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「うう、冷えてきたな。さあ、そこに座って。」

桜田老人に連れられて、彼の家に向かった上条。
案内されたのは、壁と天井がガラス張りの、かなり大きなアトリエだった。
洋館の西側に作られたこのアトリエには、大小さまざまのキャンバスがありと
あらゆるところに立てかけられたり横積みされている。
中央には荒削りのテーブルが鎮座し、その上には油絵具やパレット、筆洗器や
ビンに入ったオイルなどが所狭しと置いてあった。
床には絵具の染みが点々と散らばり、色とりどりの模様を浮かべている。
いわゆる“美術教室の匂い”が、アトリエ全体を覆っていた。

テーブルの側には大小二つのイーゼルが置いてある。
小さいほうのイーゼルの前にある丸椅子を勧められた上条は、礼を言って腰かけた。

……桜田さんって、絵描きなんだ…。

興味津々としつつ、上条は、何か桜田の描いた絵を見ようと思って周囲を見回すが、
立てかけられたり積み上げられているどのキャンバスも裏返しにしてあり、何が描か
れているのか見る事は出来なかった。


…いや、一枚だけ、アトリエの隅に立て掛けられている、恐らくタタミ二枚分ほどの
大きなキャンバスには三人の裸婦が描かれている絵があった。背中に羽の生えた一人に、
同じ姿の二人が寄り添うようにして空を登っていく情景が描かれていた。

……三人組の裸婦…三美神は、古くから宗教画の画題としてよく用いられてきたんだっけ。

上条は、大学の宗教文化史の授業で聞いたことのある知識を思い出していた。
それにしても、桜田が描いたのであろうその三人の女神の裸体は、透き通るほどに
白く、美しかった。むしろ天使と言うべきか…。

 

「さあ、お茶をどうぞ。暖房が効いてくるまで、これで温まろうか。」

一度母屋のほうに消えた桜田がお盆を手に戻り、上条に緑茶を勧め、自分も他の
椅子に座り込んだ。

「ありがとうございます。それにしても、すごいアトリエですね。」

湯飲みを冷えた両手で包み込みながら、上条は視線をめぐらして言う。
桜田は苦笑いで答える。

「夏は暑いし冬は寒い部屋だよ、ここは。
 油絵自体も趣味が高じて描いているだけだけどね。年寄りには時間があるから、
 悠々自適にやらせてもらってるよ。」

ずずず、とお茶を飲む桜田老人。

「…それにしても、寒いですね。」

「だろう?温暖化なんて本当の話なんだろうかね。嘘っぱちに聞こえて仕方ないよ。
 恐らく原子力利権がそう喧伝させているだけじゃないかな。そうだとすれば、それこそ
 “不都合な真実”だな。ははは…。」

「…!」

上条は、口数多い桜田がさらりと国際社会の裏側の真実を言い当てた事に驚いた。
地球温暖化や世界の石油残存量の少なさなどを声高に喧伝し、映画まで作って
地球環境が危機に瀕していると人々を煽っているあのアメリカ人は、内調において、
とある原子力資本に資金提供を受けている事は周知の事実だった。

もっとも、彼らに“してやられている”側の石油資本も、1970年代のオイルショック
時代から「石油の残存量はあと40年分」などといい続けて原油の値段が下がらないように
小細工を弄しているために、上条にとってはどっちもどっち、だった。
恐らく石油の寿命は、今後いつまで経っても40年なんだろうな…そうも言いたくなる。

 

 


時たま強い風が吹いて、庭と通じるアトリエの出入り口の扉を叩く音がする。

会話が途切れ、風音だけの時間がアトリエを過ぎていく。

落ち着かなくなった上条は、さりとて新たな話題も見出せず、もてあました
目線をさきほどの三美神の絵画に向けた。

「どうだい?5年前に描いた大作だよ。もっとも、最近は中々身体が動かないから
 大きいキャンパスに描くのは諦めているけどね。」

まるで上条が絵を見るのを待っていたかのように、桜田老人が言った。
上条は、感想を求められているのではないかと思い、忌憚なく口を開く。

「すごく…綺麗ですね。まるで…」

「まるで…?」

「…そう、あの『モナ・リザ』を思い出してしまうほどです。」

「レオナルド・ダ・ヴィンチの『モナ・リザ』かい?どうしてまた、僕の作品が
 彼のような美術界の巨匠の作品と…」

「『モナ・リザ』のあの人物…一見すれば女性に思え、しかし良く見ると男性的な
 ところも感じてしまう…そんなところが、桜田さんの絵にも感じられるんです。
 しかもそれで人物の性別を壊してしまうことなく、美しさをも匂わせて…。」

