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  ~第三十四章~
 
 
薔薇水晶の亡骸を腕に、雪華綺晶は号泣していた。
また、母との誓いを果たせなかった。余りにも無力だ、私は。
自分自身に憤りを感じて、どうしようもなく口惜しくて――

 「薔薇しぃ……仇は、きっと討ちますわ」

雪華綺晶は、やり場のない黒々とした感情を、笹塚へと向けた。
八つ当たりと言われても良い。責任転嫁と蔑まれたって構わない。
今はただ、やるかたない憤懣の捌け口が欲しかった。

 「――貴様だけは、容赦しませんよ。笹塚」
 「は! 笑わせてくれるねえ。赦しを請うのは君の方だよ、雪華綺晶」
 「なんですって? 誰が、貴様なんかにっ!」
 「僕に、じゃないさ。御前様に平身低頭した方がいいと、忠告してるんだ。
  君だって、御前様の寛容さは知っているだろう?」    
 「だ……黙れっ!」
 「衷心を示し、飼い犬としての分を弁えれば、また可愛がってもらえるさ。
  それに、君の妹を生き返らせてくれるかも知れないよ?」

それは、悪魔の甘美な囁き。耳を貸せば、心の弱みに付け込んで、魂を穢れさせる。
当然、拒絶すべきだ。そんな事は理解している。
けれど……笹塚の言葉は、抗いがたい魔力を秘めていた。

 「薔薇しぃが……生き返る?」
 「その力を、御前様はお持ちだ。悩む必要なんか無いだろう?
  御前様に帰順して、可愛い妹を取り戻してしまえよ。
  そして、君ら二人で、四天王の一翼を担えばいいんだ。のりに代わって……ね」

笹塚の言葉を聞いて、雪華綺晶は心に冷や水を浴びせられた思いがした。
のりを失脚させ、代わりに薔薇水晶を着任させるなど、とんでもない話だ。
幼少の頃から自分を育ててくれた、のり。
敵同士になった今でも、彼女を裏切るような真似は、絶対にしたくなかった。

それによって、雪華綺晶は正気を取り戻した。
薔薇水晶を復活させたいが為に、穢れの支配を受け入れるなんて以ての外だ。
それは、単なる自己満足に過ぎない。
母との約束は――薔薇水晶を護るという事は、そんな意味ではない。

 「……決めましたわ」
 「勿論、英断だよね?」

雪華綺晶は、いま一度、薔薇水晶の髪を慈しんで、そっと亡骸を横たえた。
そして、神槍『澪浄』を握り、穂先を笹塚に向けた。

 「いいえ。決心したのは……貴様を斬り、鈴鹿御前を斃すことよ」
 「……や~れやれ。存外、愚か者なんだねえ」

嘲った笹塚もまた、雪華綺晶に屍銃『覇伝』の銃口を向けた。
二人の視線が交錯、衝突して、火花を散らす。

 「御前様に取りなしてあげようって言ってる、僕に刃を向けるのかい?
  姉妹の告別も、特別のお慈悲で、大人しく見守ってやったのにさ。
  恩を徒で返すなんて……ホント、万死に値するよね」
 「薔薇しぃを殺した元凶のクセに、いけしゃあしゃあとっ!」

鉄砲足軽どもの始末は獄狗に任せて、雪華綺晶が走り出す。
彼女に向けられていた笹塚の銃が、火を噴いた。

しかし、どれだけ弾丸が速かろうと、銃口の位置を辿れば弾道は容易に推測できる。
雪華綺晶は僅かに身体を捩っただけで、凶弾を躱した。
だが、擦過熱と衝撃波は想像以上に凄まじく、足元がふらついた。
崩れそうになった体勢を立て直すため、雪華綺晶の脚が、止まる。
見れば、甲冑の表面は狐色に焦げ、端の方が破損していた。

雪華綺晶の背後で轟く、破砕音。それは、穢れの者が砕け散る音。
しかし、獄狗の仕業ではない。
笹塚の放った凶弾が、雪華綺晶の背後に居た鉄砲足軽を砕いたのだ。
僅かに顔を向けて状況を確かめると、鉄砲足軽の一団が、一直線に分断されていた。

 「たった一発の銃弾で、数体をまとめて破砕したですって? なんて貫徹力なの」
 「驚いたかい? ま、僕の明晰な頭脳を以てすれば、
  こんな武器を造ることぐらい、簡単な事なんだけどね」

笹塚は嫌みったらしく、自分の額をトントンと指差した。
確かに、威力は凄まじい。薔薇水晶の防御装甲精霊を撃ち抜いたほどだ。
だが所詮、基本構造は先込め式の火縄銃。当たれば威力絶大でも、外せば隙は大きい。
雪華綺晶は迷わず、笹塚に向かっていった。
次弾を装填する前に、ケリを着ける!

