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 『あの日にさようならを、今日にまた会えたね』

飛行機に揺られ私は帰って来た。
ターミナルの外にはあの人がいた。

 J「お帰り、真紅。」
 真紅「ただいま、ジュン。」

私とジュンは軽く握手をするだけだった。
離れていた時間が二人の間に壁を作ってしまったかのように感じ少し胸が痛い。
私達は無言のまま車の中に入り空港を後にする。
外の風景が飛ぶように変わり続ける。今の私達と同じように…

 J「その…英国ではどうだったんだよ?」
 真紅「どうもしないわ、普通に友人を作って楽しく過ごせたわ。」
 J「そっか、それは良かったな。」
 真紅「貴方のお陰だからね…。」

本当はそんなことを聞きたいんじゃない癖に…。
ジュンはきっと私に恋人が出来てないのか気になっていたのだろう。
しかし此方からそれを言わせようとするその態度が気に入らないので応えなかった。
でも…私も気になるから、頭から離れない。
やがて目的地が見えた、私が2年前通っていた学校が…



 J「僕らが卒業した後さ、閉鎖されたんだ。」
 真紅「そうだったの、だから貴方…」
 J「ああ、だから皆で決めたんだ、お前の卒業式をしようって。」


開け放されていた校門をくぐる。変わらない景色が私を出迎えてくれた。
中庭のあの木はまだ残っている、それを見て何故か私はほっとする。
そして、体育館の中に入った。ガランとした広い空間に私は目が眩みそうなった。
表彰台の付近にとても懐かしい顔が、
手を伸ばしても届くはずのなかった人達が、
今は手を伸ばせば触れることができる。自然と涙が溢れた。


 J「卒業、おめでとう真紅。水銀燈も呼べたら良かったけどな…」
 真紅「十分よ、いつか…あの子とも会えるんだから。」
 J「何かアテでもあるのか?」
 真紅「今、確信したわ…。」


もう会えないと思ってた私だってみんなと再会できた。
別れは会いたいと思えば一時のものだと教えてくれてありがとう…。



あの卒業式から何日か経ち大学へ行く日が来た。
私は英国の大学から日本の大学へと留学したので帰って来れたのだ。
今はアパートで一人暮らしをしている。昔の私からは考えられないことだった。
何をするにしても人にやらせてばかりだったので正直最初は辛かった。
けれどもこれが自立ということなので我慢しなければならない。
今日も朝に駅のホームで電車を待ちながら本を読んでいた。


 蒼「真紅、久し振り。」


偶然にも蒼星石と出会う、あの卒業式以来なので積もる話はあった。
他愛もないことを話し込んでいると彼女は私に聞いた。



 蒼「ジュン君とは、やっぱりまだよりを戻してないの?」
 真紅「…ええ、違う大学で会う機会もそんなにないし…
    それに変わってしまったことが怖いから。」
 蒼「変わったこと?ジュン君は何も…」
 真紅「違うの、私が…変わってしまった。」


思いがけない私の言葉に蒼星石も驚いた顔をした。彼女の表情を見て少し後ろめたく感じた。
それでも私は矢継ぎ早に自分の深く沈殿し重く圧し掛かっていたものを吐き出す。


 真紅「私は…あの頃には戻れないかもしれない。
    もう自閉気味でもないしジュンだけに依存することはできない。
    私は自立がしたいから…自分でこの世界を歩くと決めてしまったから…。」


もう過ぎたことは戻らない、一瞬一瞬がすぐに過去になってしまうのに2年前になど戻れる筈もなかった。
蒼星石は言葉を選んでいるようだった、そして口を開く。


 蒼「僕もだよ…真紅。僕だって…あの頃には戻れない…切れてしまった絆は…」
 真紅「蒼星石…まさか貴女、翠星石と…」
 蒼「別れたよ、やっぱり姉妹、それも双子となるとね…
   僕等はとても近くて遠くにいる…1年間付き合ってそれを思い知らされたよ。」


複雑な表情をして彼女はそう言った。私には何だかそれがとても悲しいことのように思えた。
できるならば何とかしてあげたい、けれども自分のことで手一杯なのに何ができるというのだ?
己の未熟さと思い上がりに嫌気がさした。それ以来私たちは黙って電車に乗ってそれぞれの行き先へ向かった。
日本へ帰国しても何も良いことはなかった。あるのは過去の思い出の残滓だけ…。
辛いだけだった。淡い期待は悉く打ち砕かれた気分だった。うなだれた私は何時の間にか大学に着いていた。
英国の友人はいる筈もなく此処でまた一人…それでもいい気させしたが…




 雛苺「あ、真紅ー!」
 真紅「雛…苺?どうして此処に?」
 雛苺「だってヒナ此処に通っているもん。」
 真紅「貴女それこの間の卒業式のときに言った?」
 雛苺「う~んとね………忘れてたの~」


少し考える間を置いて彼女は笑顔で言う。彼女はまるであの頃から変わっていない。


 真紅「全く、こんなのが先輩だなんて信じられないのだわ。」
 雛苺「むー…ヒナこれでもちゃんと2年生だもん!
    後ね、後ね、金糸雀も此処に通ってるのよ。」
 真紅「金糸雀も?そう、良かったわね、親友が一緒の大学で。」
 雛苺「うぃ、でも真紅もこれからは一緒なの!ヒナね、とっても嬉しいのよ?」
 真紅「ありがとう、雛苺…私も嬉しいのだわ。」


雛苺を見て私はやっと安心できた気がする。
これから新しい生活が本格的に始まる。不安や悩みも多いけれどもなんとかやっていける。
そんな気がした…。





新たな大学生活にも慣れ始めたその頃にそれは起こった。
気晴らしにと雛苺と金糸雀とで喫茶店で紅茶を飲んでいたときに…


 べ「お、ヒナ嬢にカナ嬢に真紅嬢じゃないか。」
 金「あら、べジータ久し振りかしら。」


偶然にもべジータが隣のテーブルに座っていたのだ。
連れには同じ大学に行ったという笹塚がいる。


 べ「そういや今度の日曜に三年の同窓会やるって聞いたか?」
 雛苺「うゅ?そんな話聞いてないのー」
 笹塚「ありゃ、連絡が其処まで行ってなかったのか…まぁそーゆーことだから出来るだけ出席しろよ?」