「…そうか、君は『モナ・リザ』をよく観察したんだな。」

「いいえ、僕はある小説を読んでそういった見方を持っただけで…」

「君の感性は素晴らしいよ。確かに僕は、美しく優しかった彼女達三人の中に、
 確かにあった強さや猛々しさ…男性的なところを知っていた。だから僕はそれを絵にした。
 難しかったよ。人間の内面には、その性別に関わらず、男性的な部分もあれば
 女性的な部分もある。それらは一人の人間の中に同居しているんだ。
 外見だけの性別の裏側をも絵画で表現する…随分苦労して筆を進めたものだよ。
 男女の描き分けに長じていたダヴィンチには及ぶべくもないがね…。」

 

桜田の言葉を聞いていた上条は、人間の内面うんぬんの話よりも、別の箇所に疑問を
嗅ぎつけていた。

「…とすると、この絵の女性達は実在していたんですか?桜田さんは彼女達を知って…」

「知っていた…か。むろん、知っていたさ。何せ彼女らは、僕自身だったのだから…。」

「…?」

桜田がモチーフにした女性三人のことが気になる上条だったが、桜田は意に介さず、
作務衣の懐からシガレットケースを取り出し、葉巻を二本取り出して上条に一本薦める。
上条は首を振り、スーツの胸ポケットの中から、ここに来る途中の自販機で買ったタバコの
箱を取り出して見せた。

「駄目だよ上条君、紙巻タバコは物凄く肺に悪いんだぞ。吸うんなら葉巻に限る。
 一本やってみたらどうだい?」

「は、はぁ…」

桜田に半ば強引に勧められ、上条は自分の安タバコをしまい、代わりにライターを
出して桜田のくわえた葉巻に火をつけ、次いで自分のにも点火して一息吸い込む。
あまりの強さに、まるでタバコそのものをはじめて吸った高校生のように、上条は
大きくむせ返り、桜田にひとしきり笑われた。

「そろそろ、本題に行こう。いいかい?」

「はぁ…」

桜田の話にはすでに疑問が尽きない上条だったが、大人しく本題に耳を傾けることにする。
一方の桜田は、葉巻の灰をトントンと灰皿に落としながら、ひとつ咳払いをした。
彼がもっとも聞きたがっていた…桜田ジュンという男の人生の話が始まった。

「僕が生まれたのは1912年…明治が終わって大正が始まった年だ。」

「うわぁ…改めて考えると、もう一世紀も前なんですね。」

「まあこれは内調の資料で君も知ってるだろう。その2年後の1914年、第一次世界大戦が勃発する。
 対立構図は英仏などの連合国対ドイツやオスマン・トルコなどの同盟国だ。
 ちなみにこのとき、言い方は悪いが日本は火事場泥棒的に中国にあるドイツ領の青島(チンタオ)を
 攻め落とし、1918年の大戦終結時にはちゃっかり戦勝国に肩を並べたというわけだ。」

「ええ。」

「さて、戦争中の日本には僥倖が訪れた。それが大戦景気だ。
 衣類や軍需物資を生産して戦争中の国々に輸出すればするほど、相手はどんどん買って
 くれる。何せ、世界大戦とはいえ主戦場ははるかヨーロッパだ。日本には船も工場も無傷で
 大量に存在している。この極東にある日本が一大生産拠点となったんだよ。」

「船成金とかが出てきたんですよね。札束を燃やして靴を探せ、みたいな。」

「ところが、だ。
 大戦が終わると、欧州では工業生産が再開し、日本への需要はなくなった。
 悪い事に、日本は戦争の長期化を見越して、工場ラインに多額の準備投資を行っていたんだ。
 それが全て水泡に帰してしまった。さあ、一転して日本の景気は悪化し、成金たちは
 無一文って訳だ。」

「ちょちょ、ちょっと待ってください。」

「ん?」

「先ほどからのお話は、失礼ですが単に日本史をなぞっているだけに過ぎません。
 僕が聞かせていただきたいのは、その頃の桜田さんがどういう風に暮らして
 いらっしゃったかで…」

「いや、それは別に必要ないだろう。少なくとも今の時点ではね。」

「え…?」

「先にも言ったが、僕は平凡な農村に生まれた平凡な少年だったんだ。だから子供時代の
 僕について特筆すべきことは何もないんだよ。せいぜいが絵を描いたり細かい手作業を
 することが得意な子供だった…そんな感じかな。学校から帰ったらわら半紙に鉛筆画を
 描いたり、家や近所の石油ランプや電信柱のトランスが壊れてたら直してやったり、
 言いつけられれば家の農作業を手伝ったりと、そんな感じの少年時代だった…。」

