「乙女の歌声が聞こえますか?」
11月、病院の受付前に設置してあるソファで、私は一人周りの重苦しいどうしようもない空気の中、適当な雑誌を捲っていた時である。
「聞こえますか、歌声が」
「いいえ、ここに歌声は似つかわしくないもの」
「けど私には聞こえるのです、歌声が」
私は顔を上げることなく、またページを捲る。もちろん、このページに載る経済云々には全く興味が無いのだが。
「あの歌声は全ての人を癒します。それは私も、貴方も例外ではないのです」
「しかしそういうものは時には不幸に繋がるものよ」
「私はそれでも構わないわ。私は今、幸せだもの」
「私は唄を歌う少女を知っているわ」
「……そう」
「彼女は何を思って唄を歌っているかは分からない。そもそもそんなこと分かるはずないのだけど。私は彼女ではないのだから」
「私には分かるわ。だって彼女は私だもの」
私は顔を上げた。目の前には一人の少女が立っていた。病院服で、青白い顔をして。
「私には分かるのよ、私にしか分からなくても、彼女の歌が私にしか分からなくても」
『乙女の歌声は今日も響いている』
――――――――――――――――――――――――
「雪華綺晶、こんなところにいたのね。三時に来るって言うから待っていたの……どうしたの? 変な顔して」
「御免なさい。少し呆けていたみたい」
「そう、珍しいわね。貴方らしくない」
私は片手に持ち、ソファから立ち上がった。
「そういえばめぐ」
私はめぐの手を掴みながら口を開く。いつも通り、彼女の手は冷たい。
「貴方の歌は今日も響いていたわね」
「嘘、こんなところまで聞こえたの? もう少しボリューム考えなくちゃ」
いや、そうじゃないと呟くと彼女は不思議な顔をする。これは彼女の寿命の為に黙っておくことにしよう。
「あれ、歌が聞こえる」
めぐが呟き、私は目を上げる。
そこにはあの『彼女』が誰に聞かせるわけでもなく、誰もが気づくわけも無く、ただ聞こえない歌声を奏でていた。
ある日、ある時間。詳しくいえばちょうど小腹に何か入れたくなる時間帯。
私は甘いものでも食べようか、と最愛の妹である薔薇水晶とラブラブ、もといブラブラ散歩をしているととあるカップルが揉めていた。
ここで、その揉めていたカップルがピチカートとベリーベルだったとかだったらおもしろいのだが、そう人生上手く行かずまったくの赤の他人であった。
なにやらもめ事は分からないが女性が不利な感じがする。浮気でもしたのであろうか?それとも遅刻?
そんなことは私にとって関係はないのだが、少し様子を見守ることにしよう、私はお店を探すふりをして立ち止まった。
男性、怒る。
女性、怯む。
男性また怒る。
女性、泣く。
男性、怯む。
あら、形勢逆転ホームラン。
涙は誰の為??
それは女性の為。女性最大の凶器なりえるもの。
どうやら古来から男性は女性の涙に弱いのは性らしい。
雪「と、いうことがこの前あったのよ、というか今さっき」
金「髪は女の命で、涙は女の武器かしら」
ピ「確かにそうですよね。女性に限らずとも表情で一番困惑するのは泣き顔だと思います」
雪「けどやっぱり泣く、っていう行為は自分が、不利、負けているみたいな印象があるから私は好きじゃない」
金「それは雪華綺晶が負けず嫌いなだけかしら~。だってカナ達は何かに感動したりしても涙を流すかしら 」
ピ「確かにカナリアさんの言う通りそういった感情でも涙を流しますよね。あと、恥ずかしかったり、びっくりしたり」
雪「ならやっぱり涙は心のSOSよね」
ピ「それならばカナリアさんは心のSOSが多いことになりますね。ほら、昨日の晩だって」
金「あ~、ピチカート!それ以上は言わないのが約束かしら!」
ピ「これは失礼しました。いや、けどテレビみながら号泣するカナリアさんは……もうなんていいますか」