笹塚は、雪華綺晶が突進してきても、平然と薄ら笑っていた。
突如、連続して鳴り響く、鉄砲の発射音。
雪華綺晶は全身の至る所に激痛を覚えて、笹塚の手前で倒れてしまった。

 「く! ……はぁ」
 「馬鹿だなあ、君は。周りが鉄砲足軽だらけだって事、忘れてたのかい?
  それとも、怒りに我を忘れて視野狭窄になってるのかな?」

笹塚は雪華綺晶の侮辱の言葉を投げつけながら、悠然と次弾を込めていた。
そして、装填が終わると、笹塚は屍銃『覇伝』を構えた。
狙いは雪華綺晶ではなく、主人を護るべく突進してくる獄狗の方だ。
冷笑を浮かべながら、撃鉄を落とす。
轟音と共に発射された銃弾は、狙い違わず獄狗の体躯を撃ち抜いた。

獄狗は絶叫を上げて跳ね飛んで、もんどり打ち、雪華綺晶の脇に落ちた。
弱々しい声で鳴いているが、消滅する気配は無い。
雪華綺晶は激痛に苛まれながらも、獄狗の生存を喜んだ。

 「なぁるほどぉ……流石に、一撃じゃ仕留めきれなかったかあ。
  対精霊用に開発したんだけど、もう少し、火薬の調合法とかの改良が必要らしいね」

賢明にも、笹塚は安易に近づくなんて愚は犯さず、次弾を込めながら言った。

 「けど、次の一発を撃ち込めば、流石に消滅するよなあ。
  実に嬉しいよ。こんなにも早く、実射試験が行えたんだから」
 「くっ……笹……塚ぁ」
 「良いねえ、その憎悪に満ちた眼。もっと憎むがいい。怨念に身を窶しなよ。
  身を焼き尽くすほどの黒々とした激情の炎を、燃え立たせるんだ。
  それこそ、今の鈴鹿御前様に、最も必要なモノなんだからねえ!」

言って、笹塚は――

 「っ! や、やめて、笹塚っ!」

じっと横たわったままの獄狗に銃口を向けて、笹塚は口元を歪めた。

 「イ・ヤ・だ・ね」

このままでは、獄狗が――
最愛の妹、薔薇水晶に続いて、親友である精霊までもが殺されてしまう。
理不尽な暴力によって、大切な物を奪われてしまう。
心の拠り所が……希望を抱かせてくれる人が、物が、また――消される。
それらを失ったら、もう生きてはいけない。
今まで犯してきた罪を、償うために――生き続けなければ、ならないのに。


だったら、すべき事は……ひとつ。

 「殺らせない。貴様なんかに……殺させはしないっ!」

雪華綺晶は叫んで、頭の中に、獄狗の立ちあがる映像を思い浮かべた。
自分にだって、翠星石が実演して見せたような事が、出来るはずだ。
いいえ……きっと、出来る!

僅かに残っていた迷いすら振り切って、瞼を閉じ、獄狗の雄々しい姿を想像する。
――立つのよ。そして、全ての穢れを討ち果たしなさい!
雪華綺晶の瞼の裏で、獄狗は身を起こし、その姿を激しく変貌させ始めた。
その姿は、子供の頃に村の神社で見た、神獣の絵そのものだった。


 「う、うぉわわわっ! な、なんだ、こりゃあっ?!」

やおら放たれた笹塚の狼狽える声を聞いて、雪華綺晶は瞼を開いた。
視線の先には、筋骨隆々たる逞しい四肢。
見上げると、嘗て社の中で見た麒麟の姿があった。
麒麟変化した獄狗が、甲高い声で咆哮すると、周囲の鉄砲足軽どもはビリビリと微細震動して、
悉く砕け散ってしまった。

たったの一声で、室内の鉄砲足軽が全滅したことに、笹塚は眼を見開いた。
こんな事は、想定していなかった。精霊が変身するなんて話は、聞いていない。
ひょっとして、鈴鹿御前様は意図的に、その情報を教えなかったのではないか?
自分の存在すら、あの御方にとっては生け贄に過ぎなかったのではないか?

