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時は年末、もう12月も中旬に差し掛かろうとしていた。
さて、この時期になると、主に若者の間ではそわそわと落ち着かない様子が見受けられるようになる。
理由は大別すると二つ、一つは言うまでも無い、クリスマスである。
国民のほとんどがキリスト教徒でない日本でも、人々が潜在的に有するお祭り騒ぎ好きの性分による
ものだろうか、異教のクリスマス・イブでさえも、一種のパーティーイベントか恋人と過ごす日に
化してしまうのだ。
…そして、もう一つの理由は、これは若者の間でもほんの一部の連中の話しなのだが…
年を開けて迎える受験シーズンへの、最後の追い込みの時期がまさにこの年末に当たる、ということである。
ことに大学入試を控えている高校生は、その大半が翌月末の「センター試験」という、出来るなら避けたい
イベントに真正面からぶつからなければならないのだ。
哀れ、高校三年生は、学校からも塾からも『クリスマスや正月に休む奴は落ちる』と尻を叩かれ、
学歴社会へバンザイアタックを敢行せねばならない。

ここ、私立薔薇高校でも、この時期のそわそわした空気は存分に満ち満ちていた。

三年生のとあるクラス。
ジ「なあ…大丈夫か?」
掃除時間、桜田ジュンは、一緒に黒板掃除をしている少女に声をかけた。
真「…ええ」
そう答えた真紅だが、ジュンが心配しているとおり、その顔色は蒼白で、何よりげっそりしている。
動きもどこか緩慢で、どうも普段の彼女ではない。
ジ「本当か…?」
真「ええ、最近夜遅くまで勉強してるから…」
気丈に答え、力を込めて黒板の文字を消しにかかる真紅。
ジ「無理すんなよ?」
真「そうね…」
その声は、しかし頼りないものだった。

…そして帰りのHR。
「アッーーーーーーーー!!やっぱりマークシート一個づつずらしてた畜生ーーー!!」
「うおっしゃああああ!!A判定ゲッツ!!」
「うっわ、偏差値が上がってやがるううううう!!」
何があっているのかと言うと、少し前にあった大学試験模試の結果が続々返却されたのだ。
もう頑張れというほか無いのだが、それでもやはり結果に一喜一憂する生徒達。
そんな中、担任からひったくるように模試の結果が印刷された紙を受け取り、そのまま印刷面を
自分の胸に押し付けるようにそそくさと席に戻り、恐る恐る中を覗き込もうとする少女が一人。
真「…自己採点での出来は悪かったけど、大丈夫よね…」
ムチャクチャ動揺しきった表情で何とか興奮を抑えつつ、今までの努力の結果を目にした優等生の少女・真紅。
…が。
ガターン!!!
突然、椅子と何か別なものがひっくり返り、床に叩きつけられる音。
一瞬にして騒がしさが退いた教室中の視線が、蒼白しかも苦しそうな顔で気を失って倒れている真紅に注がれた。

有栖川病院。
真「…ここは?」
意識を取り戻した真紅の目に真っ先に入ったのは、見知らぬ天井だった。
ジ「気が付いたか…」
真紅が横たわっているベッドの傍らには、ジュンを始め数名のクラスメイトが控えている。
どうやらここは、病院の個室の一室らしい。
銀「まったく、真紅ったら人騒がせねぇ…」
雛「うゅ、突然のことでびっくりしたの~」
雪「いきなり失神して倒れるなんて…」
翠「おったまげること山の如しですぅ」
蒼「でも、大事に至らずに済んで良かったね…」
おのおの口を開く少女達。
真「それで…私はどうして…?」
ジュンがそれに応える。
ジ「ストレス性の胃炎だそうだ。しばらくは入院が必要だって」