私は黙りこくった、三年の同窓会だったら…。


 金「ちょっと待つかしら、真紅はどうするのかしら!?」
 べ「う…それなんだよなぁ…皆に掛け合ってみようか?」


べジータは困惑の表情をしている。別に面倒臭がっている訳ではないのは私にも分かった。
けれども彼に其処までして貰うのは申し訳ない、私は断ることにした。


 真紅「いいのよ、そもそも同窓会に出ても知り合いも貴方達ぐらいのものだし。
    それに日曜日はもう予定が入ってしまっているから…。」
 べ「真紅嬢…。」


喫茶店の賑やかな雰囲気に似つかわしくなくこの空間だけは沈黙して止まってしまった。
私はその空気が嫌になって無言のままトイレへ向かう。昔からそうなのだがトイレの中は何故か落ち着けた。
私は自分に聞く、寂しい?と…自答は嘲りながら帰ってきた。


 ならどうしてあの時に日本に残らなかった?残ろうと思えば今みたいに自立すればよかったじゃないか。


それもそうだと思って自分を無理矢理納得させる。それでも胸が痛い。自分の胸の内の心の欠片が…歯車が軋みを上げながら無理矢理廻っているようだった。
泣いているのかと思ったが目からは涙はおろか潤んですらいなかった。
此処が私の変わってしまったところ…何時しか私は表情を氷りつかせることを学びそのまま心が麻痺してしまったのだ。
もう、泣くことすらなくなり始めている…それが無償に哀しい。
やがて日曜日が来た。私に予定などある筈もなく自分の家に居た。
することもないだろうと思っていたが引越しの荷物がまだ全部開けていなかったので丁度いい暇が出来た。
ダンボールを開けるとまず出て来たのは思い出の品ばかりだった。どうやら思い出の品を入れた箱だったらしい。
昔からいつも一緒にベッドで寝ていた犬のぬいぐるみに高校時代の写真…そして…。


 真紅「水銀燈から貰ったゲームボーイ…」


その昔ゲームを持っていないと言ったときに彼女に無理矢理押し付けられたものだった。
これを使ってもっと腕を上げて私を倒してみなさい、などと言っていたっけ。
そんな彼女に対して…私は別れ際にあんな酷いことをしてしまった…。
今更だがちゃんと会って、謝りたい…日本に帰って来た目的の一つでもあった。
日本に居れば彼女もひょっとしたら此処に帰って来るかもしれない、そんな期待を抱いて…。
でも現実そんなにことが上手く運ぶのだろうか?


 真紅「………手紙でも書こうかしら。」


犬のぬいぐるみをベッドに置いてから私は机に向かう。便箋とペンを引っ掴んで手紙をしたため始めた。
そろそろ、同窓会が始まっている時間なのだろうかと思いを馳せながら。



とある焼肉屋に薔薇乙女高校最後の卒業生たちが集っていた。
その中には翠星石や蒼星石、雛苺、金糸雀、べジータに笹塚、そしてジュンの姿があった。
どういう偶然か上の7人は3年生で同じクラスになったのだった。


 J「おお、翠星石に蒼星石、久し振りだな。」
 翠「久し振りですチビ人間、その後の調子はどうです?」
 J「どうもこうも…ボチボチだよ、まぁ統計学の単位が危ないってぐらいかな。
   お前こそ花屋はどうなんだよ?自営業だなんて大変なんじゃないのか?」
 翠「そりゃ大変ですけど…でも翠星石の好きなことですから苦しくても楽しいですよ。」
 J「そっか…それは良かったな。蒼星石は大学生活はどうなんだ?」
 蒼「うん、僕もボチボチかな。ただ…もう来年には就職を考えないといけないのに何もやりたいことが思い浮かばないんだ。」
 J「そうだよな、就職を考えろって言うけどまだまだ僕等は何も知らないからな。
   けど焦って決めてもいいことなんてないからゆっくり考えよう。」
 蒼「………ジュン君は相変わらずだなぁ…お人好しっていうか、高校の頃から全然変わってないよね。」
 J「わ、悪かったな、ガキの頃のまんまで。」
 蒼「そんなことない、変わってないのは悪いことだって思われ勝ちだけどいいことだってあるよ。君みたいにさ。」


蒼星石の褒め言葉とも取れる発言にジュンは思わず耳まで真っ赤になっていた。
いつもは余り自分の思ったことを言わないのに今日はよく言葉に出している。



暫くして蒼星石は再び口を開いた。


 蒼「僕、この間駅で真紅と会ったんだ。それで彼女は言ったんだ、自分は変わってしまったって。」
 J「………」
 蒼「けど本当は何も変わってない、寂しがり屋の癖にやせ我慢してて…
   君のことが好きなのにあの小さな体の中にそれを溜め込んでしまう。
   だからジュン君、君が真紅の………」
 べ「おっと、悪いが其処までだぜ蒼嬢!」


