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それは天気のいいある日のお話。

「蒼星石ぃ、そろそろ機嫌直すですよぅ」
「ふーんだ。翠星石なんか知らないっ」

誰よりも仲良しで。
誰よりも傍に居て。
誰よりも近い二人。
時には彼女達を揶揄して「百合双子」などという呼び方すらされる。そんな二人が珍しく仲違い。

「うー、確かに翠星石が悪かったですけどぉ…そんなに怒る程の事ですかぁ?」

しかも、普段は諌め役の妹が今回に限ってはご立腹だった。
温厚で落ち着いている、周囲の誰よりも大人のはずの妹。
それが怒っているのだから、心中推して知るべし。
何故これほど怒っているのか。それは少し時間を遡っての出来事。


予定の無い休日の午後。
学生たる身分では派手な遊びも出来ず、また昼間から酒に溺れる程不良でもない蒼星石は、暇を持て余していた。
姉である翠星石は、昨夜の内に借りてきたDVDをリビングで鑑賞している。
ドラマだそうだが、僕は生憎とあまり興味が無い。テレビそのものを余り観ないせいだろう。
暇を持て余し、さりとて昼寝しようにも眠くはない。
ふと思い立って、散歩に出ることにした。

「翠星石、天気がいいから散歩してくるよ。君も来るかい」

そう双子の姉に問い掛けた声には、「今良い所だから遠慮しとくですー」という声だけが返ってきた。


仕方が無い、一人で行こう。たまにはいいかもしれないし。
お気に入りの靴を履き──部屋着はそのまま外に出てもいいきちんとしたものを選んでいる──、扉を開く。
春の暖かな日差しが心地良い。
真紅ならば「紫外線がどうの」と言いそうなものだが、そういうのを気にしてはこんないい日は楽しめないだろう。
蒼星石は一つ伸びをして、ゆっくりと歩き始めた。

二人ならば相手に夢中で周りの景色には目が行かない。
一人で居ることで、景色を見る余裕が出来た。
住宅街であっても、季節の移り変わりはあるものだ。
例えばどこかの家に植えられている梅が花開いていた。
例えば冬の間は枯れていた公園の草が青々と繁っていた。
そのような細かなものを目に入れながら、散歩道を楽しむ。

住宅街の路地から、表通りへ。
日曜の昼間は平日ほど車の通りが無い。
しかし、歩く人は増えている。
皆、この暖かな春の日を身体で感じているのだろう。

自分より少し年上の男女が、仲睦まじく幸せそうに歩いている。
自分と同世代の女の子達が、楽しげに話をしながら歩いている。
自分より少し年下の男の子達が、ふざけあいながら歩いている。
自分より大分幼い小さな子が、祖父に手を引かれて歩いている。
自分は、この暖かな春の日差しを浴びながら一人で歩いている。


少し、寂しい。
いつも隣に居る筈の人が居ない事が、どうしようもなく悲しくなった。
ふと目に入ったのは「不死屋」の看板。
彼女の友人である雛苺の好物、苺大福が売りの菓子店だ。

「チビ苺の好物なんて食べる必要はないですけどぉ。蒼星石がどうしてもっていうのなら食べてみてやってもいいです」

幸せそうに苺大福を頬張る雛苺を、これまた羨ましそうに見ていた翠星石に、「食べたいの?」と尋ねた蒼星石。
それに対して帰ってきたのが先の言葉だ。
額面どおりに捉えるのは、翠星石との付き合いが浅い人だろう。
生まれてこの方ずっと一緒であった蒼星石は、その真意を汲んでいた。

「…丁度いい、買って帰ろうか」

不死屋の扉を潜り、苺大福をいくつか買って家路を急ぐ。
翠星石は喜んでくれるだろうか。
余計な事しやがって、と言いながらもきっと笑顔をくれるだろう。
自然と笑みが漏れる。
随分と歩いた筈だが、帰途はとても短く感じた。

「ただいま」

と、蒼星石はリビングに声を掛ける。
相変わらず翠星石はDVDに夢中らしい。
苺大福の入った箱を適当に置き、うっすら汗ばんだ身体を流すために浴室へ。
暫くして、水の流れる音が聞こえてきた。


