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  ~第三十二章~
 
 
 「ここは任せるですっ! 真紅たちは、先に行きやがれですぅっ!」

いきなりの台詞に、束の間、誰もが言葉を失った。
睡鳥夢が強大な能力を秘めている事は、目の当たりにしてきたから解っている。
しかし、これだけの敵を前に、たった独りで何が出来るだろう?
蒼星石は穢れの者を両断しつつ、掴みかからんばかりの勢いで、姉の言葉に噛み付いた。

 「何を言い出すのさ、姉さんっ! 無謀もいいところだよっ!」

彼女の言い分は、翠星石を除いた全員の言葉でもあった。

振り下ろした神剣で、陣笠ごと穢れの頭蓋をかち割った真紅も――
冥鳴を駆使して櫓を破壊していた水銀燈も――
高所から狙撃を試みる鉄砲足軽を、精密射撃で撃ち落とした金糸雀も――
剣舞を演じるように、穢れを斬り祓っていく薔薇水晶も――
恐怖に打ち震えながらも、懸命に精霊を駆使する雛苺も――
獄狗に跨り、八面六臂の活躍を見せる雪華綺晶も――

誰もが、翠星石を独り残して先に進む事に強い拒否反応を示し、
彼女の勝手な言い種に、あからさまな不快感を表していた。

 「忘れちゃったの? 姉さんは約束したじゃないか。
  もう、無謀な真似はしない――って。それなのに、何故なの?」

今にも泣き出しそうな蒼星石に、翠星石は、にっこりと笑いかけた。

 「そんな約束、とっくに破っちまってるですぅ」

翠星石は、ゆるゆると流れる霧を衝いて襲ってきた足軽の頭にクナイを投じて沈黙させると、
肩を竦めて戯けた。

 「こんな所まで来て、こんな風に穢れの者と闘ってること自体、無謀です。
  睡鳥夢で巨大な橋を架けた事だって、充分に現実離れしてるですよ」
 「そうだけど……だからって、独りで敵を引き付けることないじゃないか。
  ただの自殺志願だよ、そんなの」
 「……バカですね、蒼星石は」

ふっ……と吐息して、翠星石は優しい眼差しを、血を分けた妹に向けた。

 「死ぬつもりなんて、これっぽっちも無ぇですよ」
 「だったら、何故、独りで残ろうとするの?」
 「城門を閉じて、挟撃されるのを防ぐ為です。
  それが可能なのは、睡鳥夢だけですぅ」

確かに、翠星石の言うとおりだった。
鈴鹿御前は疎か、鬼祖軍団の四天王とすら、まだ刃を交えていない。
膠着状態に陥ったところに、明伝藩に侵攻していた部隊が引き返してきたら、
袋の鼠にされてしまうではないか。

姉が発した、至極まともな意見に反論できず、蒼星石は苦しげに表情を歪めた。
翠星石は何も言わず、蒼星石に背を向けて、睡鳥夢で城門を塞いだ。

 「心配すんなですぅ。適当にあしらったら、必ず追いかけるですよ」
 「……そう」

彼女の決意が固いと見た真紅は――

 「貴女を信じるわ、翠星石。みんな、行くわよ!」

翠星石の背中に告げると、天守閣を目指して走り出した。
 
 
――私たちの使命は、一刻も早く鈴鹿御前を斃し、穢れの元凶を祓うこと。

真紅は、心の中で自分に言い聞かせていた。
情に流され、物事の根幹を見誤ってはならない……と。

翠星石を残していくのは、忍びない。
御魂という絆で結ばれた姉妹を、敵の真っ直中に置き去りにするのだから、
胸が痛むのは当然と言えた。
けれど、あのまま彼女と共に城門前で踏み止まっていても、何の解決にもならない。
やがて体力の限界を迎えて、全滅するだけだ。
翠星石の身を本気で案ずるなら、早急にケリを付けるべきだった。

 「真紅がそう言うのなら、私たちも翠ちゃんを信じてあげないとねぇ」

水銀燈は前髪を掻き上げると、翠星石を一瞥して、真紅を追いかけた。
彼女に触発されて、他の娘たちも心を決める。

 「同感。さっさと片付けて来るかしら」
 「ヒナも、翠ちゃんを信じて頑張ってくるのっ」
 「真紅を追いかけましょう。カナさんとヒナさんは、獄狗に乗って下さい」
 「それじゃ、翠ちゃん……後はヨロシク」

