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「最終彼女兵器」
そろそろ日も傾き、時々聞こえる野球部の練習のかけ声以外、特に物音もなくなった下校時刻。
生徒の殆どは帰路に就き、ガランとした広い校舎中には、見る者にどことなく哀愁を感じさせるような
侘びしい雰囲気が漂っています。
こんな時間に翠星石が校舎の裏に来たのは、別に、影口を叩く生徒をのす為でもなければ、
独り寂しくタンポポの数を数える為でもありませんでした。
他でもありません。
翠星石は手紙を貰ったのです。
「放課後、校舎の裏に来て下さい。」
御丁寧にもハート型のシールでのり付けされた、ややしゃれた感じの封筒に入っていた手紙には、
ただ一言、そんなことが書いてありました
差出人は、不明。
とはいえ、翠星石には誰がこんな手紙を寄越したのか、大凡の見当はついていました。
おそらく、クラスの女子のリーダー格を気取っているスケ番一派の仕業に違いありません。
彼女達は、翠星石の綺麗な長い栗色の髪と、左右で色違いな瞳が気に入らないらしく、
何かに付けて難癖つけては突っかかって来るのでした。
まあ同じような容姿の妹が、大した軋轢も無く自分のクラスに溶け込んでいるのを見ると、
其の酷い毒舌振りが一役買っているのも間違い無いでしょうけれど。
今日の手紙も愛の告白の振りをした嘘メールで、ノコノコやって来た翠星石を嘲笑う魂胆なのだ、と
翠星石は判断したのでした。
そんな訳で、翠星石は、さっきからもう、その不埒ものが目の前にあらわれたら、
其れこそ骨の髄まで粉微塵に粉砕するような、情け容赦のない悪口雑言の限りで
糞味噌に叩きのめしてやろうと、ウズウズしながら手ぐすねひいて待ち構えていたのです。
ちょうど其の時、翠星石は其の豊富な語彙のなかから、最適と思われるものを
選定し、組織し、装填するのに忙しくって、忙しくって、周りに目を向ける暇もありませんでした。
ですから、背後に現れた人影が、躊躇いがちに話しかけてきたことに気が付かなかったのも
ある程度仕方が無いことだったのです。
ポンと肩を叩かれて初めて後ろに誰かがいたことに気が付いた翠星石は、
驚きの余り「キャッ」と叫んで地面から30cm余りも跳び上がってしまったのでした。
「さ、櫻田!!おどかすんじゃないですよ!」
「わ、悪い!そんなつもりは無かったんだけど……。」
現れたのは、意外にも同じクラスの男子、櫻田淳でした。
しかし、彼はスケ番グループとは何の関係も無いはずなのですが……。
どうも様子が変です。何か妙にそわそわしながら翠星石の顔をちらちら見て来るし、
そのくせ翠星石が見つめ返すと慌てたように目を泳がせて視線を外してしまうのでした。
どちらにせよ、状況を鑑みる限り、手紙の送り主は彼に間違い無いようです。
翠星石の高性能生体光学受動目標識別装置、Mk.1アイボール(目ともいう)は、
速やかに目標をロックオンしてしまいました。
さあ、こうなったらもう大変です。
アメリカからの交換留学生が『ミートチョッパー』と呼んで恐怖した、
毎秒25発という、ゼロ戦の20mm機関砲も真っ青な発射速度を誇る毒舌は既に準備万端。
その上、其の威力ときたら……ちょっとした核兵器並みです。
後は翠星石が引き金を引くだけで、鉄の暴風が雨と霰と降り注ぎ、
哀れ櫻田君はお湯を注いだカップラーメンが出来上がるより早く、
煮込んだおでんの里芋よりもギュウギュウフニャフニャにやり込められてしまうでしょう。
しかし、幸いにしてそうならなかったのは、淳が放った次の一言が、
翠星石の脳味噌のキャパを越えてオーバーヒートさせてしまったからなのでした。
「あ、あの、ずっと好きでした!」
はい?
「だから、ずっと好きでした!」
な、なんだっt(ry
櫻田が私を好き?
