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年の瀬が迫りつつある、ある晴れた日。東京郊外のとある田舎道を、一台の乗用車が走る。
ハンドルを握る若い男は、助手席に投げ出したA4サイズのレポートの束に時たまちらりと
視線をくれながら、その一番上の紙に印刷されている場所へと向かっていた。

物憂げな表情、無造作に整えられたツンツンな頭髪。
どこにでもいそうなやる気のなさげを醸し出すその男は、外見の通り、特に何かを持っていると
言うわけではなかった。とりわけ…自信とかそういった類のものは。

歴史的な政権交代からもう何年経っただろう。
戦後日本を支配してきた保守政党が下野し、それまでの最大野党が政権与党の座に就いた。
しかし現与党は政権交代して一年も経たずに党内で分裂し、代表選挙を経て、謀略の
限りを尽くした一派が勝利した。
…その一派の背後には、世界規模の秘密結社がいるらしい…。

男の所属する内閣調査室ではそう囁かれている。
内閣調査室…通称“内調”は、日本国内の緊急情報を収集・集約し、総理大臣や官房長官に
伝達するのが仕事である。国家の存亡に関わる仕事だ。
だから、必然的に国際的な陰謀やら秘密結社やらの情報も扱うことになる。
特に、市井では先述の有名な某国際秘密結社によるとされる事件やスキャンダルの情報は多い。
それでも扱う情報が情報だけに、どこからどこまでが真実なのか虚実なのか、その線引きは
かなり難しいのだが。

ふっくらしたジャンパーに身を包んだ学校帰りの小学生達が、歓声を上げながら道を歩いて
いるのをアクセル全開で追い越す。どうやら、今日が二学期の終業式らしい。
男は、彼らのように外で思い切り遊んだ記憶が数えるほどしかない。
物心ついてから、両親には勉強やピアノなどの習い事以外のことをすると罪悪感が芽生える
ような育て方をされてきた。
そのまま東京の国立大を出て、親のコネで経済産業省に入省して数年。
唐突もなく上役から内閣調査室への出向辞令を受けたのがふた月前。
内調は警察からの出向者が多いだけに、この辞令は異例中の異例だった。
官僚の中では凡才に位置づけられる男が事実上の厄介払いを受けたことは疑いない。
回転寿司のように目の前にやってくるものを拒むことなく飲み込んでいく人生だな…
イチローの半生記などを読むたびに、男は自分の30に満たない人生をそう総括する。

要するに、生気というか、覇気も無しに生きているのだ。
むろん、自分の境遇に感謝はしている。過保護気味とは言え、両親にはずっと世話に
なってきたし、受験勉強の他はろくに出来なかった自分を働かせてくれる場所があることも
とても感謝すべきことだ。
だが…それでも、自分は自分の人生を生きていない…そんな気がする。
最近とみに昔ほど身体が鋭敏な動きをしなくなったことに気づいていた男はひしひしとそう思う。

それだけに最近、男は前述のイチローとかそういった人外とでも言うべきスーパーヒーローに
ついて書かれている本を、追い立てられるかのように読み漁ったりしている。
だが、やはり彼らと自分とは“違う”と感じてしまう。
彼らはあまりにもマスメディアの手垢に汚されてしまっている…天邪鬼なところのある男には、
そう思えてしまうのだ。

だがある時。
つい最近内調の資料室で、大掃除よろしく保管資料の整理をしていた男は、ついに見つけた。
誰も知らない、誰の手垢も付いていない、彼だけの“スーパーヒーロー”を。
内調に勤め、表には出ない事件やスキャンダルを目の当たりにしてきた男から見ても、その
“ヒーロー”の経歴は驚嘆すべきものだった。

その“ヒーロー”の名は桜田ジュン。
1912年生まれと言うから優に100歳は越えているはずだ。だが、調べてみると、彼は存命で、
しかもいまだに元気に郊外の農村地帯で暮らしているという。
住所まで付記されているのを見たとき、男は、どうしても桜田ジュンに会いたいと思った。
居ても立ってもいられず、会って話を聞きたいという想いはいつしか彼にハンドルを握らせていた。

