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◆1

秋晴れ。
いわし雲が一面に浮かんでいる空の下。

「ふんふーん♪」

キコキコ。
ピンクのドレスを着た女の子が、これまたピンクの自転車をこいでいました。

「まだーいわーなーいでーふんふんふんー♪ 」

なかなかにご機嫌なようで、鼻歌なんか歌っています。
……中途半端にしか歌詞を覚えていないようで、
所々(というより半分以上)は『ふんふん』という言葉でごまかしたりしていますが。

キッ。

大きなマンションの前で、甲高い音を立てて自転車は止まりました。
少女はぴょこん、と勢いよく自転車から降りると、空を見上げます。

「ふーわふわの雲さん、おいしそうなの!」

自転車をこいでいた少女――雛苺ちゃんは、相も変わらず元気一杯な声を出しました。

***

「みっちゃん、はやくはやく、ヒナが来ちゃうかしら!」

所変わって、そのマンションの一室では、金糸雀ちゃんが忙しそうにどたばたと駆け回っていました。
服装はパジャマのままで、緑色のきれいな髪の毛もぼさぼさ。
いかにも「今さっき起きました」といわんばかりのかっこうです。

「もう、だから早く起きなって言ったでしょ? カナはねぼすけなんだから」

『みっちゃん』と呼ばれたメガネの女の人が、くすくすと笑いながらクローゼットを開きました。

ずらり。

中には秋物のお洋服がたくさん。
まるで服屋さんのようなそのクローゼットから一枚一枚引っ張り出しながら、
みっちゃんはうむむ、と考え込みます。

「汚れちゃってもいいようにこれかな……いや、こっちでビシッと決めるのも……
 だけどこれも捨てがたいし……」

「どれでもいいから早くして! かしらー!」

寝ぐせのついた髪の毛を一生懸命とかしながら、金糸雀ちゃんが叫びました。


◆2

ピ、ポ、パ。

マンションの入口で、慣れた手つきで雛苺ちゃんはオートロックに部屋番号を入力します。
ほどなくして。

「はいはい、草笛ですよ」

スピーカーから聞きなれた声が流れてきました。
後ろでドタバタした物音と『もう来ちゃったかしらー!?』とか聞こえた気がします。

「みっちゃん? ヒナなの!」
「はい、いらっしゃい。今開けるからねー」

ウィーン、声と同時に入口のドアが開きました。
後ろでは『みっちゃん、ボタン、背中のボタンとめてかしらー!』とか聞こえています。

「カナったら、またおねぼうしたのね……」

雛苺ちゃんの口ぶりから察するに、どうやら金糸雀ちゃんの寝坊はこれが初めてではないよう。
彼女は小さなため息をつくと、マンションの階段を登り始めました。

***

「おっはよう! かしら!」

ビシィ。
そんな効果音が似合いそうな雰囲気で、金糸雀ちゃんが玄関を開けて出てきました。

「カナ、いいかげん早起きをしなきゃダメよ?」
「な、なーんのことかしら? カナはこの通りばっちりきっちり決めてるかしら!」

雛苺ちゃんにジト目で見られ、うろたえる金糸雀ちゃん。

「カナ」
「な、何かしら?」
「ヒナが思うに、そのすそから見えてるのはパジャマだと思うの。カナはパジャマの上に服を着るの?」

バッ。
その言葉を聞くと同時に、金糸雀ちゃんはすばやく背を向けます。
おそるおそるといった感じでちょこんと上着のすそをめくり……そのまま固まりました。

じとー。

背中にひややかな視線を感じる金糸雀ちゃん。

「あ、あはは……間違えちゃったかしらー……」
「……」
「……えっと、ヒ、ヒナ?」
「なぁに?」
「着替えてくるから……ちょっと玄関先で待ってて、かしら……」

パタン。
ドアの閉じると同時に、やれやれ、と雛苺ちゃんは肩をすくめたのでした。


◆3