「へえ…。」
 
「さて、話を戻すが、第一次大戦の後遺症に苦しんだのは日本だけじゃなかったんだよ…。」

「…?」

「では今から本腰を入れて話をしよう。お茶のおかわりはいいかい?」

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




ああ神よ、許したまえ。
  
      彼らは、自分が何を行っているのか解っていないのだ。


                           ― 預言者 イエス・キリスト ―

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



1923年秋、ドイツ・ルール近郊。

ここルール一帯は、ドイツ最大の工業地帯として有名な要衝である。
重化学工業を始め、造船業、製造業などの巨大な工場が立ち並び、その周囲には膨大な数の
労働者やその家族が暮らし、生計を立てていた。
工場の煙突からは威勢よく煙が上がり、工場内では労働者達が機械に取り付いて目まぐるしく
働き、線路や道路にはひっきりなしに生産品や原材料を積んだ貨物列車やトラックが往来する。
まさに、この地はヨーロッパ最大の工業国ドイツの心臓部といっても過言ではなかった。

…が、それはすでに過去の光景であった。

ルール工業地帯は、今、ひっそりと死んでいた。
曇天の下に工場群は一筋の煤煙も出さず、機械の動く音も労働者達の声や足音も聞こえてこない。
工場外でも人の通りはほとんどなく、吹きすさぶ寒風に紙切れがわびしく翻弄されていた。
たまに見えるのは、偉そうにライフルを持って闊歩するフランス軍の兵士たちばかり。

そんなルールの薄汚れた工業道路を、一台の古いT型フォードが徒歩程度の速さで走っていた。
止まってしまう寸前の速度でよろよろと走っているその車の様子は、現在のこのルール、
いやドイツ全体の様相を反映しているようにも見える。
車のハンドルを握っているのは、年の頃40過ぎの男である。
質素なスーツを着こなしている男の隣にちょこんと座っているのは、年の頃10歳過ぎの少女。
銀髪で薄い金色の瞳のその少女は、静まり返っている外の様子を、車窓から落ち着かなさげに
きょろきょろと眺めていた。

娘に祖国ドイツの有様を見せておこうとここまで中古の車を運転してきた男の名は、
ホイレス・グリーリ・ヒャルマール・ローゼンである。
経済学者であるローゼンは、ルールの…いや祖国の現状に、その優秀な頭脳を懊悩させていた。

『おとうさま、どうしてお外には兵隊さんのほかに誰もいないの?』

ローゼンの娘が、不安げな瞳を父に向けて尋ねる。
白いドレスをまとっている少女は、まるで天使のようだった。

『…それはね、ドイツの経済がおかしくなってしまったからだよ。』

『けいざい…?』

ローゼンの娘…雪華綺晶は、その愛らしい小顔をきょとんと傾けた。
そう、経済だよ。ローゼンは詳しい説明をしなかった。まだ小さい雪華綺晶に、祖国ドイツが
受けた深刻な経済危機の問題を話すのは難しすぎる…。

現在のドイツの有様は、街角のコーヒー一杯が雄弁に物語っていた。
巷では、このコーヒー一杯の値段が、注文した時と会計の時のわずかな間に数十倍に
膨れ上がるという信じられない状態…ハイパー・インフレが進行していた。
人々は職を失い、失業者となってドイツ中を彷徨っている。
スープを施す教会の前には、連日多くのホームレスが長い列をなしている。
市場や商店には活気が無く、たまに食料品を来る買い物客は、山と積んだドイツマルク札を
手押し車に乗せ、やっとのことで手に入れられたのは小さなパン一斤だけ。
秩序の乱れた地域では、食料の奪い合いや労働者の暴動が起きている。
今のドイツに、安寧はない。先は見えない。希望は…ない。




      空は、相変わらず曇天に覆われていた。

 

セルビア人青年の廉価な拳銃一丁が、パレード中のオーストリア皇太子夫妻を殺害した
ことで始まった先の世界大戦。
オーストリアと同盟関係にあったために参戦せざるを得なかったたドイツ・プロイセン帝国は、
4年に渡る長い戦いの末、戦争当事国中で最も多い戦死者を出し、敗北という結果に直面する。

言うまでもなく、戦争をするにはカネが必要である。
古今東西、いかなる戦争当事国においてもカネすなわち経済の問題はつきまとう。
問題は、あの世界大戦が、かつて人類の経験した事のない、非常に大規模で長期に渡る
ものだったことだ。大部隊、機関銃、塹壕戦、航空機、潜水艦、戦車、毒ガス…そして、
それらの原動力となる原油。
当然、戦争に費やすカネ…すなわち戦費はそれまでと比較にならないほど膨大な額になる。

敗北したドイツはもちろん、大戦の勝利者である英仏など連合国側とて、勝ちはしたものの
その為に費やした戦費は目も眩むほどの額だった。これをどう回収すべきか?
必然的にそれが問題となり、必然的に英仏はそれを敗戦国ドイツから回収することにした。


ああ、なんと忌まわしきベルサイユ条約!!!