つい数年前に、実際には亡くなっているにもかかわらず、戸籍上でずっと生き続けている
ことになっている老人が多数存在するというとんでもない問題が浮上した事があった。
中には江戸時代生まれで、バッハや国定忠治と同い年というケースもあったというから、
国家公務員である男も開いた口が塞がらなかった。所轄の役所の常識を思わず疑った。

だから、今回桜田ジュンを訪れる理由として、一公務員としてその安否を確かめる…という
非常に言い訳臭い理由もひねり出そうと思えばひねり出せる。
もし桜田に追及されればそう答えよう、その上でせっかく来たのだからお話を…
という流れに持ち込めばいい。男は周到な予防線を張った。

 

 

 


張った…つもりだった。

 

 


訪れた大きな洋館の庭で一人でスコップ片手に土いじりをしていた桜田ジュンは、
その歳に似合わない背丈と身のこなし、それにしっかりした受け答えで男を驚かせた。
真っ白だが頭髪は豊かで、分厚いメガネの奥の目つきは若々しい。
何も知らない人の場合、下手をすれば60代だと思うに違いないほどだった。


やっぱり、この人只者じゃない…男は目の前の作務衣姿の老人が、十分に彼自身の“スーパー
ヒーロー”に値する人間だと感じ取り、ひそかな喜びを抱いていた。

が、次の瞬間には、あらかじめ用意しておいた男の目論見が、呆気なく桜田老人に
看破されてしまう羽目になってしまった。

「区役所の人間だと言ったけど…君、それは嘘だろ?」

黒縁メガネの向こうの瞳に射抜かれた男は、脳天を殴られるような衝撃を受け、狼狽した。
どうしてバレた…?しばらくそればかりが頭をぐるぐると回る。

「簡単だよ。まず君の車だ。区役所が若い職員にあんな大きなセダンを融通するわけがないだろう?」

男の考えを見透かしたかのように、桜田老人は淡々とした表情で、離れたところに停まっている車を見た。
どうして目の届かないところに停めなかったと内心で自分を責める男に、老人は続ける。

「そして君の服装だよ。ここの区役所の職員は電気工事の作業員のような制服を着て、首にはきちんと名札の
 プレートを下げている。君の格好は、民間のサラリーマンそのものじゃないか。」

ヤバい、ヤバい。
何といって申し開きをしようか、と真っ青になった男。
意外なことに桜田老人は男を責める事もなく、洋館のそばのテラスまで連れてきて一緒に腰を下ろさせた。
そこから、とうに稲刈りも終わって寒々としている田圃が広がっているのが見える。その向こうには低い
山が連なっている。典型的な田舎の農村の風景だった。まばらな雲が、山に影を落として低く流れていく。
作務衣の袖で額を拭い、ポケットから葉巻を取り出す桜田ジュン。


「…内閣調査室職員の、上条当麻と申します。」

自分のライターを取り出して桜田の葉巻に火をつけてやった男…上条当麻は、罪滅ぼしとするかの
ように自らの正体を正直に明かした。
桜田はちょっと驚いたような顔をしながら、美味そうに煙を吐き出して上条に尋ねる。

「内調の人が、一体何の用でここに?」

「…正直に申しまして、これは公務ではありません。」

「…」

「僕個人が、あなたにお会いしてお話を伺いたくて、勝手ながら押しかけさせて頂きました。」

「…なるほど、ということは、内調は僕の情報を既に保管していると言う事だな?」

「はい…その通りです。」

「つまり、君は職務上知りえた情報を元にここへ来たというわけか。」

「…ええ。」

「君の行いは国家公務員法に抵触する可能性が大だぞ。いいのかい?」

「…!!」

戻りかけていた顔色が、再び蒼白になった。
それを見た老人は、ほとんど揃っている前歯を見せて悪戯っぽく笑う。
黄色っぽい歯が、桜田がかなり前から愛煙家であることを物語っていた。

