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朝になり、一応は落ち着きを取り戻したものの、大事を取る形で、その日は学校を休んだ。

翠星石は僕に付き添うと申し出てくれたけど、

これ以上迷惑を掛けるのは居た堪れなかったので、無理矢理学校に送り出させて貰った。

寝不足と緊張でぼろぼろだった身体は、しかし午前一杯の睡眠で殆ど元通りになっている。

どうもあの夢の所為で疲れ果てていたのが、今度は夢を見ないで済む方向に働いてくれたらしい。

全く以って皮肉な話である。正直、ここまで夢に振り回されていると、何だか怒りすら沸いてくる。

午後になると、僕は病院に向かった。翠星石が予約を取ってくれていたのだ。

本当に心配を掛けさせてしまっている……流石に内科は違うんじゃないかと思ったけど。

でも、夢の相談なんて病院自体お門違いだろうし……いや、こういう場合は神経科なのかな……。

そんな事を考えながら、ありもしない病気の類の検査を終えて、診察室を出ると――――


(ジュン君……真紅に、雛苺も……)


見知った顔を見つけて、思わず僕は隠れてしまった。

だって……会っても、どんな顔をすれば良いのか分からない。

ジュン君、夢の中で君を刺しました、ごめんなさい。

当然だけど、そんな妄言に付き合わせる訳にはいかない。

だけど今の僕はそんな当たり前も――――夢と現実の区別もできないほどに不安定だ。

自分でも何を口に出すか分からない、だからこの逃避はお互いの為。そう自分の行動を正当化した。


……でも、あの三人がこの病院に来ている理由は、一体なんなのだろう?

真紅、雛苺、ジュン君は、中学の頃から一緒の学校に通っていたと聞いている。

だから珍しい組み合わせでもない……のだけれど、

今の時間と制服を着ている所から察すると、どうも学校帰りに寄ったようだし……


そこで――――思い出した。夢を。僕が、ジュン君を刺した、あの夢の感覚を。


途端に心拍数は急上昇、脂汗が吹き出て身体が震え始める。

まさか、まさか……そんな筈は無い。そんな筈は無いと、頭を振って嫌な想像を追いやる。

だってあの夢が本当なら、彼は重傷だ。あんな風に自然と歩ける訳が無いのだから。

しかし、このタイミングで真紅と共に病院へ来るというのは、いささか出来過ぎてはいないだろうか?

まるで疑って下さいと言わんばかりだ…………僕は自然と爪を噛みつつも、物陰から三人を見張る。

……理由を、知りたいだけだ。別にそれ以上を求めるつもりは無い。

ただ、あの夢は夢でしかないのだと信じたいから、僕の足は、細心の注意を払いながら彼らの後に続く。

あの三人が、この病院に来た理由を確かめる。たったそれだけの為に、素人ながらの尾行を開始した。


(…………エレベーターに乗るのか)


幾らなんでも同じエレベーターに乗る事はできない。

僕は彼らを乗せたそれの扉が閉まるのを確認してから、

すぐに走り寄って、現在位置を示すフロアのランプを見守る。

エレベータが止まった階は、一つだけだった。


(そこは病棟……という事は、誰かのお見舞いなのかな……)


戻ってくるエレベーターを待たずに、これから上へ向かおうとしていた隣の物へと乗り込む。

距離を離された事に焦燥を感じていたのかもしれない。冷静さを欠いている事は明らかだった。


(お見舞いだけならそれで良い……どうかそれだけで帰って……お願いだよ……)


そう心の中で祈っている間に、目的の階に着いた。僕を待っている筈も無く、彼らの姿は無い。

探さなくては――だけどこの病院は広い――特定の病室に入られたら、虱潰しに探す事になる――

焦りが蓄積する……そんな僕の目の前を、一人の看護士が通り掛かった。

丁度良い。この人に聞いてみよう。


「あの、すみません。お尋ねしたい事があるんですが」

「―― ええ、よろしいですよ。なんでしょう」

「先程、この辺りを男女の三人組が通りませんでしたか?