世界大戦の戦後処理を話し合ったこの講和会議で、大戦の責任は、一方的にドイツにあると
されてしまったのだ(他の敗戦国のオーストリアやオスマントルコは解体されたため)。
英仏がドイツに科した賠償金は、1千300億マルクにのぼった…。
これはドイツ税収のじつに十数年分という巨額である。
天文学的、という飾り文句がこれほど合う賠償金額は、後にも先にも他にないだろう。

 

賠償金額を決めるにあたり、英仏は賠償額を次のどちらかにするかで議論になった。
①あくまで戦争被害のみの損害賠償を要求するか
②戦争被害額だけでなく、戦費まで含めた額を要求するか
当然、ドイツ側は①を採用してくれるよう英仏に懇願した。
これは単に賠償金を値切ってやろう、という(言い方は悪いがケチな)意図ではない。
①と②それぞれの場合の実際の賠償額を算定し、自国に残された支払い能力を鑑みた
結果から、現実的に支払が可能かどうかをドイツ側が熟慮した結果である。

①を主張したのはドイツだけではない。
勝利国(連合国側)であるイギリスの経済学者・ケインズも、
「現実的にドイツから取れる賠償額をはるかに越えた金額を取ろうとドイツを苦しめれば、
 ドイツ経済は破綻するだろう。そうなればヨーロッパ世界経済までも危機に瀕してしまう」
と主張した。

だが、英仏は②を選んだ。
ドイツ政府もケインズもローゼンも、同様にがっくりとうなだれた。

それだけではない。
ベルサイユ条約ではもう一つ重大な事が話し合われた。賠償金の請求についてである。
Ⅰ.ドイツの支払能力の限度にとどめるか
Ⅱ.連合国の請求の全額を支払わせるのか
言うまでもないが、ドイツはⅠ.を主張し、連合国(英仏)はⅡ.を主張した。
敗戦国が戦勝国に意思を容れてもらえるはずもなく、これもⅡ.の案に決まってしまった。


…ドイツが失ったのはそれだけではなかった。



まず、ドイツの有力な工業地帯であるルール地域がフランス軍の進駐を受けたのである。
1923年の1月、連合国の一つであるフランスは、賠償金支払が滞っていることを理由に、突如
軍隊を動員し、ドイツ最大の工業地帯であるルール地方を占領したのだ。

フランスは、ベルサイユ条約ですでに鉄鉱地帯のアルザス・ロレーヌ地方を獲得していた。
豊富な鉄鉱を工業生産品にするには、これまた膨大な石炭が必要となる。
そこでフランスが目をつけたのが、石炭を豊富に産出するルール鉱山があるルール地方だった。

フランス軍はルールを支配下に置くや、直ちに様々な形で略奪を行った。
工業地帯を占拠したのはもちろんの事、一方的にゲルゼンキルヘン市に対し1億マルクの罰金を
科し、その徴収は市民の財産を没収する事でまかなった。
また、フランス警察はミュルハイル国立銀行支店に乱入し、そこに保管されていた六十億マルクの
未完成紙幣を勝手に完成紙幣にしてバラ撒いた。

…フランス軍のルール進駐に、ベルサイユ条約で軍隊を解体させられていたドイツは抵抗する術が無かった。


また、オーストリアは分離され、英仏の手による人工国家に成り下がった。


他にも、ドイツが輸出する製品には26%もの輸出税をかけることが義務付けられた。
しかもそれを受け取るのは連合国であり…このため、ドイツ製品の国際競争力は、
ただでさえそれが必要な時に著しく低下してしまった…。

英仏のように、侵略を重ねて獲得した植民地を持っているわけでもなく、ただその勤勉な
国民性だけが列強の仲間入りを果たした原動力であったドイツ。
各州に分かれていたこの国の統一は、日本の明治維新よりも遅かった。
それだけに、ドイツ国民は勤勉を貫き、やっと大戦前の時点でヨーロッパの工業大国として
その名を馳せる事ができたというのに…。英仏の仕打ちは、もはや妬みとしか言えなかった。

連合国への怨嗟の声は日増しに上がっている。
直接の交戦国である英仏へのそれはさることながら、ドイツではアメリカに対する憎悪も広がった。
そもそもドイツがあの戦いで講和に臨んだのは、アメリカのウィルソン大統領が
「無併合・無賠償・無報復」をスローガンに講和締結を呼びかけたからである。
しかし、ウィルソン大統領の提言は、ベルサイユ条約にはまったく反映されることはなかった。
ウィルソンの言葉は空手形だったのである。怨嗟の広がりは無理のないことだった。


 

 


