今日は一限から体育。正直言ってやる気なんか微塵もない。
当然だ、誰が週の始めの授業が体育で喜ぶと言うのだ。
いや、そういう奴もいるかもしれないが、僕はその類の人間ではなかった。
できることなら体育なんてなくなればいいとさえ思っている。
僕は男子がやることになっていたバスケットを適当にこなしながら、隣でバレーをやっている女子の方を見る。
丁度試合の最中のようで、水銀燈がスパイクを決めたところだった。
(流石水銀燈、……ゆれているのがここからでもわかるな)
「鼻の下をのばして何を見てるのだわ」
「な、なんだよ! おどかすな!」
話し掛けてきたのは真紅だった。いつも僕を奴隷のように扱う女。
授業中だろうがなんだろうがお構いなし、思いついたら即命令の女王様だ。
「おまえバレーの試合でなくていいのか?」
「このひとつ前の試合だったのよ。ところでJUM」
……嫌な予感がする。
「紅茶が飲みたいわ、いれて頂戴」
やっぱりな。
「あのなぁ、今は授業中なんだぞ?無理に決まってるだろ。
だいたいなんで僕に言うんだよ、自分でいれればいいじゃないか」
いつものように、無駄とわかっていてもとりあえず言ってみる。
「あら、下僕が主人の命令を聞くのは当然でしょう?」
……わかってたさ。でもこれを言うのが僕の唯一の反抗なんだからしょうがないんだ。
ん?待て待て、紅茶をいれるにしたってここにはティーポットもカップもないじゃないか。
「おい、カップもティーポットもここにないのにどうしろって言うんだよ。
教室まで取りに行ってたらいくらなんでもばれるぞ」
「それなら心配いらないわ。必要なものは一式更衣室の私のロッカーの中に入っているもの」
「ああ、更衣室ね。そこなら近いしばれな……なにいいいい!?」
「ちょっと! 大きな声出さないで頂戴」
こいつは何を言っているのだろう。僕に女子更衣室のロッカーをあされと言うのか、変質者になれと言うのか。
「そんなとこ入れるわけないだろ!見つかったらどうなると思ってるんだよ!」
悲しいかな僕の声は自然に抑えられていた。小声で怒鳴るといった感じだ。
命令されたら従うという奴隷体質が染み付いているのだろう。
「大丈夫よ。先生は試合の審判をしているし他のみんなは応援に夢中になっているから見つかる筈がないのだわ」
……おまえも応援に夢中になってれば良かったのに。
そんな言葉を飲み込み、僕は渋々答える。
「わかったよ。……ロッカーの番号は?」
「9番よ。中の赤い鞄に入っているから急ぎなさい」
無茶な要求を飲んでもこの態度かよ……
こうなったら他のものもあさってやる。あれをかぶったり引っ張ったりしてやる。逆襲のJUMの始まりだ。フヒヒ。
「それと他のものをあさったらどうなるか……わかってるわね」
「……」
僕の逆襲は終わった。
僕はすきを見計らって体育館から続く廊下にでた。そこを歩いているひとは誰もいない。授業中なんだから当然か。
更衣室まではすぐそこの筈なのに今日はやたらと遠く感じる。
(落ち着くんだJUM。こういう時は素数を数えればいいって誰か言ってたな。……あれ?素数ってなんだ?)
そんなことを考えているうちに更衣室の前に辿り着いていた。
ここで躊躇しているところを見つかれば変態の仲間入りだ。僕は急いで中に入る。
更衣室の中はいかにも女の子という香りがした。
「なんかいい匂いだな……ってそうじゃない!これじゃ本当に変態だ。はやいとこ見つけて戻ろう。
確かロッカーの番号は……あれ?」
なんということだ。番号を忘れてしまった。僕の頭の中で冒険の書が消えた時の音楽が流れる。
(くそっ!素数のせいだ。余計な数字のことなんか考えるからこういうことになる!馬鹿素数め!)
だが後悔してももう遅い、こうなったらそれらしい番号のロッカーを開けるしかない。
(真紅が言っていた番号は一桁だった気がするな。そして5より大きい数字だ)
目の前には20のロッカーが並んでいる。僕は悩んだあげく、末広がりだからなんて理由で8番をあけてみることにした。
とってを掴み、引いてみるとロッカーはあいた。
中には赤い鞄はなかった。かわりにどうみても真紅より大きめのサイズの制服と、黒い化粧ポーチのようなものがあった。
どこかでかいだことのある香水の匂いもする。
(この香水……これは水銀燈のロッカーじゃないか!)
僕が選んだ数字は見事にはずれた。
(くそったれ8め! だいたい末広がりってなんだよ!)
僕は怒りをロッカーにぶつけるように乱暴に閉めた。そしてもう一度考えてみる。
(そうだ、たしか6……いや、9か?どっちだ、そのどちらかの筈だ……今日の授業は六限までだ。6を開けよう)
根拠のない理由で6番のロッカーを開けてみる。中にあったのは真紅ぐらいのサイズの制服、だが置いてある鞄は黄色い。
(しまった!
