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 たまには、と思い。
 今までお馴染みだった髪を一気に下ろし、現れるは「Who am I」?
 某香港のスターっぽいフレーズが思い浮かんだ。
「……どうしたものかしらー」
 鏡をじっと見て、自分の具合を見る。
 額が丸出しだった昨日までとは違い、前髪が垂れ下がる。
 ……なんともはや、これは別人。
「……今までまとめてたおかげで変なクセがついちゃってるかしらー」
 まっすぐ下りているとは言いがたい、少し湾曲した髪。指先で毛先を回してみた。
「うーん」
 ああでもない。こうでもない。どうでもない。
 うまいこと髪形が落ち着いてくれない。
 いつのまにかわたしは、強敵との戦いに夢中だった。
 『午前八時、午前八時』
「……あ、あら? いつの間にかこんな時間かしらー!?」
 強敵との戦いは一時休戦になりそうだ。
 些細な違和感を脳裏の隅に捨て去って、とにかく動いた。


「な、なんとか間に合うかしらー!」
 いつもの通学路をおおよそ1.5倍のスピードで駆け抜けていく。
 頭脳派に似合わず、闇雲に、ただ「間に合え!」とだけ考えて走る。
「あっ、みっ、見えたかしらっ」
 がむしゃらに風を切り裂いて、校門まであともう少し。
 ―――ラストスパート、かしら!
 地を蹴り、腕を振り、門を一気に走り抜け。
 勢いのまま、昇降口を目指す。
 するとわたしの隣からも、必死の息遣い。仲間は、素晴らしい。
「……あれ、金糸雀?」
 ―――って。
「あ、あら? ジュン?」
 並走していた人物はジュンだったらしい。あまりに集中しすぎて、気付かなかった。
「め、珍しい、な。金糸雀が、こんな、ぎりぎり、だなんて」
「た、たまには、体を、動かすのも、いいと、思った、かしらー!」
「そ、そうかっ。と、とにかくっ、走れっ!」
「りょ、了解かしらーっ」


 善は急げ。急がば回れ。さあ、どっちだろう。
 今の場面だと、間違いなく前者を用いるだろう。
「や、やったぞ……僕たちは、やったんだ……」
「ふ、ふっふっふっ、わ、わたしには、こ、こんなこと、へ、平気の平八郎かしらー」
 元々運動が苦手なので体力も平均以下であり、教室に辿り着く頃にはグロッキーだった。
 ジュンもそれに同じく、まだ呼吸が整っていない。
「……と、とりあえず、息を整えよう、金糸雀」
「そ、そうするのが懸命、かしらー」
 二人で並んで窓の方を向き、ラジオ体操よろしく深呼吸。
 吸って、吐いて、吸って、吐いて。
「吸って、吸って、吐いてー」「ヒッ、ヒッ、フゥー……」
 ……。
「いっ、いきなり何をやらせるかしらー!」
「わ、悪い悪い、ついかっとなって」


 教室に入ってジュンと別れて、自分の席に着く。
(―――あ、そう言えば……)
 思考が落ち着いてきたおかげで、わたしはようやく、髪型を変えていた事を思い出す。
 しかし、ジュンはいともあっさりと、「金糸雀」を見抜いた。
(ま、まあ、この髪の色は珍しいし、すぐ分かったに違いないかしら)
 頬杖を付いて、しかし一縷の可能性で、なんとなくもやもやする。
 HRは体力回復に努め、一時限目を終えて、すぐに女子トイレに走る。
 朝にも走ったというのに、わたしと言う奴はなんと懲りないのか。
 とにもかくにも、目的は鏡。飛び込むように入っていって、鏡を見る。
(あぁ、やっぱりボサボサかしらー!)
 今まで生きてきた中で一、二を争うくらい必死になった結果。
 必死になる事はいいとは言え、やはりわたしも女の子。
 身嗜みには敏感なのだ。
 しかし不幸にも、今この場にブラシや櫛はないわけである。
(はぁ、仕方ないかしら)
 こうなったのも、自業自得である。今日一日は、なんとか手櫛で乗り切ろう。
 ちょちょいと髪をいじってトイレから出る。気が付けば、もうすぐ二時限目開始時刻だ。
「……あぁ、いたいた。おーい、金糸雀ー」
「あ、あら、ジュン? どうかしたかしらー?」


 今、この状況をなんと言えばいいのか。
 歓喜か。それとも驚きか。もしくは桃木二十世紀。
「あと三分くらいしかないけど、応急処置をするには十分だろ」
「あ、ありがとうなのかしら」
「気にするなよ。あんだけ激しく走ったんだし」
 ジュンの手が肌理細やかに動き、わたしの髪を梳かしていく。
 ブラシ等の道具はないが、ジュンの手はまるで魔法のように、髪を整える。
(はぁ、気持ちいいかしらー)
「……、と。これでよし。ほら、見てみろ」
「わかったかしらー」
 早速、鏡を見に、再度トイレへと入っていく。
(うわぁ……)
 そんな感想しか出なかった。
 月並みの表現しか出来ないが、見事の文字が正に適合する。
「ジュンー! ありがとうかしらー! すごいかしらー!」
「普通だよ、普通。それじゃ、行こうか。授業始まるからさ」
 ジュンは多少照れていたようで、頬が少し赤らんでいた。


「……っと、そうだ。ひとつ言い忘れてたな」
「え?」
 教室手前でジュンが突然立ち止まり、そしてわたしを見た。
「その髪型、似合ってるよ」
 ―――度肝を抜かれるセリフをさらっと。
「―――あ、ああ、あ、ありが、ありがとう、か、か、かしら」
「なんだよ、どもるなよ。恥ずかしいな」
「だ、だって、いきなりそういうこと言われると、誰だって照れるかしら!」
「そ、そうか。悪い」
 入り口を潜り抜けて、教室に入った。そろそろチャイムが鳴る時間だ。
「……そう言えば、わたしもひとつ、言い忘れてた事があるかしら」
「ん?」
 大きく息を吸って、吐く。
 今からわたしが放つ言葉で、何かが変わるかもしれない。
「どうして、わたしだってすぐにわかったのかしら」
 するとジュンは微笑んで、
「さあ、ね?」
 意地悪く、言い放った。
「あー、ひどいかしらー! 疑問にはちゃんと答えるかしらー!」
「まあ、追々な。追々」
 あくまでも惚けるジュンはそそくさと自分に席に逃げてしまった。
 ……でも多分、わたしには、わかる。
 わたしと彼には、通じる気持ちがあるのだ、と。

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