以上の事から、今日のドイツ経済の混乱の原因は、英仏の莫大な賠償請求である…と言えなくもない。




…とにかく明白な事は、ケインズが、そしてローゼンが予測していた悪夢が、現実のものと
なったことである。





賠償金額が決定して2年後の今年1923年初頭(フランスのルール占領直後である)。
ドイツは、突如として異常なインフレに襲われた。

 

インフレーションとは、通貨の価値が下がり、商品の物価が上昇していく経済状態のことをいう。
これが常識を逸するものになると、ハイパー・インフレと呼ばれるようになる。
ドイツの通貨はマルクである。そのマルクの価値が、あれよあれよと言う間に急下降していったのだ。

そもそも通貨…貨幣とは何なのかを考えてみたい。
よく子供が「お金が足りないのなら、たくさん刷ればいいじゃない??」と言う。
これはある意味正しい。しかし、際限なくそれを行えばどうなるだろうか。

貨幣とは、その紙幣なり硬貨なりに価値が認められてはじめて貨幣としての価値を得る。

忘れてはならないのは、絶対的な価値を持つとされる物質はこの世に存在しないことである。
ローマの時代、兵士に支払われる給料は塩(サラリー)だった。
しかしそれが継続して貨幣価値を有しているかと言うと答えは否で、塩は現在では食料品店で
調味料として安く取引されているに過ぎない。
歴史上、貨幣に貨幣としての価値を保障してきたものは数多くあり、そしてそのほとんどが
短いうちに価値を失い、消えていった。石、貝殻、塩しかり。

だが、もちろん例外はある。
金という物質は、その希少性と美しさから、古来より価値あるものとして敬われてきた。
それは世界が近代資本主義社会に移行しても代わる事はなく、今も揺るぎない信頼を得ている。

よって、世界の列強のほとんどは、自国の貨幣価値を金(ゴールド)によって保障している。
これが、いわゆる「金本位制」である。
ある国がどれだけのゴールドを保有しているかで、その国が流通させる(適正とされる)通貨量は決まる。
国家が保有するゴールドに見合った量の通貨紙幣を発行すれば、通貨は貨幣として信用され、
商取引の担い手足りうる…金本位制は、とりあえずは世界列強の信仰の対象となっている。

要するに、通貨を発行して貨幣とするには、それには裏打ち(信用)が必要であり、
多くの場合は金(ゴールド)がその役割を担っている、ということである。
ただの紙切れをありがたがる人間など誰も居ない、と言い換えてもいい。
万一の時は紙幣を銀行に持っていけばゴールドに替えてもらえる、その安心感が
金本位制を支えているのである。

話は戻る。
それまでの戦争の常識を破る大規模な戦いに参加したドイツ帝国は、敗北した時点ですでに
保有するゴールドのほとんどを失っていた。
そこへ英仏からの暴力的な損害賠償請求である。

これを受けて、ドイツの中央銀行であるライヒスバンクは、マルク紙幣を刷って刷って刷りまくった。

そうすると、どうなったか??

それまで適正に保たれていたゴールドと流通している貨幣量との間に、アンバランスが生じる。
この場合、一定量のゴールドに対し、マルク紙幣の量が増えることとなるから…
例えば、ゴールド1キロあたりにつき100マルクという均衡が保たれていたとする。
ところがドイツ政府がマルクを大増刷したため、マルクは金融市場に腐るほどに溢れ出す。
つまり、元々あった適正な均衡(金一キロ=100マルク)が崩れ、(金一キロ=1000マルク)
となってしまったのだ(この場合、中央銀行はそれまで流通させていた通貨量の10倍の大増刷を行ったと仮定する)。
金一キロと交換するために、それまでは100マルクあれば良かったのが、大増刷の
後には1000マルクも必要になってしまった…ということになる。
上二行をより身近な言い方で表現してみるとしよう。
100マルクで買えたものが1000マルク必要になってしまったことで、
一マルクの価値は、単純に10分の一に下落してしまうのである。

言葉では簡潔に言ってしまえるが、これは大変な事である。物価が上昇するのだ。

マルクで商売をやっている人間が、マルクが10分の一の価値になってしまったと知ったとき、
扱っている商品の値段をそのままにしておくことなど、まずあり得ない。
例外なく慌てて紙とエンピツを手に取り、店先に貼り付けるはずだ。
「この店の全商品は表示価格の10倍です」と。

これが、戦後ドイツに起きたことそのものである。
問題は、ドイツに起きたインフレでは、マルクの価値が一兆分の一に…すなわち、

 

 

物 価 が 単 純 に 一 兆 倍 に な っ て し ま っ た こ と だ っ た 。
 

 


あとはもう…筆舌に尽くしがたい惨状が待っていた。

あっという間に食料品が何十倍の値段に跳ね上がったという話はザラで、中には土地を
売り、その金で得られたのがバターだけ、という信じられない話もあった。
マルクの価値がないから、農民も商人も簡単に物を売ろうとしなくなり、混乱に拍車がかかった。