それを聞いた真紅の顔が曇る。慌てて身体を起こす真紅。
真「そんな…!!どれ位入院し続けなきゃいけないの!?」
ジ「少なくとも…体力の回復を期して、年内は退院できないらしい…」
申し訳なさそうに応えるジュン。
真「何てこと…今から特に勉強しなくちゃいけないのに…」
絶望して黙り込む真紅…
無理もない。真紅が私大の難関・里稲田大学を狙っているのは、クラスメイトには周知のことだった。
真紅の成績では、合格か不合格かは今のところ半々…
試験当日まで、寝る間も惜しんで勉強し続けたかった真紅だったのだが…
銀「ふふ、お生憎様ぁ。まぁ、これでライバルが一人減っちゃったぁ」
真紅と同じく、里稲田大学を狙う水銀燈が憎まれ口を叩く。ちなみに、水銀燈の成績は真紅よりも良い。
蒼「ちょっと、水銀燈…」
見かねた蒼星石がたしなめるが、どんよりしきった真紅には、水銀燈の言葉も入ってこないらしい。
真「…」
絶望の表情で呆然と固まってしまった真紅。
見舞いに来た皆も、なんだか気まずくなってしまった。
翠「じゃ、じゃあ私達は帰るですぅ」
蒼「そっそうだね。真紅、お大事に…」
雛「ゆっくり休んでなの…」
銀「ばいばぁい」
雪「またお見舞いに伺いますわ…」
そそくさと出て行く一同。
彼女達が出て行ったのに真紅がようやく気づいたのは、たっぷり10分もしてからだった。
…が、傍らに残っているのがまだ一人。
真「…ジュン?あなたは帰らないの…」
力なく問いかける真紅に、ジュンが質問で返す。
ジ「なあ…ストレス性胃炎って先生は言ってたけど、お前…」
真「…何よ」
ジ「無理しすぎてたんじゃないのか?学校でも、もちろん家でも。ずっと勉強しっぱなしとかで…」
真「…」

ジ「休み時間も放課後もずっと勉強してるし、それにどんどん顔色も悪くなってたし、げっそりしてたし…」
真「…ええ。確かに、私はここ最近は徹夜で勉強してたわ…食事もほとんど摂らずにね…」
ジ「それにしても、模試の結果が返された時に倒れたって…」
真「判定が…Dだったのよ。それも、志望先に入れてた里稲田大学の学部が全部…」
ジ「そうか…」
真「…」
ジ「…あまり、無理するなよ。身体が一番大事なんだから…」
…重い空気のまま、真紅の一日は過ぎていった。

真紅にとって初めての入院生活の日々は不便で退屈で仕方なかった。
受験生である真紅には娯楽など必要ないが、医者からも看護師からも、ベッドの上で勉強を始めれば
「無理しないように」と釘を刺され、ほとんど効果は上がらない。消灯時間も決められているから尚更である。
むしろ、真紅は「もっとご飯を食べなさい」と、彼らから何度も言われていた。
倒れるまで食事をほとんど摂っていなかった真紅は、軽い栄養失調になりかけていた。
腕は細り、あばらは浮き、鏡の中の顔はげっそりとしている。
…普段ならあまり美味しいとは思わないであろう病院食を、体調と食欲を取り戻した彼女が待ちわびるようになるのに
時間はそれほどかからなかった。

12月も下旬に入ろうとする、ある日の夕方。
日没が早い時期のこの日、真紅の病室に見舞い客が訪れた。
銀「はぁい真紅ぅ、元気ぃ?」
真「あら…水銀燈。ひやかしに来たの?」
銀「まさかぁ。お見舞いよ、お・み・ま・い。感謝なさぁい?」
真「ふん、どうだか」
友達ではあるのだがこんな感じの二人。
銀「何だか機嫌悪そうじゃなぁい?入院中くらい穏やかにしてなさぁい?こないだ退院した私の友達も、病院では
  ゆっくりと…」
真「貴女が来たから機嫌が悪いのよ」
銀「…嘘ね。貴女、お腹が空いてるんでしょお?」
真「…!!」

図星だった。今までの反動だろうか、食欲の回復を通り越し、この時には最早食い意地が張ってしまっていた真紅の
顔が赤くなる。それを水銀燈が見逃そうはずが無かった。
銀「…そろそろ夕飯の時間ねぇ?」
真「だったら何よ…」
銀「感謝なさぁい。私が貴女の夕食を受け取ってきてあげるわぁ」
真「ちょっと…余計なお世話…」
そういう間に、水銀燈は身を翻して病室から出て行ってしまった。
どうせ担当の佐原看護師が運んできてくれるのに…とぶつぶつ言っている真紅の元に、やがて戻ってきた水銀燈。
その手には、真紅が待ちわびていた夕食のトレーが…
真「…ありがとう。ここに置いて頂戴」
早く食べたくてうずうずするのを水銀燈に悟られまいとしつつ、真紅はベッドの手すりに掛けられている簡易テーブルを指す。
…が、水銀燈はそうせず、ベッド脇の椅子に座り、トレーを自分のひざの上に置いた。
銀「んふふ、今日は私が食べさせてあげるぅ」
真「水銀燈っ…!!」
焦らす水銀燈と、怒り半分懇願半分といった表情で声を上げる真紅。
…真紅はうっすらと涙すら浮かべている。
それを見て、ますます燃え上がる水銀燈。
彼女は、おかずの載ったお皿と箸を、その手に取る。
銀「ほぉら真紅ぅ、これを御覧なさぁい」
真「…!!」
水銀燈がまず真紅にちらつかせたのは、いい感じに焼きあがったメザシである。
銀「んふふ…こんなに大っきくて♪引き締まって♪あはぁ…」
真「ちょ、頂戴!早くっ!」
銀「だ・ぁ・め…」
メザシは、無情にも真紅のもとから遠ざかっていく。
真「あぁ…」
銀「おかずのサラダも、お味噌汁も美味しそうだけどぉ…やっぱりコレよねぇ…?」
真「そ…それは!!」
真紅の熱っぽい視線の先…水銀燈の氷魚のような手の中には、熟れに熟れたネグロスバナナが…
真「水銀燈ぉ!!もう駄目!これ以上じらされたら、私壊れちゃいそうだわ!」