何それ。 あ り え な い 。
落ち着け、落ち着け、落ち着くんだ翠星石。元素周期表を1から数えて落ち着くんだ。
水兵リーベ、僕のフネ、なーに間があるシップすぐ来らー、嬶ぁ。
スカちんぼ、黒まんこ、徹子にどーしても……ってこんなことしてる場合じゃ無いわ。
淳は好きと言ったけど、翠星石を好きといったわけじゃない!
油断大敵毛がボウボウ、そんなエサに翠星石が、クマーーーーー!
でも、もしかしたら……いやいやいや、
そうか、これはドッキリかしら。そうよね、そうよね、やっぱりそうよね。
策士たるもの、この程度の罠にプギャーーー
いや、ここは逆に考えるんだ。
仕掛人がM字ハゲじゃ無くて良かった。そう、考えるんだ。
この間約0,5秒。
翠星石が錯乱したのも無理はありません。
なぜって、櫻田君は今まで、他の翠星石を虐めてくる(が虐めている)人達のように
陰湿に陰口を叩いたり、あからさまに酷い嫌がらせをしたり、ということは無かったのですが、
なにぶん、顔をあわせる度に、からかったり、悪戯したりと、いろいろちょっかいをかけて来るせいで、
対抗上(良いですか、飽くまで対抗上仕方なく、ですぞ)翠星石も『多少の』毒舌を振るわざるを得ず、
其の結果として「緑の毒蛇」だの、「人間亀虫」だの、「エア・コブラ」だの、
果ては「平成アマゾネス」から「二足歩行の和田アキ子」に至るまで、
そういう類いのあまり有り難く無いあだ名の数々を頂戴する羽目になっていたのですから。
そうそう、身の安全を保証して欲しければ「自業自得じゃん」とか、
「それ依然に他の所でも毒舌を吐き散らしているんでしょ」などとは、
口が裂けても指摘しないことをお勧め致します。
この前ひょんなことで翠星石の機嫌を損ねた某野菜王子などは、いちいち的確に急所を抉って行く
速射砲のごとき罵詈雑言の数々をマトモに受けたおかげで、学校を休んで三日三晩泣き続けた挙げ句、
頭部戦線が5cmも後退してしまいましたから。
そうこうしている内にようやく我に帰った翠星石が、まだ混乱する頭の中で、
自分なりに状況を判定し、選定し、判断して、反撃の砲門を開こうとした
ちょうどその時、櫻田君の三度目の告白が、今度は正確に翠星石の胸を貫いたのでした。
「僕は君の事がずっと好きでした!つきあってください。」
半ば焼け糞気味に聞こえるくらいの迫力で叫んだ淳の頬は、
夕日に照らされているせいか、焼けるように真っ赤でした。
そして其れを聞いた翠星石も、同じく真っ赤に染まった頬を、ぽす、っと淳の胸に埋めながら、
只一言、「うれしい」と呟いたのでした。
夏の気配を残した紅い夕日は、未だ沈み切らない光の残滓の中に、
一つに解け合った黒い影を、長く長く、地面に落としていました。
翠星石は、淳の告白に「うれしい」と答えました。
其の言葉は、確かに偽りではありません。
ただし、世間一般で言う『うれしい』とは、ウルトラCをきめながら
トリプルアクセルした挙げ句、斜35度にぶっ跳んで逝く位、ベクトルがズレてはいましたが。
(イーヒッヒッヒッヒ。漸く復讐の機会が巡って来たというものです。
櫻田、よくも今までこの翠星石を散々いたぶってくれたですね。
この罪は一回振ってやる位では、とてもとても償えるものじゃないです。
弄んで弄んで弄んで、とことんまで貢がせて利用して、搾り取った挙げ句、
使い古したボロ雑巾のようにポイと捨ててやるです。)
黙っていればそれなりに端正な顔を、子供が見たらトラウマになる確率360%な笑みで歪めながら、
淳の胸の中で翠星石はそんなことを考えるのでした。
ここに、純愛と打算と陰謀の絡み合った、ヘンテコなカップルが誕生したのです。
はてさて彼等はこの先どんな事件を巻き起こすことになるのでしょうか。
本日のお話は此処まで。
おつき合い頂いた皆様、有難うございした。
それでは、あなた方にT-72神の御加護があらんことを。
ヲブイェークト。
続く?かも。
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最終更新:2006年05月14日 10:52