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  ~第八章~
 
 
対峙する、二人の乙女。
瞳の色や、目元の泣きぼくろなど、細々とした特徴はある。
だが全体的な雰囲気を見れば、彼女たちこそ真の双子なのではないかと思えるくらいに、
二人は生き写しだった。決定的な差違は、性格くらいのものだろう。
真紅と水銀燈、そして薔薇水晶は、黙って事の成り行きを見守っていた。

ジュンは、自らを縛める巴の腕を掴むと、静かに振り解いた。
そして、厳かに思いの丈を口にする。

 「離してくれ、巴。僕は、蒼星石の側に行きたくて、ここまで来たんだ」
 「ああ……ジュン――」

その一言で、蒼星石の小さな胸は、言い尽くせないほどの幸せで満たされた。
あらかじめ手紙で知っていたとは言え、ジュンの口から直に聞くと重みが違う。
心の奥底まで、ずしん……とくる、確かな手応え。
自分がジュンを想い続けていたように、彼も想ってくれていた事が嬉しかった。
それこそ、身体が震えるくらいに。

 「ボクも、ジュンに会いた――」
 「わたしは認めないわよ、そんなこと」

巴の言葉が、蒼星石の想いを遮る。語気強く言い放った巴の手には、刀が握られていた。

 「自分から身を引いたくせに――ジュンの気持ちを裏切ったくせに、
  今になって、しゃしゃり出てくるなんて許せない」

徐に、巴が抜刀する。そして、切っ先を蒼星石に向けた。

 「勝負よ、蒼星石」
 「……いいよ。受けて立とう」

蒼星石も、腰の刀を引き抜いた。白刃に、陽光が閃く。
彼女たちの間に割って入ったジュンは、蒼星石を背後に庇うように立ち、巴を制した。

 「やめないか、巴! そんな事をしても……たとえ、巴が勝ったとしても、
  僕の気持ちは変わらないぞ」
 「解っているのよ、そんな事は」
 「それなら、何故?」

問い詰めるジュンに、巴は「けじめを着けるためだから」と、屈託無く笑った。

 「わたしの気持ちを貫くにせよ、断ち切るにせよ、彼女とは闘わなければならないの。
  だから解って、ジュン」
 「そう言うことなんだよ、ジュン。だから、そこを退いて」
 「待つんだ、二人とも。もしもの事が有ったら、どうするんだよ」

その時は、その時。二人は異口同音に、そう言った。

 「仮に、ボクが斬られたとしても…………彼女を恨まないで欲しいな」
 「……意外と、気が合うかも知れないわね、わたし達」

巴はジュンの脇を擦り抜けて縁側を降り、素足で地面を踏み締めた。
半歩、左足を進めて、下段に構える。
対する蒼星石の構えは、上段。
二人の殺気で、場の空気が一気に張り詰めた。

 「さぁてさて、どうなるのやらぁ」
 「なにを愉しそうにしてるの。どちらか、死ぬかも知れないのよ?」
 「だぁいじょうぶよぉ。薔薇しぃが居るし、いざとなれば、二人の間に真紅を投げ込むからぁ」
 「なっ! なにそれ?」
 「いつでも法理衣を使えるようにしておいてねぇ♪」 

冗談とも本気とも付かないことを言う水銀燈に、真紅は疑惑に満ちた目を向け、
再び二人の決闘に視線を戻した。
なんとも、妙な展開になったものだ。
よもや、湯治に来て、決闘の立会人になろうとは思わなかった。

蒼星石と巴は、睨み合ったまま動かない。
いや、実は動いていた。よく見なければ判らないほど、ゆっくりと、摺り足で移動している。
もしかして、このまま膠着状態が続くのだろうか。

誰もが、そう思った次の瞬間、二人は静から動へと切り替わった。

 ――巴は下から
 蒼星石は上から――

ぶつかり合った刃が、凄まじい剣圧を周囲に撒き散らす。
穢れの者どもと死闘を繰り広げてきた真紅たちですら、思わず萎縮したほどだった。

目にも留まらぬ剣戟。
たった一度、甲高い金属音が響いたときには、二人の間で三回の鍔迫り合いが演じられていた。
蒼星石の卓抜した技量に、巴の実力は一歩も引けを取っていない。

