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「あの、蒼星石」
「ん、何も言わなくていい、翠星石」
「えへへー……♪」
「でも、蒼星石」
「いや、ここはあえて何も言わずにいよう、翠星石」
「えっへへー♪ えへ、えへへへー♪」
「――薔薇水晶、どうにかしてくれないかな。思わず鋏を振り回しそうなんだ」
「らじゃ」
「……う? え、ちょ、薔薇水晶、何を、」
「っていうか、私が寝てる間に何があったー!?」
「教えてあげないもんねー、あっかんべー!」
「き、雪華綺晶のバカー!」
 …………。
「えっと、改めて見ると、結構異様な光景だよね」
「そうですねぇ。鏡に向かって会話するというのも、事情を知らない人が見たら、アレな人にしか見えないでしょうし」
「え? 雪華綺晶たちは、アレでアレな性格してるのー」
「気になってたんだけど、雛苺、君はいつからそんな性格になったんだい?」
「……ふ、昔の、話なの」
「いや、別に聞きたくはないけどね」
「あー、それより、実況しなくていいのかしらー?」
「ん、実況って言っても、ねえ?」
「そうですね。まったく、さっきから変わってません」
「変わってないって、どういう意味で? また、メーター突破ーみたいな?」
「ううん、違う。ジュン君、ずーっと、穏やかなままだよ」

 ――言ってしまえば、それが、彼と水銀燈の関係だったに違いない。

【Calling you―水銀燈―】

「んー……」
「んー……」
「……ねー、水銀燈」
「……んー? なぁに、ジュン」
「いいの、これで?」
「いいのよ、これで」
 水銀燈は一言しか言わなかった。――ただ、そばに居て欲しい、と、一言。
「だって、一緒にだらしなく寝そべって、手を繋いで、まどろみみたいな、心地いい気だるさを感じている。ほら、これって、結構幸せよぅ?」
「ああ、うん、それは、そうかな」
「でしょう? だから、これでいいのよ、……きっと、ね」
 そう言いながら、水銀燈は繋いだ手を、少しだけ強く握る。それだけで、心がぽかぽかと温かくなる気がした。
 これは、そう。あるべきだったはずの過去の履行なのかもしれない。結局ありえなかったことだけど。でも、あるべきはずでは、あった。
 だって、あってはいけない今でさえ、こんなにも幸せなんだから。
「ジュンは、私のこと好き?」
「好きだよ」
「薔薇水晶たちよりも?」
「うん、あの二人よりも」
「……あーあ。その言葉が、額面通りの言葉なら、よかったわねぇ」
 苦笑しながら、言う。二人は、別に説明する必要なんてないくらい、お互いの気持ちも、そしてそれがどうしようもないことも、理解していた。
 きっと、ジュンが誰よりも好きなのは水銀燈で、ジュンが誰よりも愛し、そして必要としたのは、薔薇水晶たちで。
「もしもの話をしていい?」
「ダメ」
「ジュンは、いじわるになったわぁ」
「だって、きっと、僕は泣いてしまうから」
「ああ、そうね。……本当に、そう」
 もしもの話。例えば、どこか一つでも、歯車が壊れていなかったら。本来、二人で歩むべき道を、歩むことが出来ていたのなら。
 考えたくなかった。だけど、考えてしまう。それが、あまりに明確に想像できて。本当にあったことのようにすら、想えて。
 だから、ジュンは薔薇水晶たちのことを想い、水銀燈は自分の胸が張り裂けそうになるから、もしもの話は、やめた。

