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『黒服Ⅱ』


あるクライアントが腕のいい殺し屋に言った。

「殺したい奴がいる。ただそいつは腕のいい始末人を雇っていて、近づけない。
 そればかりかそいつはその始末人で私を殺そうとしている。邪魔な始末人を殺してはくれないか」

腕のいい殺し屋は仰せのままにと答えた。


ある依頼人が腕のいい始末人に言った。

「殺したい奴がいる。ただそいつは腕のいい殺し屋を雇っていて、近づけない。
 そればかりかそいつはその殺し屋で私を殺そうとしている。邪魔な殺し屋を殺してはくれないか」

腕のいい始末人は解ってるよと答えた。


話はここより始まる

褐色の月が雲に隠れ、世界はより濃い闇に包まれていく。
山向こうに見えるほの暗く赤い光は、町のネオン光が反射したものだろうか。戦火に見えなくもない。
なだらかな曲線を描いて、空に真っ黒な切り抜きを作る山にゆらゆらと浮かんだ家庭の光をぼんやりと見ながら、蒼星石は嫌な色だと思った。

本来はきれいな円を見せてくれるはずの満月も、雲の多い宵の空に隠れ、付け加え今日の厚いそれのせいで位置すら確認できない。
そんな中、かろうじて浮かび上がるように見える己の右手を空いていた方の手できつく握り締めた。
嫌な夜だ。自分の存在すら覆い被さる闇に飲み込まれるような錯覚を覚えて不安でしょうがない。

一瞬、風が吹きぬけた。上天の月にかかる群雲が吹き飛ばされる。
ぽっかりとあいた雲のクレーターの中央に満月が鎮座していた。予想通りの、形のいい月だと蒼星石は思った。
だだっぴろい校庭のグラウンドにぽつんと立つ自分。瑣末な存在だなと実感する。

コッ、

空気の微振動。加えて誰かの気配。
――月に集中しすぎていたのか。肝の所で鈍感な自分を呪う。しかし――気配を消す技の上手さ、一般人のそれとは思えない。

「っ――誰!?」

自分の5m程上手を見た。人影はニヤリと笑う――否、笑ったのを直接見た訳ではない。
人影のまとう雰囲気そのものが、意地の悪そうに笑った、ように、思えたのだ。

「こんばんは、腕のいい始末人」

蒼「――ジュン…君…――」
音もなく闇が揺らいだ。月光に照らし出された、よく見知る人物。
帯刀。見慣れない黒服。相変わらず鋭気の無さそうな眼鏡。同業者。
ジュン「そんな顔してくれるなよ、蒼星石。毎度のことだろう?」

毎度の事だから、こういう顔をするのだ、という言葉がのどに詰まったが結局、寸の所で飲み込んだ。
同じ業界に身を置く以上、こういう事は日常茶飯事だ。それでも、何度も何度もそういう場面に出くわしても、慣れない。
昨日の敵は今日の友と言う言葉もあるけれど、昨日の敵と同じ釜の飯を食えるほどの切り替えの速さは生憎持ち合わせていないから。
『そういうものなんだ』と無理やりに溜飲を下げたこともあったっけ。
ジュン「きっと……  これが最後だよ」
そう言って、ジュンが微笑んだ。普段見せないような、艶美な、とでも形容できる笑顔だった。
蒼「――え?」
微笑む顔はそのままに、ジュンは歌うような滑らかな口調で、宣言するように、誓うように、言い放つ。

ジュン「今鞘に入ってる之。模擬刀じゃなくて、真剣なんだよ」

蒼「――――っ!?」
鋭い眼光を和らげるために、ジュンは眼を細めて蒼星石を見た。
ジュン「こうなる、ってことは、見えていただろう?」
勘のいい蒼星石のことだ。と付け加えて、腰につけていた刀に手をかけた。

蒼「……生きている世界が、世界だから」
ジュンが言わんとすることはおおよそ蒼星石にも理解できた。心の隅で共感している自分もいる。
"これは悪い夢だ"と理性が叫ぶ中、"現実だ"と本能が主張する。
ジュン「――銃、抜けよ、蒼星石。技と急所外す真似なんかしてみろ――」
腰を落として、ジュンが静かに抜刀の構えを取った。二人同時に、だが違う理由で、眼を、見開く。
ジュン「――――お前、生きてきたこと後悔するぞ」
ジュンの鷹のような、猛禽類のような目の瞳孔がキュ、と締まった。

蒼「っ――ジュン君ッ、――君ッ!!」
気に推され、数歩バックステップを踏む。本気なの? アイコンタクト。
ジュン「ああ、本気さ」
普段よりも、幾分も鋭い眼光をこちらに向けた。瞳の色は、純粋で、それ故に深い殺気。