 (いや……まさか、そんな……)

疑心暗鬼に囚われる笹塚の元に、麒麟と化した獄狗が、足音を響かせて歩み寄ってくる。
退くべきか? だが、ここで退いても、御前様に滅殺されるだけだ。

 「くそっ! 要は、こいつら殺して生き延びれば良いんだよっ!」

笹塚は破れかぶれになって、獄狗の眉間を狙って発砲した。

 (この銃なら、精霊だって仕留められる。さっきも巧くいったじゃないか)

放たれた銃弾は、獄狗の眉間に命中する直前、無情にも見えない壁に遮られて、
あらぬ方向へと飛んでいった。

 「なっ! なにぃ? そんな馬鹿な事が――ぎ、ぎゃああぁぁっ!」

浮き足立つ笹塚の右肩を、獄狗の強靭な顎が捉えた。
鋭い牙が深々と食い込んで、肉を断ち切り、骨を砕いていく。
獄狗は頭を振り回して、絶叫し続ける笹塚を翻弄した。
やがて、噛まれた部分が千切れ、笹塚は床に叩きつけられた。

 「ぐはぁっ!」

傷口から墨汁の様にどす黒い血を垂れ流す笹塚の頭を、雪華綺晶の脚が踏みつけた。

 「貴様も、とうとう年貢の納め時ですわね」
 「ひっ! ま、待ってくれよぉ、雪華綺晶。僕たちは仲間だったじゃないかぁ」
 「お生憎ね。貴様を仲間と思ったことなど、只の一度も、ありませんわ」
 
雪華綺晶の冷淡な言葉に、笹塚は震え上がって、形振り構わず命乞いをした。
笹塚が見苦しい真似を繰り返すほど、雪華綺晶の憤りは募っていく。
こんな奴に……薔薇水晶は殺されたのだと思うと、無性に腹立たしかった。

 「もう、何を言っても……私は、貴様を赦さない」
 「ややや、やめろっ! やめてくれよぉっ! まだ、死にたくないっ!」

雪華綺晶が、両手で握った神槍を、頭上に掲げる。
その表情は哀れみではなく、嘲笑でもなく、憎悪のそれでもなくて――
何もない、全くの無表情だった。

神槍が振り下ろされ、笹塚の左胸を一息に刺し貫いた。
笹塚は「ごふっ!」と血の混じった息を吐いて、絶命した。
一撃で急所を狙ったのは、せめてもの慈悲だ。
穢れの者の様に、苦痛を長引かせて苛むなんて真似は、しようとも思わなかった。

 「……生まれ変われたなら、次は真っ当に生きなさい」 

砂の山と化した笹塚から神槍を引き抜き、雪華綺晶は獄狗の姿を元に戻した。
銃創の激痛を堪えながら、薔薇水晶の亡骸を抱き上げ、獄狗の背に載せる。

 「もう独りになんて、しませんからね。一緒に、真紅たちを助けに行きましょう」

雪華綺晶は精霊の背に跨ると、薔薇水晶の身体を左腕で抱えて、獄狗を走らせた。
 
 
 
 
金糸雀は、真っ暗闇の中で、目を覚ました。吸い込む空気は、カビ臭い。
どうやら生きているらしいが、起き上がろうとして、身体中が悲鳴を上げた。
全身に、酷い打撲を負っているようだ。

 「あ痛たたぁ。っと、そう言えば……雛苺は、どうしたかしら?」
 「うゅ? 金糸雀ぁ……側に居るなのぉ?」

独り言を呟いた途端、近くで雛苺の返答があった。
彼女も、一応は無事だったらしい。金糸雀は、ホッ……と、胸を撫で下ろした。

 「ええ。ちょっと待って欲しいかしら。いま何か、灯りを……」

点けようとして、行李を背負っていない事に気づいた。
暫し回想して、穴に落ちる直前、縁に引っかけ、置いてきた事を思い出した。
ならば、袖を破いて弾丸の火薬をまぶし、火打ち石で着火させるとしよう。
そう考えて、金糸雀が袖を引きちぎろうとした矢先に、周囲で火の手が上がった。

 「うひゃっ! なな、何なの、金糸雀ぁ~?!」
 「……落ち着いて、雛苺。柱に括りつけた松明が、灯っただけかしら」
 「でもでもっ、誰が灯したって言うの?」
 「うふふっ。蛇の巣穴に、ようこそ」