戦後、食料難のドイツは連合国に食糧支援を要請していたにもかかわらず、連合国側は
足元を見てドイツに粗悪な食料品しか寄越さなかった…その食料品すら、ドイツ国民の
口に入らなくなったのだ。

信用のある外国の紙幣、例えばスイスのフランやスウェーデンのクローネ、あるいは米ドルを
持っていたならば、生活必需品を手に入れる事はたやすかった。
しかしこうした外貨は、他人の困窮に漬け込んでぼろ儲けをした『闇屋』だけが持っている
もので、闇社会と繋がりが無い大多数のドイツ国民はまったく悲惨であった。

最も惨めなのは、年金生活者と老人達だった。
老後のために銀行に貯金を(もちろんマルクで)していた彼らは、命の綱の貯金が
紙くず同然になったことに絶望し、多くの者が自ら命を絶っていった。

このハイパー・インフレに際して、ドイツ国民を激怒させたことがあった。
祖国ドイツの経済危機に乗じて、大儲けをした連中がいたことである。

マルクが外貨に対し価値が急落したのは前述の通りである。
よって、有力な外貨であるドルやポンドを持っていれば、ドイツの土地や工場などの資産を
タダ同然の値段で買い漁ることができるのだ。
この醜いハゲタカ的な投機で特に巨利をあげたのが…主にユダヤ人投資家だった。

ユダヤ人は、その昔から一箇所に定住することはなく、世界各地を点々としていた。
なので、必然的にユダヤ人間の国際的なネットワークを築くことが容易となる。
それを利用したユダヤ人国際金融家・資本家が、巨利を貪ったのは言うまでも無い。
そして今や、ドイツの目抜き通りの商店は、ほとんどがユダヤ人らのものに取って代わってしまった。
デパートが立ち並び、ドイツ人経営の中小商店は軒並み潰れることとなってしまった。

…必然的に、ドイツ中でユダヤ人への憎しみが増長していった。

当初ローゼンは、そうしたユダヤ人敵視の風潮をあまり快くは思っていなかった。
確かに、ドイツ経済の混乱に付け込んで儲けを上げているユダヤ人は多いが、そうして
利益を上げているのは何もユダヤ人だけではなく、金持ちのドイツ人やユンカー(ドイツ貴族)
にもたくさんいる。ユダヤ人だけをいたずらに敵視するのは間違いではないだろうか。

少なくとも、ローゼンはそう思ってはいた。しかしそれも、ある事実を知ってから、
彼は自分の考えを改めねばらななくなってしまった…ある事実を知ってから…。




ドイツ経済を破壊したのは英仏ら連合国… だ け で は な い と い う こ と を 。

 

 

そもそも賠償金の支払システムはどういう風になっていたかというと、アメリカ
合衆国を含む連合国側がアメリカ・ウォール街の金融家達からなる賠償委員会を
設立し、ドイツ中央銀行のライヒスバンクを管理下に置き、賠償金の徴収・管理
を行わせていた。

中央銀行とは、その国の政府からは独立した機関である。
ゆえにライヒスバンクも、ドイツ政府の管理下にはなかった。つまりドイツ中央銀行である
ライヒスバンクは、ドイツ政府・議会の意向に束縛されずに行動できるのである。
このライヒスバンクが、賠償委員会の管理下に置かれるや、やがて信じられない振る舞いに出た。
一つは勝手に私企業の手形割引を始めたこと、もう一つは紙幣の増刷である。

私企業の手形割引は、以下のような見るに耐えない状況を創り出す結果となった。
工場を手形で買うとする。手形を受け取った人は、その手形をライヒスバンクへ持って
いくと、手形を割引してもらえるのである。その割引されたお金を使って、次の物件を
購入すると、元々銀行に持ち込んだ手形は不渡り(紙くずになる)するが、ハイパー
インフレのために手形の重みが大きく目減りしている上に、割引されたお金を使って
購入した物件も新たに手に入る。
そうして大儲けする人間が、雨後の竹の子のように出てきたのだ。

そして、紙幣の増刷。
一般的には、ライヒスバンクの紙幣増刷は、莫大な賠償金を返済するためのものとされてきた。
しかし、ちょっと調べれば分かる事だが、連合国への賠償金返済は、あくまでも正貨つまり
ゴールドの裏打ちがある金マルクに限られていた。
だから、いくら裏打ちのないマルク紙幣を増刷したところで、それは賠償金返済には何の意味も
なさないのである。価値の裏打ちのないマルクなど、英仏が欲しがる訳がないのだ。

…それが分かっているにもかかわらず、ライヒスバンクは紙幣を増刷し、ドイツ国内に流しつづけた。
そしてそれを、ドイツ政府は止めることができなかった。




そ の 結 果 が 、 こ の ハ イ パ ー イ ン フ レ だ っ た 。

 

 

ローゼンを始め、ドイツの心ある経済研究者は憤慨した。

ライヒスバンクが行った、私企業手形割引と紙幣増刷。
ローゼンからすれば、この二つは明らかに関連があるものであった。
つまり、紙幣増刷をして意図的にドイツ国内でハイパーインフレを起こさせ、次いで私企業
手形割引による手形転がしで国内の生産設備を売り飛ばす。

まるで最初からドイツの生産設備を誰かにタダ同然で売り渡すお膳立てをしていたみたい
ではないか…。一体、誰に?

