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「ジュン様は奥手すぎるのですっ! 大体ですね……」


  さて、隣でやたら僕に絡んでくるこのお方の対処に、僕はほとほと困り
果てて居るのだった。どうしようかなあ……普段おしとやかでも、ひとっ
てやっぱり変わるんだなあ……
 かと言ってこのまま放置していく訳にもいかないし。一度腹を決めたのだ、
とことんまで付き合おうではないか。

  僕の隣で、最早顔も真っ赤にしながら話し続けているのは雪華綺晶。この
辺りじゃ有名なお屋敷に住んでいるお嬢様である。夕暮れ時の光が、彼女の
顔をより一層赤く照らしているように見えた。


「あ、また無くなりましたわね……ジュン様、そちらの袋をおとり下さいますか」

「はいよ」


  がちゃん、と音が重く響くほど中身の詰まった袋を、彼女に渡す。


「ゴミを持ち帰るのは、ひととしてのマナーですわ」


  そう言って、袋の中身の容積がまた増えた。ここはとある河川敷。丁度橋
の影になっていて、周りからは多分僕らのことは見えづらいと思う。
  ……ああ、雪華綺晶。確かにゴミを持ち帰るのは大事だね。


「はいはいはい! ジュン様も減ってませんわよ! かんぱ~い」


  プルタブを開けて、僕の缶にコツンと当ててから自分の口の方へ持ってい
く彼女。……何本目だ? お察しの通り、僕はちまちまと、彼女はものすごい
ペースで呑み続けている液体は……お酒。


  お嬢様が。
  夕暮れ時の河川敷で。
  僕とお酒を呑んでいる。


  何で、こんなことになったんだ? ああ、一時間前の出来事が遠い……


【お酒と河川敷と、お嬢様】


~はじめから、一時間程遡ったお話~


「あら、ジュン様ではございませんか」

「お? 雪華綺晶か。どうしたんだよ」

「習い事の帰りですわ。ジュン様も何か買い物を?」


  時刻は夕方近く、近所のスーパーで僕は彼女と出会った。今日は姉が部活
のために不在で、夕飯は自分で作らなければならなかったから。とりもあえず
適当に何か見繕おうと思って、ここまで足を運んだのだった。
  コンビニでも良かったのだが、姉が『コンビニ弁当はめっめっよう! 身
体に悪いんだからあ』などと言ってきたので。まあたまには自分で何か作るの
も悪くないかと……そんなことを考えたのだった。


「あら、それでしたら。宜しければ私がお作りしましょうか?」

「本当か? そりゃ有難いけど……お前の都合は大丈夫なのか」

  なんと言っても、彼女はお嬢様。門限なんかも厳しいイメージがあるのだ
けれど。

「それは心配に及びませんわ。両親は出張で居ませんし、妹はイベントに行く
 とか言って、泊まりがけで家を空けておりますの。
 執事には私から連絡を入れれば良いですし」

「ふぅん……じゃあ、お願いしようかな。でも薔薇水晶がイベントって……一体何の」


  雪華綺晶には妹が居る。顔がとても彼女に似ていて(故にそれだけ美人とい
うことだ)、いつも姉にくっついてる様子。ただ性格は姉よりも大分おとなしめ
で、ぱっと見自己主張の少ないタイプだと言える。……そう、ぱっと見は。


「……それは内緒にして欲しいそうですわ……ふふふ」


  ちょっと、ぞくりとした。いや、ほんとに何なんですか、お姉さん。


「え、っと。じゃあとりあえず材料買うか。僕も手伝える位のレベルの料理がいいな……」

「それでしたらカレーにしましょうか。我が家秘伝の味を伝授してさしあげますわ」

「そ、そうか。じゃあ僕は食材選んでくるから。雪華綺晶は何か適当に、飲み物選ん
  できてくれないか?」

「畏まりましたわ、ジュン様」


  そう言って、彼女はにこりと微笑む。なんというか、零れるような笑顔だなあ。
  そんなやりとりのあと、僕らは一旦、店内で二手に別れたのだった。










  とりもあえず無難に食材を選び、レジを終了。袋に詰め終わって、出口の方で
彼女を待つことにした。


「お待たせしました、ジュン様~」

  彼女が持っていたのは、中身が一杯入っている袋。……ちょっと多すぎないか?

