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僕には恋人がいる。大事な人だ。幼なじみであり、僕をいつも見てくれていた人……


僕たちは近所の公園で星を見ている。今見ている星の光なのにそれが何十年、何百年もかけて届いてるなんて不思議な感じだ。
空に浮かぶたくさんの星にくらべればとてもちっぽけな僕ら。遠い昔の星の灯の長い旅路を想えば、僕たちが悩み、苦しんできたことなんて取るに足らないことなんだろう。

「柏葉……寒くないか?」
「ううん、大丈夫」

彼女はそう言うと僕の右手を握った。大丈夫なんて言ったくせにその手はとても冷たかった。自分の手より少し小さな彼女の手を優しく、でもしっかりと握りかえす。

「……綺麗だね」
「柏葉」
「なに?」
「僕は君のことを離さない」

僕の言葉を聞いて彼女は微笑む。僕が冗談を言ったときにいつも見せる顔だ。

「思いつきで言ってるんじゃないんだ。……僕は自分が嫌いだった。
人の目ばかり気にして他人が怖い、そのくせひとりにされるのはもっと嫌だなんてすごいわがままなやつでさ」
「……」



彼女は僕の話をじっと聞いていた。繋いだ手はまだ冷たい。

「自分のせいで誰ひとりも傷つけたくない、何か始めるには遅すぎる。
そんな言い訳ばかりして何もしてこなかった自分がいやでしょうがなかった」
「……誰だってそういうところはあるわ」
「そうかもしれない。自分以外の奴がそうだとしても気にならない、仕方のないことなんだって思える。
でも自分のことになると駄目なんだ。僕が他の人間より劣っているような気がして嫌だった」
「……」
「きっと僕はこのまま一生変われないんだって思ってた。それでもいいと諦め気味に開き直ってた。
でも……柏葉と一緒にいると自分のことがほんのちょっとずつだけどいやじゃなくなる。
今までなら諦めてたことももう少し頑張ってみようって……そんな気になれるんだ」

雲のせいで月は隠れ、ほんの少し暗くなる。それだけで気温まで下がったような気がしてくる。

「……私も同じ」
「え?」

「私だって自分が嫌いだった。
まわりに流されてばかりで自分の気持ちが口にだせなくて……親にすら本当にやりたいことのひとつも言えなかった。
まるで誰かの操り人形にでもなったような気分だったもの」

星を見ながら彼女は言う。街灯の光だけではどんな表情をしているのかまではわからなかった。僕はまた空を見上げる。

「全部投げ出すことが出来ればどんなに気持ちがいいだろう、そんなことを何度も考えたわ。
もしかしたら昔の桜田くんに嫉妬していたかもしれない」
「僕に?」

彼女のほうを向くと、彼女も僕のことを見ていた。視線がぶつかる、彼女はそのまま話しを続ける。

「ええ。学校に行かないでずっと自分の部屋にいれば好きなことだけをしていられる、そう思っていたの」
「……」

僕は中学生の頃不登校になった。
学校に来いと言ってくれる友達は、日を追うごとにひとり、またひとりと減って行き、最後まで残ったのは柏葉だけだった。
「でもそれは間違いだった。桜田くんの辛そうな顔を見てわかったの。
出たくても出られないほうが私なんかより辛いんだって、なにも出来ないことのほうがずっと辛いんだって」
「……」

彼女の手に少し力がこもる。その手はすでに僕の手より暖かくなっていた。

「きっと私はまわりの言うとおりにすることがいやなだけだったんだと思う。
でもね、私も桜田くんといると少しずつ心の中のモヤモヤしたものがはれていく気がするの。
とてもゆっくりだけど……変わって行ける気がする」


雲がはれたようだ。僕たちの影が濃さを増した。

「それにしても昔のままだね、……ジュンくん」
「え?」

彼女は僕らが小さかったころの呼びかたで僕の名前を口にする。

「自分に自信がないところ、ほんとに小さいころから変わらないんだから」
「……ひどいな」
「だって今更こんなこと言うなんて……それに私はずっと前からジュンくんのこと離さないって思ってたわ」

街灯と月の光に照らされて見える顔は、微笑みながらも真っ赤に染まっていた。


「巴……顔、真っ赤だぞ」
「……見ないで」

彼女は顔を俯かせながら僕に抱き付いてきた。それでも手は繋いだままだ。

「恥ずかしがるなら無理して言うなよ」

茶化すように僕は言う。

「そっちが先に言ったんでしょ」

僕の右手と彼女の左手は、そんなやりとりの最中もじゃれあっていた。片手でしか抱きしめることは出来なかったが、彼女のことを昨日よりもずっと近くに感じることができた。

「巴、ずっと離さないよ」
「うん……私も」

月の光はひとつに重なった影を照らし続けていた。

fin

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