揺らめく松明の灯りが届かぬ柱の陰から、眼鏡をかけた娘が、足音も立てず姿を現した。
愛想のいい笑みを浮かべているが、金糸雀と雛苺を見詰める眼は、氷のように冷たい。

 「あなたは……のり!?」
 「あらぁ、憶えててくれたのね。可愛いトコ有るじゃないの」
 「嫌でも憶えるわよっ。みっちゃんの仇、討たせてもらうかしら!」

袖の中から短筒を抜き出して、金糸雀は、のりの顔面に照準を合わせた。
だが、のりは雛苺ばかり眺めて、頻りに舌なめずりしている。
金糸雀の存在など、端から眼中にない様子だった。

 「悪いんだけど、お姉ちゃん……そっちの娘が食べたいのよぅ」
 「ひぇっ! ひ、ひ、ヒナは美味しくなんてないのよー」
 「なっ! そんなことさせないかし……ら」

言って、のりと雛苺の間に割って入ろうとした金糸雀は、
しかし突如として吹いた紅い風に、その進路を遮られていた。

 「貴女の相手は、私がしてあげるわ」
 「っ!? めぐ……あ、あなたまで――」

緋色の甲冑を纏った娘が、金糸雀の前に立ちはだかる。
めぐは、手にしていた龍剣『緋后』を抜き、冷ややかに金糸雀を見据えた。

 「貴女、医者なんですってね。のりさんに聞いたわ」
 「だったら、どうだと言うかしら?」
 「……殺すわ。私はね、医者なんか大嫌いなのよ」
 「あなたの話は聞いているかしら。銀ちゃんの幼馴染みだそうね。
  確か、子供の頃から病弱だったとか。医者嫌いの理由は、それかしら?」
 「ええ、そうよ。水銀燈も、言ってたでしょ?」
 「あなたの事だとは言わなかったかしら。彼女の様子から、容易に察せられたけれど」

「ふぅん?」と言い終えて同時に走り出す、めぐ。
金糸雀は、めぐに向けて三連射したが、全弾、めぐの背後を通過しただけだった。

 「は、早いっ?!」
 「貴女が遅すぎるのよ、お・医・者・さん」

そう告げた彼女の声は、金糸雀の背後……耳元で囁かれたものだった。
めぐの吐息が、耳の後ろと首筋をくすぐる。
押し寄せる死の恐怖と、背筋を駆け抜けるむず痒さで、金糸雀は身体を震わせた。
金糸雀の怯えを見て、めぐは微かに笑った。

 「怖いのね……死ぬのが。私には解るわよ」
 「そそそ、そんな事は、ないかしらっ」
 「強がらなくたって良いのに。素直になるなら、すぐ楽にしてあげる。
  頚を落とせば、苦しまずに済むわよ。どうする?」

どのみち、死ぬ事に変わりはないらしい。
ならば、座して死を待つより、最後まで反抗してやる。
金糸雀は素早く前方に飛び込むと、くるりと前転して、片膝立ちの姿勢を取った。
そして、さっきまで自分が立っていた場所に、短筒を向けた。
……が、めぐの姿は既に無く――

ひゅっ!

空を斬り裂いて、前方から刃が襲いかかってきた。
めぐは、いつの間にか右真横に居て、金糸雀の頚を斬り落とすべく剣を振るっていたのだ。
慌てて上半身を仰け反らせる金糸雀。
そのお陰で、凶刃は躱せたものの、体勢を崩して仰向けに転倒してしまった。
後頭部を、石畳に強か打ち付けて、目の前が眩んだ。

無防備に晒された金糸雀の喉を目掛けて、めぐの剣が振り下ろされる。
もう、避けようがない。金糸雀は覚悟を決めて、ギュッ……と目を瞑った。
目を閉じても、迫り繰る白刃の気配が感じられる。

――もうすぐ、死ぬんだ。走馬灯の様に景色が浮かぶって、本当なのかしら?

そんな事を考えた折りも折、金糸雀の至近で、甲高い金属音が起こった。
戦々恐々としながら、瞼を上げて見ると……。
そこには、めぐの剣を、肉厚の太刀で受け止める彼女の姿が有った。

 「この娘たちは、絶対に殺らせないわよぉ…………めぐ!」
 
 
 =第三十五章につづく=
 
 

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