「それでどこに行くのかしら?」

てくてく。
きちんと服を着なおした金糸雀ちゃんが、階段を下りながらたずねます。

みっちゃんが『みっちゃんと家で遊ぼうよぉー』と何度も言っていたのですが、
それは金糸雀ちゃんいわく『だんちょうのおもい』なるもので断りました。

……というより、みっちゃんと遊ぶと彼女の着せ替え人形にされてしまうことを
二人とも身を持って知っていたので、家にいるのはごめんだったのです。

「ヒナ、今日は自転車に乗って来たのよ。だから遠くまで行けるわ!」
「へえ、ヒナと自転車でお出かけなんて初めてね!」
「カナの自転車はどんなの? かわいい?」
「もちろんかしら! 黄色で、それで――」

金糸雀ちゃんの言葉はそこで途切れました。
マンションの外。
ちょこんと置いてある小さな桃色の自転車に目が行ったのです。

「――あれ、ヒナの自転車かしら?」
「そうよ! きれいでしょ?」

えっへん、と無い胸を張る雛苺ちゃん。
金糸雀ちゃんはしばらく目をぱちくりとさせていましたが……

「あはは! おっかしい!」

突然ふき出したかと思うと、おなかを抱えて笑い出しました。

「う、うゆ?」

想定外の反応にびっくりする雛苺ちゃんをよそに、ケラケラと笑い続ける金糸雀ちゃん。

(ヒナの自転車、なにかおかしいかなぁ……?)


「ははは……はあ、いっぱい笑っちゃったかしら」

ようやく笑いのおさまった金糸雀ちゃんに、困惑顔の雛苺ちゃんがたずねます。

「ねえ、どうしたの、カナ? ヒナの自転車、そんなに変なの?」
「違うわ、自転車はとってもきれいよ。だけど……」

ビシッ!
勢いよく金糸雀ちゃんは後輪を指差します。

「補助輪つきかしら!」

――そこには、二つの小さなタイヤがくっついていました。


◆4

「で、僕にどうしろと」

散々補助輪つきの自転車を笑われた翌日。
金糸雀ちゃんのマンションよりも数段小さな、おなじみ桜田くんのアパートに雛苺ちゃんは来ていました。

「くやしいの! 『ほじょりん』なしでも自転車に乗れるようになって、カナをびっくりさせてやるの!!」
「そうか、がんばれよ」

ぎぃ。回転椅子を反転させてパソコンにむかい合った桜田くんに、
雛苺ちゃんがむぅ、と頬をふくらませます。

「ジューン! レディが苦しんでいるのよ! すくいの手をさしのべてよぉ!」
「真紅に頼めばいいじゃないか」
「うゆ……だって、真紅だと『すぱるた』式でやられそうだもん……」
「あー、だろうな」
「だーからー、ジューン!」
「蒼星石や翠星石は?」
「翠星石には絶対知られたくないの! 何かある度にからかってくるわ!」
「あー、ありそうだな」
「ね、ジュン、お願い!」

ぎぃ。桜田くんが再び雛苺ちゃんの方を向きました。

「あのな。僕も大学生だよ? 忙しいの。そんなにお前にかまってるヒマないの。
 わかったら他の人に頼みなさい」
「うー……」
「学校の友達とか」
「笑われちゃうよぉ……」
「金糸雀に頼めよ」
「それじゃ、『ほんまつてんとう』なの……」
「じゃあ、もう知らん」

それだけ言って背を向ける桜田くん。
もう、なんて冷たいの! 
むむむ、と頬を膨らませていた雛苺ちゃんですが、そのとき名案が浮かびました。

「トゥモエ! トゥモエに頼むわ!」

ぴくり。
桜田くんの背中がわずかに反応しました。
振り返った彼の表情は、まるでカカオ99%のチョコレートを食べた人のように、とても苦いもの。

「あのな、雛苺。柏葉も大学生だし、色々忙しいだろうからやめとけ」
「えー!? でもでも、トゥモエはヒナが頼んだらきっとひきうけてくれるもん!」
「うーむ……」

腕を組んでうなり声をあげる桜田くん。確かにそうだ、とか思っているのでしょう。

(もうひと押しなの!)