金「感情豊かということかしら!」
雪「感動で泣く、か。私はもうそんなこともなくなってしまったわ」
ピ「キラキショウさんがテレビを見ながら感動しているシーンなんて想像ができませんよ」
雪「いや、私だって昔は水銀燈のお姉様と一緒に映画みたりして感動に頬を濡らして……たことはないか」
金「カナも雪華綺晶が泣いてるとこなんて見たことないかしら~。雛苺や薔薇水晶はよく泣いてるけど」
雪「私は涙も枯れた冷たい女になってしまったのよ……嘘だけど。だけど成長するにつれて泣く機会は無くなってくるわよね」
ピ「ある一定のピークを越えればまた涙もろくなりますから」
金「みっちゃんも最近泣いてばかりかしら~。通帳を見ては涙を拭う日々かしら」
雪「それはまた……誰が原因だか」
ピ「まぁ、私たちでしょうね。特にカナリアさんは食べ盛りですから」
金「ピチカートだってカナの二倍食べるかしら」
ピ「いや、日本食はおいしいのでつい……分かってはいるんですが」
雪「それ以上どこを成長させるつもりなんだか全く……」
ピ「って何背後に忍び寄るんですかキラキショウさんッ!」
雪「いやね、またには成長具合を確かめようと……成長期だし」
ピ「それはカナリアさんですからッ!」
金「カナは大器晩成型だからいいのかしら~」
雪・ピ「「あれ、目から涙か……」」
そんなスレタイネタ
「クリスマスねぇ」
水銀燈のお姉様は呟く。
「クリスマスですねぇ」
私こと、雪華綺晶は呟く。
「「なんで私達一緒にいるんでしょうねぇ」」
聖夜、この時間恋人たちは聖人の誕生前夜に愛を育んでいる時間帯。
何故か私と水銀燈のお姉様は静かな礼拝堂に二人、真っ赤な体液のようなワインが入ったグラスを傾けながらクリスマスイブの空気に浸っていた。
心の奥底の寂しい気持ちを抑えつつ。
「昼間はあんなに騒がしかったのにねぇ」
「ホントですよねぇ。近所の子供達が集まって、ばらしーちゃんやお姉様がミニスカサンタになって」
「あれは少し恥ずかしかったわぁ。子供の目がプレゼントに向いていたとしても周りの大人がねぇ」
「違う魅力でメロメロでしたね」
ワインを口に含む。アルコールの独特の感覚が舌に痺れるような感覚を残す。
「お互い寂しいわねぇ。女二人で寂しいパーティなんて」
「ばらしーちゃんも紅薔薇のお姉様のお家にいってしまうし、全く姉は寂しくて寂しくて」
「わたしだってメグは病院だし、あんまり遅くまでいるのもねぇ」
「寂しい者同士お似合いですね」
私はお姉様に笑顔を向ける。そんな私を見てお姉様は少し微笑むと、グラスを一気に傾けた。
「ドメーヌ・ド・シュヴァリエの1954年産。この時代どんなことがあったのかしら」
「さぁ、想像もできませんよ。このワインを飲んでいる私たちが言うことでもないのですが」
しかし良くありましたねぇ、と私はワインを深く味わうように口に含んだ。
まさかビンテージワインを味わえるとは思ってなかった。
「教会の倉庫から出てきたのよぉ。前の神父はよほどの酒好きだったのねぇ」
「いいクリスマスプレゼントですよ。ほんと」
そういえば、と私は少し赤らんだ顔のお姉様を見た。
「今年はサンタに何を頼むんですか、プレゼント」
「そうねぇ、ガス代電気代半年間無料とか」
「なんて夢のない」
「もう夢なんてどこかにおいてきたわぁ」
と、笑う。それは嘘だ、と私は思ったのだがそれは心の奥底にしまっておくことにした。
「貴方は何を頼むのよぅ」
「ん、世界の平和とかですかね」
「嘘ばかり」
サンタなんて信じていないから、私は去年のクリスマスまでは思っていたが、今年は違う。
去年の素晴らしきクリスマス。サンタに出会ったあの日は私の思い出として一生残っていくのだろう。