「なんだ、随分買ったんだな……あ、お金はあとでちゃんと払うよ」

「いえいえ、大丈夫ですわ……さ、行きましょうか」


  思えば。ここで僕が冷静に彼女に突っ込みを入れることが出来たのならば、良
かったのかもしれない。


  川沿いを歩いて辿る家路。陽が大分傾きかけていた。五月の風は大分温かくな
っていたし、多分もうすぐ梅雨がやってくるのだろうけど……それまでは、この春
の風を浴びることが出来るだろう。

  僕が乗ってきた自転車のカゴに、雪華綺晶が買ってきた飲み物の袋を入れて。
僕は自転車を手押ししながら、彼女と並んで歩いていた。彼女には、食材の方を
持ってもらっている。
  雪華綺晶は歩きながら、携帯電話で自宅への連絡を済ませていた。


「重くないか?」

「いえ、心配には及びませんわ」


  ふと横を見やると。そこには見慣れた河川敷が広がっている。


「昔はここで遊んだりもしたよなぁ……」

「そうなんですか?」

「うん。最近じゃあ、外で遊ぶなんてことも……めっきり減っちゃったけどな」

「そうなんですか……私には、そういった思い出はあまりありませんから。少し
 羨ましいですわ」


  そうか。彼女は今も習い事の帰りだと言っていたっけ。遊ぶ暇なんて、昔から
無かったのだろう。


「……よし。ちょっとここで休んでいこう」

「え?」

「まだ腹がそれほど空いてる訳でもないしさ。ちょっと寄ってく位なら、いいだろ?」

「……そうですね。じゃあ、降りましょうか」


  そこで見た微笑みも、やっぱり綺麗だった。まあ、ここではしゃいで遊んだり
する訳でも無いのだけれど……少し思い出に浸ってみるのは悪くなかったし、雪
華綺晶にもこの河川敷の空気を感じて欲しかった。なんと言っても、ここはかつ
ての僕のお気に入りの場所だったから。

  自転車は道脇に停めておいて、買い物袋は一緒に持ってきた。丁度坂っぽくな
っている所へ、僕らは並んで腰掛ける。


「夕陽……綺麗ですねえ」

「そうだなあ」


  なんか、ロマンチックな雰囲気だった。これで僕らが恋人同士だったら、それ
なりに良い感じの状況なのかもしれなかったが、生憎そういった間柄では無い。
  改めて見ると、薔薇水晶とほんとに似ているんだなあ……と。何となく、思う。


「ジュン様、飲み物でもどうですか?」

「お、いいね」


  彼女がおもむろに袋の中身を取り出した。


「林檎とか檸檬とかカルピスとか、一杯あったので買ってしまいました。あまり
  こういうものを家で飲む機会がなくて。なんというか、許してくれないんで
 す……どれにしますか? ジュン様」


  そうなのか。雪華綺晶の家で出される飲み物っていったら天然果汁百パーセン
トの高級なものを想像しちゃうよなあ……なんか納得。


「じゃ、林檎で」

「はい、どうぞ」


  缶を受け取る。黒い缶にフルーティな林檎の絵が描かれてるなあ。……こんな
ジュースあったっけ?
  雪華綺晶の方を見た。……カルピスソーダか。うん、まあ美味しいよな。

……

……


 カルピス"ソーダ"?