真紅と水銀燈に続いて、四人が城の奥へと切り込んでいく。
そして――

 「姉さん……必ず、追い付いてよ。きっと……きっとだからね?」
 「バカちん! つべこべ言ってる間に、さっさと行きやがれですっ!」

後ろ髪を引かれる思いを姉の叱責に断ち切られて、蒼星石は全力で駆け出した。
 
 
 
 
城郭に近付くにつれて、穢れの者どもは数を増していく。
一体、何処にこれだけの数が隠れていたのかと、呆れずにはいられなかった。

しかも、単なる烏合の衆ではないから、余計に質が悪い。
絶妙な連携攻撃をしてきたかと思えば、波が引くように退いて誘いをかけてくる。
変幻自在な動きは、兵法を知り尽くした武将が采配を振っている事を意味した。
戦力の集中・分散を速やかに行えるほどの、非常に統率の取れた部隊だ。

 「今までの敵とは、明らかに違うのだわ」
 「鬼祖軍団にだって、四天王の他に何名もの猛将・智将が居りますわ。
  この鮮やかな采配ぶりは、多分――」
 「心当たりが、あるのかしら?」

雪華綺晶は眉間に深い皺を寄せた。それは、金糸雀の問いに対する肯定の返事。
僅かな表情の変化から、水銀燈は何らかの事情があると勘付いた。

 「私の部下だった者が、指揮しているのでしょう」
 
やっぱり、そうだった。水銀燈は、雪華綺晶の苦衷を察した。
彼女もまた、嘗ての仲間や友人たちと、斬り合わねばならない運命を背負わされているのだ。
この十八年間、大願成就の為に戦い、共に暮らしてきた同胞たち……。
彼等と紡いだ記憶は、雪華綺晶にとって第二の人生そのものと言えよう。
なのに、八犬士となった今、嘗ての同胞を斬り捨てなければならない。
決別ではなく拒絶という形で。
それはつまり、自らの手で、過去の自分を破壊する事に他ならなかった。

穢れの者を砕くとき、雪華綺晶は自分の心が同様に砕かれ、
小さくなっていくのを感じていた。その苦痛たるや、筆舌に尽くしがたい。
だが、雪華綺晶は絶対に辛苦を表に出さず、穢れを祓い続ける決意していた。
たとえ、この戦いの果てに、自らの心が砂の山と化していたとしても――
 
 
 
激しい戦闘を続けながら、つづら折りの、緩やかな登り斜面を進んでいく。
誰の服も所々が裂け、傷付いた肌から、うっすらと血が滲んでいた。
真紅や蒼星石など、ずっと前衛で戦い続けてきた娘には、疲労の色も見え始めている。

 「最短距離で城郭に入るには、この先の門を突破しなければなりません。
  左右を石垣で挟まれ、上の壁には、幾つもの銃眼が設けられていますわ」
 「門扉くらい、冥鳴で吹き飛ばせるけどぉ……正直、疲れてきたわぁ」
 「確かに、さっきから水銀燈は、精霊を駆使し続けているからね」
 「だったら、カナが一計を案じたかしら!」

喧噪の中、全く手元を見ずに廃莢と再装填を行いつつ、金糸雀が叫んだ。
どんな策だか解らないが、この際、選り好みはしていられない。
真紅は足軽と鍔迫り合いを演じながら、金糸雀に問い返した。

 「具体的に、どうすれば良いの?」
 「とりあえず、銀ちゃんの冥鳴で、左右の壁の銃眼を潰して欲しいかしら」
 「解ったわぁ。それだけで良いのねぇ?」
 「ええ。その次に、蒼ちゃんの煉飛火で、篝火を作ってくれないかしら」
 「それなら、お安い御用だよ」

水銀燈は鉄砲の射程距離外から冥鳴を撃ち出し、銃眼の並ぶ壁を粉砕した。
防護壁さえなくなれば、後は金糸雀の短筒で事足りる。

鉄砲による射撃の心配が薄れたところで、蒼星石は敵の一団に斬り込み、
瞬く間に全ての足軽を松明へと変えていた。
ぼわっ……と燃え上がった炎で、周囲が一時的に明るくなる。
金糸雀の足元にも、影が色濃く現れていた。