ローゼンはそれを調査した。
調べるべきは分かっていた。それは、愚行に励んでいるライヒスバンク…を支配下に置く、
賠償委員会だった。先述したように、賠償委員会はアメリカ・ウォール街の金融家達から
成っていた。
調査の結果、賠償委員会を牛耳っていたのは、なんとJ・P・オルガン商会だった。

これを知った瞬間、ローゼンはあまりの驚愕にしばし我を忘れ、呆然と立ち尽くした。
 

 

 


なぜなら、オルガン商会は、 ユ ダ ヤ 系 金 融 機 関 だったからである。
 

 


オルガン商会は、かの有名なモスチャイルド家がアメリカにおける秘密代理店として
設立した金融機関である。
モスチャイルド家とは、18世紀の中ごろに、マイヤー・アムシェル・モスチャイルドが
設立したモスチャイルド商会に始まる、金貸業・両替業を営むユダヤ系財閥である。

マイヤー・アムシェル・モスチャイルド自身はユダヤ人だが、マイヤーはドイツに多く、
アムシェルがユダヤ人に多い名前であることに留意する必要がある。
つまり、この男は商売のために都合よくドイツ名とユダヤ名を使い分けられたのである。

19世紀の始め頃に、モスチャイルドの息子達はヨーロッパ中に散らばり、それぞれ
モスチャイルド商会の支店長を任され、ヨーロッパにおけるネットワーク網を張り
めぐらして儲ける国際金融ビジネスの原形を作り始めた。

そうしたモスチャイルド財閥が、ヨーロッパの次に進出を目指したのが、建国して
まだ間もないアメリカ合衆国だった。だが“金に汚い”ユダヤ人は世界中で嫌われて
いるため、新参者の多いアメリカでは表立って金融業を営む事が出来ない。
そこで、モスチャイルドは一計を案じた。

ジョージ・ピーポというアメリカ人の男を代理に、アメリカでの商売を始める事に
したのである。この男には子供が居なかったため、彼は後継者としてジュニアス・
オルガンという男を選び、商会を任せた。
こうして、オルガン商会は、モスチャイルド財閥の米国代理人となった。

オルガン商会の勢いは凄まじかった。
1892年、GE設立。電気事業を再編する。
1901年、USスチール設立。あの鉄鋼王カーネギーを買収し、鉄鋼業を再編。
1907年、AT&T買収。全米の電話を独占する。
…そして、大戦直後の1920年にはGM(ジェネラル・モータース)を支配。オルガン商会と
組んでこれに参加したのが、死の商人と呼ばれるデュポンだった。
 
いつしか、オルガン商会はこう言われるようになった。
「オルガン商会は銀行などではない。アメリカの国家であり、法律であり、制度そのものである」と…。



アメリカを支配するユダヤ系国際金融機関が、ドイツ経済を破壊しようとしている…。

ローゼンは憤った。


……まるでライヒスバンクは、ユダヤ資本のためにドイツ国内から富と生産設備を収奪する、
  言わば悪党の手先そのものじゃないか!!!そしてそれを操るオルガン商会は…まさに鬼畜だ!!!

モルガン商会の言いなり、ライヒスバンクは象牙の塔だ。
ドイツ政府すら、ライヒスバンクの暴走を止めることはおろか、ライヒスバンク総裁を任免すること
も出来ない(信じられないことにこれはヴェルサイユ条約において決められていた)のだから。
そして、すべての背後にいるユダヤ金融…オルガン商会に対しては、まったくなす術がない…

……これでは、後世の人々は、ドイツのハイパーインフレは結局のところドイツ自身の責任だったと
  誤解してしまうじゃないか。なんてずる賢く浅ましいことをするんだ、ユダヤ資本は!!!


これはユダヤ資本…ユダヤ人国際金融家らによるドイツ国土・ドイツ資本への経済的侵略だ、と
ローゼンが確信するのに時間はかからなかった。

 

 




軍隊の戦争が終わった瞬間、経済の戦争が始まったのである!!!