「ははは、冗談だよ。ちょっと脅かしただけだ。そう身構えなくて良いよ。」


首がつながり、思わずほっとする上条。この人には何をやっても敵うまい、と改めて感じた。

「…すみません。」

「ま、今日の事はともかく、他の情報を用いて今後このような事はしないようにしたまえ。いいね?」

「は、はい!」

「で?君は私のどこに興味を感じて今日はるばるここへ来たんだい?」

「え、えと」

「うん、是非教えてくれよ。ついでに内調が僕の事をどの程度まで知っているのか聞きたい。」

興味津々、といった感じで、葉巻を味わいながら視線を向けてくる老人。
観念した上条は、胸にしまいこんでいたものを全て吐き出すかのように、まくしたてるように答える。

「…あなたは一体、何者なんですか!?」

「…ん?」

桜田の表情に、戸惑いが浮かんだ。上条は続ける。


「保管情報によれば、あなたは戦前から世界を又にかけて様々なことを手掛けてらっしゃいます。
 歴史上の事件で、あなたが関わったのではないかと思われるものも数多い。」

「…僕は、別にそんな大層な事は…」

「フリーメーソン。この名をご存知でしょう?」

「…!!」

桜田の表情に一瞬変化が現れたのを、上条は見逃さなかった。

「ご存じないとは言わせません。各界の大物ならば、誰でもその名はおろか実態についても
 詳しく知っている、世界規模の秘密結社の名前です。」

「…」

「むろん、僕たち内閣調査室もその存在は断片的にですが知っています。
 その全貌は今だ人々の知るところではありませんが、フリーメーソンは世界を裏側から
 牛耳っているという巷の噂が必ずしも嘘ではないことは内調をはじめ世界中の情報機関の
 一致した見解となっています。
 そして、あなたは第二次世界大戦の前後にかけてフリーメーソンに戦いを挑み―」

「君の言いたい事は分かった。だが、なぜ 君 自 身 が 僕に興味を持ったのかについては
 答えられていないよ?」

一気にまくし立てる上条の言葉を遮り、桜田が言った。
自分の言葉が桜田に否定されなかったあたり、情報は正確だったのだろうと思いつつ、上条は答える。


「…ぜひ教えていただきたいんです。
 一体なぜ常人とは思えない精力さで、数々の事件を起こしたり関わったりされてきたんですか?
 あの雪の東京で、彼のヨーロッパの地で…失礼な言い方かも知れませんが、当時ただの一海軍士官に
 過ぎず、特別な交友関係や財産などを有してるわけでもなかったあなたが!!」

世間一般の小説や映画に登場するヒーローは、通常はただの一般人に過ぎない場合が非常に多い。
なぜなら、普段とそうでない時とのギャップが、意外性となって人を惹きつけるからだ。
上条は、まさにそんな“ヒーロー”の姿を、現実の世界で、桜田ジュンという老人に発見し、
惹き付けられたのである。

「…そうか。内調はある程度僕の過去も知っているようだな。
 まぁしかし、僕自身は冴えない農家の出に過ぎないよ。どこにでもいる平凡な男だったさ。」

「あなたに謙遜されても、僕にとっては…」

「僕も君に聞いてみたい。…君は、今の日本社会、いや世界をどう思うかい?」

桜田の突然の反問に、上条は面食らった。
政治不信、経済危機、外交・国防問題、エネルギー問題、食料自給率低下…
色々な懸案事項が、彼の頭を雨雲のようにとりとめなく回りだす。
どう答えるべき問いかけなんだろう…としばらく苦い顔で考えつつ、率直なところを答えることにする。


「…何とも思いません。どう思おうと、世界は変わりません。」

それを聞いた桜田は、哀しげに微笑んだ。

「80年前の僕は、残念ながらそうは思えなかったんだよ。」

「…?」

そこまで話したとき、まるでいきなり部屋のカーテンを閉めたように、弱弱しく照っていた冬の太陽が
雲に遮られ、辺りはさっと暗くなり、一陣の冷たい風が通り過ぎた。

「…今日はもう暇だ。僕の家に上がって話さないか?上条君…」

「えっ…」

「迷惑だったかな?年寄りの話に付き合うのは…」

「いっいえとんでもない!むしろありがたいです!」

「そうか…良かったよ。歳を取ると自分語りをしたくなるものでね…。じゃあ、僕に付いて来てくれ。」

しわだらけの手をこすり合わせながら立ち上がる桜田。
願ってもいない展開に胸を躍らせつつ、上条は短くなった葉巻をゴム靴で揉み消している桜田に向けて肯んじた。

 

 

 

 

 

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