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《世界は色で出来ている》《#f09199×#ffffff》 (後編)


――あいむあはんぐりぃすぱいだー
――ゆぅあぁびゅてぃふるばたふらいぃ♪

諸手を振って歩く雛姉様は、可愛らしい声で何時も通りの元気な歌声を張り上げる。
黄薔薇様に聴いた曲を思い出したのだろう、一定の旋律の下、朗々と歌う。
歌詞を拾うに、捕食対象に恋をした蜘蛛の話で哀切に満ちた歌………なのだが。

――叶わないとぉ、この恋を捨てるならぁぁぁ
――この巣ぅにかかるぅ あぁいだけを食べてぇぇぇぇ

………笑顔と共に朗々と歌われると、童謡の類に聞こえてくるから不思議だ。
因みに、姉様は一番の歌詞を延々と繰り返している。
記憶に残っているのがそこだけなのか、元からそこまでしか知らないのか。
推測しか過ぎないが、恐らく後者であろう――テレビでは全部を歌わないし。
「――あの子をぉぉぉ、っと。
良かったの、まだ学校開いてるみたいなの」
「――の、ようですわね。
後は教室が閉まっていない事を祈るのみ、ですわ」
ほとんどの教室は黒に覆われ、職員室や幾つかの教室にしか白―電灯の光が灯っていない。
昼間は陽の光が燦々と差し込む私達の教室も、やはり闇の中。
………その下であれば、私の貪欲な食欲も許されるだろうか。
日常から切り取られた異世界に入り込もうとする私は、そんな馬鹿げた事を考えていた。

こつこつこつこつ………とてとてとてとて………。
異世界の住人は私と雛姉様だけ――私達の話声と足音しかしない廊下は、まるでそう告げる様で。
そうであるならば、この世界に繁栄は何時までも訪れえないだろう。
たぶん、私は籤を引かず、雛姉様は引いてしまうから。
きっと、私は蜘蛛となり、蝶となった姉様を捕まえてしまうから。
そして、私は私を抑え付けれなくなり、世界を構成するもう一人を喰らってしまうから。
「――うゅ、用務員さんがいてよかったのよ。
早く宿題を見つけて、鍵を返さなきゃなの」
「………よ、用務員さまは世界の門番と言う事で一つ」
「何の話なの、雪華綺晶?」
小首を傾げる姉様に、何時も通り、何でもないですわと微笑む私。
想いを吐露すれば、思いを実行すれば、この重い心は晴れるのだろうか。
――眼前を軽快なステップで進む雛姉様を、月明かりだけが照らす。
神話に出てくる妖精の様な姉様。
後ろから彼女についていく私は、醜い悪鬼なのかもしれない。
少なくとも、私の心の中は………。


「とーちゃく、なの♪」
姉様は足取りと同じ様な軽やかな声で、目的の教室前に着いた事を喜ぶ。
束になっている鍵の一つを入れ、ひらけーごまぁぁ、と謡う様は微笑ましく。
状況に悪酔いしている私の心までを和やかにしてくれる。
「ぅと、うー………開かないの、変なのっ」
職員室にかけられた個別の鍵ではなく、用務員の方に借りたモノだからであろう。
雛姉様が鍵穴に挿したのは他の教室の物の様で。
がちゃがちゃぐいぐいぎりぎり………鍵と鍵穴の触れ合う音が、ぎゅりぎゅりになった所で
流石に私も微笑ましく見ていられなくなった。

「ね、姉様、恐らく今挿している鍵は違う教室の物では………」
「初志貫徹なのー!」
「意外と古風な熟語をお知りで………って、そうではなくて!壊れてしまいますわ!?」
背後から、少し乱暴に手を重ね、鍵を回そうとする姉様の動きを止める。
うゅ~………と、少し不満そうな姉様に微苦笑し………抱擁する様な形になっている事に気づいた。
彼女の小さな身体をすっぽりと包みこむ――あぁ、なんと甘美な誘惑だろう。
鼻孔を擽る甘い匂いに理性すらも吹き飛びそうになる。
だけど、その様な大それた事が出来る訳もなく、私は姉様の手からするりと鍵を抜き取り、
体を半歩遠ざけた。
「――鍵束の順番からして………恐らく、右から二番目か左から二番目か………」
「うぃ?どうしてなの?」
「私達の教室が二階の二番目にあるから、ですわ」
雪華綺晶、賢いの!――目を輝かして賛辞を送ってくださる雛姉様にくすぐったい笑みを返し、
左から二番目の鍵を選ぶ。――かちゃかちゃ………かちゃり。
「ん………推測は当たっていたようですわね」
「しゅ、しゅ、宿題はぁ、ど、こ、な、の~♪」
がらりとドアを開き、姉様はとてとてと薄暗い教室に入っていく。
その開いた音は暫く辺りに響き、改めて今が非日常的な事を伝えてくる。
――私も同じく教室に入り、………扉を閉めた。