彼女を言葉を遮って突如べジータが割り込んできた。蒼星石は反論しようとしたがべジータの真剣な表情を見て思い止まった。


 べ「真紅嬢なんだがな、多分自宅にいると思うぜ。本当は今日誘おうと思ってたんだが俺からの誘いは断られちまってよ。」


苦笑しながらべジータは言う。それだけを聞いて僕は彼が言わんとしてることを悟った。


 J「ありがとう、べジータ!僕はもう行くよ!」
 べ「頼んだぜ、アイツにとってお前が白馬の王子様さ!」


べジータの恥ずかしい台詞を聞いてまた顔が赤くなるのが分かる。
けれども外の寒さがすぐに火照った顔を冷ましてくれた。



ジュンが焼肉屋から去った後にべジータは一人酒を飲み始めた。
それは楽しみで飲んでいるというよりも自棄酒だった。


 翠「べジータ…お前…」
 べ「へへ、初恋の失恋ってのは…辛いなぁ…。けど俺がジュンに勝てる要素なんて何もないんだよな。」
 翠「…そ、そんなことねーです!今のべジータはべジータにしてはカッコイイですぅ…」
 べ「おいおい、なんで翠嬢が泣いてるんだよ、泣きたいのはこっちだってのに。」
 翠「う、うるせーです!お前がいじいじもやしオーラ出しまくりなのが悪いです!
   だから今日ぐらいは笑って酒を楽しめですぅ!!」
 べ「へ、ありがとうな…翠嬢。」


それに…翠星石がべジータに同情したのは、自分を重ねてしまったから…。
今でも蒼星石を見ると泣きたくなる、お互いを見れば見るほど自分の自分自身が嫌いな部分が浮き彫りになってしまう。
それが辛くって…別れてしまった。そして永遠の後悔をすることになった。
何時かこの傷付いた鏡は直るのだろうか…?


外はすっかり夕暮れを越えて暗く沈みかけている。真紅もそれと同じように沈んでいた。水銀燈に手紙を書こうと思ったがどうにも言葉が出て来ない。失敗しては紙くずの山は積もって行く。
今更何と言って謝ればいいのだろうか?時間が経った後から過ちを認めるのはこんなにも大変なことだと痛感する。
それでも中々手紙は書き上がらない、そんなところへ不意にインターホンが鳴った。
誰だろうと受話器を取ると男の声がした。


 J「あ、えっと…真紅?」


思わず私は受話器を置いて切ってしまった。完全に混乱している。


 真紅(どうしてジュンが此処にいるの!?というか部屋が片付いて…)


私は焦ってダンボールを無理矢理押入れに入れ込んでドアを開けた。
外にはジュンが何食わぬ顔で突っ立っていた。私はまず謝る。


 真紅「あの、ごめんなさい。まさか貴方が来るとは思わなくって切ってしまって…。」
 J「あ、ああ…別にいいよ、行き成り押しかけた僕が悪いんだし…。」


何となくぎこちない会話をしてから私は自分の家へジュンを招き入れた。
よくよく考えればこの家に越して来てからの初めての客人だった。取り合えず私は紅茶を入れることにする。




 J「あ、僕も手伝うよ。」
 真紅「い、いいのだわ、私が…あ」


ティーポッドにお互いの手が重なる、ジュンの手は外を歩いていた所為もあるのか冷たかった。
思わず私はもう片方の手をジュンの手に重ねて彼の手を温める形になる。
不意にジュンは力強く私を抱きしめた、私はもがくけれどもやはり男の力には勝てない。
けれどもすぐにジュンは離して真剣な面持ちで私の顔を見る。


 J「真紅…僕等やりなおさないか?僕は、お前が好きだ。
   それは高校時代からずっと変わってない。」
 真紅「けれども私は変わってしまった。もう、私は笑うことも出来なければ泣くこともできない。
    それに私はもう貴方のことだけを考えていられないのよ?私は自分勝手だから。」
 J「それがなんだ、真紅はいつだってそうだ…寂しいのに自分じゃ言わない。
   後…恋愛なんて自分の勝手なんだ、気にすることなんてない!」
 真紅「でも…でも…」
 J「僕は真紅じゃなきゃ駄目なんだ、僕はお前が欲しい!」


こんな恥ずかしい台詞をジュンは若干顔は赤くなっているが力を込めて言ってくれる。
何時の間にか私は満たされ胸につまるような歯車の『歪み』は消えて廻り出す。
私はジュンの首に手を回してジュンの唇を啄ばんだ、暫く熱烈なキスをする。


 真紅「しょうがない下僕ね…だったら、私は貴方のものになってあげるのだわ。」


顔を真っ赤にしながら私は微笑んで言う。自然な笑み…不思議とそれは浮かび上がった。
ジュンも私に微笑みを返してくれる、私達は再び抱き合った。私達は再び恋人同士になった。




翌日の早朝、空港にキャリアバッグを引きずって人の群れに混じって彼女は極東の地を踏みしめた。
迎えに来れそうな人には誰にも連絡はしてなかったから迎えはいない、筈だった。
しかし其処には制服姿のままの左目に眼帯をした少女が待っていた。


 薔薇「お帰りなさい、銀姉さま。」


出迎えられた女性は自分の額を軽く叩くような仕草をして溜息を吐く、銀色の髪と赤色の瞳が周囲の目を引き付けていた。


 銀「全く…貴女なんで此処にいるのよぉ。さては学校サボったわねぇ。
   あれほどサボリはよくないって言ってたのに…」
 薔薇「学園一の不良だったお姉さまに言われたくない。
    それよりも疲れたでしょ?外でラプラスが車で待ってるから乗って。」
 銀「まぁホテルのチェックインまで時間があるからいいわぁ。」


変わらないことを望むのに世界はどうして変わるのだろう?変えようとするのだろう?
私達に、一体何を求めているというの?






