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【ゆめまぼろし】

 私はいつものように、彼に紅茶を淹れてもらう。初めて淹れさせ
たときは、それはそれは"なってなかった"のだが。今はなかなかど
うして、私の教えをよく守っているようである。

 紅茶をひとつ淹れる所作にも、思いやりを込めて。ほんの僅かな
温度の違いで、香りは損なわれてしまうのだから。


「ほい、お待たせしました」

「有難う、ジュン」

 口をつける前に、香りを楽しむ。

「台所にあるやつ、勝手に使ったぞ。何であんなに種類が多いんだ……」

「あら。英国人は一日十回のティータイムを楽しむのよ。いくらあって
 も足りない位なのだわ」

ぶちぶち文句を言い始める彼を一蹴。男の癖に愚痴っぽいところだけは
頂けない。

「じゃあ、用は済んだからな」

「ええ。次も宜しくね」


"はいはいはい"なんて捨て台詞を残して、彼は居なくなった。

 広い屋敷。長い坂をのぼった先にひっそりと佇むここは、ご近所
さんには薔薇屋敷と呼ばれている。
 庭には、立派な薔薇園が。窓を覗くと、庭師として働いている娘
が薔薇の剪定をしているのが見えた。

 部屋だけは無駄に余っているけど、ここに住んでいるのは三人。
私と、あとは庭師の姉妹が二人。

 では、さっきの彼は?

 ちょっとそれは説明に困る。少なくとも、赤の他人においそれと
話せることでは無いので。
 
 私は、彼が"居なくなった"先にある壁を見つめる。
 ここ最近、この薔薇屋敷についたもうひとつの異名は、幽霊屋敷。
その名前は、薔薇屋敷よろしくここの名前としては酷く相応しい。

 彼、桜田ジュンは。ここに"住んで"いる、幽霊なのだから。
 

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