 薔薇学園の制服を着た人達なんですけど……」


……しまった。『先程』は余計だったかもしれない。

あくまでも単なる人探しを演出すれば良かったのに、

時間まで指定してしまったら、現在進行形で追跡している事を匂わせてしまう……。

しかしそれは杞憂だったのか、看護士さんは手鼓を打つと、何の疑いも抱いていない顔で教えてくれた。


「あら。じゃあ貴女、もしかして真紅ちゃん達のお友達なのかしら?」

「真紅を知っているんですか?」

「ええ。雛苺ちゃんとジュン君もね。あの子達もここに随分と長く通っているし」


長く通っている……なんだ。つまり病院で彼らを見るのは、そう珍しい事じゃないのか。

心の中で安堵する。完全に安心しきった訳ではないけれど、今なら妄想説の方が圧倒的に優勢だ。

看護士さんの態度が急にフランクになった点を考慮しても、

彼女の言葉は信用できるだろう……少なくとも僕の夢よりは。


「それなら貴女も、柏葉さんのお友達なのかしら?」


と、ここで聞き慣れない名前が出てきた。柏葉……?

それは、今までの話の流れから推測するに、三人が訪ねている張本人、入院患者だと思われる。

答えは否なのだが、それならどうして僕はここにいるのか、という話になってしまっては事だ。


「えっと……あの三人ほど仲良くはないんですけど……

 暫く会ってなくて、最近の事情もよくは知らないといいますか……」


……もっときっぱり言い切ればいいのに、我ながら怪しい回答をしてしまった。

だけどこの人の良い看護士さんは、僕の心配を悉く裏切って、勝手に話を進めてくれる。


「……もしかして、柏葉さんがどうして入院しているのか……知らないの?」

「あ、はい……具合、そんなに悪いんですか?」

「そうか、中学以前の……困ったわね。この場合、守秘義務ってどうなるのかしら……」


そう言って一人納得すると、僕を置いて考え込み始めてしまう……。

最初は、三人が病院に来た理由だけを知りたかった筈なのに、足を突っ込み過ぎてしまったようだ。

しかし彼女の中で、柏葉さんの友人になっている僕が、今更話を中断させるのもおかしいし……


「でも、お見舞いに来たのなら、これから嫌でも知る事になるし……

 もう! 真紅ちゃん達、どうして事前に教えておかないのかしら!」

「……あの、その……そんな、無理にとは」

「だけど貴女、お友達なんでしょう!?」

「う……は、はい……」


凄い剣幕に圧されて思わず頷いてしまった。途端に看護士さんは、でしょう、でしょう! と叫び、

ナースキャップをわしゃわしゃと引っ掻き回して…………とても神妙な顔で、告げた。


「気をしっかり持って聞いてね…………柏葉さん、実は一年以上、寝たっきり目覚めていないのよ」






僕は逃げた。とにかく、看護士さんの前から、病院から、三人の近くから、逃げ出した。

やってしまった……三人の秘密を覗いてしまった……

自分の思い込みで一方的に彼らを疑って、保身の為に嘘を吐いて、その結果がこれだ。

自己嫌悪……他人の過去に無許可で踏み込んだ事への後悔、

理由が知りたいだけという最初の思惑は何処に行ったのか、自分の流され易さが嫌になる……。


「どうして僕は、いつもこうなんだ……」


自分の家、自分の部屋、真っ暗な闇の中で、僕は一人ぽつりと呟く。

誰かに引っ張られなければ何もできない。誰かに引っ張られてしまえば逆らう事もできない。

一人じゃ何もできやしない。自分を幾ら探しても、あるのは、影、影、影の暗闇だけで……

その影は誰の後姿? 翠星石? 違う。翠星石の真似をする、僕自身の影の形だ。

翠星石がいなければ何もできない。翠星石のいない僕は、蒼星石にもなってはくれない。

一体誰なんだ、僕は……どんな形をしているんだ、どんな形をしていればいいんだ……!


