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雪華綺晶は、最近この辺り一帯を任された貴族でした。

そんな雪華綺晶ですが、いかんせん歳も若く、どうすれば良いのかあまり分かりません。

毎日ダラダラと過ごす貴族は決して珍しくありません。
ですが、雪華綺晶はそんなグータラではありませんでした。

だから彼女は、よく分からないながらも……
それでも、せめて自分の領地に対する理解を深めようと、今日も近所の村へと足を運んでいました。


そして、もう一人。


雛苺は、この辺りに在る森に住んでいる妖精さんです。
可愛らしいフリフリの服を着た小さな女の子の姿をしてはいますが、れっきとした森のリーダーでした。

今日も雛苺は、小さな体で広い森の中を、平和を守るために飛び回っています。

この森で山火事が起こらないのは、全て雛苺のおかげ。



今日は、そんな二人の出会った時の物語。


ずっと、ずっと、昔のお話。

遠い、遠い、誰も知らない場所での出来事。

 

 

 

 

 

その日、雪華綺晶はいつもと同じように村の視察に行き……そして帰り道。
ほんの気まぐれで、いつもと違う道を通ってみる事にしました。

この辺りは気候も治安も良く、そのせいもあり、雪華綺晶は安心して周囲を眺めながらテクテク歩きます。

遠くに見える村では、お昼御飯の準備をしている煙が煙突から出ています。
近くに生い茂る森からは、鳥や虫たちが歌うように鳴く声が聞こえてきます。
周囲に広がるあまりにものんびりとした景色に、雪華綺晶もうふふと笑みを浮べてしまいます。

雪華綺晶はそんな風にとってもゴキゲンに散歩をしながらお屋敷への道を歩きます。
と、そこで。

「あら?あれは……」

雪華綺晶はとっても可愛らしい野バラが森の中に咲いているのを見つけました。
とっても小さくて可憐で、でも自然の持つ生命力に溢れた、とっても綺麗な野バラです。

「まあ、なんて素敵なんでしょう」

雪華綺晶は思わず、そう言いました。
ついつい、うふふと笑みがこぼれてしまいます。
それから雪華綺晶は、野バラに誘われるように、森の中に足を踏み入れました。

そうして踏み込んだ先には、自然の創り出した一つの庭園が広がっているではありませんか。

風がそよそよと吹いて、草木を優しく撫でています。
木々の間から射し込む光も、とっても神秘的。
そして、小鳥が歌うようにさえずる中で、可愛らしく咲く野バラ。

あまりに素敵な光景に、雪華綺晶は微笑を浮べて自然の庭園の中に座り、草木をそっと撫でました。

 

 

―※―※―※―※―


と、雪華綺晶がうふふと微笑んでハッピーな気分でいる頃。
森の奥では大変な事になっていました。

「雛苺、大変だ!変なヤツが森の中に入ってきてる!」

森に住む狼のリーダー・くんくんが、森の妖精さんである雛苺の所へと駆けつけていました。

「うゅ?変なの?それって、この前くんくんが言ってた変わったウサギさんの事なの?」

雛苺はお気に入りの岩の上に腰掛けながら、ちょっと首をかしげながら尋ねました。
ですが、狼犬くんくんは、首をブンブンと大きく振りながら、大きな声で続けます。

「ウサギなんかやりもっと大変なヤツだよ!人間だ!
 それも、僕の見た限りでは、あれは悪い人間に違いないよ!
 だって、とっても怖い笑顔で森の中に入ってきたんだ!きっと悪い事をするつもりなんだ!」

森で一番の知性派である狼犬くんくんの考えを聞いて、森の連中は大騒ぎです。
雛苺の周りでゴロゴロしていた森で一番の力持ち、灰色熊のブーさんもブルブル震えます。

普通なら狼や灰色熊はとっても凶暴ですが、この森の連中は、雛苺の影響でとってものんびり屋さんです。
雛苺の不思議な力のお陰で果物や木の実がたくさんとれるので、ケンカをする事が無いからです。
なので、森の連中は、今まで一度も戦った事が無かったのです。

 

