※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。

 
 
  ~第二十六章~
 
 
 「よりにもよって、なんてモノに寄生されているの、彼女は」

緊張のためか、真紅の口調は硬い。そして、結菱老人も、重々しく唸っている。
この二人、明らかにナニかを知っている様子だった。

 「ちょっと、真紅ぅ。アレは、一体なんなのよぉ?」
 「ボクも訊きたいな。普通の植物じゃないって事は、一目瞭然だけどさ」

水銀燈と蒼星石に問われて、真紅と結菱は、

 「あれは……穢れた土地に自生する植物なのだわ」
 「種を飛ばす事はなく、千切れた一部分からでも根付いて、繁殖するのだ」
 「しかも、宿主の意識を乗っ取って、新たな繁殖先を探し回るのよ」

かわるがわるに答えた。まるで、独りで全てを語ると呪われる……と、言わんばかりに。

宿り木という常緑小低木は、実際に存在する。
ひとえに生存競争を生き抜く為だが、この花も、その点では目的を同じくしている。
ただ、前者は宿主を生かさず殺さず共生していくのに対して、
後者は媒介者として利用するのみという違いがあった。

 「けったいな植物ですぅ! でも、そうすると――」
 「薔薇しぃのお姉さんは、あの植物に操られてるって可能性もあるかしら!」
 「……それにしては、お姉ちゃんの意識が……ハッキリしてた」
 「つまりぃ、意識を奪われて、記憶を共有してるのかもねぇ」

だとしたら、幼少時代の薔薇水晶を知っていたのも納得できる。
それに「穢れを植えつける」という言葉の意味も――
最初は気にする余裕も無かったが、考えてみると不自然で、違和感を覚えた。
ただ単に「殺す」で済むところを、わざわざ「植えつける」と言うなんて……。

あの植物さえ排除すれば、雪華綺晶は正気を取り戻すかも知れない。
薔薇水晶の心に、僅かな希望の光が射した。

斬ると覚悟は決めたものの、やはり、助けられるものなら救いたかった。
だって、彼女はこの世で、唯一の肉親なのだから。
探し求めて、やっと会えたのに……こんな形でお別れなんて、悲しすぎる。
もっと一緒に居て、ずっと一緒に暮らしたかった。

そして、今までのこと――
嬉しかったこと。頭にきたこと。哀しかったこと。楽しかったこと。
いろんな話をして、隔てられた時間を、思い出で埋め尽くしたかった。

 「真紅っ! あの花を枯らすには、どうすれば良いです?」
 「あの、頭みたいな薔薇を散らしたら……ダメかな?」

誰もが思い付きそうな考えを口にして、剣を構える蒼星石。
真紅は、厳しい口調で、軽はずみな行動をしないように諫めた。

 「待ちなさい、蒼星石。それだけは、絶対にダメよ」
 「左様。あの植物の根は、全身の神経に張り巡らされているのだぞ」
 「無理に散らしたり、引き抜こうとすれば、彼女は死んでしまうのだわ」
 「視神経は脳に繋がっているから、迂闊な真似はひかえるべきかしら」

真紅ばかりか、結菱と金糸雀にも自制を促されて、蒼星石は歯噛みした。
では、どうすれば良いのだろう。
真紅と結菱老人は、あの植物の正体を知っている。
――だったら、対処法も承知しているのではないか?

 「真紅っ。お願い……どうすれば良いか、教えて! 
  お姉ちゃんを助けられるなら…………私、どんな事でも……するから」

薔薇水晶に真剣な眼差しを向けられて、真紅は返答に窮した。
正体は知っていても、駆除の仕方となると、知識が無かったのだ。

助言を求めて結菱老人に目を向けるが、彼もまた眉間に深い皺を寄せて、頭を振った。
憑き物ならともかく、結菱老人でさえも、この手の化け物を相手にした経験は無いのだろう。

こういった症例は、あまり語られることが無いけれど、決して少なくない。
にも拘わらず、真紅や結菱老人の元に連れて来られる患者は、極めて稀であった。
他の憑き物と異なり、常人の目にも見えてしまう事が、一因だろう。
高額の謝礼を惜しむ患者の親類縁者が、退魔師や神官を頼らず安易に引き抜いたり、切断して、
患者を死なせているからだと思われた。

