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  ~第十九章~
 
 
四方を囲む炎が勢いを増す中、薔薇水晶の小太刀と、のりの短刀が火花を散らす。
矢継ぎ早に繰り出される斬撃を、のりは一振りの短刀だけで易々と捌いていた。
薔薇水晶の剣撃だって、決して軽くはない。
それを片腕だけで受けきるのだから、のりの膂力は常人のそれを遙かに凌駕していた。

ともかく、早くここから脱出しなければ、本当に蒸し焼きになってしまう。
水銀燈は得物の長さを利用して、隣室に続く襖を叩き斬った。
幸いなことに、炎は隣室にまで達していない。

 「金糸雀! 翠ちゃん! 真紅を、隣の部屋へ連れていきなさいっ」

みっちゃんの死を聞かされて愕然とする金糸雀を叱責しながら、翠星石が、真紅を抱える。
退避する三人を援護するため、水銀燈は薔薇水晶と共に、のりに斬りかかった。
だが、元より必中は狙っていない。
水銀燈は、切り込んだ勢いのまま、のりの背後に回って神剣を回収した。

 「狭い室内では、こっちの方が扱い易いのよねぇ」
 「あらあら。最初から、そっちがお目当てだったの?」
 「蒼ちゃん! 悪いけど、これ持って真紅たちを援護しに行って」

水銀燈が放り投げた太刀と神剣の鞘を空中で掴むと、蒼星石は「解った」と頷き、
真紅たちを追いかけた。意外に火の回りが早く、室内に煙が充満し始めている。
袖で口元を覆うが、焦げ臭さが鼻を突き、思わず咳き込んだ。

 「銀ちゃん! 私たちも、そろそろ――」
 「逃げないと拙いわねぇ、これは」

煙に視界を遮られて、隣室の方角どころか、互いの位置さえ把握できない。
水銀燈は床に着くぐらい姿勢を低くして、煙の下から方角を確かめようとした。
が、顔を巡らした途端、大蛇の頭とばったり対面してしまった。
大蛇は口を大きく開いて、水銀燈の頭を呑み込もうと、飛びかかってきた。

 「うひゃあっ! な、なんなのよぉ!」

咄嗟に避けて剣を振るったが、大蛇は素早い動きで、煙の中に姿を隠した。
けれど、気配で判る。煙の中から、眈々と狙いを定めている……。
こっちが煙に巻かれて動けなくなるのを待っているのだろう。

 「きゃぁっ! ぎ、銀ちゃんっ!」
 「ど、どうしたのっ?!」

悲鳴の後に、どさっ……と倒れる音が続く。
水銀燈は床に這い蹲って、声のした方に目を向けた。
すると、大蛇に巻き付かれ、身体を締め上げられている薔薇水晶を見付けた。

 「……銀……ちゃ…………助け……」
 「いま行くわ! もう少し、頑張るのよ!」

形振りなど構っていられない。水銀燈は肘を着いて、匍匐前進で近付いていく。
その時、彼女の右真横から、もう一匹の大蛇が飛びかかってきた。
咄嗟に右腕を翳して、頭を庇う。
彼女の腕に、大蛇はバックリと食らい付いた。

 「うふふふ。一匹だけと思って、油断したわね」

煙の中から、のりの声だけが聞こえてくる。
位置を特定しようにも、煙が目に染みて、長く見回していられない。

やおら、大蛇は水銀燈の右腕に噛み付いたまま、鎌首を擡げた。
水銀燈の身体が、ふわりと宙に舞う。いや、振り上げられたと言う方が正しい。
煙の中を、訳も分からず振り回されて、思いっきり床に叩き付けられた。

 「くぁっ! 痛っぅ……」

凄まじい衝撃で、失神しそうになった。
だが、水銀燈が気を失うより早く、大蛇は再び彼女を振り回して、叩き付ける。
獲物を呑み込む前に、骨を砕いて柔らかくしようと言うのか。
激痛のあまり、思わず神剣を取り落としそうになる。

 「こ……のぉ」

三度、空中で振り回されながら、水銀燈は神剣を左手に持ち替え、握り締めた。
こんな爬虫類ごときに、いつまでも好き勝手に弄ばれているのは面白くない。
水銀燈は神剣を構え、煙に滲みる眼を瞬かせながら、大蛇の瞳に狙いを定めた。
――目玉を貫き、脳を穿ってやる!