「えとえと、じゃあ、トゥモエに頼んでくるね!」

そう言って雛苺ちゃんが玄関に駆け出した(ふりをした)とき。

バチン。
桜田くんが乱暴にパソコンの電源を切り、立ち上がりました。

「わかった、わかった。僕が教えりゃいいんだろ。柏葉に迷惑かけるな」
「さっすがジュンなの!」

ふっふっふ、計画通りよ!
顔はにこにこ笑顔でも、内心ちょっと腹黒いことを思ったりする雛苺ちゃんでした。


◆5

十月の河原。
肌寒い風が吹くそこに、二人はやってきました。

「うー、さぶ……。お前は元気だな」

体をちぢこめた桜田くんが、平気な顔の雛苺ちゃんを見やります。

「ジュンももっとお外に出なきゃダメなのよ」
「うるさい。っていうかお前もう小4だろ? 補助輪無しでも自転車くらい乗れるもんじゃないのか」
「うるさい、なの!」
「はいはい。じゃあ始めるか」
「どうするの?」
「自転車、貸してみろ」

雛苺ちゃんが押してきた自転車を受け取ると、桜田くんはテキパキと片側だけ補助輪を外しました。

「ほれ、乗ってみ」
「うゆ? 両方取らないの?」
「最初は一個だけだ。乗るとき気をつけろよ」

ふんだ、バカにしないでほしいわ! こんなの簡単に乗れるもん。
意気込んだ雛苺ちゃんはひょい、と自転車にまたがり――

べしゃり。

転びました。

「うう……いったーい……」
「だから言ったろ。重心を補助輪をつけてる側に置け」
「うゆ……『じゅうしん』ってなぁに?」
「ええっと……つまりだ、体重を補助輪のついている方へかけろ」

わかったの、短く答えると自転車を起こします。
さっきはちょっと油断しただけ、今度はちゃんと乗れるはず――

「う、うゆ」

ぐらぐら。

何とか乗れましたが、少しバランスを崩しただけで転んでしまいそう。
補助輪を一つ取っただけでこんなに乗りにくいなんて!

「よし、ここまで来てみろ」

5メートルほど離れたところに桜田くんが立ちます。

乗っているだけでもやっとなのに、いけるのかなぁ……。
わきあがる不安をおさえこむと、雛苺ちゃんはぐっと足に力をこめます。

(体重をほじょりんのついてる側に、体重をほじょりんのついてる側に……)

そろそろ、ゆらゆら。

サーカス団の綱渡りみたいに、桃色の自転車はあぶなっかしく進み……。

「はい、よくできた」

どうにかこうにか桜田くんの元へ到着しました。
ふぅ、と息をついた雛苺ちゃんに、桜田くんがにやりと笑います。

「どうだ? 片方外すだけでもそんなに楽じゃないだろ?」
「う……そ、そんなことないもん! まだまだいけるわ!」
「じゃあもう一回な。今度はもっと離れたところまで」
「ええー……」

がっくりとうなだれたのでした。

***

「見てみて、ジューン!」

すいすい。桃色の自転車が風を切ります。

あれからしばらく。雛苺ちゃんは片輪無しでもいつのまにか乗れるようになっていました。

キキッ。
桜田くんの前で勢いよく止まると、えっへんと得意げな顔。

「結構飲み込みが早いな。それじゃあ、もう片っぽも外すぞ」
「ばっちこいなの! 今のヒナならよゆーだもんね!」

甘い、その考えは実に甘いのだよ雛苺。
心の中で桜田くんは思いましたが、それを口にすることはなく自転車に手をかけました。


◆6

「いい、ジュン、こんどはちゃんと持っててよ?」
「ああ、わかったわかった」

後ろの荷台を持つ桜田くんを何度も確認しながら、おそるおそる自転車にまたがる雛苺ちゃん。
可愛らしいその服は土埃で汚れていて、小さな手足はすりきずでいっぱいになっています。

