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私は、いわゆるラプラスの魔です。
誰がどこでどう選択をし、その結果が何にどうつながるかもわかりますし、予測もできます。
万物に対しての完璧な知識もあります。
そしておそらく羨むべきであろうそれらが、私には煩わしくてたまらない。
もう新たに何かに出会うこともないし、少々歴史をゆがめたところでそれがどのように影響するのか寸分たがわず即座に頭に入ってくる。
結果として驚くこともないし面白い事も無い。
あの時、私は夢想していました。
未来がわからなければ、どのような気分なのだろうと。
驚嘆の声を上げてみたいものだと。
物を知らないというのはどういうものなのだろうかと。
言葉が通じないとは一体どういうことなのだろうかと。
頭を悩ませるとはどのような具合なのだろうかと。
それらが叶わぬならせめて。
人の感じる思いを体験して見たいものだと。

私は、美しいものが好きだ。
愛らしいものも好きだし、完璧なものも好きだ。
私は全知全能に憧れる。
純真無垢な少女に憧れる。
時の流れに逆らえるような。
彼女達にあいまみえることが出来るなら。
きっとそれは至上の幸福。
そして又。
私は、神になりたいと願う。
全知全能の存在。
命を作り出す存在。
私は、神になりたい。
幾人もの女神を、我が手で生み出し命を吹き込みたいのだ。


私はまたいつものようにアトリエを出る。
無論、私に声をかける人間はいない。
もういちど彼女達を振り返るが、ことりとも動かない。
今日も、彼女達は動かなかった。
当たり前だ。
動くわけがない。
それでも、やはり期待してしまう。
この、私が生み出した人形が動き出したならと、絶えず夢想してしまう。
私はいつか朽ち果てる。
しかし、もし私が作った人形が動き出したなら。
永久に私を語り継いでくれるだろう。
いつか、それこそ死ぬ間際でもいい。
人形が動き出し、語り始めはしないだろうか。

――
唐突にかけられた声により、私の意識は思考の渦から夕暮れ時の並木道の上に引き戻された。
自己主張の激しい夕日がいらだたしい。
「こんにちは。窓からあなたのアトリエを拝見させていただきました。素晴らしい人形ですね。」
思考を中断されるのは、睡眠を中断されることと等しく不快だ。
ましてやそれがいけ好かない紳士ぶった男にかけられた言葉によってなら。
「もちろんだ。私が作ったのだから。」
「けれども、やはり所詮は人形。いくら美しかろうと、繊細であろうと模造品でしかない。
 決して動き出すことはないのです。」
知っている。そんな事はとうに。
「……当然だ。しかし、幼き女神とはこのことだろう。」
「女神?はて、ならばなぜ大人の女性の人形を作らないのです?
 わざわざ幼子ばかりつくらなくともよいでしょうに。
 幼少の女神の像など聞いた事もありませんが。」
「私が作りたいのは美なのであって、主ではないし、全能者ではない。
 ましてや支配者でもない。
 人々が崇めてはならないのだよ。
 私だけがその美しさの由来を知っていればいい」
「なるほど。しかし、大層な自信ですね。
 自分が作れば人々が崇めると。」
「当然だよ。」
「けれども、先ほども申しましたようにあくまであなたが作るのは人形。けして命を持ちません。」
「わかってる!さっきから何度も何度も!いったい何が言いたい!私に何の用があって声をかけたんだ!」
すこし声を荒げてしまった。大人気ないが、しかしどうもこいつの言うことは一々癪に触る。
大体なんなのだこいつは。街角で声をかけ、人を苛立たせる。
ソクラテスでも気取ったつもりか。
もしそうならば毒杯を仰がせてやる。

「私が人形達に命を吹き込む手伝いをして差し上げましょう。
 私はこう見えても、錬金術師なのですよ。」
「何?」
「先日、賢者の石の練成に成功しまして。
 私自身はローザミスティカと呼んでいるのですが。
 賢者の石と違いどうやら定義の仕様がないのです。
 無論、これを使えば不死となることも出来るでしょう。
 とはいえ、永遠の寿命などわずらわしいだけ。
 ならばせめて神の真似事をしてみたいのですよ。
 命を吹き込むに値する器を見つけて、命を与える。
 夢のようではないですか。」
「…嘘ではないのか?」
胡散臭い。実に胡散臭い。
新手の詐欺師か何かか?
「いえ、まさか。これがそれ、ローザミスティカです。
 あなたの作った人形の魂となりうる物質です。
 まあ、砕かなければ入りそうにありませんが。」
そいつが取り出した物は、鈍い光沢を放つ金属ではなく。
今までに見た事のない質感を持ち、仄かな紅色をしていた。
確かにある種の『力』を放っているように見える。
私が幾度も夢にも見、憧れ待ち焦がれ続けてきた『力』だ。
信じられない。だが、それは本物としか思えない。
ああ、今日はなんと言う日だ。
いつものように、無意味で、愚劣で、唾棄すべき日のはずだったのに。
夢幻が実体を伴って現れるとは。

「…ああ、非常に、非常に興味深いな。
 では、私のアトリエへ行こうじゃないか。
 君はそこでさらにローザミスティカを作ってくれ。
 なに、私の技術があれば砕かなくとも人形にそれを入れる方法が見つかるさ。
 そうとも、人形を人に変える事もできるに違いない。
それこそ、ピノッキオのように。
 私の理想の彼女達が滑らかな体で活動する。
 ああ、なんとすばらしい。
 さあ、早くいこう。
 制作と研究に取り掛からなくては。」
「ただし、代償は頂きます。」
「なんだ?」
「あなたの思い出を頂きたい。
 私はあらゆる生涯を体験したいのです。」
「ふん。お前に出会う前の思い出など、記憶ごとくれてやる。
 だから急げ。一刻も早く彼女達が動く姿を目の当たりにしたい。
 私にとって価値があるのはそれだけだ。」
「ならば、あなたの仰せのままに。」

きっと、これはうまくいくだろう。
人形は動く。
命を得る。
人に転生する。
成長し、恋もするだろう。
理想が時に喰われるのは心苦しいが、その対策はまた考えればいい。
人形ではなくなるから永遠に語り継いでくれはしないだろう。
しかし私は、父親になるのだ。
女神達の。
私もその時、傍で彼女達を眺めることが出来るのだろうか。
いいさ、記憶も捨てたんだ。彼女達のために名前も捨てるさ。
愛しい娘達は幸福の内に暮らすだろう。
きっと娘達は幾度も幾度も美しい姿のままに転生し、私の面影を追い求めてくれるだろう。
私も又どこかから彼女達を眺め続けよう。



彼らは幾度も幾度も美しい物語を紡いでくれます。
私は今でもあの人に最初に声をかけた事を幸福に思っています。
すべてを忘れている時もあれば皆が記憶を保持している時もある。
強い絆で結ばれている時も、激しい憎悪に苛まれている時もある。
けれどもいつも、彼女達は美しい思い出を抱いている。
私は彼女達こそいついかなるときも世界の中心だと信じて疑いません。
なぜなら彼女達は、あれほどまでに美しいのですから。

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