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「ええ。彼は元気、元気な筈……なのだわ」

そう。きっとそうよねぇ。素っ気なく応えて、私はグラスの中身を煽る。

「白崎さん。同じの、もう一杯ちょうだぁい」

「畏まりました。……が、良いんですか? 真紅さんは」

見れば、本格的に寝てしまっているであろう彼女の姿。顔をこちらに向けて、
すぅすぅと穏やかな寝息を立てている。紅く染まっている頬が、見ていて微笑
ましい。
 普段の彼女はと言うと、所謂『隙の無い』性格をしている。こういう風に無
防備に眠ってしまっているところを男が見たら、ころりとやられてしまいそう
な感じもする。
 まあ。そういうことが起こっても困るか、彼女の場合は。

「大丈夫よぉ。帰るときになったら起こすわぁ」

そう言って私は、グラスに改めて注がれた中身を見つめる。

 今日彼女をバーに誘ったのは、ジュンについて久しぶりに色々と話したかっ
たからだけど。この調子じゃあ、どうやら無理そうだ。


 静かな空気。
 白崎は、グラスを磨いている。

「……気にならないのぉ? さっきの私達の会話」

ちょっと雰囲気を変えたくなって、話を振ってみる。

「いえ。気にならないと言えば、嘘になりますが。まぁ、僕は口数は多い方で
 すけれど」

余計な詮索をしないのがバーテンダーのマナーですよ、と。そんな事を、彼は
言うのだった。

「じゃあ、私から話すわぁ。それなら良いでしょう?」

構いませんとも、お話して頂けるならば――そう、何やら仰々しく返される。
私や真紅なら大丈夫だけど。ひとによっては、少しながら敬遠されてしまいそ
うな態度ではないだろうか。お客が少ない要因のひとつなのかしら……悪いひ
とでは、ないのよねぇ。

「ま、いいわぁ。さっきの、ジュンっていうのは……」
 私と、真紅と。いつも一緒に居た、友達だったの」

ジュンは、勿論男の子で。女二人に挟まれてる心境は伺い知れなかったが、と
にかく楽しかった。

 懐かしいなあ。……そう、確かに懐かしいのだ。
 ぽつり、ぽつりと。私は話し始める。


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「おい、水銀燈。そんな眼をしても、ノートは見せてやらないぞ」

ぴしゃりと言い放たれる言葉。えぇ、そんなぁ。

「……まったく、私も同感よ。あなた昨日何時に寝たの?
 今の授業、まるまる睡眠時間になってたじゃない」

それは、もともと私が夜型なせい。明るい時間に活動するのは、ひととしては
健康的なことなのだろうけど。私にとっては、どうも具合良からずなのだ。

「先生、額に血管浮き出てたぞ? ……なんでこんな感じなのに、学年で十番
 以内に食い込めるかな」

苦笑混じりで呟いているのは、ジュン。あら、別にカンニングなんてしてない
わよ? 現にテスト勉強は、三人一緒にしてるじゃない。

 教科書通りに進めているのなら、授業そのもののレベルなんてたかが知れて
いる。別にサボってしまっても良かったのだろうが、出席日数がいざ足りなく
なっても困る。
 そんな私が、何より私が学校へ毎日行こうと思えたのは。ひとえに、彼らが
私の傍に居てくれるからであった。


 中学校の時の私は、友達と群れるのを嫌う……所謂、クラスで孤立するタイ
プだった。影で色々と、あまりよくない噂を囁かれていたのも知っている。
 まあ、いじめだなんていう暗い手段に訴えてくる輩も居なかったので。一人
で居ることが好きだった私は、割と快適な生活を送っていたのだ。
 今の私しか知らないひとは。当時の"水銀燈"を、多分同一人物だとは思わな
いのではないだろうか。

 それが、高校時代では一変する。

 一応『特進科』と銘打たれたクラスで、真紅やジュンと一緒になって。彼ら
のほうはもともと、昔からの知り合いのようだったけれど。
 一学期の間は、私も大人しめに(まあ、中学時代と相変わることなく)過ごし
ていた。席替えをしたとき、窓際最後尾のもっとも良い位置につけたことを喜
んでいて。丁度私の前の席に座っていたのが、ジュンである。