車の中で…


 銀「ねぇ、貴女って2年前からずっと眼帯してるけど何か秘密でもあるのぉ?」
 薔薇「この眼帯を取るとビームが出る。」
 銀「それはXメンねぇ…しかもあっちは両目。」
 薔薇「この眼帯を取ると覚醒して玉璽無しで『牙』が撃てる」
 銀「それは○ア・○アよぉ…」
 薔薇「じゃあもうタモリでいいよ…」
 銀「そっかぁ…タモリなのねぇ…」
 兎(言えない…雪華綺晶お嬢様との区別をつけるためにご両親が施しただなんて…)




酒屋で…


 金「ジュン行っちゃったかしら…」
 雛「みたいなのー」
 金「いいわよね、アツアツの青春をまだ送ってて、カナなんて…」
 雛「うゅ?でも金糸雀って男の人によく声かけられて…」
 金「もうこーなったら呑みまくってやるかしら!
   貴女の幸せを1分間祈らせて下さい?は?
   新しい英会話教材はいりませんか?はぁ!?冗談じゃないかしらぁー!!」
 雛「じょ、冗談じゃないのー!(汗」
 金「こ、恋のバーロー!!(号泣」
 蒼(金糸雀…強く生きてね)(汗








朝が来た、ベッドの中で私は目が覚める。朝日が目に眩しい、それに少々体がだるかった。
ベッドを見てみるとジュンが静かに寝息を立てていた。成人したのにこんなあどけない表情で寝るものなのだなと観察してしまう。
…ん?そもそも何でジュンが一緒のベッドに寝ているのだろう?それも裸で…。


 真紅(そうだったのだわ…あの後一戦交えたのだったわ…)


今思い出してみると顔が熱くなる。それと同時に本当に恋人関係になったのだと実感した。
体を求め合うようになってやっと実感したことに少々抵抗を感じたがあえて深く考えないようにした、何にしても朝は頭の回転が少し鈍くなる。
ふと時間が気になり時計に目をやる。なんととっくに1限目の授業が始まっている時間を越えていた。


 真紅「ジュン!起きなさいジュン!」
 J「う~ん…もう少し寝かせてくれよ…」
 真紅「それどころじゃないわ!もう学校が始まってる時間よ!?」
 J「え…?うわぁ!本当だ、拙い!今日は統計学があったのに…」
 真紅「ごめんなさい…きっと私がいつもの癖で目覚ましを消してしまったんだわ…」
 J「う~ん、まぁいいか、それよりもさ…その、今日はこのままサボらないか?そんでもし良かったら…一緒に飯食いに行かないか?」
 真紅「あ、貴方がどうしてもって言うのなら…いいのだわ。」
 J「じゃあどうしても、だ。」


素直に私を求めてくれるジュンに抗う術など私には最初からなかったのだ。私は快く彼の提案を承諾する。



黒いリムジンに乗って水銀燈は薔薇水晶と雪華綺晶の自宅へ向かっていた。
久し振りの街の様子に水銀燈は思い出に浸っているかと思えば所々で船を漕いでいた。
薔薇水晶も彼女が疲れていることを知っているので必要なこと以外を喋らなかった。
ただ誰に連絡したという用件だけを言っている。やがて水銀燈は時差ボケが直り始めたのか目が覚め始めていた。


 銀「それにしても…貴方が着いていながらよく薔薇水晶がサボるのを承諾したわねぇ?」


少々棘のある言葉で運転手のラプラスに投げかける。彼は苦笑しているように大仰に肩を上下に動かした。


 兎「薔薇お嬢様の熱意に負けましてね…それに私も貴女に久し振りに会えるのを楽しみにしていたクチですし。」
 銀「ふん、私に会ったってチップはあげないわよ?」


相変わらずラプラスにだけは勝てない。いつも此方の予想もしないことを斬り帰して来る上に普通に自分よりも大人な対応だからだ。
さっき言ったことも本気なのかからかっただけなのか判別もつかない。


 薔薇「次は雛苺で最後…これで皆に通報しますた。」
 銀「ご苦労様ねぇ、あら?真紅には連絡したかしら?」
 薔薇「うん、言ったけど姉さまはその時によく寝てたから覚えてないかも…」
 銀「………嘘ねぇ、貴女まだ怒ってるんでしょ?あの頃のこと」


鋭い赤い目が薔薇水晶の心の内を見透かした。薔薇水晶もこれ以上嘘をついても意味がないと思い白状する。


 薔薇「…連絡してない、だって…あの人は姉さまのこと何とも思ってないんだよ?」
 銀「やっぱり、そうなのかな…でもしょうがないわ。私が裏切ったようなものなんだし…」


だって…私は日本を去る少し前に、彼女と約束をしてそれを破ってしまったから。
水銀燈の意識は2年前のあの日に向かった…。



街に出て喫茶店でジュンと朝食を食べている頃だった。
不意に真紅の携帯に一通のメールが入る、翠星石からだった。


 真紅「一体何かしら?」


メールの内容は短かった。


 今日、水銀燈が帰って来てるみたいです。薔薇水晶から口止めはされてたですが…やっぱり真紅にも知らせておくです。


 真紅「水銀燈が帰って来てる!?日本に…?ジュンは知っていたの?」
 J「え、そうなのか!?僕も初耳だぞ?」
 真紅「ジュンも知らないのね…」


メールの内容にある『薔薇水晶から口止めされていた』に私は引っ掛かるものがあった。
私ならまだしも…


 真紅「どうして薔薇水晶はジュンにも言わなかったのかしら?」


ジュンに答えを求めるように私は独り言を言う。彼は少し考えてから彼なりの答えを出した。


 J「きっと薔薇水晶のことだ…僕と真紅がよりを戻すのはお見通しだったんだろう。
   僕から真紅に伝えないようにきっと僕にも送らなかったんだろうな。翠星石に感謝しないと…。」


まさかとは思ったが彼女は頭がキレるし人を動かすのが上手い。人を動かすことに長けている者は人のことが手に取るようにわからないと上手くはいかない。
やがて真紅の思いは今は遠く感じる2年生の冬あけへと傾く。
今思えばあの時期から、私達の関係は可笑しくなり始めたのだ。崩壊の足音が再び鳴り響く…。



始まりは2年の三学期だった。当時3年生の水銀燈は色々と問題は起こしていたがなんとか卒業までこじつけていた。
彼女の日課と言えば授業をサボって屋上で寝ているぐらいのものだった。偶に私は放課後に屋上に顔を出す、いつもは薔薇水晶が既に彼女の傍に居たのだがその日は居なかった。