  僕は多分。それがそのように見えたのは、僕自身がそう信じて疑わなかっ
たためだったと思う。僕は手渡された缶を、改めてまじまじと見据えた。こん
なんすぐ気づくだろうに……僕は馬鹿だ……


「雪華綺晶! それ、サワー! カルピス"サワー"! お酒だぞ!」

「サワーなんてお酒のうちに入りませんことよ、ジュン様」

「そうk……いやそうじゃねえええ!」


  ちなみに僕が持っているのはりんごチューハイ。お酒です。お酒は二十歳になっ
てからです。


「まあまあ、堅いことを仰らずに。一本だけ呑んだら家へ向かいましょう。食前
  酒と思いましょうよ」


  雪華綺晶って、こんなキャラだったっけ……とか思いつつ。一瞬でも彼女の
『一本だけ呑んだら』宣言を信じてしまった僕が、愚かだったわけで。



~十数分後~

「ジュン様ぁ~。あ、空きましたね。申し訳ございません、気も利かずに……ささ、どうぞ」

「……」


  僕が一本呑み終わるまでの時間は、雪華綺晶が出来上がっちゃってしまうのに
は十分過ぎるものだった。よく炭酸なのにそんなに呑めるな……(※注 彼女は三本目)


「ん……おいし。さて、次でございますね」

「おい雪華綺晶。そろそろ行かないか? 腹空いてきたし……」

「何を仰ってるのですかジュン様。男子たるもの、この程度でへこたれてはいけませんわ!」

  ビシッ、とこちらに指をさしながら言う彼女。……眼が据わってませんか? あなたは酔ってませんか?

「……え、ごめん……」


  指摘出来ずに謝ってしまうのは桜田ジュン、僕だ。ごめんなさい、何か怖いんです。


「わかれば宜しいんですの。……時にジュン様」

「……何だよ?」

「妹のことなんですが……ばらしーちゃんを、どう思ってるんですの?」

「は?」

「誤魔化さないで下さいませ、ジュン様。私にはわかるんですのよ」

「え……はい……」


  彼女が何を何処まで知っているのかは知らないが、気圧される。


  まあ多分、僕の薔薇水晶に抱く感情といったところか。僕は彼女のことが確かに
気に入っているし。薔薇水晶は友達がそんなに多くなくて、仲の良い仲間の少人数で
固まるタイプ。それ以外は姉にべったり。
  僕はそんな彼女に結構話しかけていた。けれど、仲の良い友達という関係を超えら
れない……そんな感じだった。


「ばらしーちゃんは私の大事な妹です! でもジュン様ならば私も納得できる殿方だと……
  そう思っておりましたのに」

「え……」

「ジュン様はもっと積極的にアプローチするべきなのですわ!」

「えええ!?」


  ぐいー、と缶の中身を飲み干す雪華綺晶。素晴らしいね。素晴らしい呑みっぷりだよ。



~そして現在に至る~

「う~……」

「おい、大丈夫か……」

「そう、ばらしーちゃんは、ジュン様のことがきっと好きですわ……」

「……」

「でもあの娘、臆病なんですわ……たまに取る行動は大胆ですが」

「ん、確かに」

「……あの娘には、幸せになって欲しいんですの……私の……分まで……」

「おい、雪華綺晶」

「……」

「おーい」

「……すー……すー……」


  寝ちゃったか。参ったな、どうしようか。
  もう、陽は大分沈んでしまっていて。辺りは薄暗くなってしまっている。大分呑
んでるし、このまま家に帰すのも危ういな……

  僕はとりあえず、彼女の自宅に電話をかけるべく、携帯電話を取り出した。
  ……さて、何処まで誤魔化せるか。


『もしもし』

『あ、ラプラスさんですか。雪華綺晶さんの友人の、桜田です』

『おお、ジュン様で御座いますか。そちらにお嬢様がいらっしゃると聞いておりますが』

『あ、そうですね……彼女は僕と一緒に居るんですが……』

『ほほう。何か不都合が生じましたかな』

『ええと、なんと言うか……彼女、今日僕の家にご飯を作りにきてくれるって言ってて。
  それでご飯は作ってもらって食べたんですけど、今雪華綺晶さんが疲れて眠っちゃって
  るんですよ』

『……お嬢様が?』

『は、はい、そうです』

  怪しすぎる――だろうか? そりゃ怪しいよなあ。

『ジュン様――ひょっとして、二人でお酒をお召しになられたのではないでしょうか?』

『えっ! いや、その』

『いやいや……私はジュン様を信じておられます。大方アルコールを買ってきたの
  はお嬢様の方でしょう』

『あー……』

『困ったもので御座いますな。お恥ずかしい話、お嬢様はそれはそれはお酒が好き
  な方でして。この間も禁酒令を発動しようとした私と意見が衝突したのですがね、
  それによって壮絶な闘いが発生しましてな』