「よぉ。水銀燈、だっけ? いいなあ、僕も一番後ろになりたかったよ」

 へらっとした感じに話しかけられて、『そう』と一言。味気なく返した。
 意識的にそう返してしまうきらいも、私にはあるにはあった。通常ここで、
ひとによっては私に話しかけるのをやめてしまう。とっつき辛いということな
のだろう。
 しかしながら。彼に限って、そんなことは無かったのである。彼の話し方は、
良い意味で「裏が無い」から。

 一見すると優男な印象を受ける彼。そして彼といつも一緒に居た真紅。最初
のうち、二人は付き合っているのだろうかなどと考えたりもしたけれど、どう
もそんな感じでは無い。
 そこに私が加わって、めでたく三人組の誕生と相成った。
 『友達』と呼べる関係も、それほど悪いものでもないのかしら。そんなこと
を考えながら、ゆるゆると日常は流れていく。


 どんなきっかけかは忘れてしまったが、真紅と二人きりになったときに。私
の中学時代のことを、彼女にぽつりと零す場面があった。

「そう……でも、水銀燈。結局のところ、今は今。昔は昔なのだわ」

時は流れて、昔の出来事が今に影響を及ぼすことがあっても。それは、積み重
なっているものではない。『今』という自分自身の存在は、確かにここにある
ものだから……と。そんな風に返された。

「それは、とても。とても幸せなことかも、しれないのだわ……」

 こうやって、時々二人でする観念的な話が好きだった。
 そこで私は聞いたのだ、ジュンの中学校時代の話も。彼はその当時所謂『引
き篭もり』で、全く学校へ行かない時期があったと言う。

「でも、それも昔の話。今のジュンが、ジュンらしくあるのならば……
 それで良いのだわ。この魂は、こうやってこれからも続いていくのだから」

 その時は言わなかったけれど、この点については私と彼女の意見は食い違っ
ていると思う。確かに、彼を見るにつけて。とても家に引き篭もり、他を拒絶
するような性格だったとは考え難い。
 しかしながら。そういった過去を乗り越えた先に、今のジュンが居る。それ
は確実に、何かが『積み重なった』ものの結果だ。
 魂の質が変わった、というと少し大袈裟なのだろうけど。いずれにせよ、何
かを乗り越えるためには、強さが必要。……そう。彼は、とても強いのかもし
れない。そして、それを密かに支えてきたのは真紅なのだろうと。なんとなく
思った。

 それから多くの時間を、三人で過ごしていって。勉強で競うこともあった
し、時には下らなく絡み……時には喧嘩もして(仲裁役は、専らジュンの役目
だった)。そうやって触れ合いを重ねていくうちに、私がジュンに惹かれたの
も。今考えれば、道理であっただろうか。


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「ほほぅ、それは良き青春時代ですねぇ……
 おや。また何かお呑みになられますか?」

「そうねぇ……ちょっと強いの貰おうかしら。
 メーカーズをロックでお願いできる?」

「畏まりました。シングルで宜しかったですか?」

えぇ、と返しておく。カクテルのあとにバーボンに走るのもどうかと思った
けど。少しでも酔っ払おうかとの心意気だったが、生憎全くそんな気配が無
い。酒に強いってのも、考え物かしらねぇ。
 慣れた手つきで、氷が丸く削られていく。その様子を眺めているのは、割
と好きだ。

「お待たせ致しました」

差し出されるグラス。体よくチェイサーも準備してくれたので、とりあえず
は口の中を落ち着かせることにした。


 そして、少しずつ。グラスの中にある琥珀色を、喉に通していく。香りに
癖がある感じだけど、私には好みの風味だ。スコッチにはまりだすといよい
よ飲兵衛になってしまいそうなので、これくらいが丁度良い。

「……ふぅ」

お腹のあたりが、熱い。またお水を一口含む。


「それで。恋心を抱いていた女性は、その後どうなったのでしょう?」

興味があるのかないのかよくわからない塩梅で、白崎が言う。おや、随分と
饒舌ではないか。余計な詮索をしないのが、バーテンダーの心意気とか言っ
てなかったかしら? ……と。意地悪く考えるのは、やめておこう。
 独り言の呟きにしか済まなそうな話を聞いてくれるだけで、こちらとして
は有難いことなのだから。


「勿体ぶる話でもないわねぇ。ま、端的に言うと――」


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 ――私の恋は、実らなかったのだ。
 
 自分の気持ちに気付き始めてからというもの、ちょっとずつ彼に対する
態度が微妙になっていって。表面上はいつもの馴れ合いなのだけど、そう
いったことに関する女の勘は鋭い。