 真紅「また授業をサボったのね。」
 銀「だってねぇ?この時期になったら3年生は授業なんてあってないよーなもんよぉ。」
 真紅「まぁそれもそうだけど…名残惜しくないの?クラスの皆ともうすぐ離れなければならないのに。」


彼女はケラケラと笑った。


 銀「おばかさぁん、別に私はクラスメイトなんて何とも思ってないわよ。
   偶に授業に出たら腫れ物のように接するし見てはいけないものを見たような顔するのよ?
   そんな連中、どうなったって私の知ったことじゃないわぁ。」


あっけらかんとして彼女はそう言い捨てる、偶に思う、彼女の真意がわからない。
本当に寂しくないのだろうか?私だったら…きっと胸が張り裂けんばかりに悲しむだろう。


 真紅「そう…貴女は面倒な学校から去れていいかもしれないけど貴女が去ることで悲しいと思う人がいるのだわ。」


自然と溢れた自分の気持ちに驚いていた。けれどもこれが自分の正直な気持ちなのかもしれない。心の何処かで彼女を姉と慕っていたのかもしれない。



 銀「もしかして…それって貴女のことだったりする?」


意地悪く笑って彼女は聞いて来る、こっちは真面目に言っているのに!


 真紅「わ、悪い?例え貴女がどんなに性格の悪い不良でもいなくなったら…寂しいのだわ。」


何故かジュンに告白された時のような胸を締め付けるような感覚が起こった。それと同時に顔も熱くなって来る。


 銀「別にぃ…貴女がどう思ってるか知らないけど、これが今生の別れじゃないんだし…
   それに卒業しても偶には遊んであげるわよ。」
 真紅「…本当に?」
 銀「ええ、貴女って友達少なさそうだしぃ?」
 真紅「お、大きなお世話なのだわ!」


やがて薔薇水晶が屋上にやって来た。


 薔薇「今北産業…って何二人で楽しそうにしてるの?」
 銀「別に楽しそうになんてしてないわぁ、貴女が居なくて丁度退屈してたのよぉ。」
 真紅「此方こそ、楽しくも何とも思ってなかったのだわ。」


一人訳の分からない顔をしている薔薇水晶を見て私も水銀燈も不思議と笑みがこぼれた。



その日の夜…私は家でお父様を待っていた。
最近はお父様も私のことを省みてくれるようになり夕食はいつも一緒にしていた。
程なくしてお父様は帰宅し私は夕食の準備を始める。


 銀パパ「水銀燈…話があるんだ。」
 銀「何ですか、お父様?」
 銀パパ「仕事の話になるんだが…私はそろそろ本拠を外国に定めようと思う。
     それで…もしも良ければ一緒にフランスに行かないか?」


突然の話に私は反応が返せなかった。それを見てお父様はあわてて付け足す。


 銀パパ「済まない、勝手な話で…お前には此処で大学も決まってもいる。
     強制はしないから…ゆっくり、考えて欲しい。」

それからお父様は黙り込んで夕食を終えた。私も夕ご飯そっちのけでずっと考えていた。
けれども考えても答えは一つしかない、折角、疎遠になってしまっていた父と此処まで関係を築き上げたのだ。今更また壊したくない。
もう、あんな寂しい思いはしたくない…私は決めた、お父様とフランスへ行くと…。




翌日、学校でこのことを薔薇水晶と偶々一緒にいた雪華綺晶に告げた。
二人とも最初は驚いていたが薔薇水晶はすぐに何時もの調子を取り戻す。


 薔薇「それが姉さまの選択なら…私は後押しするしかない。姉さまには泣いて欲しくないから。」
 雪華「薔薇しぃちゃん…貴女は本当にそれでいいんですの?辛いだけですのよ?」


雪華綺晶の台詞に申し訳なく思った、けれども私にとってお父様は唯一の肉親、それは何者にも代え難いものだったから。


 薔薇「いい女ってのは…ずっと待ってるもんなんだぜ?」
 銀「薔薇水晶…」
 薔薇「だから姉さまは私に気を遣わずに行って、おじさまの傍に居て、あげて…」


彼女の眼帯をしている左目の方から一粒の涙が流れていた。私は彼女の涙を指でそっと拭う。
温かい涙は外気に触れた途端に酷く冷たくなった。堪らなくなった私は彼女を抱き寄せた。


 銀「ごめんね、そしてありがとう…」
 雪華「…しょうがないですわ、今日ぐらい…私だって黙ってますわよ。」
 銀「雪華綺晶も、ありがとうね。」


そうして私は他の皆にもフランスへ行く旨を説明した。やはり誰もが驚く。
最後に私は真紅のところへ向かう、今でも後悔している、あの時後を追えばよかった、と。




放課後の教室、私は掃除当番だったので掃除をしていた。其処へ水銀燈が不意に訪ねて来た。
何時もは自分から来ることはないのに珍しいことも起こるものだと思った。


 真紅「珍しいわね、貴女から私のところに来るなんて。」
 銀「ええ、今日は…ちょっと話があって来たのよ。」


いつもと違い表情がとても深刻だった、嫌な予感がする。
彼女の口が開いたその瞬間、何かが、日常が崩れ去るようなことが起こる気がした。
 ワ タ シ コ ン ド フ ラ ン ス ニ ヒ ッ コ ス ノ
彼女の言葉はスローモーションをかけられたように鈍く私の耳に入った。
実際は私の頭がそれを否定していたに過ぎない、彼女が日本から居なくなる?そんなの嫌だ!!


 真紅「ど…して?」


真紅の表情はショックを隠しきれないでいた。私が一番見たくなかったその表情…。
冷水を背中から浴びせられたように体が震え出す。


 銀「お父様が…本格的に海外進出を目指すために本拠をフランスにするって…それで、私もついて行くことになったわ…。卒業式の次の日にはもう日本を発つわ。」


私の表情を見て水銀燈は目を逸らしながら訥々と理由を語る。正直理由なんてどうでもよかった。ただ、目の前の現実を否定したかった。
目を逸らされたことが私という存在への、思い出の否定に見えた。不意にこの間の言葉を思い出す。
知ったことじゃない…彼女にとって矢張り自分もその程度の存在だったのだろうか?


