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  君が"居なくなって"しまってから、八度目の夏がやってきた。

  あの事故後の退院から。僕は相変わらず店を営業している毎日で
ある。でも相当体力が落ちていたのか、すぐに疲れてしまってなか
なか最初は思い通りにはいかなかった。
  そんな僕を支えてくれたのは水銀燈で。夜は週四日だったシフト
に更に一日加えるという行動に出た。それによって更に客が増えた
というのは、まあしょうがないとして……

『ここで一杯修行して、私も自分の店を持とうかしらぁ』

などと言っていた彼女。真面目に考えてみても、彼女なら実現出来
そうな感じがする。

『店の名前はどうしようかしらぁ。そうねぇ……』



  今年の夏も、暑い。だけどこの公園のベンチの涼やかだけはずっ
と変わらず。僕はあいかわらずここで休憩をとっている。

  公園の子供たちも変わらず、元気に遊んでいるし。
  空の青は、どうしようもないほど青かった。

  何も変わらない日々。恐らくこんな、普通の日々の流れというも
のが大切なのだろう。
  きっと幸せというものは、こういう日常の中に溢れているものだ
と思うから。
  君が亡くなった日。僕が付け足しのように望んだことが今、実現
されているのだ。のけぞるような姿勢になって、樹々の隙間から零
れる光を浴びながら考えている。

  少し、風が吹いた。僕は姿勢を戻し、前を向いた。

  視界の先には、ひとが立っていて。
  白いワンピースを着て、長い髪を風に揺らせている女性――


「白崎さん、またさぼってぇ。もう体力戻ったって、言ってたじゃ
  なぁい」

「水銀燈さん……」

僕はまじまじとその姿を見つめた。ワンピース系の服を、普段彼女
は着ないから。パンツルックに見慣れているため、少し驚いた表情
になっていたのかもしれない。

「なによぉ……私は大学さぼったわけじゃ、ないわよぉ?」

「いえいえ、そういう意味で見てたんじゃありません、水銀燈さん。
  その服、なかなかお似合いですよ」

えっ? と言いながら、どぎまぎしている彼女。ちょっと顔が紅い。

「褒めても何も出ないわよぉ? まあ……ありがとう。
  これねぇ……実はめぐが昔着てたデザインと、同じやつなの。
  私は自分で似合わない! って言ったんだけどぉ」

それでも、めぐは強く推してきたのだと。彼女は言った。

「ほら……今年で私、めぐと同い年になったからぁ。ちょっと挑戦、
  かしらぁ?」


  お世辞ではなく、よく似合っていると思う。そうか……彼女もも
う、そんな年になったのか。


「ま、私もちょっとお付き合いするわぁ」

彼女がベンチの空席に腰掛ける。

「その様子から察するに、水銀燈さんはお暇ということですね」

「……そんなことないわよぉ」

  そよ風が顔を撫でる。それから暫く何も話さず、静かな時間を過
ごす。こんな時間の流れを、僕はあれから何度過ごしてきたことだろう。

「白崎さん」

「なんでしょう」

「もう、私の方が年下だし、付き合いも長いんだからぁ。
  その……"さん"付けはもう、要らないわぁ」

「……っ」

思わず吹き出してしまった。彼女がそんな改まったことを言うとは
思って居なかったし、それに……

「な、なによぉ! 笑うことないじゃなぁい!」

僕の様子を見て、ぷんぷんと怒り出す彼女。

「すみません、馬鹿にした訳じゃなかったんですよ。
  ただ……似てるなあ、と思っただけです」

「えっ?」

「なんでもありませんよ」


  さて。今彼女がどんな表情をしているのかは気になったものの、
僕はまた空を見つめていた。多分、君はその先にいるのだろうと考
えながら。

「あなたが考えた店の名前は、良いと思いますよ」

「そっ……そぉ? ありがとぉ」

  『スノードロップ』。静かに舞い落ちる、冬の白い結晶を思わせ
  る、花の名前。
  彼女は、それがめぐの見ていた夢の花だと、知っていただろうか。

  今は夏だから、雪が降るということは無い。
  ただ、こうやって。普通の生活を送っていって……
  いつかまどろみの秋を越え、また冬がやってきた時に。
  その結晶は、街に降り注ぐだろう。

「ところでねぇ、白崎さん。なんでいっつも、ここで休んでるのぉ?」

  自分の名前の呼び方を変えさせておきながら、その癖僕の呼び方
を変えない彼女を向いて、僕は答える。


「美味しい紅茶を要れるためには、適度な休憩が必要なんですよ……水銀燈」






  これからまた、日々は流れる。
  時に楽しく、時に哀しく。
  そして、少しだけ寂しさを感じることもあるだろう。


  とりあえず僕が願うのは。
  これから先、奏でられる人生の旋律が――
  今までと、変わらぬものであれば良いということ。



  それが多分、目覚めながら見る夢なのかもしれない。
  きっとそれは、光り輝いて眩しいものだ。


  色付いたこの世界に、舞い落ちる雪のような。
  やさしくやわらかな、白い旋律。
  そして、この世界の何処かで咲いているであろう――
  白き花、スノードロップ。

  その花言葉は……"希望"。






「さ、そろそろ行きましょうか。お茶でも如何ですか? お嬢さん」

「誘い方が古いわねぇ……でも、しょうがないからのってあげるわぁ」



『とっておきの紅茶でも淹れてあげようか』なんて思う。
  照りつける夏の陽射しを浴びながら。


  僕らは、歩き出した。
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