「う~ん、どうしたら良いんだろう……」

知性派の狼犬くんくんは、必死に人間に対する対応策を考えます。
熊のブーさんは、一生懸命に怖い顔をする練習を始めています。
ですがやっぱり、のんびりと過ごしてきた森の連中では、人間を追い払うのは難しそうです。

その時、雛苺がグッと拳を固めて立ち上がりました。

「うぃ!それならヒナにお任せなの!」

そう言って雛苺が精神を集中させると、彼女の足元からスルスルと苺轍が伸びていきます。
そしてその苺轍は、森の中にある沢山のケモノ道を人間が通れないように塞いでいきました。

「……ふぅ……これで、ここまで来る事はないの」

雛苺は額に浮かんだ小さな汗を拭うと、ちょっと疲れたのかその場に座り込もうとします。
ですが、事はそう簡単には終わってくれませんでした。

「ひ、雛苺!ダメだ!人間のニオイがどんどん近づいてきてる!」

狼犬くんくんが、鼻をクンクンさせながら雛苺にそう教えます。
……そうです。
その頃、森の庭園でうふふと微笑んでいた雪華綺晶は、野イチゴを見つけるとパクッと食べていたのです。
あまりにも美味しい野イチゴだったので、むしろテンションも上がっちゃってます。
ですが、森の連中も雛苺も、そんな事には気が付きません。

 

「……うぅ……ヒナだって負けてないの!これなら!」

雛苺は改めて、苺轍を伸ばして道を塞ごうとします。
それがかえって雪華綺晶をよけいに喜ばせる事になっているだなんて思いもしていません。
雛苺が頑張れば頑張るほど、人間の……雪華綺晶の気配は、どんどんと近づいてきます。

こうなれば、雛苺の力が尽きるのが先か、雪華綺晶のお腹がイッパイになるのが先か、です。
森の連中が固唾を飲んで見守る中……決着は、あっさりと着きました。

「……もう……ダメ……なの……」

苺轍を伸ばして体力を消耗させる一方の雛苺。
さらに、伸ばした苺轍に実った野イチゴまで食べられているのでは、不思議な力もすぐに尽きてしまいます。

「きゅう」と、雛苺はバッタリと倒れて気を失ってしまいました。


―※―※―※―※―


と、再び場面は雪華綺晶へと移ります。

とっても美味しい野イチゴにすっかり嬉しくなっていた雪華綺晶でしたが、ふと気が付きました。

「あら?……私としたことが、ついつい食べ過ぎてしまいましたわ」

周囲一帯の、一つも実がなってない苺轍をぐるりと見渡して、そう呟きました。
もう、見事なまでもの全滅です。
葉っぱまで食べちゃうのではと心配になるほどの食べっぷりです。

それによく考えたら、食べるのに夢中になって、随分と森の奥まで来ちゃっています。

雪華綺晶はほんのちょっとだけ反省して……
でも、次に来るときは、持って帰って食べられるように、大きめのカゴでも用意しておこうかしら?
なんて考えながら、スタスタと森の出口の方に歩いていきました。


……それから、しばらくの日が経ちました。


雪華綺晶は、収穫用の大きなカゴを持って、森の庭園にまで来ていました。
今日こそ、あの美味しい野イチゴをお腹いっぱい食べられると思うと、ついつい笑みがこぼれてしまいます。
そして、いざ、楽しいお食事タイムを。

そう思って足を踏み出そうとした雪華綺晶でしたが、不意に聞こえてきた足音に動きを止めました。
動物の足音とは違い、静かな森の中ではやけに目立つ、人間の足音です。

雪華綺晶は嫌な予感がして、とっさに近くの木陰に身を潜めます。
そして、ちょうどそのタイミングを見ていたかのように、足音の主が姿を現しました。

それは、一目見て分かるほどの山賊でした。
山賊っぽい服に、山賊っぽい武器。
それが、何人も、何人も、ドカドカと森の庭園に踏み込んできたのです。

山賊たちは「ガハハ!」「ガハハ!」と笑いながら花を踏み、野バラを切り裂きます。
さらには、所構わず酒瓶を投げ捨てたり、逆立ちしながら麺類を食べたりとやりたい放題です。