「んーっ!いい話だったです!」

翠星石はソファに座りながら伸びをした。
午前中から通して観ていたDVD全6巻12話を観終わり、気だるさと充実感に身を浸す。
続いて蒼星石へと思考が向いた。確か帰ってきてる筈だ。
ソファから立ち上がってリビングを出ると浴室からシャワーの音が聞こえてきた。
さすがにシャワールームへ入って一緒に、というのは憚られる。
仕方が無いので適当に時間を潰そう…そう思った時、不意に空腹を意識した。
午前中から6時間通してドラマを観ていたのだ。空腹も当然。
何か食事を作ろう…とダイニングへと足を運んだ。

ダイニングに入り、まず目についたのは、「不死屋」の箱。

「こ、これは…もしや!」

ターゲット・ロックオン。
足早に近づいて箱を開けると、いくつかの苺大福の姿。

「蒼星石…わざわざ買ってきたですね」

些細な事をきちんと覚えている妹が翠星石は大好きだった。
感謝して箱を閉じようとした時、空腹の虫が鳴く。
ぎゅるーっという情けない音は、翠星石の力を奪った。
目の前には「美味しそうなもの」。
空腹の身にはあまりにも甘美な誘惑。
買ってきたのは蒼星石。ならば蒼星石が来るまで待つのが道理。
理性ではそう理解していても、本能がそれを許さなかった。


「ひ、一つくらい…いいですよね」

誰に問うところで返事など無いのだが、それでも一言呟いて苺大福を一つ手に取った。
打ち粉を軽く落とし、ぱふっとかぶりつく。
餅の食感と餡の優しい甘さ、苺の爽やかな酸味が渾然一体となって翠星石の舌に襲い掛かった。

「結構イケるですぅ」

小さなそれは瞬く間に無くなってしまった。
チビ苺が夢中になるのも解るかもしれない、と思いながらもう一つと手を伸ばしたとき。

「あーっ!!」
「ひぃ!?」

突然上がった声に驚き、恐る恐る振り向くと、シャワーを浴びて出て来た蒼星石がこちらをじっと見ていた。
言葉にならない言葉を呟いている。

「あ、う、これは、その、えーと」
「ひどいよっ!!」

やっと搾り出したという風情の言葉は、簡潔な非難の言葉。
あまりにも立場が悪い。明らかに翠星石の暴走なのだ。

「う、う…ご、ごめんです…つい……」
「一緒に食べようと思って買って来たのに、先に食べちゃうなんて酷い!!」


かくして、冒頭のように怒り心頭といった様子の妹と、平謝りの姉という図が完成したのである。
すっかり拗ねてしまった妹に、どうしたものかと困り果てる姉。
全く普段と逆の立場に、少なからず途惑っている。
自分に非がある以上、謝りつづけるしかないのだが……

「うぅ、翠星石が悪かったですよ。どうすれば許してくれるですか……」
「…許して欲しい?」
「も、勿論です。蒼星石の怒った顔は見たくないですし。笑ってる蒼星石がいいです」
「僕だって好きで怒ってるんじゃない。でも、今回はちょっと悲しかったよ」
「……ごめんです」
「ま、あまり苛めてもあれだしね…僕の言う事、一つだけ聞いてくれる?」
「も、勿論です!犯罪以外ならなんでもやるですよ!!」

蒼星石の事である。それほど酷い事にはならないだろう。
そう踏んでいる翠星石のそれは、間違いではなかった。

「じゃあ、紅茶淹れてよ」
「へ?それでいいんですか?」
「うん。久しぶりに君の淹れた紅茶が飲みたい。それで許してあげる」
「わ、解ったですっ!ちょっと待つですよ。腕によりを掛けて淹れてやるですっ!」

雨降って地固まる、というのは少々使いどころが違うだろうか。
兎に角、暖かな春の午後は紅茶の香りと苺大福の味に包まれることとなったのである。


-これにて一件落着-
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