「さて、そろそろ時間ねぇ」
「ですねぇ」
カラン
扉が開く。
そこには見事な金髪の美女とその腕に抱きつく黒髪の小柄な乙女。
そう、今宵はクリスマス・イヴ。
「お待たせしました。キラキショウさん、スイギントウさん」
「お久しぶりぃ~二人とも去年ぶり~」
「あら、もうワインは無くなっちゃたわよ」
金髪美女、ピチカートは笑う。スイドリームは相も変わらず、か。
「大丈夫ですよ、フィンランドの美味しいお酒をスイドリームが持ってきてくれましたから」
「あらぁ、いいわねぇ。一仕事したらまた一杯やりましょうかぁ」
私と、お姉様は立ち上がる。
おっと、いい忘れていたが私たちの格好は今だにミニスカサンタ服だ。そう、今日はは世界の子供に夢を与えなければ。
「さて、行きましょうか。赤鼻のトナカイと共に」
世界の子どもたちへ、メリー・クリスマスと笑顔を配る夢の旅へと。
今宵、世界に、貴方に、メリー・クリスマス。
はて、私の安らぎとはなんだろうと思ったのは家で飼っている猫、うにゅーが薔薇水晶の胸元で気持ち良さそうに寝息を立てているある冬の日であった。
私からみるにうにゅーは今、凄く幸せそうである。
しかも柔らかな寝床まであって……これを安らぎと言わずになんというのだろうか。
『人間は一瞬の幸せを求めて一生苦しむ』
なんて言ったのはどこの偉人か変人かは知らないが、なかなか的を得ている気がする。
恋愛だってそうだ。今回は下に心がある恋なのだが。
あれは最後の快楽の為に色々な苦行を重ねる。
もちろん、快楽はいわずがな。
しかもこれはどちらかというと男性によくある話だろう。ほら、この前水銀燈のお姉様をナンパしていたウサギ顔の人とか。
よくもまぁ、ぬけぬけと私がラブラブイチャイチャしているところに邪魔してくれて……次、出会ったら全身の毛という毛を抜いてイッヒッヒ
おっと閑話休題。
しかし、その苦しみにある、この一時。
例えば、冬の寒い日に暖かなダージリンを飲んでいる時。
例えば、人肌の暖かさを感じながら夢の中にいる時。
例えば、猫に甘えられている可愛い妹を見ている時。
……ん、最後のは若干嫉妬を感じるな。
と、私はダージリンをまた一口含む。
猫の背中をやさしく撫でる妹を眺めている時、多分これは私にとって最高な安らぎの時に違いない。
「ああ、なんでこんな昼間から女二人でお茶しなきゃいけないのよ」
いいじゃないですか、暇なんだから。と私はスイマセンともう一杯注文する。
「その分はちゃんと自腹きるのよぉ」
はいはい、と水銀燈のお姉様に愛想笑いを返しながらショートケーキの苺を摘んだ。
「あら、貴方苺から食べる派? 」
「いいえ、丸噛り派ですが」
「……ワンホールだものね」
ははっ、最近は半ホールになったから経済的な負担も半分空腹ストレス二乗増し。
「で、スレ立ったわけだし連載載せないわけ? 」
「あっ、そういったお話はスルーで。ほら、なんか勇者のくせになまいきだの新しいのでたし」
「何のお話よぉ」
あっ、ケーキおかわりで。とお姉様の皿に手を伸ばそうとし、降ってきた銀色のフォークに臆して半笑い。
「ナンパでもされないかしら」
「あっ、駅前でも行きます? 裏通りいけばスーツ姿のお兄系が」
「それはナンパじゃなくて勧誘じゃなくて? 」
「あっ、そうともいいます。どうですか、お小遣い稼ぎに人肌もとい洋服脱いだら」
「沈めるわよ。二重の意味で」
「はは、またまたご冗談を」
どちらも水の中という共通点。片方はオッサンが付いて来て、片方はお魚のお茶会に強制参加というわけか。
ああ、夢のないリトル・マーメイド。
王子様は土左衛門でも助けられるのかしら、しらしら。
「そういえば理想の王子様はまだ迎えにこないんですか、お姉様。もう結婚してもいいんz」