 真紅「嫌…だって、貴女…前に卒業してもまた会えるって…」
 銀「ええ、あれは本当よ。フランスに行ってもちゃんと日本には帰って来るから…」
 真紅「嘘つき!そんなことを言って、きっと貴女は来ないのだわ!」


私は持っていた箒を捨てて溢れる涙を袖で塗らす。完全に錯乱していた。



 銀「お願いよ、私を信じて、真紅!」
 真紅「貴女なんて…信じられる訳ないじゃない!いつも遠くから人を見てるだけの貴女なんて…っ」


その時の水銀燈の表情は今でもすぐに思い出せる。怒りとも、悲しみとも取れない表情。
まるで感情のない人形のような空虚な…赤い目が私を攻めているようだった。
私は自分の鞄を持って教室を後にした、振り返っても水銀燈は追ってこなかった。


その時の真紅の表情は忘れられなかった、真っ赤に腫らした涙目で私を見据えただ悲しみにくれる表情…。
そして彼女の言ったことに自分の本性を見た気がする。そうだ、気付けば自分はいつも高いところから人を見ているだけ。
決して必要以上の肩入れはせず、時には自分すら客観的に見つめて…。
やがて彼女は教室を飛び出す、その後姿を見ることすら私にはできなかった。


思えばあれがお互いを見た最後の姿だった。




卒業式が終り、フランスへ旅立つ日が来た。
既に翠星石や蒼星石、雛苺、金糸雀、薔薇水晶、雪華綺晶、ジュン、べジータは来ている。
年齢を越えて友情を結んだ彼等を私はかけがえのない宝物のように思えた。けれども…一つだけ足りない。


 銀「真紅は…やっぱり来てないわよね。」
 J「ごめん、僕も自宅まで行ったんだけど…部屋に入れてくれなかった。」
 銀「そう…ありがとうねジュン…」
 薔薇「姉さま…」


これほどの友が自分を送り出してくれる、なのに一人欠けただけでこれほどの虚脱感は何だ?
結局、真紅が現れることはなく私は極東の地から離れた。




私はわざと送れて空港にやって来た、其処には皆の姿が見えた、けれども水銀燈がいない…。
すぐに雪華綺晶が私に気付いた。


 雪華「真紅さん!どうしたんですか?」
 真紅「水銀燈は…もう行ってしまったの?」


誰も答えなかった、暫く沈黙が続いたが薔薇水晶がそれを破る。


 薔薇「そうだよ、もう行っちゃったよ。貴女の所為で…姉さまがどれだけ悲しんだか、
    どうして!?どうして今日ちゃんとお別れを言わなかったの!?」


私の襟首を掴んで薔薇水晶は物凄い剣幕で私をまくし立てた。私にはそれに反論する余地も権利もなかった…。


 薔薇「私は許さない…貴女さえ居なかったら…姉さまは何の未練もなくおじさまと幸せに暮らせたのに!!」
 真紅「………」


普段の彼女からは考えられないほど感情を全面に押し出した責め苦に私は耐えられなかった。
ただ何も言えずに泣いているだけ…やがて雪華綺晶が彼女を止めて先に帰ってしまった。
私は暫くその場で泣き崩れていた、今でも薔薇水晶の言葉が胸に突き刺さる…。


それが、今の私達の結果の原因…。長く思えた2年間の苦悩の始まり。




真紅は高校2年生のときにフランスへ行ってしまう水銀燈と仲違いをし自身もイギリスへと飛びその間は音信不通だった。
日本へ帰国した真紅、恋仲だったジュンともよりを戻してこれからだというときにその水銀燈が帰国して来た。
そして今から2年前の苦悩に終止符をうつために彼女に会いに行く決意をする。
果たして変わってしまった二人の関係はどうなるのか?それは以下で



水銀燈が去った後、私は彼女の居ない生活から逃げるように日本を出た。
そして今は日本に帰って来ている。水銀燈に会えることを期待して。
けれどもいざ彼女と会えるようになってから私は躊躇ってしまう。謝っても許して貰えなかったらどうしよう。薔薇水晶はきっと私と水銀燈を会わせようとしないだろう。
不安はたくさんあった。私は翠星石のメールからジュンへと視線を移す。臆病な私に勇気を与えてくれるように彼は私の手を握った。


 J「行こう、真紅。2年前のことに決着をつけるんだ。一人が怖いんだったら僕も着いて行く。」
 真紅「ジュン…ありがとう、けれど今回ばっかりは私が成し遂げないと意味がないわ。」


予期せぬ返事にジュンは面食らってしまった。いつも人に何かさせてばっかりだった彼女が自分から働きかけようとしている。
真紅の成長にジュンは希望を見出した。


 J「わかった、多分水銀燈は薔薇水晶の家にいるんだろう。其処までぐらいは一緒に行くよ。」
 真紅「でも…」
 J「お前のためじゃないよ、ただ、最後に僕にお節介を焼かせてくれ。」







その頃、水銀燈達は無事に薔薇水晶の自宅に辿り着いていた。
相変わらずテレビでやっているような豪邸よろしく下手すればそれを上回るかのような洋館である。
東京のヒルズ族もこれには舌を巻くに違いない、と昔から水銀燈は思っていた。
家に上がり広いダイニングルームに連れて行かれる、其処にはなんと雪華綺晶がいた。