悪逆ここに尽くせり。
そんな光景を目の当たりにした雪華綺晶は、とっても腹が立ちました。
この森はとっても豊かで素敵な所なのに、なんって自分勝手な人たちでしょう。

そこまで考えて、雪華綺晶はふと気が付きました。
山賊は草花に酷い事をしていますが、あの時、野イチゴを全滅させた自分もまた、褒められたものではないと。

食べ物の事になると視界が狭くなってしまう自分自身を、心の中でビシッと叱りつけます。

それから、雪華綺晶は山賊の足音が森の奥へ、遠くに行くまでじっと身を潜め……
足音が聞こえなくなると、大急ぎでお屋敷へと走って行きました。



―※―※―※―※―


その頃、森の中は大パニックでした。
以前来た、笑顔の怖い人間がまた来た!と狼犬くんくんの報告に始まり、さらには山賊の襲来。

緋色熊のブーさんが、頑張って怖い顔を作って山賊たちを脅かそうとしますが、効果はありません。
それどころか、山賊は武器を手に攻撃しようとしてきます。

くんくんが仲間を沢山引き連れて、山賊たちの周りで吠えます。
ですが、山賊たちは火をつけた棒を振り回してくるので、怖くてそれ以上は何もできません。

この森の連中の奮闘には、訳がありました。

「……はぁ……はぁ……みんな……ヒナは良いから……逃げて……」

森の妖精である雛苺は、山賊たちに森を荒らされたせいで、今にも消えてしまいそうだったのです。
狼犬くんくんも、灰色熊ブーさんも、大好きな雛苺を、今度は自分達が守る番だと頑張っていたのです。

ですが、ずっと穏やかな生活をしてきた森の連中に、戦う力はあまりありません。
山賊たちの暴虐を止める手段は、彼らにはありませんでした。

 

 

―※―※―※―※―


そして、再び雪華綺晶。

彼女は自分の大きな屋敷いっぱいに響き渡るような大きな声で叫んでいました。

「森から流れる水は、この地に栄養を運んでくれます!立つ木は冬の風をせき止めてくれます!
 そんな私たちの森が、生活が、山賊の脅威にさらされているのです!
 彼らが森に居つけば、いずれは町にも被害が出るでしょう!
 今こそ、私と共に討伐に出んとする者は名乗りをあげなさい!」

雪華綺晶は屋敷の人たちにそう言いますが、誰も下を向いて視線を泳がせたまま動こうとしません。
すっとこの地方は平和だったので、誰も戦う事には慣れてないからです。

雪華綺晶はクッと視線を鋭くすると、近くに立っていた使用人に声をかけました。

「剣と鎧をここに。私みずからが先頭に立ちましょう」

ですが、使用人からの返事もまた、期待通りには行きませんでした。
というのも、平和が長く続いたために剣も鎧も使われず、サビだらけになってボロボロだったのです。
これでは戦うことも出来ません。

手段は無いのかと、雪華綺晶が悔しくって泣いちゃいそうになった時です。
一人の男が……屋敷の執事長が、彼女の前に立ちました。

 

その執事長・ラプラスは「クククッ」と押し殺したような笑みを浮べると、自分の顔に兎の面を付けました。

「ブラボォ!領主として、実に素晴らしいお言葉です!お嬢様!」

兎の仮面を装着したラプラスは、ゆっくりとした動作で、自分の着ていたスーツの襟元を持ちます。

「鎧が無い?剣が錆びている?クックック……トリビァル!」

トリビァルの『ル』のタイミングで、ラプラスは自分の着ていた服をバリバリと破り捨てます。
そして服の下からは、彫刻のように鍛えられた逞しい筋肉があらわれました。
もちろん、ラプラスは紳士なので全裸ではありません。ブーメランパンツと呼ばれる下着のみ残っています。