教室の中はやはりと言うか薄暗く………けれども、月明かりのお陰か周りが見えない
と言うほどでもなかった。
こっちの方が綺麗なの――電気をつけようとする私に、雛姉様はにこりと釘を刺す。
効率を考えればつけた方が当然よいのだが、姉様のリクエストに応えない訳にはいかない。
微苦笑を返し、私は自分の机の前に立った。
――私の机は、丁度教室の真ん中に位置している。
正確に言えば、横が六列、縦が六列ある座席の横三列目、縦三列目。
もしも………もしも、私が蜘蛛であるならば、そしてこの薄暗い教室が巣であるならば、
此処は巣の中央であろうか。

ならば、迎え入れよう――大きく可愛らしい羽で空を舞う蝶を。

「――ね、ね、雪華綺晶、雪華綺晶っ?」

名を呼ばれ、我に帰る。
愚かな妄想を小さく頭をふって打ち消し、呼び声に応える。
振り向いた先には、可憐なリボンを頭上ではためかせる雛姉様。
姉様は可愛らしいプリント入りのケースに入った消しゴムを、そっと私に向けた。
私が暗愚な思考に陥っている時に、自らの机―私の右斜め後ろ―から取り出したのだろう。
「なんでしょうか、雛姉様?」
私は微笑む――その貌でないと、己の心に在る蜘蛛を消しえないから。
だけれども――。
「ごしごしーごしごしー、雪華綺晶のもやもや、全部消しゴムで消すのよ」
蝶の笑顔は、私の理性の大部分を、打ち崩した。

「………姉様。その消しゴム、御貸し頂けますか?」
「うゅ、あげるなの。うにゅーの絵入りの、可愛い消しゴムなの」
「………ありがとうございますわ。――ですけれど………」

姉様からソレを両の手で受け取り。
受け取った手をそのまま、祈る形で折り畳み――すぐに、整列の時の様に腕を広げる。
「うぃ?『ですけれど』??」
「お気になさらず。
――姉様………籤を、お引きくださいな」

『………欲しいのは、貴女』――口に出せない………出せる訳のない想いを、両の手に。

「籤なんて何処にもないのよ?」
「いいえ………ワタクシの手の中身が籤――『カンビュセスの籤』ですわ。
此処には、ワタクシと姉様しかいませんから………消しゴムの在る手が、当りです」

今、私はどのような表情をしているのだろうか。

「うー?………当りを引くと、どうなるの?」
「ふふ………ワタクシが姉様を――

――食べてしまいますわ」

………その言葉を、姉様がどう受け取ったのか判らない。
だけど、彼女は視線を移し、私の両拳をじっと真剣に見詰めている。
つまりは………籤を引くのだろう――
そして、私の巣に………蜘蛛の巣に、近づく。

近づいて欲しいのか、欲しくないのか。
引いて欲しいのか、欲しくないのか。
当たって欲しいのか、欲しくないのか。
己れの心の在り処すらわからぬまま、私は姉様の動きを見守る。
「うーと、うーと………こっちにするの!」
姉様が触れたのは、心臓に近い手――左手。
どくんっ――体が近づいたからか。手が触れたからか、一際大きく心音が鳴る。
その音を感じつつ………私は微笑み、静かに告げた。

「――外れ、ですわね。
ふふ、残念ですわ、反対をお選びいただければ食べてしまえたのに」

肩の高さまで上げていた両腕をふらりと落とし、大仰に溜息をつく。
解っていた事だ――出来る訳がない、この方を『食べる』など。
それがどういう意味であれ、私には到底実行不可能な事。
「じゃあ、じゃあ、雪華綺晶が当りなの?」
もう少し彼女に出会うのが遅ければ、彼女を愛おしむ自分に気づくのが遅ければ。
或いは………食べれたのかもしれない。
それはとても甘美で素敵な………それこそ、神の食べ物、飲み物の様に美味しいのだろう。
――しかし。
今、こうして彼女と同じ時を過ごす事が、彼女の大輪の花の様な笑顔が、彼女の存在が。
私にとっては、ソレラよりも『美味しい』のだ。
だから、私は妄想の中でのみ、彼女を『食べる』。
「………そう、ですわね。ふふ、姉様に食べられてしまいますわ」
私は姉様に気付かれぬ様、左手に握った消しゴムをスカートのポケットに押し込む。
ただただ無邪気に私を見る姉様は、勿論、気付かない。
――街路で囀っていた黄薔薇様の歌を思い出す。
あの歌の蜘蛛は、蝶をどうしたのだろうか。
罠に、巣にかかった全てを食べて、苦しまずに済んだのだろうか。
だったら、私よりも幾分か賢明であろう。
罠にかかった蝶を、みすみす逃した私よりは――『ぺろっ』――「え………?」

