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§5

――――――――――――――――――――――


 彼女の家に行く機会は、割と多い。講義で出された課題なんかの存在に気付
かないことがままある私が、助けを求めにいくのだ。
 そういった勉学の場にお酒を持っていくと彼女は怒るので、終始しらふで勉
強し、話をしたりしている。女は三人そろえばかしましいが、二人であればぎ
りぎり大丈夫のようで。
 彼女の家で勉強をすると、非常に効率があがる。逆に私の家には、お酒のス
トックが多くあるせいか、勉学の場としてはあまり向いていない。
 高校時代は、実家の方によく遊びに行っていたけど。普段のキャラは冷静沈
着で通っている彼女(たまに爆発するが)の部屋が、結構ファンシーなもので飾
り立てられていたのが最初は以外だった。
 だが、長く付き合っていると。彼女はなかなかどうして、かわいい性格をし
ていることがわかる。本人に言うと怒られそうなので、あえて言うことも無い。

 進学する際、彼女とならルームシェアしても良いだろうか? などと考えた
こともあったが、結局それは提案することは無かった。何かが気を咎めた訳で
もなく、ただなんとなくそうしなかっただけ。

「さて、着いた、っと……」

私はアパートの階段を上る。両手には手提げ袋。中身は勿論お酒とおつまみ。

「今日は勉強じゃないから良いわよねぇ?」

 今日、真紅は大学へこなかった。珍しいこともあるものだ。彼女が居ない状
況で、私が授業に出席しているだなんて。

 そして、午後に唐突に送られてきたメール。彼女は携帯電話は持っているも
のの、殆ど使っているところを見たことが無い。珍しいことは重なるものだと
思う。
 ドアの前に立ち、インターフォンを押した。ガチャリ、と扉が開く。

「いらっしゃい。どうぞ」

「お邪魔しまぁす」

「適当に座ってて頂戴。今飲み物を……」

彼女が言うを遮り、私はにんまりとしながら手提げ袋を彼女に示した。

「心配はご無用よぉ? 真紅」

「わざわざありがとう、……呑みすぎは身体に毒よ?」

苦笑しながら、何処かで聞いた台詞を私に投げかけてくる真紅だった。

「「乾杯」」

チン、とグラスをぶつけながら、私達はお酒を呑み始める。サザンカムフォー
トをソーダで割って、少しレモンを絞ってみた。家で呑む分には少しばかり小
洒落ているかもしれないが、私のお気に入りである。ほのかに甘く、さっぱり
とした後味が鼻を抜ける感じ。
 暫くはそうやって呑んでいたのだが、私は少し気になっていたことを尋ねる。

「それにしても、今日はどうしたのぉ? 休んでたみたいだったけど」

ちょっと、色々あったのだわ。そんなことを言う彼女は微笑んでいたけど、少
し寂しそうだった。

「……何か、悩みごと?」

こんな表情を彼女が浮かべるのは、こころに何か抱え込んでいるときであるこ
とを私は何となく知っている。

 彼女は気丈で、己の弱さを曝け出すことを良しとしない。たまにぽろりと零
す位ならたまにあるが、基本的に私は彼女の傍にいて、見守る役目になっている。
 だが、今日。彼女は私を家に招いた。きっと、何かある。

「いえ、悩んでいるわけではないの」

「本当にぃ?」

「本当よ。……でも、何かいろいろ話したかったのだわ。そう、本当はもっと
 早く、話さなければならなかった。

 私は、逃げていたの。居心地の良い環境に、逃げていたの。私はあなたのこ
 とを、本当に親友だと思っている。その仲が壊れるの怖かったのだわ」

「……真紅」

 私は、悟る。彼女が今、私に曝け出そうとしていること。

「水銀燈。あなたは、今でもジュンが好――」

「待って」

言葉を、遮った。彼女は押し黙る。これは、違う。彼女は私に、自分のこころ
の内を伝えようとしている。だからこそ。まずは彼女が――彼女の気持ちを、
ここで先に、かたちにしなければならないと思った。

「私が先に聞くわぁ、真紅。あなたは――ジュンが、好き?」


 私は答えを知っている。それを隠し、私を応援しようとしてくれたことも。
その彼女の気持ちは、いつだって上辺などでは無い筈で。
 やさしい、とてもやさしい真紅。けれど。あなたはあの時からずっと。


――泣いて、いたんでしょう?


