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―――夏休み、小学生は大抵、学校の宿題とか自由研究なんかで、何か植物を育てり、観察したりすると思う。ひまわりとかへちまとか。
小学4年生の夏、僕たちが育てたのは朝顔だった。定番中の定番。育てた経験が無い人はいないんじゃないかってくらい一般的で、小学生でも育てられる易しい植物。
祖父母と一緒に小さい頃からガーデニングをやっていた僕たちにとっては易しすぎるくらいの植物……のはずだった。
休みに入る2カ月くらい前、養分たっぷりの良い土に種を蒔いた。それから水やりはもちろん毎日欠かさずに、日当たりも考えて、時々肥料を与えて。大切に、大切に、十分すぎるくらいに大切に育てた。
芽が出て、本葉が出て、蔓が伸びて、それを支柱に絡ませて、順調に育っていく様子を観るのはとても楽しかった。
でも夏休みが順調に過ぎて8月も半ば、という頃になっても僕の朝顔には肝心の花が咲かなかった。つぼみさえつく様子も無かった。一緒に育て始めた翠星石の朝顔にはとっくに花がついていたのに。

「今日はまだだけど明日はぜったいさくですよ!」
「……そうだね。」
こんなやり取りを朝顔の前で毎日繰り返したと思う。
一緒に庭に出ては、一緒に落ち込んだ。翠星石は僕より落ち込んでいるようにさえ見えた。立派に育った自分の朝顔の自慢なんて決してしなかった。

 

いつか咲く。翠星石も言ってくれていたし自分もそう信じていた。けれど、紅の可憐な花がこぼれ落ちそうなくらいにいくつも咲く翠星石の鉢と、葉だけの寂しい僕の鉢。嫌でも比べてしまう。

なんだかこの朝顔は僕自身みたい――。
いつも華やかな翠星石と地味な僕。

たくさん花が咲いている翠星石の鉢植えを、いや翠星石を羨ましい、少し妬ましいと思った。でもすぐにそんなことを思ってしまう自分を嫌悪した。

ある朝、いつもは隣で寝ているはずの姉の姿が無かった。早起きするなんて珍しかった。普段から僕が起こしてから起きる方が多いくらいだから。
きっと庭で朝顔を見ているのだろう、そう思い僕も急いで庭へ向かった。
予想通りに庭には朝顔の鉢植え二つと翠星石の姿。でもすぐにちょっとした違和感を覚えた。
何故かいつもと鉢の位置が逆だった。いつもは僕のは左、翠星石のは右のはずなのにその日は花がついていない鉢が右、ついているのが左に在った。

「翠星石?」
後ろ姿に声をかければ、僕が近付いていることに気づいていなかったようで一瞬肩がびくりと震えた。持っていた彼女のお気に入りのジョウロがカシャンと音を立てて落ちるのを僕は見た。
ゆっくりと振り返った翠星石。僕の予想に反してその顔は驚かされて怒った顔じゃなく満面の笑顔だった。
「蒼星石!見るです!!花がさいてるですよ!!」
自分の、花がついている方の鉢を指していう姉。ずっと前から咲いているのに今さら何を言っているんだ……と一瞬思ったが……違った。翠星石の鉢じゃなかった。
よくよく見ると翠星石が指した鉢のネームプレートには蒼星石、僕の名前が記されていた。

 

そうか――。

姉の優しさに気付いた瞬間、僕は嬉しくて、嬉しくて胸がぎゅっとして、鼻がツンとして、涙が出そうになった。
でもそれはこらえた。泣いてしまったらきっと翠星石は困惑しただろうから。
早起きして、自分の鉢と僕の鉢の位置とネームプレートを交換した彼女は僕が笑って喜ぶのを見たかったのだろうから。

「ほんとうだ……。綺麗にさいてるね……」
僕は笑って言った。少しぎこちない微笑みだったかもしれない。
「蒼星石ががんばったからですよ」
翠星石も笑った。

今でもあの笑顔は思いだせる。朝顔みたいに綺麗な微笑みだった。


それから僕の……いや元僕ので、翠星石のものになった朝顔は夏休みが終わる頃になってからやっと花をつけた。
「きれいなあおですよ!蒼星石の好きないろです!」
「……いやーぜんぶ花がおちちゃった時はびっくりしたですけどちがう色もさくんですねぇ」
白々しく言う翠星石に僕はクスリと笑った―――。



姉の持っているカゴに朝顔の種を入れる。
「ん?あれ今年も育てるんですか、朝顔。蒼星石好きですね」
「うん。ずっとずーっと毎年育てるよ」

大切な記憶が色褪せないように。今年はいくつ花がつくかな。

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