雪華綺晶には、引き攣った笑みを浮べる事しか出来ません。

ともあれ。

筋肉の織り成す肉体美を目にしみる程に誇示しながら、ラプラスはポージングを決めました。

「鎧が無い?鋼の肉体に勝る鎧など、果たしてこの世に存在するのでしょうか。
 剣が無い?ならば、拳を剣とし戦えばよろしいかと」

どんどん顔色の悪くなる雪華綺晶をよそに、ラプラスは鍛えに鍛えた大胸筋をピクリと動かします。
すると、それが合図だったのか、屋敷中の執事が一斉に服をバリバリと脱ぎ捨てました。
全員、オイルでも塗ってあるかのようにテカテカした肉体美でポージングしていました。
全員、ブーメランパンツでした。

そして奇声を発しながら、ボディービル執事軍団が屋敷から飛び出し、猛然と森の方向に突進していきます。

雪華綺晶は一拍置いてから我に返って、追いかけるべきか無視すべきか、ほんの少し悩んでから……
それでも、言い出した者の責任として、ラプラス達を追いかける事にしました。

 

 

―※―※―※―※―


そして舞台は決戦の地……森の中へ。

雛苺はフラフラしながらも、それでも立ち上がりました。
彼女の瞳には、妖精の不思議な力で、遠くで一生懸命に頑張っている森の連中の姿が見えています。
ですが、くんくんも、ブーさんも、応援に来てくれた他の皆も、もう元気がありません。
皆、今にも山賊たちに捕まってしまいそうです。

「……こうなったら……ヒナが時間を稼ぐから……逃げて……」

今にも消えちゃいそうな体で雛苺は、それでも皆を助けようと苺轍を伸ばそうとします。
と、その時。
悪夢の終焉に相応しいモノが、彼女の視界に飛び込んで来ました。

「ブラボォ!ブラボォゥ!!」

奇声を上げながら、よく分からない、分かりたくもない何かが、山賊たちに飛び掛っていたのです。
その顔はウサギさんでしたが、どう見てもウサギさんとは違います。

あまりにショッキングな光景に、雛苺は危うくその場に倒れてしまいそうにまりました。

そんな周囲の思惑を無視して、筋肉の勇者は山賊と激闘を繰り広げます。

……それは筆舌しがたい光景でした。
逃げるのは山賊です。逃げないのは、よく訓練された山賊です。
それは、地獄と現世の境目すら分からなくなるような光景でした。

 

「…………ハッ!?」

雛苺は、いつしか自分が気を失っていた事に気が付きました。
大急ぎで、周囲をキョロキョロします。

と、そこには、頑張りすぎてくたびれたのか、地面にごろごろと寝転がっているくんくんとブーさんの姿。
それから、いつか森の中で野イチゴを食べまくっていた女の子と……その……変なウサギ?が居ました。

どうやら、全て終わったようです。
そういえば、体も完全回復とはいえませんが……それでもずいぶんと元気になっています。

雛苺はよっと立ち上がると、心配そうに自分の顔を覗き込んでくる女の子に向かい合いました。
すると、女の子は安心したのか笑顔を浮べます。

雛苺は、助けてくれたようだし悪い人ではないのだろうけれど……この笑顔は怖いなぁ、と思いました。
ともあれ。

「ヒナはね、この森の妖精さんなの。……その……助けてくれて、ありがとう……」

そう言うと、雛苺は今出来る精一杯のお礼を。
小さな野イチゴの実を一つ差し出します。


「この一帯の領主をしている雪華綺晶ですわ」

雪華綺晶はそう言うと、雛苺の差し出した野イチゴを受け取り、口に入れました。
たった一つでしたが、それは今まで食べたどんな果実よりも美味しく、雪華綺晶はとっても幸せな気分になります。

 

そして、ラプラス達はというと……
彼らは雛苺から、お礼として小さな野バラを貰いました。

彼らは屋敷に戻ると、再び執事としてスーツを着ます。
ですが、その胸元には小さな野バラが常に、勲章のように飾られていました。
人々はそんな彼らをいつしか、大胸筋の上で誇らしく咲く花になぞらえ『薔薇族』と呼ぶようになりました。


ともあれ。


こうして森の妖精である雛苺と、領主である雪華綺晶は出会い……
それからというもの、この地方はいつまでもいつまでも。
平和で豊かな時代を過ごす事が出来るようになりましたとさ。





めでたし、めでたし。

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