「あなた、ひょっとしてジュンの事を――」

真紅と二人の帰り道。ジュンは、バイトだとか言って先に行ってしまった。

「……やっぱりわかるぅ? そう……私はジュンが好きよぉ」

好き、と言うのは。勿論、友達とかそういう概念を超えたところの気持ちで。
今以上の関係を、望むという事。
 その時。真紅の表情に、一瞬の翳りを見つけた気がした。

「そう……じゃあ、あなたの友達の私としては。応援させて頂くのだわ」

 笑顔。だけど、眼の中で漂っている色が、何処か儚い。
 違う。きっと彼女が私に言いたいことは、応援の言葉では無い筈なのに。

 胸が締め付けられた。いつだって本音で話し合ってきた私達なのに。今
はあなたのこころを、私に見せてはくれないの? ねぇ、真紅……

 もし、真紅とジュンが付き合うのなら。私はそれを、祝福することが出
来るかな。いや、確かにちょっと……哀しいかもしれないけれど。それに、
もういつでも三人一緒、と言う訳にもいかなくなるかもしれない。
 私が、ジュンと付き合ったなら。真紅はどうするだろう……?

 私が見る限り、ジュンの恋愛に対する感覚は、果てしなく鈍い。要は、
微妙なアプローチでは駄目だということ。まさしく、当たって通るか、砕
けるか。その決断を下すのは、当時の私には――重すぎた。

 高校生活も、残り一年となったところで。私達三人組から、ジュンが一
人抜けることが多くなった。これから受験シーズンだと言うのに、彼はバ
イトを精力的に入れていたのだ。授業中など、私よりも寝ている時間が長
くなっていた。

「うん……やりたいことが、あるから。高校は親を納得させるために入ったけど。
 僕は、デザイナーになりたいんだ」

大学には行かず、高校が終わったら海外へ留学し、デザインの勉強をするの
だと。その為のお金を、今バイトによって貯めていると言った。
 私達にとっては、まさにそれは晴天の霹靂であって。てっきり一緒に進学
するものだと思っていたものだから、酷く慌ててしまった。

「裁縫は得意だけど。それだけじゃまだまだだからね」

 確かに彼は、男の子の割に服飾製作が得意だ。二年次文化祭で、私達のク
ラスででは劇が催されたけど。その時の衣装が全て彼の手作りだということ
を、実際に見ていないひとが信じられるものだろうか。

 どうにもこうにも、彼の意志は固いらしい。こんな決断を下せる彼は、や
はり強い心の持ち主なのだろうと思った。

 
 三年生。一緒に居られる時間も、残り少ない。
 ――私は。ジュンに告白すること自体を、やめた。
 貴重な一年間を、変にぎくしゃくさせるのは。無論望むところではないから。

 楽しい楽しい、毎日を。過ごせればそれで良い――


 そして、三月。恙無く入試を終え、一緒の大学合格を決めた私と真紅は。
 彼の旅立ちの日、空港まで見送りに行く。

「大丈夫。あなたなら……やれるのだわ」

「いってらっしゃぁい。挫けちゃ駄目よぉ?」

私達は、笑顔。そして、それは彼も。

「ありがとう。――じゃあ、行ってきます」

手を振ってから、彼はくるりと背を向けて。私達はずっとその姿を見ていた。



「ちょっと真紅ぅ。……酷い顔に、なってるわよぉ?」

見送りは、つとめて笑顔で。湿っぽい旅立ちを嫌った上の結論だった。

「っ……あなた、だって……ひとのこと……うっ、言えない、のだわ」

そりゃ、まあ。私も今はちょっと、他人にみせられない顔をしてるんだろうな。

 自分の涙の出所が。想いを伝えられなかった後悔なのか、単なる寂しさだっ
たのか。そういうことはよくわからなかった。ただ自然に……溢れてきたから。

「「……ふふっ」」

 二人して笑ってしまった。だって、あんまりな顔なんだもの。
 その日は結局、そのまま帰った。……お酒呑みにいこっか? という私の案
は却下されてしまったので。

 家についてから、一息つく。

 真紅。あなたは――あなた『も』。ジュンが、好きなのでしょう?
 もっと上手く隠せたら良いのだろうけど、あなたはそういった所は割と不器
用だと思うの。そうやって隠し続けたのは、多分。私に対する、やさしさだっ
たのかもしれない。けれど、そのやさしさのヴェールに包んだ。あなたの中に
ある『痛み』は、どうすればいいのかしら、……ね? ……