 雪華「お久し振りですわ、水銀燈さん。」
 銀「雪華綺晶?貴女までサボったの!?」
 雪華「あら、私だって水銀燈さんに会いたかったのですもの、それに…」

笑顔のままで近づき不意に水銀燈の肩を強く掴み出す、尋常じゃない力が加えられて肩が少し痛い。やがて水銀燈にしか聞こえないほどの小声でこう言った。

 雪華「薔薇しぃちゃんと二人っきりにさせたくなかったですもの♪」

顔は相変わらず笑っているが目が完全に笑っていない、据わった左目で水銀燈をこれでもかと凝視していた。

 銀「あ、あはは…そ、それはどうも…」

流石の水銀燈にも雪華綺晶の殺気には勝てない。苦笑いをするしかなかったのだ。
やがて薔薇水晶がラプラスと共に部屋に入って来る。

 薔薇「姉さまお腹すいてない?何か作らせようか?」
 銀「う~ん、お腹はいいからヤクルトが欲しいわねぇ。ちょっと喉が渇いたわぁ。」
 雪華「ヤクルト飲みましたら余計渇くと思いますわよ?」

水銀燈は笑った、まるで2年前のあの日か来る前のように自然に…。
そうだ、真紅なんて居なくたって私が彼女の笑顔を作れる、私が彼女の総てでありたい。







ジュンに車に乗せて貰って真紅は薔薇水晶の屋敷へと着く。相変わらずとんでもない豪邸だ。
その大きさは真紅を怯ませるのに十分だった。しかし、今度は逃げるわけにはいかない。
この2年間の苦しみ、悲しみに終止符を打つために…。
車の中からジュンが心配そうに見ていた。私は見栄でも強がりでもなく微笑んだ。

 真紅「大丈夫よ、私はこの2年間で素直な気持ちを言えなかった後悔を知っている。それに比べれば今水銀燈に会いに行って謝ることの方がずっとマシだわ。」
 J「ああ、頑張れよ…これはお前と水銀燈の問題なんだから…もう、後悔するなよ。」
 真紅「ええ、見送りありがとう、行って来ます。」


軽くジュンの頬にキスをして別れる、私は威嚇する豪邸に向き直りインターホンを押す。すると男の声が聞こえた。

 兎「どちら様ですか?」
 真紅「あの…真紅、です。水銀燈が此処にいると思ったのでお邪魔しに来たのですが…」

ラプラスは迷っていた、薔薇水晶お嬢様には真紅が来ても通すなと言われている。しかし、それはお互いのためにとって本当に良いことなのか?迷っている内に雪華綺晶が受話器をラプラスから奪い取って代わりに応対を始める。

 雪華「お久し振り、真紅先輩、雪華綺晶ですわ。水銀燈さんならいらっしゃいます。だから上がって下さいな。」

それと同時に扉のオートロックを解除し彼女は真紅を招き入れた。

 兎「よろしかったのですかな?」
 雪華「ええ、このままでは薔薇しぃちゃんのためになりません。それに…」

握っていた受話器に徐々に皹が入り最終的には握り潰される。雪華綺晶はまたあの笑顔になって心の奥底を吐露した。

 雪華「このまま可愛い薔薇しぃちゃんが水銀燈さんとくっつくかれても私が困りますし。」

ラプラスも流石に雪華綺晶のこういう部分には何も言えないでいた。





単身で屋敷に入ったはいいけれどもそれからどうするかは真紅も考えていなかった。
きっと水銀燈との再開を薔薇水晶は邪魔するだろう。自分には彼女を押し退けて水銀燈に会えるのだろうか?
薔薇水晶と向き合うのは怖い、けれどもそれ以上に水銀燈に今の気持ちを言えないことの方がもっと怖いことのように思えた。
今、このチャンスを逃せばきっと一生彼女に素直な気持ちを告げれないだろう。後のなくなった真紅にはもう引き返す術などなかった。
玄関に入ると其処にはもうラプラスが立っていた。

 兎「ご案内します、着いて来て下さい。」

道化じみたお辞儀をしてラプラスは先へ行く、置いて行かれまいと真紅はすぐにスリッパに履き替えて後を追った。
幾つもの扉や廊下を越え、階段を上った。暫くして薔薇水晶の部屋の手前まで来たとき廊下の角から薔薇水晶が現れた。
彼女の表情には驚きはなくただ右目だけで私の顔をずっと凝視している。

 薔薇「やっぱり、来たのね真紅…」
 真紅「薔薇水晶…お願い、水銀燈に会わせて、一言だけ謝らせてくれたらいいから…」
 薔薇「何を今更…貴女は姉さまを傷つけた、何も悪くない姉さまを責めて。自分で最低なことをしたって思わないの?」

彼女の言葉には完全に敵意を剥き出しにしていた。こんな事言われるのは当たり前で予想していたことだけれども正直辛い…。
逃げ出したい気持ちがなかった訳じゃない、けれども薔薇水晶はまるで私の心を写す鏡。彼女の言った言葉はこの2年間で全て自分自身に投げかけた言葉ばかりだった。






 真紅「確かに、あの時の私は最低なことをしたわ。何も知らなかったから…けれどもそんなこと理由にならない。だから私は彼女に謝りたいのよ。」
 薔薇「………私は貴女のことは許せない。けれども…」

きっと水銀燈は許してしまうだろう。そうなったら私はどうなる?ひょっとすれば自分の居場所を奪われるかもしれない。
姉さまには私さえいればいいんだ、わざわざ真紅に会わせなくても…。
本当にそれでいいの?もう一人の自分が囁いた。いいに決まってる、これからは私があの人の心の支えに、凡てになってあげるんだ。
だけど私にはもう分かってしまった。姉さま本当は悲しんでる、私に気を遣って笑ってくれてたんだ。其処まで長い付き合いじゃないけれどもそんなのわかってる。