「の、乗れたのよ」
「じゃあ進むぞ」
「う、うぃ」

ペダルに足をかけながらも、ちらちらと後ろを見る雛苺ちゃん。

「こら、前見ろ」

桜田くんの声であわてて前を向きます。

「い、行くのよ……」
「はいはい」

自信なさげな雛苺ちゃんの声と共にふらふら、と自転車は走りだしました。
補助輪無しでもなんとか走れているのは、桜田くんが後ろで支えているからでしょう。

「ジューン、ちゃんと持ってる?」
「持ってるよ」
「ほんとにほんと?」
「ほんとにほんとだ」

と。
そっと、桜田くんが荷台から手を離しました。
前を見るので必死な雛苺ちゃんは気づいていません。

桜田くんという支えがなくなっても、ゆらゆらと自転車は進んでいきます。

よしよし、その調子だぞ――桜田くんが思ったとき。

「ジュン、ほんとに持ってるの?」

雛苺ちゃんが振り返り。

自分よりはるか後ろにいる桜田くんに気づき。

「あ――!」

大きく口を開いて。

どしゃ。

豪快な音を立てて自転車は真横に倒れました。

「おいおい、大丈夫か?」

よっこらしょ、と
桜田くんがあおむけにひっくり返っている雛苺ちゃんの手を引っ張って起こします。

「うー……ジュンのうそつき!」
「ごめんごめん。たまたまだよ、たまたま」
「さっきもそう言ってたじゃない!」
「細かいことは気にしない。ほら、もう一回やるぞ」

そう言うとさっさと自転車を起こす桜田くん。

「……やなの」

雛苺ちゃんは地べたにしゃがんだまま、ぼそりと言いました。

「ん?」
「痛いし、全然乗れるようにならないし、もうイヤなの」
「そんなこと言ったってなぁ……乗れるようになるには、練習しなきゃ」

ほれ。
ぽんぽん、とサドルをたたいて座るようにうながされますが、
しゃがんだままいやいや、と首を振ります。

「こーら、わがまま言うな。金糸雀を見返すんだろ?」

そうです。カナをびっくりさせてやる、それが自分の一番の目的のはずでした。
それでもイヤなものはイヤなのです。

(……でも、練習しないと笑われちゃう……でも、練習はイヤ……でも、……)

ぐるぐる、ぐるぐる、思考のループ。雛苺ちゃんは頭を抱えます。

「雛苺?」

桜田くんの声が引き金になりました。
なんだか自分でもよくわからない気持ちを抱えたまま、雛苺ちゃんはかけだします。

「とにかく、もう練習はしないの! ジュンのやくたたず!!」
「お、おいちょっと、待てよチビ!」

桜田くんの少し慌てた声が聞こえましたが、無視して走り続けます。
とにかく、ここじゃないどこかへ行きたい気持ちでいっぱいでした。


◆7

きーこ、きーこ。

人のいない公園に、音がさびしく響きわたります。
河原の近くの公園で、雛苺ちゃんは一人ブランコをこいでいました。

桜田くんはやってきません。
心配して探しているでしょうか。
それとも、あきれて家に帰ってしまったでしょうか。

(さっきは、ひどいこと言っちゃったの……)

そもそも、自転車の練習を手伝ってくれと頼んだのは自分だったのに。

気持ちが落ち着くにつれてどんどん後悔がわきあがってきて、雛苺ちゃんはぐすん、と鼻をすすりました。
いつのまにかブランコは止まっていましたが、それにも気づいていないよう。
うつむいてぐしぐし、と目をこすります。