「私は。わたしは――ジュンが、すき」

 涙を零しながら、真紅は、言った。

「ごめんなさい、ごめんなさい、水銀燈――私は。私は、卑怯なのだわ……
 あなたが気付いて居ることと、また別にして――
 私はそれを、あなたに伝えなかった。私は逃げた、逃げたのだわ!」


 謝っている。きっと、私が止めたところで、彼女は謝ることをやめはしない
だろう。こころに微かに燻っていた、彼女の想い。それが今、嗚咽とともに溢
れ出しているのだと思った。
 私は彼女のすぐ隣に座って、抱き寄せて頭を撫でてあげた。いつも聡明で、
気丈で、誇り高かった真紅。その彼女が、私の隣で身体を小さく震わせ、泣い
ている。

「やっと聞けたぁ……確かに、それくらい知ってたわよぉ。あなた、隠すの下
 手なんだもの」

だがそれは、今の今までかたちにされることは無かった。彼女の声は、深い深
いところへ押し込められてしまって。こころに小さく、引っかかっていたのだ。
 言葉にするという行為そのものは、ささいなことなのかもしれない。けれど、
今は。それはとても大事な、かけがえの無いことに思えた。

「……ごめんなさい、っ、! ……」

 包み込むように抱きしめてみて、彼女の謝罪の声が止まる。

「謝ることなんて、無いでしょお? それがあなたの気持ちなんだから、真紅。
 あなたは何も悪くない――悪くないの」

 そうして暫くそのままの体勢で。私の胸元に零れる彼女の涙は、温かかった。


――――――――


「……落ち着いた?」

向かい合うかたちになって座り。彼女の涙が止まる頃、私は話しかけてみた。
こくんと、彼女は無言で頷く。

「さっきのあなたの質問、答えてなかったわねぇ……
 私も、ジュンが好き。今でもそれは変わらないわぁ」

ちゃんと言葉にする。けど、私は涙を流さない。

「こんなことを言うのに、随分長くかかったものよねぇ」

「ええ、まったくだわ」

二人して、笑った。不器用なのは、お互い様かもね……私は、三人で楽しく
笑い合っていたあの頃を、思い出す。

「なんでいきなり、今日話そうと思ったのお?」

当然の疑問を口に出してみた。そこで私は、聞かされるのだ。

 真紅が昔、ジュンに告白していたこと。
 ジュンが海外で勉強したいと思った理由のひとつ。
 彼もまた、悩み、そして強くなっていったこと。
 "やさしい嘘"のこと。
 そして彼が、私達に――感謝していたのだ、ということ。

他にもいろいろと話をして。聞いて、勿論驚いてしまう内容もあった。けれど、
そのひとつひとつが私の胸に染みとおっていくような、そんな気がした。

 私は思う。二人で同じひとを好きになって。恋は先着順という訳ではないけ
れど、結局のところ想いが通るのはひとりだけ。私こそが、甘えていたのだ。
真紅の『応援する』という、その言葉に。
 彼女がもっと自分の気持ちに素直になり。または……あの時私が感付いてい
た彼女の気持ちを、ちゃんと聞いてあげられていたとしたら。私達は、良き恋
のライバルに、なれていただろうか?

 以前も考えていたこと。私がジュンと付き合えたら、きっと幸せで。真紅が
彼と付き合ったなら、私は少し寂しいけど――二人の幸せを、きっと祝福する
ことが出来るのではないかと……そう、ぼんやりと思っていたことを。私は今、
またはっきりと。こころの中に思い描いてしまった。

 『今は、そういうことを考えられない』。彼が真紅の想いを拒絶したときに
言ったらしい言葉。その『今』からは、大分時間が経った。……"今"の彼なら、
どんな答えを出すだろう。
 いじらしい真紅。私のジュンに対する想いが、彼女に負けるとは思わない。
それは、彼女の想いを聞いた今でも変わらない。
 けれど。これは彼女に対する同情でもなんでもなく、彼女がこころから笑っ
いる表情を。いつまでも、見ていたいと思った。

 ずっと幼馴染で、私よりも昔から知り合いだった彼ら。そんな二人が結ばれ
たら、きっと素敵なことだろう――ちょっと、ずるいわねぇ?