――薔薇水晶に、なんと答えれば良いのだろう。
駆除の方法は分からないから、救いようがないと伝える?
姉の救助に期待を募らせる彼女に、そんな無慈悲な事、言える訳がない。
ならば、どうするか。

 (あの時の応用が、出来ると良いのだけれど)

真紅は、翠星石に取り憑いた猫又を祓った状況を思い出した。
憑依と寄生の違いはあれども、対処は相通じる。
あの植物を、雪華綺晶の身体から追い出すには……。

 「雛苺。貴女の精霊を、いつでも起動できる様にしておいて。
  蒼星石と水銀燈、結菱さんは、雛苺の護衛をしてちょうだい」
 「解ったよ、真紅。こっちは、ボクたちに任せておいて」
 「私たちは、どうするです?」
 「翠星石と金糸雀は、私と薔薇水晶の援護を頼むわ。
  可能な限り、獄狗の動きを止めておいて欲しいのよ」
 「了解したかしらっ!」

全員が、素早く持ち場に着いて、雪華綺晶と獄狗の動向に注目する。
彼女は今、獄狗と共に睡鳥夢の縛めを突き破ろうとしていた。
めりめりっ! と樹皮の爆ぜる音が、木立の中に響きわたる。
獄狗が激しく身を震わせる度に、木々の枝が粉砕されていった。
睡鳥夢の縛鎖から逃げられてしまったら、もう捕縛できないだろう。

 「まだ逃がさねぇですよ! 睡鳥夢、押し潰すくらいの勢いで行くですっ」

木々の枝が繁茂して、獄狗を抑え付ける。同時に、雪華綺晶を弾き飛ばした。
雪華綺晶は、猫のように空中で身体を捩って、事も無げに着地する。
そして、翠鳥夢に雁字搦めにされた獄狗を格納した。
黒い霧と化した精霊が、雪華綺晶の背後へと吸い込まれていく。

 「……ふぅ。流石に、これだけ揃うと一筋縄ではいきませんわね」

折れた槍を投げ捨てて、雪華綺晶は指を鳴らした。
それを合図に、ひたひたと……穢れの気配が押し寄せてくる。
木陰や下草の茂みから、木々の間から、頭上の枝から、穢れの軍勢が沸き出す。

 「どれだけ数が多くたって、睡鳥夢と縁辺流で一撃粉砕ですぅ」
 「そんな余裕を、私が与えると思っているのですか?」

くすっ……と笑った直後、雪華綺晶は翠星石に向かって全力疾走していた。
前衛の真紅と薔薇水晶は無視して、脇を擦り抜ける。
薔薇水晶の援護をしていた金糸雀が、急遽、翠星石の援護に回った。

 「これでも、食らうかしらっ!」

氷鹿蹟の突進に併せて短筒を引き抜き、雪華綺晶の足元を狙って全弾速射する。
雪華綺晶は大きく飛び退き、金糸雀めがけて、右腕を振り下ろした。
かなり距離が離れていると思ったのに、短筒は金糸雀の手から叩き落とされる。
更に、氷鹿蹟までが、水晶の角で雪華綺晶を跳ね上げる寸前、真横に払い飛ばされた。

 「えぇっ? な、なんでかしら?」

訳が分からず呆然とする彼女の前で、今度は翠星石が何かに弾き飛ばされて、
背中から木の幹に激突した。翠星石は悲鳴を上げる間もなく、気を失った。
それを見た蒼星石は、雛苺の護衛役であることを失念して、
つい条件反射的に姉の元へと駆け寄ってしまった。

その隙を衝いて、細い何かが空を切って伸び、雛苺の身体に巻き付く。
見れば、それは棘の生えた蔓で、辿っていくと雪華綺晶の右腕に行き当たった。
雪華綺晶がグイと蔓を引き寄せると、雛苺は宙を飛んで、彼女の足元に転げ落ちた。
敵将の左手が、雛苺の細い喉を鷲掴みにする。

 「か……ふぁ!」
 「まずは、一匹目ですわね」

ぐいと引き寄せられた雛苺の眼前に、牙を生やした薔薇の花が迫っていた。
声を発することも出来ずに、怯える雛苺。
薔薇の花は嬲るように、じわじわと、涙を溢れさせた瞳に近付いていく。