しかし真紅の懇願には目もくれず、水銀燈は、その手の中のバナナに舌を這わせ始めた。
銀「ん…はぁ…大っきいわぁ…そしていい香り…」
真「ぅぅ…!!」
顔を紅潮させる真紅の懇願にもかかわらず、水銀燈は狡猾な笑みを浮かべ…
銀「さあ真紅ぅ、どぉ!?欲しいわよね?たっぷり欲しいわよねぇ!?ねぇ!!?」
水銀燈は、左手に持ったお椀の中のほかほかおかゆを、右手のスプーンですくっては落とし…を繰り返す。
白濁したおかゆがスプーンから離れ、お椀の中に落ちる様を見せ付けられる真紅は我慢が出来ない様子である。
真「あ…ん、じらさないで…早く頂戴…」
銀「いくわよぉ!?いっちゃうわよぉ真紅ぅ!?」
真「きてぇええええええええええ!!水銀燈!」
…この様子を、廊下で聞いていたのが約一名。
佐「ちょっと!貴女達、病院で何やって…るの…」
勢い込んで病室に飛び込んだ佐原看護師だったが、彼女の目に入ったのはその予想していたリリーな情景ではなく、
貪るように病院食を食べる真紅と、「んふ♪んふふふふふ♪…」と妖しげかつサディスティックな笑みを浮かべつつ
その様子を見ている水銀燈だった…
真「は、ははらはん、おははひほひひはら、ほっほほはんひょうらい
 (あ、佐原さん、お代わり欲しいから、もっとごはん頂戴)」
佐「…」
その日の夜、真紅は通常の三倍の病院食を平らげた。

次の日の夕方。
雛「こんにちは真紅!今日はヒナが来たの!」
元気で無邪気な雛苺を見て、真紅は思わず笑みをこぼす。
真「雛苺…ごきげんよう。でも無理に来なくてもいいのよ。貴女も受験があるでしょう?」
雛「ヒナは特別難しいところは狙わないの!間違いなく合格するところを手堅く狙うのよ~」
真「へぇ…」
雛「あっそうそう!これ、トゥモエからお見舞いなの!」
雛苺がカバンからごそごそと取り出した箱の中身は…

真「あら…苺大福じゃないの」
これを見た真紅は、思わずごくり、と喉を鳴らした。
雛「これを食べて早く元気になってくださいって伝言なの!」
嬉しいお見舞い…だが、真紅はその好意に甘えることが出来ない。
真「そう…でも悪いけど、今の私は病院食しか食べられないの…先生の指示で…」
壊れそうな理性を支えつつ残念そうに言った真紅だが…
雛「じゃあ、ヒナがもらうの~」
真「ええっ!!!?」
傍目にも物凄く残念そうな顔をありありと出した真紅だった。それも、無意識に。
それを見た雛苺は、思わず萎縮してしまう。
雛「…駄目なの?このうにゅ~、今日で賞味期限が切れちゃうのよ?」
真「…そ、そうなの?…なら…良いわ。代わりに食べて頂戴…」
真紅ががっくりと言ったその瞬間、顔を太陽のように輝かせた雛苺の笑みといったらなかった。
雛「いっただっきま~すなの!」
美味しそうに苺大福を頬張る雛苺の無邪気な顔が…真紅にはこの上なく辛苦で…
その日も、真紅は通常の五倍以上の病院食を平らげた。半ば、やけ食いであることは言うまでもない。