「おやおや、どうしたのかな?」

ふと、聞き覚えのある声がしました。
顔をあげると。

「そーんなに暗い顔してると幸せが逃げてっちゃうぞ、ヒナちゃん」

買い物袋を手にさげたみっちゃんが、にっこりと笑っていました。

***

公園のベンチに腰かけた二人。
買ってもらったジュースを飲みながら、雛苺ちゃんはぽつぽつと今までのことを話しました。

「そっかぁ、そんなことがあったんだね」

缶コーヒー片手にさえぎることなく聞いていたみっちゃんは、雛苺ちゃんが話し終えると同時に大きくうなずきます。
雛苺ちゃんはしょんぼりとした顔でつぶやきました。

「ヒナ、カナと違ってきっと『さいのう』が無いの。きっと自転車は乗れないわ」
「ううん、それは違うと思うな」
「?」

きっぱりと言いきったみっちゃんに、不思議そうに顔を向ける雛苺ちゃん。

「カナもね、最初は全然乗れなかったんだよ」
「ほえ? そうなの?」

初耳です。
確か記憶では、あの日カナは『ふっふっふ! カナは初めて五分くらいで乗れるようになったかしら!』
なんて言っていた気がするのですが。
驚いている雛苺ちゃんにくすり、と笑って、みっちゃんは続けます。

「ふふ、どうせあの子の事だから『すぐ乗れたかしら!』なんて言ったんだろうけどさ。
 毎日毎日練習して、それでも本当に全然だったの」

昔をなつかしむようにメガネの奥の目を細めて、みっちゃんは空を見上げました。

「それで私もさ、もうやめようって言ったのね。大きくなってからまたやればいいじゃないって。
 毎日お風呂場で傷がしみて痛がってるの、可哀想だったし」

「……カナは、なんて答えたの?」

「『あきらめないかしら! 次は乗れるかもしれないもの!』って。次で出来なかったら? って聞いたら
 『その次はきっと乗れるかしら!』って」

ぐい、みっちゃんは缶コーヒーを勢いよく飲みほします。

「そのときカナはえらいと思ったよ。
 結局、それから一週間ぐらいずっと練習して、やっとカナは乗れるようになったんだ。
 あのときはうれしかったなぁ、うん」

雛苺ちゃんは大きな目をまんまるにして、みっちゃんの話を聞いていました。
カナがそんなにがんばってたなんて。
それに比べて自分はどうだろう。

ぽん。

みっちゃんが膝をたたいて小気味いい音を立てると、雛苺ちゃんを見つめます。

「はてさて、カナのお話はこれだけ。ヒナちゃんはどうするの?」
「ヒナは……」

少しの間うつむいていた雛苺ちゃんですが、ばっと顔をあげます。

「ヒナも、もうちょっと、やってみるの! 次は乗れるかもしれないもん!」
「えらい! さっすがヒナちゃんだ!」

微笑んだみっちゃんは、雛苺ちゃんの手を取ります。
あちこちにすりきずができた、小さな手。
何度も何度も、練習して転んだ証でしょう。

「うむ、ヒナちゃんは絶対、乗れるようになる!」
「ほんと?」
「うん! だってこんなに頑張ってるんだもん! みっちゃんが保証してあげよう!」
「じゃあヒナ、もう一回れんしゅうしてくる!」

とてとて。
ベンチから飛び降りてかけだした雛苺ちゃんを、みっちゃんが呼び止めました。

「あ、ヒナちゃん!」
「うぃ?」
「ジュン君にもちゃんと、ね?」
「……うん、ごめんなさいって言うの!」

笑顔で言うと、再びかけだしていく雛苺ちゃん。
みっちゃんはそんな彼女をにこにこと見送ったあと、ふと真面目な顔になります。

「才能、ねえ……」

さっきの雛苺ちゃんの言葉。
ふいに自分の昔の夢を思い出しました。
ドールショップを開くことだったっけ。

(……結局、その才能が足りなかったみたいだけど)