『はぁ……』


"壮絶な闘い"に思い当たる節がある自分が嫌だなあ。


『まあ最終的には私の勝利で御座いましたが……納得はされて居られなかったのでしょうな。
  それでは今はジュン様のご自宅で?』

『は、はい、そうです』

『恐らく二~三時間もすれば、けろりとお目覚めになられるでしょう。それまで申
  し訳御座いまんが、ご自宅でお預かりになっては頂けませんかな』

『はい……すみませんでした』

『はっはっは。大丈夫で御座いますよ。眠っている間に私が家へ送ったとあっては、
  お嬢様も大変憤慨なさるでしょうから。それに私が本気でかかっても七割方敗北するでしょう』

『え、どういうこ』

『ジュン様。……くれぐれも、お嬢様の寝込みを襲おうなどとは、考えないことですぞ……』

『え、ちょ、ラプラスさーん!?』


ツー、ツー、ツー

  ……切れた。どうしよう……

  僕の隣には、すやすやと眠っている雪華綺晶の姿。襲おうなどとは考えないが、
……襲ったらどうなるのか、考えたくもない。


「ジュン様……」


  どきり、とした。何だ、寝言か。
  とりあえず、……ここに居ても風邪引くな。春とは言っても、夜はまだ肌寒い。


「正直に言って、車で送ってもらえば良かったな……」


  その辺りは後悔しても遅い。なので、買い物の荷物を持ち。空き缶が大量に入っ
た袋も持って。……自転車は無理だな。置いていこう。
  雪華綺晶を背負い、僕の家へ運ぶことにする。

  背中ごしに伝わる彼女の体温が、暖かかった。彼女は驚くほど軽く、背負うのが
殆ど苦にならないのが助かった。
  運んでる途中、時々聞こえてくる寝言にどぎまぎさせられながら、僕は家まで何
とか辿りついたのだった。やれやれ……



~後日~


  あの日雪華綺晶は、ラプラスさんが言っていた通り間もなく目覚め、僕に平謝り
することに。……お酒呑んでる間の記憶は、全部すっ飛ばした様子で。
 まあ、深く突っ込むこともないかと思い。自転車を回収するついでに、彼女を自
宅まで送っていったのだった。


  今日、僕はまたスーパーに買い物に来ている。今度姉はまた部活の試合で遠征し
てしまったので、また僕が料理を作らなければならない事態になっている。


「あ……ジュン……」

「お、薔薇水晶。お前も買い物か?」

「うん……今日は私がご飯作る日……」

「そうか。僕も今日カレーでも作ろうかと思ってさ。家に誰も居ないし」

「……じゃあ、私作ってあげようか……?

「へ?」

「今日お姉ちゃん、とあるイベントに行ってて家に居ないの……」

「イベントって……何ですか……」

「それは……秘密!」


  にこり、と。彼女は雪華綺晶にも負けない位の微笑みを浮かべて言った。


  何だろう、


「……じゃあ、ジュンは食材買ってきて。私、飲み物選んでくるね……」


  この、フラッシュバックは。


  ああ、この二人はやはり姉妹。どうしようもなく似ている。こんな状況に流され
てしまう情けない男は、桜田ジュン、僕だ。


「じゃあ、れっつごー……」


  そんな楽しそうな顔されて、断れる男が居るのか?
  僕はとりもあえず、そんな彼女に付き合うことにする。


  そして。お酒と河川敷と、お嬢様というトリプル編成はまた繰り返され。
  僕がそこで酔っ払った薔薇水晶から今度は雪華綺晶の僕に対する秘めたる思いを聞かされて、
  それはそれはでかい衝撃を受けながらも。
  なんて美しい姉妹愛なんだと感じながらラプラスさんに電話することなるのは……


  また、別のお話で。
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