けれども、あと僅かで雛苺の瞳に食らい付こうかと言うところで、
雪華綺晶は絶叫を上げた。
彼女の甲冑の隙間に、雛苺が縁辺流を押し込んでいたのだ。

 「ぐはぁっ! や、やめろ……入って……くるなぁっ!!」

雪華綺晶は、雛苺を放り出して、苦悶に喘いだ。
彼女の全身に張り巡らされた穢れの根が枯れて、浄化されていく。
身体が引き裂かれていく様な激痛が、雪華綺晶を襲い、苛んでいた。
立っていることも儘ならず、雪華綺晶は倒れ、地面を転がり、悶える。
彼女の背中から這い出してきた獄狗もまた、粘つく唾液を垂らして苦しんでいた。

指揮官の変貌に気勢を削がれたらしく、足軽どもの攻撃は統率を失い始めた。
連携の取れていない散発的な攻撃は、各個撃破される標的でしかない。
幾らも経たずに、敵は潰走を始めた。
それを追って、水銀燈と蒼星石の二人が、速やかに残敵の掃討に移る。

真紅は、苦しみ悶える雪華綺晶の元へ駆け寄り、退魔の法を準備し始めた。
ここまで来たら、神剣の加護と己の力を信じて、全力を尽くすだけだ。

 「金糸雀っ! 雛苺を、看てあげてちょうだい」
 「任せるかしら。ヒナ! もう少しだけ、頑張るかしら」
 「……う……うぃ。ヒナ……頑張る、の」

真紅は、完成した法術を、雪華綺晶の額から押し込んだ。
どれほどの効果があるかは、正直なところ解らない。
悪い方に転ぶか。それとも縁辺流の効力と相俟って、良い方に転ぶか……。

 「ぐ、うあ……あぁぁぁ」

雪華綺晶は目を見開き、両手で頭を抱え込んだ。
彼女の側で苦悶する獄狗と同様に、口の端から唾液を垂れ流している。
全身から滝のように発汗して、体表からは、うっすらと湯気が立ち上っていた。
このまま、乾涸らびて死んでしまうのではないか?
隣で気遣わしげに見守る薔薇水晶の眼前で、雪華綺晶は激しく痙攣し始めた。

 「お、お姉ちゃんっ!」

矢も楯もたまらず、薔薇水晶は雪華綺晶の脇に跪いて、姉の肩に手を伸ばした。
懸命に押さえ込んで、痙攣を鎮めようとしている。

 「死んじゃヤダっ! 死んじゃヤダよぅ!」

いつになく感情を爆発させる薔薇水晶を、真紅と水銀燈が引き離した。
まだ、完全に穢れが祓われた訳ではない。
迂闊に近付いて、あの薔薇の花に囓られでもしたら、
また穢れの感染者が増えてしまう。

翠星石と雛苺の治療に回っていた金糸雀が、やっと様子を見に来た。
しかし、この呪術的な場面では、医学の出る幕は無い。
依然として苦しみ続ける雪華綺晶を、手をこまねいて、眺めることしかできない。
だが、彼女の右眼から伸びる穢れの花は、明らかに萎び始めていた。
あと少しで、枯れそうだ。

雪華綺晶が力尽きるのが先か。それとも、花が枯れるのが先か。
果たして、どちらが……。

 「微力ながら、儂も協力しよう」

結菱老人は、そう言うと雪華綺晶の身体に両手を翳して、瞑想を始めた。
穢れの花が、鬱陶しそうに頭を振り、老人の手に噛み付こうとする。
けれど、もう力が残り少ないのか、花は老人の元まで伸びて行かなかった。

――どうか、助かって。
薔薇水晶は、溢れる涙を拭いもせずに、苦しむ姉の姿を見守り続けていた。
 
 
 
びちゃっ!