だが、やはり大蛇の方が、一瞬だけ早かった。
水銀燈が神剣を突き出す直前、大蛇は大きく頭を振って、
彼女を強烈に叩き付けていた。右肩の関節が外れた感じがした。
頭を強かに打って、彼方に飛びかけた意識を、右肩の脱臼による痛みが喚び醒ます。
冗談じゃない。これでは正真正銘『蛇の生殺し』だ。

あまりの苦痛に呻くことしか出来ない水銀燈を、大蛇は燃えさかる炎の方へ引きずっていく。
気を失いかけていた彼女は、抗うことも出来ずに、引きずられていった。
 
 
 
 
一方、屋外へ脱出した蒼星石たちも、穢れの者どもの攻撃を受けていた。
しかも、今までのような、ただ闇雲に斬りかかってくる攻撃ではない。
充分な間合いを取りつつ包囲して、じっくりと相手の消耗を待つ攻め方だった。

右手に太刀、左手に神剣の鞘を握り、射かけられた矢を払い落としながら、
蒼星石は歯噛みした。防御に専念するばかりで、反撃に出る余裕がない。
立て掛けた戸板の陰では、金糸雀が、苦しそうに喘ぐ真紅の治療に専念している。
この状況で、勝手に持ち場を離れる訳にはいかなかった。

 「嫌らしい戦法を使ってくるね、ホントに」
 「こいつら、真紅の消耗を見計らってやがるです」
 「……真紅の容態は、どうなのさ?」
 「これは、ただの毒じゃないかしら! 蠱毒に近いわ。薬が効かないの!」
 「呪詛の類か……厄介だね。ボクたちの手には負えないよ」
 「あ~もうっ! この非常時に、薔薇しぃと銀ちゃんは、何してるですか」

二人は、未だに燃え盛る家屋から出てこない。
早く脱出しなければ、梁が焼け落ちて、下敷きになってしまうのに――
煙に巻かれて、出口が見つけられないのだろうか。

 (まさか、二人とも……のりに斃された、なんてコトは?)

頭をよぎった不吉な考えを、蒼星石は即座に振り払った。
何を考えてるんだろう。縁起でもない。
馬鹿なことを考える暇があるなら、現状を打開する事に専念すべきだ。

 「金糸雀! 真紅の容態は、ボクが診る。短筒で、弓足軽の数を減らして」
 「わ、解ったわ。頼むかしら!」

金糸雀と入れ替わりに、蒼星石は真紅の脇に跪いた。
真紅の額に浮かんだ脂汗が、玉となって流れ落ちる。
代わって容態を見ると言ったは良いが、何をどうしたものだろう?
蒼星石は途方に暮れて、真紅の汗を拭うことしか出来なかった。

 「どうしたら……蠱毒が解けるの?」

呪詛に対しては、二つの方法が有る。
ひとつは呪術者を斃すこと。もうひとつは、より強力な術で跳ね返すことだ。
しかし、当然の事ながら、呪術者はひっそりと隠れていて発見し難い。
周囲を見回しても、呪術者らしき人影は見えなかった。
二つ目の方法を採ろうにも、それが出来そうなのは、真紅以外に居ないのだ。

 「せめて、護符とか、何かの加護が有れば――」

完治は無理にせよ、症状を軽減させることくらい出来よう。
蒼星石は藁にも縋る想いで、真紅の両手に、神剣の鞘を握らせた。
たかが鞘だけれど、神剣と対を成す物には変わりない。
少しでも蠱毒の進行を遅らせる事が出来るなら、儲け物だ。