 

 

 

…とぼとぼと歩いていく労働者の一家が、ローゼンたちの視界に入った。
汚れた服を身にまとい、卑屈に背を曲げた男が、足元だけを生気のない目でぼんやりと
見つめ、生活用品を載せた小さな荷車を伴って歩いている。
男の妻は、夫と同じような外見と表情で、生まれたばかりであろう子供を重そうに
背負ってよろよろ歩いている。赤ん坊はお腹が空いているのか、異常に甲高い泣き声を
上げている。

…仕事を失い、ルールから離れていく労働者一家だ。

ローゼンは、見ていられないというように、アクセルを踏み込んでスピードを上げる。
雪華綺晶は、車窓を後ろへ過ぎていく哀れな一家を、食い入るように見つめていた。

『何か、してあげられることがあればいいのに…』

ぽつりと口にした雪華綺晶の言葉に、ローゼンはしばし前を見るのを忘れ、愛する
娘の寂しそうな横顔を見つめ、わしわしとその頭をなでた。少し前にバースデー
プレゼントとして買い与えた白薔薇の髪留めが、ローゼンの手の動きに合わせて揺れる。
突然のことに、雪華綺晶は目をつぶってされるがままにされている。

ローゼンは言った。

『お前は優しい子だ、雪華綺晶…。
 覚えておくといい…人間は、自分の出来る事を探し、それを一心不乱にする事が大事だよ。』

ぱちくりとまばたきした雪華綺晶は、静かに微笑んでうなずいた。

『はい、おとうさま!』

 

空は、相変わらず曇天に覆われていた。




…ルールを後にして帰路につき、数時間かけてローゼンの私邸があるデュッセルドルフまで
入り、あと少しの道程を走っているさなかのことだった。

『おとうさま、前…』

苦い顔で今後のドイツ経済の見通しについて考え事をしながら運転していたローゼンに、
助手席の雪華綺晶が注意を促した。
はっと気を取り直して前方を見ると、通りの少し先を、棺を抱えた喪服の列がどんよりと
横切り、墓場へと入っていくのが分かった。思わずスピードを緩める。

どこかの家の葬式らしい。

それにしてもわびしい葬式だ、とローゼンは思った。

未亡人と思われる婦人とその側にいる娘の他に、参列している喪服姿はほとんどいない。
近所の人々がぽつぽつやって来ているのと、今は解体されたドイツ海軍の軍服を着た軍人が
二・三人いるだけの、寂しい限りの葬式だ。

ローゼンは車を道路わきに停め、雪華綺晶を伴って葬式の列に加わった。
喪服を用意してはいないが、あまりの寂しい葬式に、せめて頭数を増やそうと思ったのである。

少しして牧師の“主の祈り”が終わり、参列者が墓地に掘られた穴の中に下ろされた棺に花を
手向けはじめる。

ハンカチで目を押さえている未亡人の横で気丈にも涙をこらえている銀髪の少女は、
ローゼンの娘とほぼ同い年であるように見えた。

ローゼンは未亡人からバスケットの中の花を受け取った。

『ご親切に、ありがとうございます…』

精神的に薄弱そうな未亡人は、ローブの向こうの涙に濡れた目を伏せ、そう言った。

雪華綺晶に花を手渡したのは未亡人の娘だった。

『どうか、元気を出して下さいまし。』

慰めの声をかけた雪華綺晶に、未亡人の娘は俯きがちに言った。

『…ありがとぉ。』

ローゼンが他の参列者に聞いて見ると、亡くなったのは旧ドイツ海軍の大佐だった人らしかった。
潜水艦の艦長だったその人は、大戦を生き残ったものの、まだ高齢でもないのにみるみるうちに
衰弱して先日亡くなったという。参列者は詳しい事を語らなかったが、どうも知っていて敢えて
言おうとはしないらしい。
そのうち献花は終わり、男達のスコップで棺が土に埋もれ始めた。

それにしても…家族の死別ほど、悲しく苦しいものはないな、とローゼンは思った。

なぜなら、彼にも身に覚えがあるからだ。
失った家族にまつわる話を、隣に立って棺が土の中に埋もれていくのを悲しげに見ている雪華綺晶は知らない。
…いや、ローゼンとて、全てを知っているわけではないのかも知れない。

この娘が生まれた歳、乗り合わせた客船で起こった海難事故…
あの事故がローゼンの家族を壊し、彼の元に残ったのはこの雪華綺晶だけだった。

……残された娘を、私は全身全霊を懸けて愛し、守り抜かねばならない…。

事故のあと、若き日のローゼンはそう決意していた。
その決意は今も変わらない。

完全に土に埋もれた棺にすがるように泣き伏す未亡人と、そんな母に寄り添う小さな娘を
見ながら、ローゼンは傍らの愛娘を抱き寄せた。



   …空は、相変わらず曇天に覆われていた。

(第一幕 第一場 終)

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