それからしばらく経ったある日、真紅は久しぶりにシャワーを浴びた。
心なしか、その身体の肉付きは元に戻った…ように彼女には見えた。
体重でも測ってみようかしら、と真紅は脱衣所にあった体重計に載る。
…そして、驚愕した。その顔は、少し前に倒れた直前の時のそれよりもはるかに引きつっていた。
体重計の針が指す数値が、真紅がこれまでの人生で経験したことのない最高値…だったのだ。
真紅は、思わず自分の身体を鏡で見やる。
…総じて、「以前よりムチムチになった」真紅…そう!
『ふとましんく』がそこにいた…
…食事を控えなきゃ!
真紅が決心した瞬間である。

さらに次の日の夕方。
蒼「こんにちは、真紅」

翠「真紅、元気にしてるですか?」
翠と蒼の姉妹が病室に顔を出した。
真「あら、ごきげんよう。今日は貴女達が来てくれたのね」
蒼「うん。調子はどうだい?」
真「ええ…だいぶ良くなったわ」
翠「雛苺から聞いたですが…食事制限はどうなったですか?」
真「ええ、今日解除されたばかりよ」
翠「そうですか…では、真紅に頼みがあるです」
真「頼み?私に?」
蒼「うん。実は僕と姉さんで、昨日お菓子を作ってみたんだ。ほら…」
二人が持ってきた袋の中に入っていたそれは…焼きたてのアップルパイ。思わず息をのむ真紅。
さすがは、料理の専門学校からすでにオファーが来ている双子である。
真「まぁ、美味しそう!!」
真紅は、半分本気で、そして半分げんなりして…言った。食べたいのはやまやまだが、今の真紅には…
しかし翠星石はそんな真紅の思いなど知らずに続ける。
翠「でしょ!?で、頼みというのは、真紅にこのお菓子を試食してもらいたいんです」
真「試食?」
翠「ですぅ」
真「で…でも、私なんかでいいの?」
蒼「真紅はこういった紅茶に合うようなお菓子には舌が肥えてるからね」
真「そ…そう…(一口だけ…取りあえず一口だけなら…)」
蒼星石が差し出したフォークで、パイを一口分味わう真紅。
翠「ざわ…」
蒼「ざわ…」
真「…っ!!!」
躍動するパイ。飽くなき美味の追求。まるでそれは…お口の中に広がるハーモニーっ…!!!
翠「ですよねっ!!美味しいですよね真紅!?」
蒼「良かったぁ!喜んでくれて嬉しいよ!!」
…10分後、真紅は一人涙を流していた。パイのあまりの美味しさ、そして、その全てを平らげてしまった自分の不甲斐なさに。

また明くる日。
雪「ごめんあそばせ、真紅」
真「今日は貴女なのね」
どうやら、真紅と仲の良いクラスメイト達は、交替で彼女を見舞ってくれることにしているらしい。
雪「聞きましたわよ。昨日は翠星石達の手作りお菓子をお召し上がりになったそうですわね?」
真「え、ええ…」
雪「ああ、なんと羨ましい!私もご一緒したかったですわ」
真「あら…そう?」
雪「でも嬉しいですわ!普段、あれほど食事に注意を払っていなかった真紅が、やっと食事を楽しんでくれるようになって!」
真「そ、そう…」
何だか戸惑うしかない真紅に構いなく、演説をぶち始める雪華綺晶。
雪「食…それは私達人類がその誕生以来延々と受け継いできた営み…。食こそ喜び、食こそ至福なのです!嗚呼、やっと得られた食の友!」
真「…」
雪「諸君!私は食事が好きだ!
 諸君!私は食事が大好きだ!」
真「…あの?」
恐る恐る声を掛ける真紅。だが、雪華綺晶は顔を上げ、腕を振るい熱弁を振るう。
雪「穀物が好きだ!肉が好きだ!魚が好きだ!野菜が好きだ!果物が好きだ!ゲテモノも好きだ!
 食卓で!学校で!マッ●で!草原で!凍土で!砂漠で!泥中で!アマゾンで!トイレの個室で!
 この地上で行われるありとあらゆる食の営みが大好きだ!
 食卓に並んだ朝ごはんがほかほかとした湯気を立ち昇らせているのを見つつ、胃におさめるのが好きだ!
 300回は混ぜた納豆がご飯の中に投下された時など心がおどる!
 一流シェフの差し出すサーロインステーキを、肉汁を滴らせたまま口に入れるのが好きだ!
 興奮したナイフとフォークで、既に焼かれた肉を何度も何度も切り分ける時など感動すら覚える!
 生きたドジョウを鍋の中に放り込んでいくことなどはもうたまらない!
 弱りきった魚達が、私が穴を開けた豆腐の中に逃げ込んでいくのを見るのも最高だ!」
真「…!!」
黙って聞いていた真紅だが、雪華綺晶の熱弁に引き込まれ…その言葉が織り成す様々な食べ物のイメージが
真紅の頭の中を駆け巡り、次第に彼女は無意識のうちにその食欲を増大…肥大化させていく。 

