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§エピローグ



 冬は、全てが眠りにつく季節だと思う。ついこの間まであんなに美しい彩り
を見せていた樹々の葉が、いつの間にか枯れ木になり。今はその枝を冬風に揺
らしている。
 きっと春になればまた新緑は芽吹き、穏やかな風が吹くだろう。今はその為
の準備期間。たとえ眠っていても、時間はこうやって進んでいるから。

 街はひかりで彩られ、賑わいを見せている。その理由は簡単で、もう少しで
クリスマスがやってくるから。
 大きな通りに、ツリーが飾られている。イルミネーションの電飾が、きらき
らと輝いていて美しい。人々は何処かうきうきとした様子で歩いている。
 

 この季節だけ見ることの出来る、一瞬の景色。
 冬に眠りについた人々が見ている、束の間の夢。


 そんな中で独り、私は歩いている。細い小道に入ると、煌びやかだった電飾
は幾分ささやかなものになり、道を照らしていた。
 店に辿り着き、いつものように重めの扉を開く。


「いらっしゃいませぇ」

 いつもと違った感じで出迎えられる『トロイメント』は、割と盛況のようだ。

「あら、真紅じゃなぁい。珍しいわね、この時間帯にくるの」

「あなたの様子を見にきたのだわ。ちゃんと働いてるかどうか」

「随分ねぇ。ちゃんとやってるわよね? 白崎さん」

「仕事中に呑まなければもっと良いのですが……」

 水銀燈は、ここ『トロイメント』のバーテンダーとしてバイトを始めた。
お酒がもともと好きで、調理も淡々とこなせる彼女にはどうやら天職のようで。

『なにやら美人で気さくなバーテンダーが居る』。そんな評判が広がって、彼
女がシフトで店内に居るときは明らかに客が増えたように思う。普段の静かな
雰囲気とは大違いだった。

「商売冥利に尽きるんじゃないかしら?」

「いやはやなんとも……複雑な心境ですねえ」

彼は私の言葉に対して、何だか微妙な笑いを浮かべるのだった。

 
 新たに扉が開けられて、風が入り込んでくる。

「うお……なんだこの客の数は。ほんとに盛況なんだな」

「ジュン、遅いのだわ。あまりレディを待たせるものでは無いわよ」

「はいはい、悪かったよ」

「『はい』は一回でしょ」

「はいはいはいはい」

頭を掻きながら、彼は私の隣の席につく。

「ジュンも来たのねぇ。ひょっとして二人で冷やかしにきたのぉ?」

「いや。お前が真面目に働いているかどうか確認しにきた」

「真紅と同じこと言わないでよお……」

おばかさぁん、と言いながら。料理の準備をするとか言って、彼女は奥に引っ
こんでしまった。そんな様子を見て、白崎さんを含めた私達三人は、お互い顔
を見合わせて苦笑いである。


 ジュンが日本に帰ってきてから、私は。丁度彼と二人きりになった時に、自
分の思いを伝えようとした。でも、彼はそんな私を制止して。

「……ちょっと。ちょっとの間、待っててくれないか。真紅」

そんな言葉を、発した。
 私がまた不安になってしまっているところを、水銀燈が励ましてくれて。

「待つのはいっつも、女の方よねぇ」

と言いつつも、私の方へ向ける視線は穏やかだった。

『きっと、大丈夫だから』

本当に小さな声で呟かれた言葉だったけど、それが私のこころの中に響いてい
た。
 彼は彼で服飾学校の方に入学しなおし、また勉強を続けることにして。私と
水銀燈、そしてジュンとの三人によって紡がれる時間が、また戻ってきた。