「ははは、もう私には良い人が迎えに来たからいいのよ。結婚式の御祝儀は5万よぉ」
「あっ、私も来月辺り結婚詐欺するつもりなんでお構いなく」
……一瞬の沈黙。
「な訳」
「ないじゃぁん」
なんか悲しくなってきたある日の昼下がり。ところでまだ私のコーヒーはこないのかしら。
ある朝、あっもう嘘ついたある昼。目が覚めると目の前にナイフが私の首元を狙い、鈍い輝きを放っていた。
もちろんナイフが浮いてる訳なんて無いので、持ち主は誰かな~、なんて顔を動かさないで目線だけ上げてみるとあれ、ナイフが消えた。
あれれ、なんて思い目線を戻すとナイフがある。
また上げると消える。ああ、じゃあずっと目線上げてればいいじゃん……なんて逃避はいけないな。
ならば下げればいいのだと目線を下げてみる。
「……ふ、ふふふなの~」
これは意外! そこにはあの雛苺はいたのであった。ジャ、ジャーン。
「ああ、悪い夢だ。夢なら早く現実にもどれバカヤロウ」
「ムリなの~、悪夢は雛で始まり雛で終わるのよ~」
ですよねー。それで終わったら苦労しないし。なんか誰かは夢の中で夢に気がつくという器用なことしちゃうらしいけど尊敬するよそういうこと。
その人は早く現実で夢に気がつくといいけど。ほら、それってどっちかが夢なんじゃないのフツー。
「ぶつくさ言ってないで何か早く何かリアクションしてほしいのよ、雛は」
「ごめんごめん、わーこわいこわい」
あっ、痛い先っぽ刺さったって。痛いからこれ夢じゃないわけ? けど夢だって転んだら痛いよねぇ。神経通ってるなら。
「で、何が目的よサド苺」
「ふふっ、よく聞いてくれたのよ~。実は雛は殺人快楽者で云々」
「で、なんで私なのよ。おかしくない? まずは近親者からでしょ。ほら柏葉巴から行きなさい」
「トモエは5秒KO決め技は小手返しで雛の負けなの~」
「ちょ、柏葉巴そこで何故教育し直さない」
「トモエは雛には甘甘なの~」
「甘やかしはいけないと思うけどなぁぼかぁ」
「御託云々はいいから覚悟するの。雛は出来ている」
「あっ、あと50年は掛かるから待っててよ」
「しょうがないの~。雪華綺晶は我侭なの」
と、先端血の付いたナイフをゆっくりと下げる雛苺。ふぅ、やっと一息つける。
「で、これから警察行くけど何か遺言は? 」
「また50年後なの~」
ああ、そうと踵を返した瞬間、急に意識がととの当のくく九九九
「「な訳ないじゃぁん」なの」
ああ、お互いおふざけが過ぎたかなぁ。ではまた夢の中ではははははh
笑顔、笑顔笑顔笑顔笑顔。
ああ、みんな笑顔。
誰も彼もすべて私に笑顔を向けてくる。それは粘着質な笑顔で、それは薄っぺらいまるで、ああ化けの皮というのがこういう事かと分からせるような笑顔。
ニヤニヤニヤニヤ。
目線が胸元に行くのは男が妄想と欲望に支配されているから?
可愛いね、そこだけは素直で。
スマイル、スマイルスマイルスマイルスマイル。
店の店員は私に、いや、私達『客』というものにスマイルを与える。
別にそれはいいけどさ。私たちは『客』で貴方は『店員』で。
それだけの関係を紡ぐのはスマイル。英語で書けばsmile。
接客業はsmile。裏が見えるのはご愛嬌か。
ニヤ、ニヤニヤニヤニヤ。
そう笑うのは私だ。
何故かって? そりゃあ決まってる。目の前に好きなヒトが気持ちよさそうに寝ているんだ。
そりゃあ頬が緩む緩む。
「ばらしーちゃん」
一言呟いてみる。
彼女はんん、と寝返りを打つ。
「ばらしーちゃん」
愛してるよ、というセリフだけは胸に潜めて。
頬にキス。
彼女はまだ起きない。
起きないで、と思う反面、早く起きて私の方を向いて欲しい。
ニヤ、ニヤニヤニヤニヤ。
笑顔は幸せの序章。
私の笑顔が一番気持ち悪くて、一番幸せに近いはずだ。