「何でこんなことしてるのかしらねぇ、私たち」
「いや、それは悪ノリしたの、二人だし」
「……ん、まあ、結構本気で、奪ってやろうかなぁとは、思っているんだけど、ね」
「でも、皆が傷つくから、しないんだろう?」
「そんな、私のことを理解しているジュンなんか、大嫌いよ」
 そう。きっと、水銀燈が心から求めれば、ジュンは、納得できなくて、心の底から同意できなくても、もしかしたら、水銀燈を選ぶかもしれない。
 また、もしかしたら。でも、この二人にとっての“もしかしたら”は、本当に、起こりえてしまう“もしかしたら”だったから。
 それは、きっと今のように皆で居ることはできないだろう。皆がバラバラになって、その中で、二人は二人だけで居るのだ。
 想像するだけで、顔がにやける。きっと幸せで幸せで――、他の皆のことすらきっと忘れてしまう、許されざる幸せ。
「私たち、前世か何かで悪いことしたのかしらね?」
「運命なんか信じてないけどね」
「それは嘘よ。薔薇水晶たちに、運命を感じなかった?」
「それ、は、」
「感じた、でしょう? じゃなきゃ、私のこと、選ばないはずないものねぇ……」
 これは、水銀燈の負け惜しみ。自分は運命に負けた。だから、ジュンの好きなのは、自分。一番大事じゃないとしても、ジュンの一番好きな人は、自分。
 二人は、誰よりも二人であることが似合うのに、二人は、二人で居るとあちまち悲劇になる。
 水銀燈が、そんな数奇で最悪な運命を嫌いになってしまうのは、しょうがないことだろう。
 ――なら、運命、という言葉を使うべき関係は、いったい誰と誰の関係なのだろうか。
「ジュン、私のこと好き?」
「それ、多分一分ごとには聞いてるよ」
「本当なら、一秒ごとにだって聞きたいわぁ」
「聞けばいいのに」
「いやよぅ。一分ごとに好きって一回聞いて、一分間のうちにキスを十回してもらった方がいいもの」
「……ああ、道理だ。確かに、そっちのほうが、いいね」
「でしょう? 流石はジュンよね、話がわかるわぁ」
 二人で、笑いあう。こんな日を、二人は過ごしたいと想っていた。穏やかに過ごすとき。別になにもしなくてもいい日。
 もちろん、彼らの日常の、騒がしい日々だって、二人は好きだった。彼らの想い出なのだから、嫌いなはずもなかった。
 だけどきっと、この安心できる、穏やかな時間は、きっと、“そういう関係”の中でしか感じることが出来ないと理解していたから。
「だから、今嬉しいのかしらねぇ」
「それは、違うと思う」

「なら、どうなの?」
「僕は、水銀燈と居ることが出来れば、嬉しい」
「……ジュンなんか、大嫌い」
 とても嬉しそうに、水銀燈が言った。
「水銀燈は?」
「私? 私は、複雑よぅ。だって――きっと最後だもの、こういうこと、出来るの」
「…………」
「最初で最後ってわかってるのに、それなのに、こんなに幸せなんて、どうかしてるわぁ……。まったく、ズルイのよ、ジュンは」
 切なかった。恋しくて恋しくて、張り裂けるまで声を投げかけたい。振り向いてくれるまで、名前を呼び続けたかった。
 でも、それは出来ない。だって、きっと、ジュンは困ったように笑って、それで、自分を、慰めて、受け入れてくれるに決まっていたから。
 いつまでも、どんな時も、自分の味方で居てくれるに、決まっているから。
「……それでも、僕は君が好きだ」
「そうね、今ジュンに謝られたら、きっと私、壊れてたわ」
「ん。……うん」
「ねえ、ジュン、やっぱり、もしもの話、していい?」
「え?」
「例えば、これから先、きっとないと思うけど、私がジュン以外の誰かを好きになったとき――。
 想像も出来ないけど、その人は私のことをきっと大切にしてくれる。ジュンよりは、してくれないだろうけど、でも、そこそこはしてくれる。
 それは世間一般程度には幸せで、きっと私も、そこそこ幸せになれるの。その人に笑いかけて、悪くないな、って思うの」
「うん」
「だけど、だけどね? きっと、その人が私に触れるたび、その人が私にキスをするたび、その人が、私を抱くたびに、