 そして。彼が日本のデザインコンクールで入賞してから。彼の方から、改めて
告白をしてくれたのだった。


『……やっと、ひとつ区切りがついたと思う。あと』

『ずっと前の……返事をしてなかったんだ。本当にごめん』

『僕はそんなに強くないけど……今は言える。これからも宜しく、真紅』


 そうやって私達は恋人同士になって。私はまた、泣いてしまった。

 一番に水銀燈に報告して。彼女は私を抱きしめながら、『おめでとう』という
言葉をくれて。……もう、その日だけで、私はどれほど泣いたのかわからない。

 その夜は、『トロイメント』で宴会騒ぎとなった。水銀燈はその時『ここで働
かせてぇ?』と言い出して。流れも流れで、それがまかり通ってしまったのだった。

 ちまちまと呑んでいる私。
 際限なく呑み続ける水銀燈と、それに絡まれて呑まされるジュン。
 忙しくお酒を作り続ける白崎さん。

 思わず笑ってしまった。私の眼は、きっと真っ赤だったろうけど。
 だって、本当に楽しかったから。


 
「出来たわよぉ。水銀燈特製スープになりまぁす」

満面の笑みを浮かべながら水銀燈が奥から出てきた。

「おおっ、美味そうだな」

「もちろんよぉ」

私達はそれに舌鼓をうつ。野菜が沢山入っていて、それでいて深い味わい。
身体が温まる。

「水銀燈さん。今日はもう上がりで良いですよ。あとはこちらでなんとかします」

「ほんとですかぁ? じゃ、ちょっと着替えてきまぁす」

また奥に引っ込む水銀燈。

「いいの? 白崎さん。まだお客は沢山いるようだけど」

「大丈夫ですよ。彼ら全員の注文量は、水銀燈さんひとりに及びませんからね」

はぁ……と溜息をつきながら彼が言う。ま、確かに。

「あれ、水銀燈に気を遣ったんでしょう? 彼女、すぐに客モードに切り替わっ
 ちゃいますよ」

「心配には及びませんよ、ジュン君」

口では何事も無いような感じであったが、微かに彼の顔に冷や汗が浮かんでい
るような気がする……

「お待たせぇ。さて、何呑もうかしらぁ」

うきうきとした感じで水銀燈が戻ってきた。そしてすぐさまカウンター席につく。
あからさまに『しまった』という表情を浮かべる白崎さん。……結構抜けてる
んだろうか? 彼女がここで働くようになってから、リズムを崩したりしてる
のかも。


「そうね……久しぶりにお願いしようかしら。ジュン、紅茶を淹れて頂戴」

なっ、といった感じでこちらを向く彼。

「何言ってるんだ、今は僕は客で――」

「あら、いいわねぇ。私も紅茶が飲みたいわぁ」

「ふむ、良いですね。淹れ方の腕が訛ってないか、僕も確かめてみましょう」

私に加えた、二人の賛同。『なんなんだよ全く……』と言いつつも、しぶしぶ
彼はカウンターの裏へ回る。



 彼はお湯をわかし、湯をティーポットとカップに入れて温め始めた。
 カップの数は、三つ。

 私達はその様子を、静かに見つめている。

 懐かしい。昔からこうやって、よく紅茶を淹れてもらった。
 店の中の喧騒から、私達の空間だけが切り取られたような、静謐。
 ふと水銀燈の方を見ると、彼女は穏やかな表情を浮かべていた。
 眼があって、お互いに微笑み合う。

 

 水銀燈。あなたともずっと、一緒に居られるわよね?
 まあ、喧嘩をすることもあるだろうけど。
 それもひとつの、私達の在り方。



 ゆめか、うつつか。
 私達三人の関係は、少し変わったようで。
 それでいて、全然変わっていないようにも思えるの。
 昔から、ずっと楽しくて。これから先のことは、勿論わからないけど……



 時間はあまりにもゆるやかに、
 そしてあまりにも確実に流れていって。
 


 それでも、私達は生き続ける。
 人生という名前の旋律を、奏でながら。
 もう"やさしい嘘"をつかなくても、きっと。
 静かに、静かに。音を紡いでいければ良いと思う。



 そう、この現実の中で。


 
 その旋律は――夢見るように。
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