※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。

  自分の店を持ちたい、というのが夢だった。ただ、それが実現出
来るのは相当自分も熟年に達してからだろうとは思っていたのだが。
  自分の将来設計の為に(と言ってもあくまでマイペースで)普通に
働いていたところ、祖父の訃報が耳に入った。
  もともと祖父は時計屋を営んでおり、その死をきっかけに店に空
きが出来た。
  僕自身は時計を作ることに興味は無かったが、店にはよく遊びに
行っていた。おじいちゃんっ子、と言えばそうだろうか。

『僕もいつかお店を持ちたいんだ。喫茶店なんかいいな』

  そうか、頑張れと。祖父は微笑みながら僕を応援してくれた。

  哀しみにくれる僕に対し、祖父は遺言状を残していた。自分が死
んだあとは、時計屋の土地と建物を、僕に譲ると。その書状は、今
でも机の引き出しに大事にしまってある。

  時計屋を改装して、客が佇めるスペースを作った。もともと広い
店ではなかったので、少しばかり手狭なのは致し方無いこと。
  テーブルの他に、カウンターもつけることにした。昼は喫茶店、
夜はバーにしようと思ったからだ。

  店の片隅には、古めかしい時計を。元々時計屋の時代からあった
もので、これだけは取り外さなかった。
  この店の時間を知らせる、大切な役割を任せることにした。

  そうやって僕が自分の店を持ち、忙しければ忙しいほどそれは良
いことなのかもしれなかったが。生憎と言うか、僕の場合はそうな
ることが無かった。
  道楽で始めたというと聞こえが悪いだろう。でも、もともと自分
の好きなことをして、気ままな生活を送ることが夢だった僕にとっ
て、今の状態はそれなりに好ましい。
  ぽつりぽつりとやってくる客を相手にしながら、僕の人生は上々
だと言えた。

  子供達の歓声が上がる。公園は今日も賑やかだった。空一杯の青
に広がる入道雲が、夏を強調している。僕はベンチに座り、夏休み
で恐らく三倍増し位に元気になっている少年達が駆け回る姿を、ぼ
んやりと眺めていた。
  暫くそのままで、眠ってしまいそうになる。そんな時に不意に話
しかけられて、僕の意識は覚醒した。


「またさぼってるのか、白崎」

「やあ、槐。それはお互い様なんじゃないか?」

「僕はただの散歩だ。一仕事終わったからね」

「僕だってそうさ。今は休憩中」

「そうなのか?」

「そうだよ」


  僕の元にやってきた男の名は、槐。学生の頃からの付き合いで、
彼は高校を中退して人形師の道を目指した。高名な師匠のもとに弟
子入りし、もう何度も海外へ行っていると言う。ある意味情熱的な
男だ。
  そんな彼は、僕は自分の店を構えている小道と同じ通りで、小さ
な人形店を営んでいる。ここまでくると腐れ縁と言ってもいいかも
しれない。
  ともかく、その故あって、彼はたまに自分の店に顔を出してい
るが。今日は店に『準備中』という立て札を立てておいたので、予
想のもとにここへやって来たのだろう。なんと言っても、僕の行動
範囲は結構狭いのだ。

「お前が店の『準備』する場所はここなのか?」

槐が苦笑を少し浮かべながら話しかけてくる。

「そうさ。適度な休憩を入れないと、美味しいお茶は淹れられない
 のだよ」

ぱたぱたと手で顔を扇ぎながら答えてやる。やれやれ、とか言いな
がら。槐が隣の空席に腰掛けた。暫く何も話さないままの時間が流
れていく。

  休憩と紅茶の関係は僕の持論だったが、自慢じゃないがもともと
紅茶を淹れる腕には自信がある。たまにやってくる客は結構その味
に入れ込んで、リピーターになってくれていた。
  お酒については多少嗜みがあったものの、それについてはまだま
だ勉強中。槐にも協力を仰いで、新しいカクテルを製作する度に試
飲して貰ったりしている。

「また、海外に出ることになったよ。師匠が向こうで個展を開くみ
 たいだから」

「なんだ。じゃあ新しいカクテルを飲んでくれるひとが居ないな」

「別な人間に頼め。実験台はこりごりだ」

「人聞きが悪いな、槐。結構旨そうだったろう? 前のやつは」

「……色だけな」

そうしてまた、苦笑。

「今度はどの位向こうに居るんだい?」

「半年位かな、来年の春前には戻れると思う」

「そうか、身体に気をつけて行ってこいよ。今度は良い感じのメ
 ニューを考えておくから。あと、あの可愛い姪っ子さんに宜しく」

ああ、わかったと言って、槐は腰を上げた。

「あんまりさぼるなよ。お前は僕と違って、接客がメインなんだから」

「承知致しました」

恭しく言葉を返し、ひらひらと手を振って別れる。さて、僕はどう
したものか。さっき少しばかり眠くなっていた所を妨げられてしまっ
たから。うん、もうちょっとだけ休んでいこう。