蒼「――――っ!?」声にならない声が出て、息を呑んだ。何で?
ジュン「野暮なことだろう?」そう言うと、抜刀。
更に相手の間合いに入らないためにもバックステップ。空いた距離は凡そ7m。

「――――――――――――――」

2人の間に言葉は無い。あるとすれば、砂塵を巻き上げる風のみ。

「――――蒼星石」
「ジュン君―――」

相手の名を呼応した。含みのある言葉の内訳は、愛しさ、狂おしさ。
――やっと、やっとその事で現状を把握できた気がすると蒼星石は感じた。
「――腕のいい、殺し屋か……」
言いえて妙な表現だと内心苦笑を漏らす。一体、何を持って、腕がいいと表現するのか。
蒼「僕に、一勝負けてたよね? 腕のいい殺し屋さん」
僅かに憫笑の色を含んだ笑みが漏れた。その色を隠さずに、むしろ見せつけるように、蒼星石は一言独語する。
ジュン「……些細な事だろ、腕のいい始末人」日本刀の枝を握る力が強まった。

心のどこかで羨望していたシーンだったのかもしれない。薄らぼんやりと両者そんなことを考えながら、対峙しあう。

どちらかが生きてもどちらが死んでも、ハッピーエンドでもバットエンドでもない。
死んだほうは最愛の人に手をかけられた事を誇りに思い息絶え、生きたほうは最愛の人を手にかけた感触を抱いて生き抜いていくと誓うだけ。
不器用な愛の形。死んで共になろうとは思わない。そんなもの、ただの理念論でしかないのは解っている
――それしか。冷たくなっていくその体を、抱くしか相手への思いを表現する方法を知らないから、自分たちには――それしかできないから。

抱くにはこの手は汚れすぎた。囁くにはこの口は穢れすぎた。
鮮血の洗礼を受けた身に、省みを求めない愛情なんて信じれない。


愛している、だから今から斬る。
ジュンが愛刀に手をかけた。

愛している、だから今から撃つ。
蒼星石が標準を定める。

送る花束は弾丸で充分だ。
 送られる祝詞は斬撃で充分だ。

ラストシーンを網膜に刻み込むだけで、そのほかは望むべくもない。

一寸、風が吹くのをやめたような気がする。

気がしただけでいい。それももう、関係無いこと。

間合いを開けられては厄介だと勘が働いた。此方の得物が剣で、相手のそれが銃ならば尚更だ。広がれば広がるほど、相手のテリトリーになって行く。
一歩目と二歩目の加速度を増させて、低空を飛ぶように三歩目で蒼星石の正面に到る。
蒼「――――ッ」
息を呑んで、蒼星石がトリガーを引く。
ジュン「っ――そこだッ!!」
ジュンはその手にもった太刀を、薙ぐ事も切る事もせず。ただ一閃、まっすぐと刃を突き立て、刺した。捨て身の一撃。しかし、それは蒼星石とて同じ。

月に再び雲がかかり、闇が葉の擦れる音とともに濃くなる。

何て事ない校庭のグラウンドの、中央。
そこだけは、日常の風景から「隔離」されているような異質な雰囲気を放っていた。
そこだけは歪、――これでもかと言うほどに、「日常」が捻じ曲げ、拉げ、つぶれていた。
放つ「異様な雰囲気」原因。


ジュン「――クソッたれが――ッ」
ジュンが咳き込んだ。口から勢いよく漏れた吐血がぴちゃり、と嫌な音を立てて、蒼星石の頬に鮮血がつく。
蒼「――お互、い様だよ――」
蒼星石がニヤリと笑う。ひゅっひゅっ、と抉り取られたような跡がある喉から辛うじて漏れる呼吸音。声帯がつぶれている所為で、うまく言葉にはできなかったが。
肋骨の隙間を抜け、心臓へと適格に届いていたジュンの太刀。
否――心臓ばかりか、それは蒼星石の体を貫通している。蒼星石の影。その背中から一筋の太刀が生えていた。ジュン君らしい、精密な仕事だと蒼星石は思った。
喉の部分を確実に抉り取った弾丸。五分のところで見切ったと思っていたが、玉の種類は散弾であったらしい。
避けても着弾した部分を初めとして、飛散し、バラけて肉に埋め込まれる最悪な種類の弾。蒼星石らしい大雑把だが、確実な仕事だとジュンは思った。


黒洞洞と、また闇が深くなる。



「蒼、星石」

最後の最期。最愛の人の名をジュンは呼んだ。脊髄反射で蒼星石はそちらに顔を向ける。



血と硝煙の香りのするキス。



地獄への手向けには、丁度いい。

THE END

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