 「凄いわぁ…………あの、二人」

水銀燈は、思わず生唾を呑み込み、呟いていた。
普段は、どこかふざけた調子の水銀燈が、こんなに真顔になるなんて。
その様子を見て、真紅は、いかにこの決闘が熾烈を極めたものであるかを悟った。

 「はぁあっ!!」
 「せぁっ!!」

巴も、蒼星石も、一歩も退かない。
短い気迫を追い掛けて、立て続けに金属音が打ち鳴らされる。

 「あんなに打ち合っているのに…………少しも、疲れが見えないのだわ」
 「あの二人、極度の興奮状態で……疲労すら……感じてない」
 「まったくぅ……久しぶりに、ゾクゾクしてきちゃったわぁ」
 「えへへ……実は……私も」

生き写しの二人が斬り合う姿は、鏡に向かって必死に剣を振るう愚か者を彷彿させた。
そして、そんな二人を見て眼を爛々と輝かせる水銀燈と薔薇水晶。
真紅は一言、溜息混じりに、感想を吐き捨てた。

 「キチガイに刃物――とは、よく言ったものね」

二人の刀がぶつかり合い、漸く止まった。
双方、歯を食いしばり、ぎちぎちと刀を押し合う。
力任せの鍔迫り合いから、巴が足を振り上げ、蒼星石の腹を蹴り飛ばした。

 「くっ! ま、まだだよっ!」

背後に大きく飛び退き、蹴りの威力を半減させた蒼星石は、着地と同時に踏み込み、
巴の胴を狙って刀を薙ぎ払った。
まともに食らえば、背骨まで断ち切られて真っ二つになるだろう。
刀で受け止めようとしても、同じこと。受けた刀ごと叩き折られ、腹を割かれる。
飛び退いたところで、蒼星石の踏み込みから逃れるだけの距離を、稼げるかどうか。

 「……終わったわねぇ」

蒼星石の勝利を確信して呟いた水銀燈は、直後、信じられない光景に眼を見張った。
巴は躊躇なく蒼星石の真正面へと飛び込み、直前で身体を沈み込ませ、刃の下を潜ったのだ。
そのまま蒼星石の足元に滑り込み、彼女の左膝を蹴り付けた。

がくっ……と膝を折り、体勢を崩す蒼星石。
そこに、巴の刀が下段から斬り上がってきた。
距離が近すぎて、流石の蒼星石も躱しきれない。
蒼星石の左肩で、パッ! と血飛沫が上がった。

 「痛ぅっ!」
 「まだ…………続ける? 蒼星……石」

傷を庇いながら荒い呼吸を繰り返す蒼星石。
問い掛けた巴もまた、肩で息をしていた。

もう、体力の限界が近付いているのではないか?
決着は、もうすぐ付くだろう。二人の決闘を見守る誰もが、そんな考えを抱いた。
だが、巴と蒼星石は、疲れを忘れたかの様に刃を交え続けた。

蒼星石の一閃に刀を弾かれ、巴は腕の痺れを感じた。
握力を奪われたら、負ける!
気力を振り絞って柄を握り締めた時、巴の左肩がスパッ! と裂けた。
流れ出した鮮血が、服を濡らして、肌に貼り付かせる。

 「これで……おあいこ……だね……」
 「まだ……まだぁ!」

巴は大上段に振りかぶって、蒼星石の肩口を目掛けて斬りかかった。
渾身の一撃――とでも呼ぼうか。
巴の気迫は、正しく鬼神のそれに等しかった。
そして、蒼星石は中段から斬り上げ、巴の刀を迎え撃つ。


耳を聾する音を立てて、ぶつかり合った刃が、激戦に耐えかねて砕け散った。

――折れたのは、巴の剣。

だが、終わらない。刀を手放した巴の手が、懐に差し込まれた。抜き出したのは短刀。
逆手に握った短刀が陽光を反射して、蒼星石から視界を奪った。
思わず目を瞑った蒼星石に向けて、巴は情け容赦なく、短刀を突きだす。
蒼星石は、巴の殺気を辿って、剣を振り抜いた。

ぎ、ぎんっ!