「……このままじゃ、僕はまた……」


脳裏に過ぎる、忌まわしい過去……自分の身勝手さで、大切なものを見失った過去……

自分が分からなくて、だから選んでしまった、誰にも覗かれたくない罪……。

それが甦ろうとする度に、胃の中の物が込み上げてくる。

翠星石の前で無理をして食べた夕食が、身体の中に留まってくれず、内側から僕を苛み続ける。


「僕は……どんな僕でいれば、居るのを許して貰えるんだ……」


延々と繰り返される独り言――――しかしそれも、その言葉が最後だった。


『簡単だよ蒼星石……君はただ耳を塞いで、使命感に突き動かされていればいいのさ。

 『世界樹』は君の救い――――一人じゃ何も出来ない君に、生きる価値を与える神なのだから』






もう、何も見えない。何も見たくないし、何もかもがどうでもいい。

がんがんと、物と物が激しくぶつかり合う音、まるで目覚ましのように、しつこく鳴り続けている。


「そうせ――――蒼星石! 止めろ、お前は本当にこの戦いを望んでいるのか!?」


……うるさいな。毎回毎回どれだけ痛めつけられても、懲りた素振りも見せず今日も説得とくるか。

元はと言えば君の所為じゃないのかい? 僕がこんなに苦しいのは。こんなに辛い気持ちになったのは。

君がこうして夢に出てくるから――僕は現実に疑いを抱いて、自分を見失いかけたんだ。


「お前は受け入れていない……『世界樹』の為に戦う事を、心の底から受け入れちゃいない!」

「……うるさい……僕を否定するな……僕を勝手に決め付けるな……!

 『世界樹』 『世界樹』 『世界樹』 ――――いいじゃないか、何が悪い!?

 確かに分からないよ。『世界樹』が何なのかすら、僕は分かっていないよ!