 「あーもうっ! 埒が開かねぇですぅ!
  蒼星石っ! 私、銀ちゃんたちを連れ出して来るです」
 「ダメだよ! もうすぐ焼け落ちるかも知れない。飛び込むのは危険だ」
 「けど、このままじゃ……」
 「カナも、翠星石の意見に賛成かしら」

金糸雀は廃莢と再装填をしながら、二人の会話に割り込んだ。

 「崩れそうだからと尻込みして、二人が下敷きになってから悔やんでも遅いかしら。
  カナが弾を撃ち尽くしてしまう前に、早く行って来て」
 「それなら、ボクが行く。姉さんは、ここに残っているんだ」
 「何を言うです、蒼星石! 守りの要が抜けたらダメですっ」
 「けど、怪我人の姉さんが行っても、却って足手まといになるよ。
  状況的に見ても、ボクが行くのが一番なんだ」
 「やめるです! 危ねぇですぅ!」
 「その危ないところに、自分は行くつもりだったクセに!」

蒼星石が詰るような視線を向けると、翠星石は言葉に窮して緋翠の目を伏せた。
それを指摘されると、返す言葉がない。

 「約束したよね? もう、無茶な真似はしない……って」
 「……はい。したですぅ」
 「なら、そういうコトだよ。姉さんは此処で、真紅と金糸雀を護ってあげて」
 「あっ! ちょっと待つです!」

言い終えて走り出そうとした蒼星石の背に、姉の心配そうな声が投げかけられた。
肩越しに振り返り「なに?」と訊ねた妹に向けて、翠星石は、たった一言だけ呟いた。

 「必ず、無事に帰ってくるですよ」

それは出来ない約束だ。切迫した事態では、結果がどう転ぶか解らない。
下手をすれば、これが永遠の別れになるとも限らなかった。
けれど、蒼星石は――

 「約束するよ、姉さん。きっと無事に戻ってくるから」

柔らかい微笑みを翠星石に送って、燃え盛る家に向かって走り出した。
掛け替えのない同志……水銀燈と薔薇水晶を救出するために。
 
 
 
 
朦朧とした意識の中で――

水銀燈は、優しい声を聞いた気がした。
それは、聞き覚えのない、女性の声。でも、不思議と懐かしさを感じた。
誰だろう? 息を殺し、じいっ……と耳をそばだてる。


 ――水銀燈。しっかりと、気を保つのです。


今度は、ハッキリと聞き取れた。
しかも、瞼を閉じている筈なのに、目の前には巫女装束の女性が見えていた。
滑らかで、真っ直ぐな金髪を、風に遊ばせている。

 (だぁれ? ……真紅ぅ?)

心の中で呟いたものの、その一方で、別人だと気付いていた。
背格好や面差しは、非常によく似ている。
けれど、身に纏った雰囲気が、全くの別物だったからだ。
こちらの女性の方が、真紅と比べて、ずっと大人びている。特に、胸とか……。

 (ひょっとしてぇ、貴女は……房姫?)

問い掛けると、女性は嬉しそうに目を細めて、水銀燈に手を差し伸べた。
転んだ幼子を抱き起こそうとする母親のような、温かい雰囲気。
水銀燈は、差し出された手に、おずおずと腕を伸ばした。

 (…………熱っ!)

指と指が触れ合った瞬間、水銀燈は灼熱を感じて、腕を引っ込めた。
 
 
 
気付いた時、水銀燈の右腕は大蛇に銜えられ、炎に炙られ始めたところだった。
水銀燈は迷わず、左手に握り締めていた神剣を振り抜き、大蛇の頚を絶ち斬った。

 「ぎゃああぁっ!」

のりの絶叫と同時に、どおん! と壁をブチ抜く音が、部屋中に鳴り響いた。
右腕の自由を取り戻した水銀燈は、脱臼による痛みを堪えながら、周囲を見た。
突然に開かれた換気口によって、充満していた煙が急激に薄れていく。

 (薔薇しぃは……どうなっちゃったのぉ)