 「この時を待ってたかしらっ! 出ておいで、氷鹿蹟」

金糸雀の影から、水晶の牡鹿が躍り出す。
影が落ちている間だけの起動だが、門を破壊するのに、大した時間は必要ない。
金糸雀は、固く閉ざされた門扉へと、精霊を突進させた。

氷鹿蹟は、矢と鉄砲の集中砲火に晒されながらも、猛然と突っ走る。
どぉん! と、角の一撃が門扉を打つ。ビリビリと、空気が振動した。
しかし、まだ開いていない。
もう一度、突撃を試みる氷鹿蹟。
破壊された左右の壁から、それを狙う穢れの者たち。
金糸雀は短筒で、雪華綺晶は獄狗で、それぞれ氷鹿蹟を援護する。
石垣の上から弓足軽と鉄砲足軽が転げ落ちてくる中で、氷鹿蹟は二度目の突撃を敢行した。

重々しい衝突音に、閂の割れる音が続き、蝶番が弾け飛ぶ金属音が余韻を残す。
様々な音の競演は、分厚い門扉が地響きを立てて倒れた音で締め括られた。
門扉の下敷きになった足軽も居ただろうが、骨の砕け散る音までは聞こえなかった。

 「やった! これで先に進めるかしらっ」

してやったり。金糸雀は精霊を格納して、歓声を上げた。
だが、漆黒の鎧兜を纏った武者が、倒れた門扉を踏み鳴らして現れると、
表情を凍り付かせた。ここの指揮を執っていた武将なのだろう。
雪華綺晶の部下だったのだから、剣の腕も、それなりに立つと考えられた。

目深に被った兜の奥で、紅い光が二つ、灯った。
両の手に太刀を握り、のっしのっしと近付いてくる。

 「……そう簡単には、通してくれないみたいね」
 「でしたら、私が交渉してみましょうか。手出しは無用ですわ」

勿論、交渉の余地など無いことは、双方とも承知している。
答えは、二つにひとつ。

 殺るか……殺られるか……。

解答に、言葉は必要なかった。実力こそが全て。

篝火と化した足軽が燃え尽きようかと言う頃――
全身から殺意を吹き出して、二つの影が走り出す。
凄まじい衝突音を立てて、神槍と穢れの太刀が、真っ向からぶつかり合った。

敵の武将は、右腕の太刀で雪華綺晶と熾烈な力比べをしつつ、
左の太刀で彼女の身体を刺し貫こうとする。
対する雪華綺晶は、精霊に頼らず、半身を捩って切っ先を躱した。
突き出された太刀の柄を、右手で鷲掴みにして、敵の手首ごともぎ取る。
あっと言う間の形勢逆転。雪華綺晶は奪った太刀を、武将の鎧に突き立てていた。

無論、これで斃した訳ではない。だが、気勢を削ぐことは出来た。
後ずさる鎧武者の兜に、神槍の穂先が食い込み、後頭部へと突き抜ける。

 「……さようなら。貴方の来世が幸福でありますように」

神槍を引き抜くと、鎧武者は仰向けに傾いで、地面にぶつかる寸前で消滅した。
また一人、嘗ての仲間を斬り祓って――
またひとつ、心に刻まれた思い出を削り落とした。
心の端っこが、また……小さな欠片となって、砂の山に降り積もっていく。


今まで門が閉じていた為か、門を潜った広場に、霧は立ちこめていなかった。
これなら、雛苺の精霊が存分に能力を発揮できる。

 「今よ、雛苺。精霊を起動しなさい!」
 「は、はいなのっ! 縁辺流っ」

真紅の指示で、雛苺が精霊を起動した。周囲の闇が、温かい光で照らし出される。
指揮官を討たれ、統率を失った穢れの部隊は、光の中で土へと還っていった。

周囲の穢れが祓われたのを確かめて、雛苺は精霊を格納した。
それを待っていたかの様に、天守閣に続くもう一つの門が、徐に軋んだ。

 「真紅! あれを見て」

蒼星石の指差す先で、観音開きの門扉が、ぎしぎしと軋みながら開いていく。
そして、人が一人、擦り抜けられるだけの隙間が出来た。
あからさまに罠の臭いがするものの、ここまで来た以上、進むしかない。
真紅を先頭に、七人の乙女は、扉の隙間に身を滑り込ませた。