 でも――『世界樹』の為に戦えって、誰かが言ったんだから――その通りにして何が悪いんだ!」

「それでいいのかよ、自分の意思を放棄して、言われるがままの操り人形なんて、そんなの……!」

「だって僕は――――自分が誰なのかも、分からないんだよぉぉぉッッッ!!!」


激昂し悲鳴を上げて、しゃにむに鋏を振る。きっとその姿は滑稽で、隙だらけと言う他なかった。


「っのぉ! ならせめて、大人しく夜が明けるのを待ってろよ!」


ジュン君の左手、薔薇の指輪がこちらに向けられた。

かつての夢と同じ、溢れ出る光の糸。それは鋏を巻き取ると、そのまま僕の身体を縛り付けた。


「く、くぅ!」


腕から強引に離された瞬間、鋏は光の粒になって消え去る。

力が入らない……自分はもう戦えないと思った瞬間、あれほど猛っていた闘争心もまた、霧散した。


「蒼星石……」

「…………」

「……真紅! 説得はできなかったけど、蒼星石はもう戦えな――――」


ざく――――大きく勝利を宣言しようとしたジュン君の足から、紫色の水晶が生えた。

その背後には見知った人物、薔薇水晶の姿が在る。

ジュン君はすぐ真横に転がり、距離を取って薔薇水晶と対峙した――足を水晶に貫かれたまま。


「薔薇、水晶…………真紅は、どうしたんだ?」

「……貴方は、真紅に時間稼ぎを頼むべきじゃなかった。

 彼女の実力なら、単独で私を倒す事も不可能じゃなかったのに……

 時間があれば、私にだって隙を突けるチャンスは生まれる……蒼星石に構い過ぎたんだ……」


そう言って薔薇水晶が指差した先には、巨大な水晶が幾重にも重ねて作られた牢獄があった。

その隙間からは、真紅の服が覗いている。

あの中にいるのか。もしかしたら、今のジュン君のように鋭い水晶が刺さっているのかも……


「もしかして……蒼星石の次は、私のつもりだったの……?」

「そんなの……真紅がお前に言っていた事を思い返せば分かるだろう?」

「……貴方達は……本当に甘い」


薔薇水晶の言葉を余所に、足を穿ったままの水晶を掴んで引き抜こうとするジュン君……

だけどそれは抜けない。

彼が腕に力を込める度に、不気味な光を放って振動し、その行動を阻害する。

それが一体どれだけの苦痛なのか……考えたくもない。まるで拷問を見ているようだ。


「それは封印……傷だけを与えても、貴方には意味が無いから……」

「畜生……頭使いやがって……」


ジュン君は苦笑いを浮かべる。当然虚勢だ、言葉尻が震えている。


「どうするの、ジュン……真紅との契約、切る……?」

「……冗談」

「そう言うと思った……」


薔薇水晶は掌を上に高く掲げると、彼に向けて振り下ろす。

その軌道に導かれるように、暗い空から降り注ぐ水晶の柱――

それは瞬く間にジュン君を取り囲み、彼の逃げ道を完全に封じた。


「貴方は所詮、私達から力を借りているだけの偽者……。

 迷いを抱えた蒼星石ならともかく、一人で私に勝てる道理は無い……」


そこまで言って、薔薇水晶は僕を見る。


「……その目に焼き付けなさい。これが敗者の辿る末路……」


背筋が凍る。薔薇水晶は笑っていた、僕の知らない顔で。

まるで別人だ……僕もあんなだったのだろうか。誰も知らない――蒼星石だったのだろうか。


「串刺しにしてあげる……」


彼女はそんな恐ろしい言葉を平気で口にして、


「……一本目」


今まで僕がしてきた事を再現するかの如く、情け容赦の無い行動を開始した。

水晶と水晶の隙間から、水晶の槍が垂直に差し込まれ、中のジュン君が赤く染まる。

最初は何が起こったのか分からなかった――――何が起こっているのか、分かりたくなかった。


「―――― 止めなさい、薔薇水晶ッ!」


制止を呼びかける叫び声。

振り向けば、未だ水晶に半身を囚われつつも、

それを砕いて自由を取り戻そうとする真紅の姿があった。


「二本目」


ざぷ。まるで津波のように大量の血が撥ねる。

必死に足掻く真紅……でもあれでは間に合わない……彼を助ける事は、できない……。


「薔薇水晶! そんな事をしなくても、貴女だって私達の力を封じる方法を……!」

「三本目」


柔らかい音。ジュン君は血達磨に変わり果てて、もうとてもじゃないけど正視に堪えなかった。

しかし、目を逸らした先に待つのは薔薇水晶の微笑……見た事の無い、薔薇水晶の顔。

彼女は、ジュン君を見るでもなく、真紅を見るでもなく、僕を見て笑い続けている。

なんで、どうして僕を見るんだ。まるで僕が悪いみたいじゃないか。僕の所為みたいじゃないか。

それとも、その行為に同調を求めているのか? できないよ。そんな事できやしない。

こんなのは使命も何も関係ない、ただの虐殺だ、嬲り殺しにしか思えないよ。

でも、僕もしたんだ……同じ事を、彼を突き刺して、笑った、笑った、思いっきり笑っていた。

変わらない。今の薔薇水晶と何も…………ああ、でも、それでも……この苦しい気持ちはなんだ……!

僕はどうすればいい、分からないよ、翠星石……こんな時、君なら一体どうするんだい……?






『……蒼星石』


翠星石―――― 僕は―――― 教えてよ――――


『出る幕は、ないです』


―――― え?




『そんな事で翠星石を頼らなくちゃならないほど、私の妹は馬鹿な子じゃねぇですよ』






……どう、する?


「四本目……」


翠星石は頼れない――――翠星石には逃げられない……

僕が、決めなくちゃ……今、この場にいる僕が、これから何をするのか、したいのか……。


「五本目―― 六本目」

「ジュン、ジュン…………お願い、返事をして、ジュンッ!」


使命も碌に果たせなかった僕は、もう誰からも必要とされないだろう……

だから……だから? だから裏切るの……? 居場所を失ったから、僕は……僕は……




「……僕は、そこまで馬鹿でいたくない……!」




―――― 縛られたままの右腕に、金色の光が宿る。

その中から現れたのは、鋏……これまで散々振るってきた物と比べて、とても小さな鋏。

だけど分かる……これは、今の僕の為に姿を変えた物なのだと、これは僕の物なのだと。


脱出する。その為に、この身を縛る光の糸を断ち切った。


そして鋏の大きさは再び変わる――――僕の次の目的、目の前の戦いへと参戦する為に。


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