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「……という感じな訳。こんなところかしらぁ?」

ちらりと、真紅の方を見た。相変わらず、すやすやと眠っている。
 全く以ていじらしいと言ったら、無い。私にも気を使いつつ、きっと今も彼
への想いは消えていないだろう。
 私はジュンが好きで。一緒に居られるというのならば、それはそれは幸せな
事に違いない。だけど。隣で眠っている、いじらしい彼女と……そして彼の。
その幸せを願いたいような。そんな気持ちを抱く自分も、確かに居るのだった。

「僕は聞き役ですからね。貴重なお話、有難う御座います。
 興味深く聞かせていただきました」

そう言って、彼はにこりと微笑んだ。

「どういたしましてぇ。……ただ。聞き役で終わるって言うのもなんだし。
 ちょっとした感想なんか頂いてみたいかしら」

 この話は、今まで他人にしたことは無い。細かい気持ちの内容までいくと、
真紅にすら。今日の私はちょっとしたストーリーテラーとなった訳だが。観
客から見て、"私達"はどう映るのだろうか。

「そうですねぇ……ふむ」

少し、考えるような素振りを見せる。

「あなた達二人のような、美女に想われる"彼"も。相当羨ましいお話ですが……」

「あらぁ。褒めても何にも出ないわよぉ」

まあ。それでも悪い気はしない。そして彼は続ける。

「あなた達二人は、あまりにもやさしい。やさしいが故に、切ない。
 ……やさしさは、時に何かを『誤魔化す』ことになり。事の本質が隠れてし
 まうことだって、あるのですよ」

ん。……結構、痛いところを突いてくるではないか。私はとりあえず、何も返
さないでおく。

「お話を聞く限りでは。きっとあなた方は、とても仲が良いのでしょう。互い
 の気持ちを、思いやれる程に。

 しかしながら。"良き友"とは、『何をしても"良い"』仲であると、思うのです」

「何をしても……良い?」

「そう、何をしても。例え絶交してしまっても、良い」

無難な感想が聞けるかと思っていたら、予想しない方向へと話が飛んできてい
る様だ。カウンターに肘をついて、手に顎をのせる形にする。本格的に聞いて
みるのも、面白いかもしれない。

「絶交って……縁が切れるってことでしょお? それじゃあ繋がりが無くなる
 んじゃない?」

この私の意見は、至極真っ当なものの筈。そう、私は。三人の関係の居心地の
良さを壊したくなくて、自分の気持ちをあらわすのを、諦めた。

「まぁ……少し語弊があるでしょうかね。私が言いたいのは、所謂"良き友"
 の関係であるならば、絶縁してもまた引かれあうということですよ。あるい
 は……もともと、そう簡単に切れる縁では無いと。

 逆に言うと。"つまらない友"の関係であるならば……『何をしても"悪い"』
  のです。どんなに事を成そうとして、ついにそれが成る事は無い。

 ……あなた方は、如何でしょうか?」

文人の言葉を拝借させて頂きました、という締めの言葉。深い一礼の後、どう
やら感想は終了である。

「……」

私達は……どうだろうか。なんだか、言いくるめられてしまった感じではある
けれど。どうやら彼の話は『親しき仲にも礼儀あり』だとか、そういうところ
を超えた所で論を成しているような気がする。……うん。それなりに、楽しめ
た。ひとに話すと、やはり色々な意見が出るものだ。


「お時間は大丈夫ですか? 水銀燈さん」

おや。気付けば、日付も変わろうというところ。

「じゃ、そろそろ起こしましょうかねぇ……その前にチェックお願いするわぁ。
 二人分纏めちゃっていいから」

「畏まりました。有難う御座います」

「こちらこそ、ありがとぉ。さっきの話は……とりあえず、この娘には内緒に
 しといてねぇ?」

言いながら、ウィンクを。『承知いたしました』と、仰々しく返してくれる。

料金の書かれた紙の乗ったプレートを手渡される。良かった。どうやら大枚一
枚以内で済みそうな感じ。もっとも、この金額の八割は私の呑み分だけれども。


 さて、それでは。そろそろ、眠っているお姫様を起こして。
 今日は私の家辺りにでも、泊めておくこととしよう。
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