蹴って階段を駆け下り、蒼星石に斬撃を浴びせた。
二度、三度と二人の剣が打ち鳴らされる。
噛み合う刃。皇剣『霊蝕』が放つ障気の向こうで、義仲が口の端を吊り上げた。

 「どうした、精霊とやらの力は使わないのか?」
 「今は……使わない。キミを目覚めさせる可能性が残されている内は」

使えない、と言うのが正確なところだ。
敵を殲滅するだけなら、何も躊躇わない。
が、ジュンの救助を最優先にしている以上、煉飛火を使う訳にはいかなかった。
剣に精霊の炎を纏わせるのは、全ての希望が失われた場合のみ。
ジュンが決して戻らない事が解ったその時こそ、木曽義仲を討ち、
全ての思い出と共に焼き尽くす覚悟だった。
彼女自身すらも含めた、『全ての思い出』を。
 
 
 
 
蒼星石が苦悩に喘ぎながら静かな斬り合いを演じる隣で、真紅と巴もまた、
激しい戦闘の火蓋を切って落としていた。
互いの剣が甲高い音を立てて空を斬り、強烈にぶつかり合う。
あまりの衝撃に、真紅は腕の痺れを感じ始めて、思わず歯軋りした。

 「他愛ないわ。もう息があがっているのね」

巴は余裕綽々と龍剣『緋后』を振るって、真紅を圧倒していく。
生粋の戦士と、俄仕込みの剣士では技量差が歴然で、とても勝負にならない。
重い打ち込みで畳み掛けられ、真紅は呆気なく、壁際まで追い詰められてしまった。

 「そろそろ、終わり?」
 「くっ! まだまだ、これからよ」
 「強がりなのね。弱音を吐かない人って好きよ。
  その調子で、今際の時まで、見苦しい真似はしないでね」

言って、巴が上段から、真紅を袈裟懸けに斬るべく剣を振り下ろす。
真紅は咄嗟に左方へ飛んだものの、巴の斬撃の方が僅かに早く、
真紅の背中を浅く捉えた。
圧鎧と法理衣、二重の装甲精霊で護られているから大丈夫かと思いきや、
巴の振るった剣は、真紅の装束を切り裂き、肌を傷つけていた。

 「痛ぅっ! な……どうして」
 「精霊の力を過信しすぎじゃない? わたし達の技術力だって、日々、進歩しているのよ。
  対精霊用の武具を拵えた事は、笹塚の手柄ね」
 「そんな武器が、造られていたなんて――」
 「今頃は、貴女のお仲間たちも始末されているかも知れないわね」

言われずとも、真紅は既に承知していた。
圧鎧を駆使する薔薇水晶は、既に斃され、御霊となって真紅の内にいる。
対精霊用の武具が用いられたのなら、それも納得できた。

もう、法理衣と圧鎧の防護は期待できない。
巴の鋭い斬撃を躱しきれなければ、待つのは無惨な死だけ。
緊張のあまり、真紅は喉の渇きを覚えた。なんとか、活路を見出さなければ。
しかし、そこは巴も心得たもので、真紅の動きを先読み、回り込んでくる。
真紅は常に壁を背にした状態に追い込まれ、右か左に逃れる他なかった。

 「悪い事は言わないから、そろそろ観念した方がいいわよ。
  そうしたら、せめてもの慈悲で、苦しまずに殺してあげるから」
 「お生憎さま。私は鈴鹿御前を滅ぼすまで、死ぬ気なんてないのだわ」
 「本当に、強情な人。でも――」

巴が左から右へと、剣を薙ぎ払う。狙いは、真紅の細頸。
真紅は、その一撃を神剣で受け止めようとしたものの、
重い一撃に剣を弾き飛ばされ、左方へと薙ぎ倒されてしまった。
慌てて顔を上げた真紅の眼前に、剣を振りかぶった巴の姿があった。

 「これで、おしまい」
 「くっ!!」

無駄と知りつつ、真紅は条件反射的に、腕を翳していた。
巴の瞳には、往生際が悪く映っただろうか? 悪あがきと思われただろうか?
だとしたら不本意だ……などと考えて、真紅は自嘲した。

 (なにを場違いな心配をしているのかしらね、私は。
  今は、生き残ることが最優先だと言うのに)

とは言え、法理衣や圧鎧では防御手段にならない。残るは、縁辺流のみ。
覿面な効果は期待できずとも、巴の眼前に縁辺流を放って、目眩ましに用いるしかない。

巴が剣を打ち下ろす。真紅は直ちに、縁辺流の起動に入った。
――が、間に合わない。
雛苺の人格を媒介として起動するため、どうしても遅れが生じた。

巴の剣が、自分の頸を打ち落とすまで、もう何秒もない。
紛れもない現実であるにも拘わらず、真紅は、まるで他人事のように感じていた。
無意識の内に、現実逃避していたのかも知れない。

 (これで、終わってしまうの? こんなところで?)