あの娘も大蛇に巻き付かれて、締め上げられていたけれど、無事だろうか。
頭を巡らすと、袖で口元を覆った薔薇水晶が、小走りに近付いてくるのが見えた。

 「銀ちゃん、大丈夫? しっかりしてっ!」
 「……私は、しっかりしてるわよぉ。貴女の方こそ、平気なの?」
 「圧鎧に護られてたから。とにかく……脱出が先」

薔薇水晶は水銀燈の身体を抱え起こして、左腕の下に、自分の肩を割り込ませた。
パッと見て、水銀燈が右肩を脱臼していると見抜いたのだろう。
ささやかな心遣いを、水銀燈は嬉しく思った。

炎を潜り抜け、壁に穿たれた穴から二人が飛び出した直後、屋根が焼け落ちた。
正に、間一髪。
あと僅か、脱出が遅れていたら、生きながら荼毘に付されるところだった。
けれど、安堵したのも、ここまで。眼前には、のりの姿があった。
どす黒い体液が流れ出す左腕を押さえて、憎々しげに水銀燈を睨め付けている。

見れば、のりの左腕は、肘から先が失われていた。
二匹の大蛇とは、もしかして彼女の両腕だったのだろうか?

 「よくも、やってくれたわね! もう容赦しないわよぅ」

のりの気迫が、周囲の空気をビリビリと震わせた。
宣告どおり、次は一気にケリを付けるつもりなのだろう。
薔薇水晶は水銀燈の手から神剣をもぎ取って、正眼に構えた。
だが、剣の切っ先は小刻みに震えている。
一見すると無傷だが、彼女もまた、身体中に後遺症を残していたのだ。

のりの口元が、嫌らしく歪んだ。
勝利を確信した笑みと、弱者に対する侮蔑が込められた嘲笑。
それらが綯い交ぜになった、見る者に不快感を与える嗤いだった。
のりは、二人に向かって猛然と突進してきた。

 「あはははっ! ふたり仲良く、あの世に送ってあげるわ」
 「そうは、させないよっ!」
 「なにっ!?」

いきなり脇から斬り付けられて、のりは弾かれたように飛び退いた。
のりの左肩から、墨汁を思わせる、どす黒い血が噴き出す。
咄嗟の判断で退いたまでは良かったが、蒼星石の鋭い剣撃は躱し切れなかったらしい。

のりにしてみれば、面白くない展開だろう。
圧倒的な優勢が、たった一人の参戦で、一転して不利になったのだから。
彼女は左肩の裂傷を押さえながら、殺意の籠もった瞳を、蒼星石に向けていた。

しかし、そう言った視線に晒され慣れている蒼星石は、微塵も動じない。
愛剣『月華豹神』を構え、冷徹な光を緋翠の瞳に宿して、のりを見詰めていた。

 「今日こそ、決着を付けさせてもらうよ。
  キミに殺された、多くの人々の無念を晴らす為にも、ね」

蒼星石の踏み込みは、凄まじく速かった。一言で表せば、疾風迅雷。
余りの速さに、のりは躱す事すら忘れて、棒立ちするばかり。
のりが両断される場面を、誰もが脳裏に思い描いていた。


――が、両者の間に紅い旋風が割り込み、蒼星石の斬撃を食い止めた。

 「なっ! これは――」
 「まさかっ! め……めぐっ!」

風が止み、緋色の甲冑を纏った黒髪の娘が、立ちふさがる。

 「そこまでよ。のりさんを斬らせる訳には、いかない」
 「めぐ! 助かったわ」
 「のりさんは、ひとまず退いて。ここは私が引き受けるわ」

蒼星石と鍔迫り合いを演じながら、めぐはのりに話しかけた。
のりは「ゴメンね」と言い残し、夜闇の中へ消えた。

 「さて……三人まとめて、さっさと始末しようかしらね」
 「キミに出来るのかい?」
 「ま……待って! やめなさい、二人とも!」

水銀燈の制止も虚しく、めぐと蒼星石の剣が、ぶつかり合い、火花を散らす。
二人の間に割って入ろうとする水銀燈を、薔薇水晶は渾身の力で、抑え付けた。
 
 
 
 =第二十章につづく=
 
 

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