気がつけば――姉様の身体が、僅か数センチの所にあり。

「ひ………な、姉さま………?」

小さなその身体に押し倒され、私は軽い音を立てて尻もちをついた。
とん、と背に何かが当たる――是は………。

「ヒナは『籤』を引かなかったから、雪華綺晶が引いたのよ」

背に当ったのは、雛姉様の机の脚。つまり――。

「だから、雪華綺晶はヒナに食べられるのっ」

つまり、私の机と同じ、もう一つの教室の中央。――巣の、中央。

「えへへ、頂きますなの♪」

姉様は無邪気な笑顔で言い放ち――私の口に、己のそれを重ね合わせた。

「ん………………っ、ね、ねえさま………」

――漸く。漸く、私の過ちを、黄薔薇様の真意を悟れた。
黄薔薇様の言っていた『自覚していない蝶』は私であり。
『自覚していない蜘蛛』は………姉様だったのだ。

「雪華綺晶のほっぺ、とっても白くてうにゅーみたいなの。
だから、その中の苺も………きっと、美味しいと思ってたの♪」

二度目の口付けは、舌―姉様曰く『苺』―を絡めとられた。

――どれ程の時間、そうされていたのかわからない。
だが、解放された私が伝えた言葉は………陳腐と言わざるを得なかった。
「………お粗末さまですわ、『蜘蛛』様」
頬が赤く染まっているのを自覚できる程の私と違い、姉様は自然とした顔できょとんとしている。
自分が蜘蛛に例えられている意味が分かっていないのだろう。
(黄薔薇様………確かに貴女様の言う通り、自覚のない蜘蛛ほど怖いモノはないですわ)
未だ私の膝の上に乗っている姉様の髪を撫でながら、微苦笑と共にそんな事を思う。
――と、姉様はぶんぶんと勢いよく首を左右に振る。
撫でられるのが嫌なのだろうか………私は瞬時に、手をどけた。

「――Non、違うのよ、雪華綺晶」
「え………違う………とは?」
「髪はもっと撫でて欲しいの。だから、首を振ったのは――」

そう言いつつ、姉様はもう一度、口を合わせてくる。

「『お粗末様』になの―だって、ヒナはまだ食べ終わってないもの」

――あぁ、………そう言う事か。
私と彼女の………いや、彼女と私の捕食関係は、彼女が満足するまで終わらない予定の様だ。
彼女がそのつもりであるならば………そう思ってもらえるのなら。
私は何時までも何時までも、籤を引き、『蝶』で在り続けよう。
月夜にだけ照らされた巣で、私はそう誓った――。

「――明日も明後日も、四明後日も、ずっとずーっと食べるのよっ♪」


―――――――――――――――――――――――《#f09199×#ffffff》 end




《世界は色で出来ている》《#f09199×#ffffff》After episode
(もしくは、―百合な保守を致しますわ―)

「あの、雛姉様、先程に職員室へとお呼ばれされたのは………?」
「うゅ、よくわかんないけど、怒られちゃったの」
「鳴々、溜息の姉様も素敵………で、ではなくて、その、ご理由は………?」
「この前の『詩』の宿題で………表現に問題があるって。むぅ」
「え………?ワタクシのですら軽快に流されたのに………??」
「………ちょっといいかしら。――雛苺の詩は『鏡』なの」
「あ、黄薔薇姉様。………鏡とは、どういった意味でしょうか?」
「読んだ者の解釈次第、かしら。――雛苺、薔薇水晶に見せてあげて」
「うぃ、はいなの、薔薇水晶」
「ぅ………?………………ぅわ、ぅわ、あわわ」
「ど、どうしたの、ばらしーちゃん!?お顔が凄く赤くなっていますわ」
「だ、だって………ぇうぅ………金糸雀ぁ、こんなの昼間から読ませないで………」
「薔薇水晶も『こんなの』って酷いのよ!ぷんっ」
「むくれないで、雛苺。――じゃあ、次は雪華綺晶。読むのかしら」
「え、えぇ………若干恐ろしいのですが………」
「雪華綺晶もそんな事言うの!うぅぅ、ヒナは雪華綺晶が美味しそうって書いただけなのっ」
「それはそれで呼び出しモノだと思うけど。………どうかしら、雪華綺晶?」
「ワタクシの………柔らかくて………蕾………ひ、雛姉様!さ、流石に是は………!」
「うゅ?柔らかそうなほっぺと、赤いちっちゃな舌の事なのよ??
どうして雪華綺晶も真っ赤っかなの??」
「へ!?………………ぇ、と………そ、そうでしたか、ワタクシはてっきり――」
「『てっきり』??」
「い、いえ!なんでもありませんわ!」
「うー、また雪華綺晶だんまりなの!つまんないのー!」

「背伸びして知ってる単語を詰め込んだんだろうけど………隠喩表現ばっかりなのかしら」
「本人は、そのつもりは全くない、と。………これなんてトラップ?」

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