6は悪魔の数字だ!僕としたことが。……デコ助め、後で卵焼きに目一杯醤油をかけてやる)
僕は不敵な笑みを浮かべながらロッカーを閉じる。そして残る9番のロッカーのとってに手をかけた。
その時、更衣室のドアが開いた。
(な、なんだってー!)
僕はその音に気付き顔を向けようとする。
「変態がいるのだわ!」
「ち、違います!これにはわけが……って真紅か、びっくりさせるなよ」
大きなため息を一つ。
「どれだけ時間がかかっているの?もう授業が終わってしまうわ」
どうやら他のロッカーを開けているうちに、随分時間がたっていたらしい。
「もうそんな時間なのか!?真紅、紅茶はあとでいれてやるからひとまず脱出させてくれ!」
「仕方ないわ、急いで戻りなさい」
その言葉を受け、廊下に出ようとすると声が聞こえてくる。
「あー疲れたかしらー」
「一限に体育なんて決めたやつは馬鹿に違いねえです!」
まずい、女子がこっちに向かって来ている。
僕は大事なことを忘れていた。体育は着替えのために授業が終わる5分前に終わるのだ。
チャイムが鳴ってないから大丈夫だろうなんて考えは甘かった。
「どうするんだよ!ここで見つかったら僕は変態野郎じゃないか!」
「な、なんで私に言うのだわ!」
またしても小声で怒鳴るという器用な方法で口論をする。
「紅茶いれろなんて言うからだろ!なんとかしてくれよ!」
「なんとかって……そうだわ!」
更衣室のドアが開き、女子達が入ってくる。
「そういえば最後に集まった時、JUMと真紅がいなかったですぅ」
「そうねぇ、まあ真紅のことだからJUMとふたりっきりでどこかにいるなんてことはないと思うけど……どこに行ったのかしらねぇ」
その時僕と真紅は真紅のロッカーの中にいた。
「せ、狭い」
「ちょっと、どさくさにまぎれて変なところさわらないで頂戴」
「……こんな状況で無茶言うなよ」
僕たちは女子が入ってくる直前にロッカーに入った。とりあえず見つかりはしなかったが安心できる状況ではない。
ロッカーはひと二人が入れるようなつくりになっているわけもなく、真紅とは向き合った体勢で密着状態だ。
そして僕は男の子。
「……おまえの髪、いい匂いだな」
「こ、こんな時に何を言い出すのだわ」
僕の言葉に反応して真紅の体温が上がったようだ。おそらく顔は真っ赤だろう。
(まずいな、この状況のせいであれが元気になってきている)
真紅にばれてはまずいと、僕は体の向きを変えようと試みる。
「ちょっと、動いたらばれるのだわ。……お、おとなしくしていなさい!」
そう言うと、真紅は僕の体を抱きしめた。
(ktkr!! だが同時に終わった……)
僕のあれはあっという間にスーパーサイヤJUMに変身したようだ。
「ちょ、ちょっと! なに考えているのだわ!」
「しょうがないんだよ。これが真理なんだ……」
「馬鹿なこと言ってないでなんとかしなさい!」
「おい、暴れるなよ! うわっ!」
ロッカーのドアが開いてしまった。僕たちは抱き合ったまま更衣室の床に倒れ込む。
一瞬、時が止まった。顔をあげるとそこには下着姿のクラスメイト達。
そして時は動き出す……
「ひいいいい!ロ、ロッカーの中で何やってるですかあああ!!」
「ち、違うんだ!これにはわけが……お願いだから話を聞いてくれ!」
「あらぁ、真紅ったらだぁいたぁん」
「違うわ!
これは、その、そう!JUMに紅茶を入れるように頼んだら」
「……その言い訳は苦しすぎ」
「へ、変態ですぅ! ここに変態がいるですぅ!」
「と、とにかくJUMは出ていくかしら!」
僕はもみくちゃにされながら追い出された。
「ねぇ、中でしちゃったのぉ?」
「そ、そんなことあるわけないのだわ!」
「真紅ったらお顔が真っ赤なのー」
中からは真紅が尋問されているのが聞こえてくる。最悪の事態は免れたが、尊い犠牲がひとり。
(真紅、悪いな)
昼休み、僕たちは職員室に呼び出された。
『まあおまえらの年なら仕方ないことだが……ここは学校だ。最低限TPOぐらいはわきまえろ』
「「……すいませんでした」」
先生からの説教だ。職員室の中にいる教師はみな事情を知っているのだろう。チラチラとこちらを見てくる。
『それと桜田』
「はい」
『男なんだからもしもの時はきちんと責任をとるんだぞ』
「ちょ!!」
「……///」
今日はとんだ一日だった……
おわり