不意に、熟した果実が落ちて潰れた様な音がした。それも、かなり近くで。
敵の新手? いいや、違う。
どれだけ雪華綺晶の容態に気を取られていようと、敵が来れば、気配で判る。
――では、何の音だったのか。

 「うっ! こ、これは――」

目を向けた蒼星石は息を呑み、言葉を詰まらせて、口元を手で覆った。
そこに転がっていたのは、腐り落ちた獄狗の頚だったからだ。
けれど、腐乱したのは双頭の内の一方だけ。
残った一方は、まるで憑き物が落ちたかの様に、清々しい顔をしている。

 「精霊までが、穢れの植物に寄生されていたと言うの?!」
 「ボクらの精霊と違って、召還型の特殊攻撃精霊は、契約者と同体だからね」
 「そう考えると、有り得ない話じゃあないわぁ」
 「……まったく、とんでもない植物かしら」
 「雛苺が居てくれて、ホントに助かったのだわ」

もしも縁辺流の力が無かったら、今頃は雪華綺晶を殺していたかも知れない。
或いは、その逆の展開も……。

 「とりあえず、精霊の憑き物も落ちて、容態もヤマを越えたみたいねぇ」
 「ボクらも早く、応急処置が必要な人を屋内に運び込もうよ」

真紅たちは手分けをして、翠星石、雛苺、そして雪華綺晶を古刹に運び込んだ。
 
 
 
 
――お前たちは、呪われた存在だ!

村人達は、口々にそう言って、私たち家族を村八分にした。

私たちは、お母様と私……そして、妹の薔薇水晶の三人家族。
お父様は早くに病死して、お母様は女手一つで、私たち姉妹を養ってくれた。
私たちは貧しかったけれど、三人で力を合わせて、幸せに暮らしていた。

綺麗で、優しくて、とても思いやりのある女性――
私たち姉妹の、憧れの女性――
それが、私たちの……自慢のお母様。

なぜ、周りの人々は、私たちが呪われた存在だと言うのだろう?
幼かった私たちは、何も知らなかった。知らされなかった。
お母様が、狗神筋の人間だったなんて事は、何も――


十八年前……私が五歳、薔薇水晶が四歳の時に、村は戦禍に焼かれた。
そして、私たちの大好きなお母様も、殺されてしまった。
私と薔薇水晶は、山に逃れて助かったものの……。

食べる物も無く、寒さを凌ぐ上等な服も無く――
それでも、私たち姉妹は身を寄せ合い、辛うじて生きていた。
食べられそうな物なら、道ばたの雑草でも、樹皮でも、昆虫さえも口にした。

だけど、それも限界がある。
私の腕の中で、お腹を空かせて、衰弱しきった薔薇水晶が冷たくなっていく。
――ダメ! 死んじゃダメ!
呼びかける私の声も、死に逝く妹には届かない。
そして、私の命もまた…………尽きようとしていた。
 
 
 
 
 「薔薇水晶っ!」

雪華綺晶は、やおら大声を上げて跳ね起きた。
よほど悪い夢を見ていたのか、びっしょりと寝汗をかいている。呼吸が荒い。

 「……どこ……ですの? ここは」

辺りは、真っ暗闇。
ああ。ひょっとして、これが冥府と呼ばれる所?
だとしたら、両親や、妹に会える筈だ。また、家族が揃って一緒に暮らせる。

 「お、姉、ちゃん?」

不意に、すぐ真横で、夢にまで見た妹の声がした。
良かった。私を、迎えに来てくれたのね。
雪華綺晶は微笑み、そして、涙を流した。
 
 「薔薇水晶……。ああ、そうか。私、やっと死者の世界へ来られたのですね?」
 「? ううん、違うよ。お姉ちゃんは、死の……穢れの世界から、戻って来たんだよ。
  私の元へと、帰ってきてくれたんだよ」
 「私が? 私…………まだ、生きてますの?」
 「うん、生きてるよ。そして、私も――」

徐に、雪華綺晶の手が、温もりに包み込まれる。
薔薇水晶が、両手で優しく握り締めているのだと、直ぐに察しが付いた。

 「……ああ。温かい。薔薇水晶の手……とても、温かいですわ」
 「ずっとずっと、会いたかったよ……お姉ちゃん」
 「ええ……ええ。私も、ずっと……薔薇水晶に会いたかった」

夜闇に包まれた古刹の中で、姉妹はしっかりと抱き合い、歓喜の涙を流した。


寝たフリをして、彼女たちの会話を盗み聞いていた真紅たちも、
二人の再会を喜び、そっ……と涙を流すのだった。
 
 
 
 =第二十七章につづく=
 
 

|