全員が踏み込んだ途端、扉が大きな音を立てて閉まり、漆黒の闇だった室内に篝火が灯った。
広さ百畳は有ろうかという長細い部屋に、男の声が響き渡る。


 「よく来たねえ。待っていたよ、八犬士の諸君」
 「……出たわねぇ、笹塚っ!」
 「おやおや……【仁】の犬士どの。そんな怖い顔をしたら、折角の美貌が台無しだよ?
  もっとにこやかに、僕の心尽くしの歓待を愉しんで欲しいもんだなあ」

そう言うと、笹塚は耳障りな声で、下品に哄笑した。
 
 
 
 
姉妹たちが立ち去って、翠星石はクナイと短刀を手に、孤軍奮闘していた。
睡鳥夢は城門を塞ぐことに集中させているため、大掛かりな攻撃が出来ない。
だが、細い枝を伸ばして、敵の斬撃を止める事くらいは可能だった。

足軽の数は、先程と比べて、かなり減っている。
敵の主力部隊が、真紅たちの方に向かったからだろう。

 (あと少し祓ったら、みんなを追いかけられそうですね)

……と思ったところへ、槍が突き出された。
減ったとは言え、まだまだ独りで相手をするには、数が多すぎる。
翠星石は身軽に飛翔して槍の柄に乗ると、柄の上を走って、足軽の頭蓋骨を蹴り飛ばした。
着地と同時に、周りの敵にクナイを投じようと思っていたが、
めぐに刺された傷が疼き、断念せざるを得なかった。
大きく飛び退き、睡鳥夢を背にして、胸の傷に手を当てる。

 「なんだって、こんな時に痛み出すですか」

外観的には傷も塞がり、ここ暫くは痛み止めの薬も必要なかったのに……。
睡鳥夢の潜在能力を覚醒させたり、大立ち回りをしたりと、無理をし過ぎたか。
忌々しげに舌打ちした翠星石の周りを、穢れの足軽たちが取り囲んだ。

包囲網の後ろから、がしゃがしゃと鎧の音が近づいてくる。
うっすらと棚引く霧の向こうに目を凝らすと、大柄な影が浮かんで見えた。
その影は、足軽を左右に掻き分け、翠星石の前へとやって来た。

漆黒の鎧兜を纏い、槍を握り締めた、鬼祖軍団の武将だ。
翠星石は、自分の身の丈を遙かに上回る敵を見上げて、生唾を呑み込んだ。
四天王には及ばずとも、かなりの強敵だと言うことは、一見して察しが付いた。
しかも、鎧兜を着用しているため、クナイの効果が期待できない。
鎧の隙間を貫き通すなら話は別だが、敵だって絶えず動き回る。
余程の幸運にでも恵まれない限り、そんな神業は実現不可能と思えた。

 (それなら、肉薄して……直接、攻撃してやるまでです)

穢れの武将は槍を構えると、翠星石の予想を上回る素早い動きで、槍を薙いだ。
翠星石は一瞬早く睡鳥夢の枝を掴んで、垂直上昇していた。
武将を見下ろす高さに達した所で、枝を手放す。
そのまま武将の兜に組み付き、顔面に短刀を突き刺すつもりだった。

しかし、敵は組み付かれるより早く、翠星石の身体を左腕で殴り飛ばしていた。

 「きゃぅっ!?」

脇腹から鳩尾にかけて、もの凄い衝撃が走り、息が詰まる。
身軽な翠星石は、木の葉の如く跳ね飛ばされ、睡鳥夢の幹に背中から激突した。
腹と背中、二重の激痛に苛まれて、立ち上がるどころか呼吸も儘ならない。

俯せに倒れて呻き、僅かに身悶える翠星石の元に、穢れの武将が歩み寄る。
そして、徐に翠星石の長い髪を鷲掴みにして、ぐいと吊り上げた。

 「ああっ! い……痛いっ! 痛いっ! や、やめ……ろですぅ――!!」

両腕を上げて悲鳴を上げる翠星石。
周囲の足軽どもが、カタカタと顎を鳴らした。
すぐには殺さず、じっくり、たっぷりと嬲り殺すつもりだ。
自ら死を選びたくなる程の苦痛を、一秒でも長く与える事によって、
絶望という甘露な蜜の味がする負の感情を搾取する為に。

これから行われるのは、穢れの者の謝肉祭。
哀れな生け贄の羊――翠星石を前にして、足軽どもは得物を天に掲げ、
嬉々として地面を踏みならした。
 
 
 =第三十三章につづく=
 
 

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