  幸いこのベンチは木陰に位置しているし、気温の割にはそよそよ
と涼しげな風が吹いている。うたた寝にはもってこいの空気だ。

  また、ゆめうつつになる。子供達の声は、次第に遠くなっていっ
た。
  眠りにつく前は、時間の流れが酷くゆったりとしたものになるよ
うな気がする。僕の周りの――いや、僕自身の――時の刻みが、遅
くなっていくのだ。
  このまま、時間は止まるのだろうか。何故なら眠っている間は、
時計の針の音が聴こえないから。
  けど、確実に時間は流れていて、時を刻んでいる。ならば僕は、
その流れから取り残されていくのかもしれない。


  ……つまらないなあ。
  眠りの際に立って、こんなことを考えるのは――



――――――――――――――



  一面の、白だった。雪が降った訳でもない、今は夏なのだから。
いや、そもそも季節という概念がここには無いのだろうと何となく
思う。そして、ここが『何処』であるということは僕はわかってい
たし、同時によくわかっていない。

  ここは、『何処か』だ。僕は眠って夢を見ると、たまにここへ来
ることがある。だから、僕の頭の中にある『何処か』なのだろう。
  ひとによって、夢に色がついているかそうでないかという違いが
あるのだと言う。目の前にある情景が真っ白な場合はどうなのだろ
うか。

  いつものように、所在無く歩き回ってみる。そんな行動をとった
ところで、何も見つからないことを、勿論僕は知っている。ただ一
つの、例外を除いて。
  見渡す限りの白い空間。そんな中で君は独り、佇んでいるのだ。
彼女の姿には色がついているから、きっとこの夢はモノクロでは無
い。

  ああ、また会えた。僕の眼の前には、長い黒髪が美しい女性。こ
の白い空間で、白い清楚なワンピースを着ている。無論僕は彼女の
名前を知らないし、誰なのかもわからない。何処かであったことが
あるような気もしているのだが、それはいつも思い出せない。

  ふと目線を落とすと、彼女の足元に影が落ちていて。それでこの
空間に、光があるのだということがわかる程度。いやそもそも、色
が確認出来る時点で、光は存在していると言えるのか? ……つま
らないな。どうでも良いことだ。

  二人並んでみても、特に何も話さない。一緒に歩いているだけ。
だけど、それについて退屈だと思うことは無かったし。むしろ何だ
か心地良い気分になれたから、僕はたまに見るこの夢を気に入って
いる。夢の中なら自由に飛んだり出来そうなものだが、普通に歩い
ている所がなんとも自分らしいと思う。

  時々彼女はこちらを向いて、ふっと笑いかけてくる。その笑顔は
とても眩しかったけど、何処か寂しげだった。

『……』

  彼女が口を動かしている。けれど、何を言っているかが聞き取れ
ない。
  そろそろ目覚めるということだろう。何も話さない彼女が僕に語
りかける時、この世界のかたちがいつも曖昧になっていく。


  彼女の姿が薄れていく。
  さようなら、名も知らぬお嬢さん。また逢う日まで。
  白い空間だけは、ずっとそのまま――



――――――――――――――



――……
  まだちょっと、ぼんやりとしている。時計を見ると、午後三時を
回ろうとするところだった。眠りこけてから、一時間も経っていな
いことになる。
  いつもはここで適当に身体を伸ばして、店へ戻るところだったが。
今日の僕は、それが出来なかった。

  こちらの方へ向かって、歩いてくる女性。長く美しい黒髪、白の
ワンピース。肩を隠すように、薄手のやわらかい色合いのカーディ
ガンを羽織っている。
  その姿は、僕が夢で逢った姿とそっくり……いや、そのもので。

  ゆっくりと歩いてくる。とうとう僕が座っているベンチにやって
来て、そこに腰掛けた。彼女はこちらの方を向いている。

「こんにちは」

「え……と。こんにちは」

挨拶されてしまったので、返した。何なのだろう、一体。そして彼
女はまた、口を開いた。


「白崎君、だよね?」


  果たして。確かに夢の中で再開を願ったものの、こんなに早くま
た逢うことになろうとは思わなかったので。僕には全く心の準備と
いうものが出来ていない。
  あの場所との違いはと言うと、ここは白の空間では無く、本当に
色が溢れている現実の中。そして眼の前に居る彼女の笑顔に、翳り
は見えないということ。


  彼女は僕のことを知っている様子。
  今は、蝉がけたたましく鳴いているような夏の最中。そんな時間
の流れの中の、多分ほんの端っこのあたり。
 これが君と僕の、まさしく『再会』だったのだ。

「えっと……何処かでお会いしたことがあったでしょうか」

  とりもあえず、夢の中で出会っていた女性が眼の前に居ると言っ
ても。思い出せないことには致し方なく、僕は彼女に尋ねる。

「酷いなあ……同級生の顔位は覚えておくものよ?」

同級生、というと高校だろうか。参ったな、僕はあまり周囲の人間
と積極的に関わるタイプでは無かったとはいえ、ちょっとこれはあ
んまりかもしれない。

  うんうんと頭を捻る僕を見て、彼女は少し呆れたような声で言っ
た。

「ま、確かに私はあまり学校行ってなかったからね。これでも話か
 けたこと位はあったんだけどな」

ちょっと残念そうな色が瞳に浮かんでいる。


「私の名前はめぐ。柿崎めぐ」



――――――――――――――――――――
|