 だから私は。また、気持ちを言葉にしよう……

「えっと……連絡先、わかってるのよねぇ?」

「え、えぇ」

机の引き出しの二番目から、彼女は小さなメモを取り出した。

「真紅はこれから、手紙を書きなさい。……あなたの気持ちを、言葉にして
 かたちにするの。
 
 あなたはずっと、待っていたのよ……だけど、待つだけじゃ相手は振り向か
 ないわぁ。だからもう一度、勇気を出して」

「水銀燈、あなたは――」

「勘違いしないで。同情でこんなこと言いはしないわよぉ……そろそろ付き合
 いも長いんだから、私達。
 だからそれ以上――言わないで」

そう言って、私は笑った。これでうまくいくかはわからないけど、あとは彼女
次第。

 それで。このまま帰っても、ちょっといいひとすぎて私らしくない。そんな
風に私は考えるのだ。

「それにしても、真紅ぅ」

手をわきわきさせながら彼女に近づく。


がしっ。


「ちょ、ちょっと!?」

「そんなに想いが詰まってるんだから、もうちょっと育ってもいいんじゃなぁい?」

そう言いながら彼女の胸を揉んでいる私は、……うん。ただのセクハラ親父ねぇ。

「すっ、水銀燈ーーー!!」

あら、怖い。暫く部屋の中で鬼ごっこ。どたばたしちゃってごめんなさぁい?
ご近所の皆さん。真面目な話もいいけど、この位馬鹿なことやってるのも、
やっぱり楽しい。

 "良き友"ならば、何をしても"良い"。そうよね? 白崎さん。
 まあ。これはちょっと違うだろうってこと位は、わかってるんだけどねぇ。


「さて、私はそろそろ帰るわぁ。じゃあ、また大学で」

良い報告、待ってるわよぉ? と言いながら、私は玄関のドアを開けて外へ出
た。扉越しに小さな声で、『ありがとう、水銀燈』と言う声が聞こえた。多分、
また泣いてるんだろうなあ。

 お礼を言うのは、こちらの方よ。
 私は私で、気持ちを確かめることが出来たから。

 ありがとう、真紅。


――――――――――――


 真紅の家を去ったあと。私はその足で、『トロイメント』へ向かった。家に
帰ってもすることは無いし、もうちょっとお酒を呑みたい気分だったから。

「おや、水銀燈さん。いらっしゃいませ」

「いらっしゃったわよぉ。詩人の白崎さん」

む? と。訝しげな表情を見せた彼(ちょっと珍しい)は、少しすると私が何を
言っているのか勘付いたようだった。

「色々語ったみたいじゃない。私とはあんまり話さないくせにぃ」

「バーテンダーは、自分からは語らないのがマナーで御座います」

そんなこと、前も言ってたな。それにしては、少々饒舌な気もするけど。

「さて、本日もいつもので宜しかったですか?」

「いえ、今日は違うのにするわぁ。えっと」

もう真紅の家で、呑んできてるしね。気分を変えよう。気分を……

 気分、という言葉に。私はさっきまでのことを思い出す。なんだか、今日は
一気に色々なことを聞いて。自分の中では、かなりの密度だったような気がする。


 カウンターを見やる。ここで、ジュンは働いていた。彼がここで淹れた紅茶
を、私も飲んでみたかったな。
 私の想いを、真紅に託し。それでもこの気持ちが消えることは、無いのかも
しれない。
 私は彼女達の幸せを願った。けど、今日、今日だけは。ジュンが好きだとい
う感情を、はっきりと持っていても良いだろうか。

