※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。

 日常。それは、少しずつうつろいで、形を残さないもの。毎朝起きて、そし
て大学へ行き。何の変哲も無い日々を、私は過ごしている。
 変哲が無い、と言うと。如何にもつまらなそうな感じがするのだけれど、別
段そうは思っていない。変化が無いというのは、それだけで素晴らしいこと。
友達が居ない訳では無い――むしろ、親友と呼べるような存在も居て。私は楽
しくやっているのだ。
 そう、そうやって。日常の幕間は、流れていく。

 今日の講義は午後からだったから、大学へ行くまでかなり余裕があった。二
度寝に対する誘惑は、確かに少しはあったけれど。こういうところで生活のリ
ズムを崩してしまうのも勿体無い話。現にリズムを崩しに崩して、普段の講義
を受けることができず。たまに出されるレポートの存在に気づかない輩だって
いる。

 まあ、もっとも。そんな友人に泣きつかれる前に、色々と世話を焼いてしま
う私も。随分とお人好しなのかもしれない。


 また、紅茶のカップに口を付ける。随分と私も、淹れるのが上手くなったも
のだと思う。自画自賛、だろうか。確かに……いつもいつも、私に頼まれる彼
が淹れてくれた紅茶は。私なんかが淹れるよりは、よっぽど味が良い。

「……」

 アールグレイの香りが、鼻をくすぐる。ちょっと今日は感傷的な気分になっ
てしまったけれど。こうやって、一日のうちに何度かティータイムを楽しむの
が、私の日課。


 さて、出掛けよう。今日も良い天気。散歩がてら、少し街中でもうろつくこ
とにしようか。
 大き目の鞄には、今日の講義の教科書、そしてノート類。小さなポシェット
には、女性の嗜みとしての小物を詰めて。化粧はもともとあまり好きではない
けれど、最低限のものは身だしなみとして入れておく。こういうところで、レ
ディはその嗜みを怠ってはいけないのだ。


 ドアを開けると、春の陽射しが眩しくて。今日も良いことがあるがるだろう
か――なんて。そんなことを、考えている。



 大通りをひとりぶらつく。もう流石に、登校する中高生や出勤の会社員が歩
いている時間帯ではない。見えるのは、もう既に営業へ駆り出されているよう
なサラリーマン。
 営業というと、まずは笑顔が大事というイメージがあるのだが。外を歩いて
いる時の彼等は、その限りではない。なんだか、顔色が悪そうに見えるのは。
きっと今日が火曜日なせい。

 週末の休み明け、月曜日は絶望に浸りながらもなんとか気合で乗り切る。そ
の皺寄せは次の日にやってきて。まだ折り返しても一週間と、次の休みまでの
長さを自覚してから。そこで一気に、疲れが出てしまうのだとか……そんなこ
とを考えていた。その思考自体に根拠は無いのだけれど。

 同じくスーツを身に纏って居ても、何処かそれを着慣れておらず、初々しい
印象を受けるのは就職活動中の学生だろう。
 私もいつか、そんな時が来るのかしらなどと。明確な予想図もたてられずに、
ぼんやり思った。

 あと歩いているのと言えば。明確にやることが無く、時間をもてあましてい
る大学生。そう、ちょうど今の私のような。


 ――おや。こんなところに脇道など、あっただろうか? メインストリート
に比べたら随分と目立たない、細い小道がある。この街には結構路地が多いこ
とはわかっているが、その全てを把握している訳でもない。奥には何やら、店
の連なりのようなものが見えて。大学に通い続けて、二年目の春。もしかした
ら、新しい発見かもしれない。
 時間は……正午の一時間前を、丁度指したところ。昼食は大学の食堂で摂と
うと思っていたのだ。まだ余裕はある。ここは一つ、ちょっとした探検と洒落
こむことにしよう。

 
 雑貨屋、鞄屋、……アンティークショップもある。ひとによっては好みの別
れそうな道だったけれど、私にとってはどうやら『当たり』の様。それなりに
店が揃っていながら、ひとが多くない所も良い。
 ふと、とある店らしいものが視界に入る。『らしい』と言うのは、そこが開
店している雰囲気では無かったから。案の定入り口付近に近づいてみると、
『closed』のプレートがドアにかけられていた。
 小道とは言ってもなかなか陽あたりはよく、道に面したウィンドがきらきら
輝いている。
 そこには、人形が飾られていた。縫製などの細かい部分はよくわからないも
のの、きっと丁寧な仕事を施されているのだろうと思った。何か、こう。人形
に対する愛情のようなものが、滲み出ているような感じがするから。
 紅色のドレスが、美しい。とてもとても、美しい。


「……」


 私は、少し眼を細めて。それを暫く見つめてから、また歩を進める。


 どうやらこの小道は、何処か別の大通りに繋がっているという訳ではなさそ
うだ。袋小路、という雰囲気でも無いけれど。
 そして、そろそろ引き返そうかと思い始めた頃に。
 私は見つけたのだ、あの看板を。

『カフェ・トロイメント』。

 ある日常、何の変哲も無く流れていく毎日の最中。人通りの少ない小道に店
を構えて、中に居るマスターは変に芝居がかってて一癖も二癖もありそうで。
それはそれはちっとも流行らなそうだけど、紅茶は結構、なかなかの味を出す
喫茶店に。

 私は、出逢った。
|