苦笑い。
大きくなったら努力でどうにもならないことなんていくらでも出てきます。
でも、彼女たちの今は。

(頑張ったらそのぶん報われる。それでいいじゃない)

「あー、いい天気だなぁ」

ひとりつぶやくと、みっちゃんは伸びをして立ちあがりました。
さ、早く帰らないと。カナが待ってるもんね。


◆8

はあ、はあ。
息を切らせて雛苺ちゃんが河原に戻ってくると。

「やっと帰って来たか」
「ジュン!?」

いつもと同じ、ふてくされたような顔で桜田くんが立っていました。
足元に置かれた桃色の自転車がものすごくミスマッチです。

「ずっとここで待ってたの?」

たずねる雛苺ちゃんから目をそらして、桜田くんはぽりぽりと首筋をかきます。

「……まあ、どうせ暇だしな。なんとなくだよ、なんとなく」
「あー、ヒナそれ知ってる! 『つんでれ』っていうのよ!」
「また余計な知識を仕入れてきたな、お前」
「でもね、男の人の『つんでれ』は『じゅよう』がないんだって!」
「やかましいわ!」

あっという間にいつもの調子。桜田くんはくいくい、と自転車を指差します。

「ほら、乗れよ。練習、再開するんだろ?」

笑顔でうなずきかけた雛苺ちゃんは、はっと思い出しました。

「あ、あのねあのね、ジュン」
「どうした?」
「ヒナ、ジュンにひどいこと言っちゃったの。あやまらないと……」
「それはもういい」
「ほえ?」

ぽかんとした雛苺ちゃんに、桜田くんは不敵な笑みを見せます。

「その代わり、びしばしいくからな! 神奈川の腰を抜かさせてやれよ!」
「……うん!」

力強くうなずいた雛苺ちゃんでした。


◆9

(なんと……!)

時折ぐらつきながら、それでもしっかり進む桃色の自転車を見つめ、
神奈川もとい金糸雀ちゃんは文字通り驚愕していました。

(この短い間で、そこまでの補助輪無し自転車を習得したというのかしら……!)

「ね、ね、乗れてるでしょ!?」

目線は自転車の先をしっかり見据えたまま、それでも得意げに雛苺ちゃんが言います。

「そ、そうね……」

ちょっとばかり目を泳がせた後、金糸雀ちゃんはこほん、とせきばらいをしました。

「ま、まあカナに比べればまだまだだけど、そこそこ出来てるんじゃないかしら?」

ずいぶん控え目な誉め言葉ですが、それだけで十分だったようで。

「やったぁ!」

雛苺ちゃんは満面の笑顔を浮かべ――

「きゃあ!」
「かしら!?」

気が散ったせいか、そのまま転んでしまいました。金糸雀ちゃんまで巻き込んで。

***

「それにしても……」

おでこにバンソウコウをはった金糸雀ちゃんが、しげしげと雛苺ちゃんの自転車を見ます。

「なんだかヒナの自転車ボロボロ……かわいそうね」

確かに、あんなにぴかぴかだった桃色の自転車は、
あちこち泥や草のしるがついてすっかり汚れてしまっていました。

「うゆ……いっぱい転んじゃったから、自転車さんも汚れちゃったの」

少しばかりしょぼくれた顔をする雛苺ちゃん。
金糸雀ちゃんはあごに手を当ててふむむと考えたあと、ぽん、と手を合わせました。

「よっし、じゃあ今日はお出かけはやめて、ヒナの自転車さんをきれいにしてあげるかしら!」
「ほんと!?」
「カナに二言はないかしら! そうと決まればみっちゃんに頼んでぞうきんをもらってきましょ!」
「わかったの!」

かけだしていく金糸雀ちゃん、そのあとを追いかける雛苺ちゃん。
きゃいきゃいとはしゃぐ二人を、秋のお日様が優しく照らしていました。

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