 ――私は、ジュンの名前を、心の中で叫ぶわ。

 きっと、思い出してしまう。どれだけ素敵な人で、どれだけ、私がその人を受け入れようとしても。きっと、忘れられない」
「ああ。すごく、安心した」
 ジュンは、自然に言っていた。普通に考えれば、罪悪を感じるところかもしれないのに。
 でも、それが二人の望むことだった。どちらも、本当は罪悪を感じ、後悔をし、もしもの話を、本当にしたい。
 だけど、それは出来ないから。出来ないけれど、でも、二人は二人のことが、一番好きだと、誓っておきたかった。

「僕も、そう。きっと、薔薇水晶たちと居ても、例えば、初めて水銀燈とキスした公園に行けば、きっと薔薇水晶たちを、一瞬忘れる」
「そうね。あの二人で寄り添って見た星空も」
「二人で見惚れた夕暮れ時の海岸も」
「雪の降る中、決して離れないようにと祈りながら繋いだ手も」
「全て全て、想い出してしまうかもしれない」
 でも。それは、どうしたって、昔の、過ぎ去った、ことで。
「忘れることができない。だけど、きっと違う想い出が、僕の心の中に出来る」
「そうね。そしてそれはきっと、私との想い出よりも大事なものになる」
「比べられない、よ」
「いいえ。ダメよぅ、そんなんじゃ。これで、最後なんだから――だから、ほら。私を、安心、させて?」
 本当に安心するのは、その両腕で抱きしめてもらって、ただただ守ってもらえてる、という実感を持つことだけど。
「だけど、それはあの子たちに譲るわ」
 その言葉は、優しくて。その眼差しも、優しくて。そして、水銀燈は、優しくて。ジュンは、だから好きになったんだ、と、今、わかった。
「水銀燈」
「なぁに?」
「好きだよ」
「知ってるわ。恋人よりも、他の女の子のことが、好きなのよね」
「ただの女の子じゃない。幼なじみで、優しくて、きっと、僕のことを一番わかってくれていて」
「そうね。でもいずれ、それは私だけじゃなくなっちゃう」
「つらいよ、水銀燈」
「私の方がつらいわよ」
「うん。だけど、……つらい」
 弱い心が、決断を鈍らせる。それほどまでに大事で、それほどまでに、好きだから。
「ねえ、ジュン。キスをして、キスをしましょう。一分間に十回キスをして、一分間に一回好きと伝え合いましょう。終わりのときまで、ずっと、そうしましょう」
「一分間に二十回キスにしよう。一分間に、五回は好きと伝え合おう」
「あは、それ、私も、言おうと思っていたところよ――」

 そして、二人の唇が、重なった。二人の瞳が濡れていたのは、互いに見ないことにした。


「あ、水銀燈ー。どうだったのかしらー? 何か、すごく穏やかーに、平常だったけど」
「え? そうねぇ」
 彼女は、別れの時を、思い出す。
「まあ、一つ言えることは、」
「ふんふん?」
 別れの時。ジュンは、言った。
『水銀燈』
『何よぅ』
『僕は、ずっと、今日のこと、忘れないから。今日だけじゃなくて、ずっと、今までのこと、忘れないから……っ』
『――――』
『本当に、ずっと、ずっと、好きだった。ありがとう。本当に、ありがとう、水銀燈』
『あは、バカねぇ、ジュンは。本当に、バカ――』

 だから、そんな風に、バカなジュンなんて、

 泣かないと決めたのに、泣かせてしまうジュンなんて、

 自分で、泣きながら、想いを伝える、バカなジュンなんて――

「――あんなジュンなんて、世界で一番、大嫌い(だいすき)よ」

 だから、水銀燈は、ただ、想う。

【どうか、どうか、ジュンが、世界で一番幸せであるように――】

 だって。それ自身が、水銀燈の、幸せだから。叶わない恋をして、それでもずっと呼び続けてしまう、彼女の願いだから
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