 薔薇「…行って。」
 真紅「え?」
 薔薇「行って…姉さまと仲直りしてあげて」

出来るだけ穏やかな表情で薔薇水晶は言った。私は彼女に感謝しつつラプラスに案内され水銀燈の元へ行く。

 雪華「…良かったのですか?」
 薔薇「うん、姉さまを、一番に考えるなら…当然の選択だもん。それに…」

薔薇水晶は左目の眼帯を取って泣き出す。

 薔薇「本当は、こうなることを私は望んでたのかもしれない…から…」

皆に連絡したのはその中の誰か一人でも真紅に知らせて欲しかったから、わざわざ真紅に隠していたのは彼女が此処へ来るように仕向けたから。
雪華綺晶は赤子のように泣きじゃくる薔薇水晶を抱き寄せ無言で優しく水晶のような髪を撫で続けた。






不意に一つの扉の前でラプラスは立ち止まる。

 兎「此処が、水銀燈様がいらっしゃるお部屋です。」

遂に此処まで来た。心臓が胸を叩く、足がすくんで震えてしまう。それでも行かなきゃ。
ドアノブを握る、それはとても固い気がしたが回る、ガチャッと音がしたその瞬間に体全体が強張った気がした。
私は深呼吸をして扉を一気に開け放つ。其処にはテーブルに突っ伏して静かに寝息を立てている彼女がいた。
長い銀髪は相変わらず綺麗で見ているだけで心が洗われる。起こすのが躊躇われるのでそのまま彼女の寝顔を見る。
穏やかな寝顔だった、薔薇水晶が見たらきっと襲っていたかもしれない。
やがて彼女の赤い瞳が行き成り開いた。

 銀「ん…?真紅?」
 真紅「水銀燈…」
 銀「え?あれ?何で貴女が此処に…これって、夢…?」
 真紅「夢じゃないわ、水銀燈。私は貴女に会いに来たのよ…」

真紅の表情は真剣だった、私は表情を曇らせた。もしかしたら2年前の約束のことを言われるかもしれない。けれども折角会いに来てくれたのだ責め苦なら甘んじて受けよう。

 真紅「ごめんなさい、貴女が日本を離れるのに別れも言わずに…それどころか些細なことで喧嘩して貴女を傷つけて。」

真紅はなんと言った?「ごめんなさい」?どうして貴女が謝るの?

 銀「貴女が謝ることじゃないわ、私が約束を破って自分のことしか考えなかったから…罰が当たったのよ。」
 真紅「けれども貴女を傷つけたことに変わりは無い。だからごめんなさいだけは言わせて頂戴。」

暫くして私も水銀燈も黙った。やはり謝っただけでは2年間の壁は越えられないのだろうか?
水銀燈はじっと此方を見てる、何だかその赤い目に攻められている気がしたが…





 銀「それにしても、貴女って2年経っても胸がないのねぇ…」
 真紅「ええ…ってなんですって!?誰がツルペタですって!?」
 銀「其処まで言ってないわよぅ。私なんてこの2年間でまたサイズアップしたわぁ。」
 真紅「う、五月蝿い!アップしたのはサイズだけじゃなくて小ジワもなんじゃないの!?」
 銀「い、言ったわねぇ~…何よ、胸がないことを僻んで、私は大きくなろうとしてなったんじゃないんだから!」
 真紅「何それ?自慢のつもり?私はこれからまた(多分)大きくなるのよ!」

暫く口論は続いた、私達は飽きることもなく同じようなことを言い合っただけだった。それでも不思議と笑顔になれる、まるで2年前の頃のように。
やがて息も上がって私達は一時休戦状態になった。

 真紅「相変わらずね…本当に…」
 銀「そっちこそぉ…イチイチつっかかって来るところは流石だわぁ…」

机に突っ伏してる水銀燈に私は手を差し伸べる、少し躊躇って彼女は私の手を取った。白い肌の手は暖かくて気持ちがいい。







これで…2年間の苦しみから解放されるの…?すると大扉を開けた隙間から薔薇水晶が入って来た。

 薔薇「今北産業………真紅、交代の時間。」
 真紅「え?」
 薔薇「真紅ばっかズルイ…私達だって姉さまとお話したい。」
 銀「私達ぃ?」

ふっふっふと含み笑いをして薔薇水晶と雪華綺晶は後ろの大扉を開けると其処には皆がいた。
薔薇水晶の後ろから雛苺、金糸雀、蒼星石、翠星石、ジュン、べジータ、笹塚が入って来た。

 銀「ちょっとちょっとぉ、何でみんなして此処にいるのよぉ…。」
 薔薇「細かいことは気にしない…(真紅とだけいい雰囲気にさせるもんか)」

水銀燈は困った顔をしているように見えたが何処か嬉しそうでもあった。
こうして皆と集まると今度こそ2年前に帰れた気がする。私と水銀燈は顔を見合う。彼女は笑った、私は少しはにかんで微笑み返す。

世界は廻り変わってしまう、何時か自分自身も変わってしまうかもしれない。けれど変わってしまっても消えてしまうことはない。
変わってもまた思い出せる時間、記憶、心、魂さえあれば何時だってあの頃に帰れるんだ。
あの日にさよならを、今日にまた、会えたね…。         終幕






epilogue 『farewell』

全ては此処から始まって此処で終った…。
空港には2年前と同じ光景が見られる、フランスへ帰る水銀燈にそれを見送る薔薇水晶たち。
一つだけ違うのは、彼女がいることだけ…。

 銀「こんなに見送りはいらないって言ったのに…貴女たちって暇人なのねぇ。」

溜息をついて口調では鬱陶しそうだが本当は私が照れてることなんて皆にはバレバレなのだろう。それでも意地を張ってしまう。
どうしても、素直になりきれないあの子が今回はいるから…。

 真紅「また、遊びに来なさい。貴女は友達が少なさそうだから。」

あの時に私が彼女に向かって言った言葉を彼女はそのまま返して来た。何だか立場が逆転したようで変な気分だった。けれども、日本を離れることも皆から離れることも寂しいとは思わない。
変わってしまっても、思い出や記憶さえあればいつだってまた戻れることをこの子が証明してくれたから。

 銀「それじゃあ、行って来るわぁ。」

私は去っていく水銀燈の背中に向けて心の中でこう言った。farewell…。

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