 結局――私の想いは、かたちにすることが出来なかったなあ。

「ねぇ、白崎さん」

「何でしょう」

「ちょっとだけ――泣いてもいい?」

 無言だったが、暫くして。すっ、と。グラスが差し出された。

「おごりですよ」

 紅茶の香り漂う、ベルモット・ティー。

 お酒を呑みながら泣くのは、タチが悪い。だから私は、極力陽気な気分で呑
むようにしている。
 けれど、今は。真紅の前で泣くわけにはいかなかったから、たまには良いか
と思って。

 声も出さずに――私は、涙を流した。


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 水銀燈が帰った後、暫く独りで私は泣いていた。私はやはり、卑怯なのだろ
うか。けれど、それを彼女に言ったら。いよいよ以て怒られてしまうだろう。
『同情ではない』と――私の眼を見据えて言った、彼女の姿を思い浮かべた。

机に座って、薄紅色の便箋を取り出す。


 思った。
 遠く日本から離れて、頑張っているあなたのこと。

 思った。
 私と同じようにあなたが好きで。それでも友達で居たい、水銀燈のこと。

 そして思った。
 今まで、ずっと変わっていない、私の気持ちのことを。


 私は、ペンを手にとって。一文字一文字、繋いでいくのだ。文字は、かたち
に残るから。そうやって、少しずつ……少しずつ、紡ぐ。
 あなたに、私の気持ちが伝わるとは限らない。いやむしろ、今度また拒絶さ
れたらと思うと、すごく怖い。

 『今は今、昔は昔』。時の概念に対して、私はそんなことを思っていた。け
ど、ひょっとしたら、想いは積み重なっていくものなのかもしれないと――そ
んなことを、ふと考える。






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 そちらの調子は如何?
 身体を壊したりはしていない?
 あなたは丈夫な方じゃ無いから、それが少し心配。

 宛先は白崎さんから教えてもらったのだわ。
 驚いたでしょう。私も水銀燈も、今は『トロイメント』の常連なの。
 彼はちょっと言動が芝居がかってて、癖のありそうな感じだけど、
 良いひとね。紅茶も美味しいし。
 久しぶりに、あなたの淹れた紅茶も飲みたいものね。

 
 あなたが日本を出て、一年と半分くらい。
 こちらは、相変わらずの毎日を送っているのだわ。
 大学もそれなりに楽しいし、私が水銀燈と一緒に居るのも相変わらず。


 改めて考えると、あなたがそちらへ行ってしまったのは、少し寂しい。
 あなたはどうだったのかしら。
 出発するときは、寂しかった?


 独りで旅立つ決意をしたあなたは――
 やっぱり強い意志の持ち主だと思うの。
 それは、あなた自身が思っている以上に。本当よ?
 あなたは私達三人の中で、誰よりも大人だったのかも……


 とても苦労しているかもしれないけど。
 あなたは海外へ出て、何か思うところはあったのかしら。
 何かを、掴むことは出来た?
 何かを、自分の中で納得させることは出来た?
 そして自分を――見つめ直すことは、出来た?
 きっとあなたは、私や水銀燈が傍に居なくても。
 そう、やっていけてる筈。

 
 でもね。あなたは、独りではない。
 独りで居ることが悪いんじゃなくて、
 いつでもあなたのことを忘れていない人が居るということ。
 私も。水銀燈だってそう。


 高校の三年間。三人一緒に過ごしていたのは、
 夢を見ているように楽しかった。
 その夢は、きっと偽物なんかじゃないって、私は思うの。
 あなたは、どう? ……


 私は。あなたにどうしても伝えたいことがあるんだけど……
 やっぱりここでは書かないのだわ。
 あなたが帰ってきたときに、直接言いたいから。
 今はそのことだけ、覚えていて頂戴。


 一回り成長して、大きくなったあなたが帰ってくるのを待ってる。
 ずっと、待ってるから。だから――頑張って。
 

 あと――
 昔からいつも一緒に居てくれて、ありがとう。
 あなたには、いくら感謝してもしきれないの。
 本当に、ありがとう。


                               真紅


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