突如、生じる二つの衝突音。
蒼星石と巴は、自分たちの間で何が起きたのか、暫く理解できなかった。
両手に小太刀を握り締めた薔薇水晶が割り込んだのだと解ったのは、三秒ほど経ってからだった。

 「そこまで……だよ。二人とも……」

それを合図に、真紅と水銀燈も、巴と蒼星石を引き離しにかかった。
どちらも、今は放心状態だ。

 「危うく、相撃ちになるところだったわ」
 「この勝負は、引き分けかしらねぇ」
 「……引……き分け? わたしが?」

巴は短刀を取り落として、茫然と言葉を漏らした。引き分けは、有り得ない。
なぜなら、ジュンの心は蒼星石に捕らわれているのだから。
彼女に勝たなければ、ジュンの呪縛は解かれない。
永久に、わたしという存在を愛してはくれない。

巴にとって、引き分けとは即ち、敗北を意味した。
 
 
――わたしは何故、再び貴方に出会ってしまったの?
   こんなに疲れ果てて、傷付いて、得られるものは何もないだなんて。
   わたしの気持ちは……もう、彼には届かないなんて。
 
 
巴は両手を握り締め、血が出るくらいに、唇を強く噛んだ。
あまりにも惨めだった。もう、ここには居られない。
踵を返した巴の腕を、温かい手が握った。
振り返ると、そこにはジュンの微笑みがあった。

 「巴……傷の手当をしてあげよう」

優しい一言。その一言が、巴の心に響き渡った。
ああ……わたしは、ずっと以前にも、この一言を聞いたことが有る。
もう、ずっとずっと昔の話――
わたし達が、前世で夫婦だった頃だ。
十五夜の下で、生まれ変わっても、一緒になろうと誓い合ったっけ……。

――なのに、今生では結ばれなかった。

巴の瞳から、涙が溢れ出た。何故、わたしではなく、蒼星石なの?

 「傷が痛むのか、巴?」

違う。痛いのは傷じゃない。わたしの心が痛い。張り裂けそうなほど、痛いの。
ぎゅっと目を瞑り、巴はジュンの手を、力任せに振り払った。

 「さようならっ、ジュン!」
 「あっ! 巴っ! 待つんだ!」

いたたまれなくなって、巴は嗚咽を漏らしながら、走り出していた。
ジュンが呼び止める声は、巴にも聞こえていた。
けれど、彼女が脚を止めることは無かった。
 
 
 
 
巴は街道に出ても、無我夢中で走り続けていた。
未だ嘗て、これほどまでの喪失感を覚えたことはなかった。心が……寒い。

ズキン!

不意に、激しい頭痛に襲われ、巴は立ち止まると、その場に跪いた。
両手で頭を押さえる。頭が、割れるように痛い。

 (気が済んだであろう。そろそろ、余興は終わりにしようか、巴)

頭の中で、彼女の声が轟いた。
あの、地の底から響いてくる様な不気味な声で、巴に話しかけてくる。

 (わたしの身体を、返してもらうぞ)
 「待って! わたしは、まだ……」
 (期限は、前もって決めていたこと。約束を違えるか?)

確かに、そう約束していた。
ジュンの側に居る間だけは、巴として生きさせて欲しい……と。
そして、彼女は承諾してくれた。

 (どうやら、未練が募ったらしいの。そんなに、あの男が好きか?)
 「…………はい。わたしは今でも、彼を愛しています」
 (いかなる手段を使ってでも、取り戻したい、と?)
 「それは……」

巴は、ジュンの姿を思い浮かべた。彼の隣に座って、微笑んでいるのは――蒼星石。

――わたしは、あの人を取り戻したい! 最愛の人を!

 (ならば、契約しよう。わたしが、取り戻してあげる。ジュンの……前世の心を)
 「本当に? それならば、お願い……します。御前さま――」

巴の意識は、彼女の中で、再び眠りに就いた。
街道に蹲っていた、かつて巴だった女性は、徐に立ち上がって空に呼びかけた。

 「めぐ、居るか?」

ふわり……と、紅い風が舞った途端、彼女の前に、めぐが現れた。

 「お呼びでしょうか、御前様」
 「ふむ。少々、頼まれてはくれまいか」
 「なんなりと。御前様の御為なら、いかなる事でも――」

片膝を突いて頭を垂れるめぐに、御前は淡々と命じた。

 「あの男……桜田ジュンを、わたしの元に連れて参れ」
 「生け捕りにして……で、ございますか?」
 「生死は問わぬ。生き返らせる事など、造作もないからな」
 「御意。では、早速――」

再び、紅い風と共に、めぐは消え去った。

 「人の心とは、本当に弱く、脆く……御し易いものよな」

独りごちて、御前はいつまでも哄笑し続けた。
 
 
 
 =第九章につづく=
 
 

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