真紅が、受け容れがたい現実を直視した次の瞬間、
突如として白い軌跡が謁見の間を駆け抜け、長い得物で巴の斬撃を受け止めた。

 「ふうぅ……辛うじて、間に合いましたわね」
 「き、雪華綺晶!」

すんでの所で真紅の頸を繋ぎ止めたのは、獄狗を駆って現れた雪華綺晶だった。
彼女の神槍『澪浄』が、巴の剣撃を遮っていたのだ。
けれど、雪華綺晶の生存を喜んだのも束の間、
真紅は獄狗の背に載せられた薔薇水晶の亡骸を目にして、再び意気消沈した。
解っていたとは言え、遺体を目の当たりにすると、改めて実感が湧いてくる。
薔薇水晶は、死んでしまったのだ……と。

 「……来たわね、雪華綺晶」

巴は一旦、剣を引いて、神槍の間合いから素早く離れた。
その辺りは、流石に闘い慣れしている。
けれど、二人を相手にする事となっても、彼女の表情に焦燥は見られなかった。

 「だけど、今の貴女は、わたしの敵じゃないわ。
  そんなに銃創を負っていてはね」
 「……それは、どうでしょうね? 侮らないことですわ、巴」

雪華綺晶は獄狗から降りると、薔薇水晶を真紅に託して、神槍を構えた。
彼女の脇で、獄狗が麒麟へと姿を変える。
けれど、精霊が進化する様子を目にしても尚、巴は狼狽える素振りを見せないどころか、
逆に薄笑いを浮かべた。

 「手負いの虎は油断ならない相手だけど、今の貴女は、怪我をした猫よ。
  必死になって、近づく者を威嚇しているだけ。本当……可哀相にね」
 「それで挑発しているつもり? 下手な小細工ですわ」
 「そう思うの? じゃあ、教えてあげる……貴女の身体に、ね」

言うが早いか、巴は一歩も動かずに剣を振るった。
当然の事ながら、切っ先は雪華綺晶まで届かない。物理的に、届く筈がなかった。

だが、一瞬の後には雪華綺晶の身体が、まるで羽か木の葉のように易々と吹き飛ばされていた。
巴の二撃目で、麒麟変化して一回り大きくなった獄狗さえも、あっさりと弾き飛ばされる。


一体、何が起きたというのか。雪華綺晶は壁に激突して、苦しげに呻いている。
彼女の甲冑は、鋭利な何かで引き裂かれたみたいに、ぱっくりと割れていた。
その奥では、衣服が鮮血に塗れている。
雪華綺晶の精神集中が弱まったらしく、獄狗は彼女の背後へと消えた。

 「これで解ったでしょう? 貴女は、わたしの敵じゃあないのよ」

巴の視線が、雪華綺晶から真紅へと移る。
彼女の口元は、不気味な笑みで歪んでいた。

 「次は、貴女の番。邪魔が入った分だけ、長生きできたわね。おめでとう」

真紅は薔薇水晶の亡骸を横たえ、先程、弾き飛ばされた神剣を回収しに走った。
その背を、巴の笑い声が追ってくる。

 「うふふふっ! 貴女の身体も、龍の鉤爪で引き裂いてあげるわ!
  貴女の名前に相応しく、その身体を、深紅の血化粧で飾りつけてあげる」

思いの外、神剣は遠くへ飛ばされていた。
必死に走る真紅の背後で、獰猛な殺気が膨れ上がっていく。

背筋を這い回る悪寒に身を震わせながら、真紅は床に転がっていた神剣の柄に飛びついた。
素早く掴み、二転三転と真横に転がって、巴の狙いから逃れようと試みる。
ちょっとでも動きを止めたら終わりだ。
躍起になって回避行動を繰り返す真紅の態度に、巴の哄笑が一際、高まった。

どうにも癪に触る笑い声だった。
出来ることなら、今すぐにでも黙らせてやりたい。
真紅は歯軋りして、心の中で願った。
誰か、あの笑い声を止めてちょうだい。


果たして、願いが通じたのか……不意に巴の哄笑が止んだ。
続いて、金属を激しく打ちつけ合う音が高鳴る。

 (いったい、どうしたと言うの?)

転がりすぎて些か目が回っていたが、真紅は神剣を杖代わりに立ち上がり、巴を見遣った。

そこには、両手で柄を握って、長い太刀の斬撃を受け止める巴の姿。
そして、巴に斬りつけた水銀燈の姿があった。
水銀燈は、巴と力比べでもするかのように鍔迫り合いを続けながら、真紅を一瞥した。
 
 「なぁに追い詰められてるんだかぁ。やっぱり、へっぽこ退魔師さんねぇ。
  みっともない、みっともなぁい」
 「気をつけて、水銀燈! 巴の使っている剣は、精霊の力を無効化するわ」
 「ふぅん。だったら……直接、叩き斬ってやるわよぉっ!」

巴と水銀燈は、互いに剣を押し返して飛び退き、着地と同時に斬りかかった。
間合いの広さでは、水銀燈の方に利がある。
長い得物の場合、一撃が大振りになってしまいがちだが、
水銀燈は巧みな太刀捌きで、巴ほどの達人にも、付け入る隙を与えなかった。
龍剣『緋后』による龍の鉤爪も、水銀燈が主導権を掌握することで実質、封印状態だ。

打ち合うこと数撃、巴の表情に、微かな焦りが見え始めた。
 
 
 =第三十九章につづく=
 
 

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最終更新:2006年05月24日 22:17