雪「諸君!私は食事を、怒涛のような食事を望んでいる!
 諸君!私の同士となった諸君!
 君達は一体何を望んでいる!?
 更なる食事か!?
 情け容赦のない、ざるそば大食い選手権のような食事か!?
 鉄板火力の限りを尽くし、三千世界のお好み焼きを焼き払う、嵐のような食事を望むか!?」
熱っぽい問いかけに、真紅の答えは一つしかない。
真「食事!!食事!!食事!!」
雪「よろしい、ならば食事だ!
 我々は満身の力をこめて今まさに食べ物へ振り下ろさんとする割り箸だ!
 だがこの大食いを敬遠する社会で長い間堪え続けてきた我々に、ただの食事ではもはや足りない!
 大いなる食事を!尽きることのない食事を!
 我らはわずかに二名にすぎない!
 だが諸君は、一口当千の古強者だと私は確信している!
 我々大食いの同志を異端の立場へと追いやり、眠りこけている連中を叩き起こそう!
髪の毛をつかんで引きずり降ろし、口を開けさせ思い出させよう!
 連中にグルメの味を思い出させてやる!
 連中に我々の腹の音を聞かせてやる!
 奴らの常識では思いもよらない食欲というものがあることを思い出させてやる!!
 征くぞ、諸君!ジーク、ハイル!」
真「ジーク!ジーク、ハイル!!!!ハラヘッター(ハイルヒットラー)!!」
狂気に取り付かれた真紅は、病室の中心で空腹を叫んでいた…。
その日も、真紅は普段の7倍(ry

真紅は食事に不自由せず…いや、過剰なる食事を愉しんでは後悔を繰り返し…しばらく悶々とした日々を過ごした。
こうしている間にも時は過ぎ、全国のライバル達は着々と勉強し、受験の日は迫ってくる。だが、真紅の勉強は進まない。
焦りが、いつしか真紅を圧し潰そうとしていた。

そして、クリスマスの夜。
一人のクリスマスね、と寂しげにしていた真紅の病室の扉が開いたのに、彼女は驚いた。
ジ「よう、真紅っ…!!」
ジュンは、変わり果てた真紅の姿を見てしまった。
真「ジュン…!!!」
入ってきたのが誰かに気づき、更に驚く真紅。
ジ「メリー、クリスマスだな」
努めて平静に言ったジュンだが、動揺は隠せない。
真「ってちょっと、あなた勉強は!?あなたも受験があるんじゃないの!?」
ジ「…まぁ、今日ぐらいいいだろ…。それより、元気そうで何よりだな、真紅」
真「…ありがとう」
弱弱しくつぶやく真紅。
ジ「どうした?」
真「ねえジュン…私…」
ジ「ん?」
真紅は、明らかに自分を見て動揺しているジュンに気づいていた。
真「私…太った?」
ジ「うん」
思わず即答してしまったジュン。だって仕方ないじゃないか。真紅がふとましくなったお陰で、その胸は大きく実り、
その体型は真紅の可愛らしさを…ジュンから見れば、倍増させていたのだから。
真「…ヒック…グス…」
ジ「真紅…!どうしたんだ!?」
真「ジュンは…私の事…太った私は嫌い…?」
ジ「…何だ、そんな事で泣いてたのか」
真「そんな事って…女の子には大事なことだわ…グス」
ジ「そんな…むしろ僕は…」
真「もう嫌…受験勉強は進まないし、ジュンには嫌われるし…」
ジ「真紅…」
真「どうせ私の受験は失敗よ!!どうして私には悪いことしか起こらないのよっ…!!」
泣き喚く真紅。慌てたジュンだったが…彼は一呼吸おいて行動に出た。 

ジ「真紅」
強い力で肩を抑えられる真紅。彼女を見据えるジュンの目は真剣そのものだった。
真「何よっ!!!あなたは私の事なんか…!」
真紅の言葉は最後まで出なかった。
なぜなら、ジュンがあまりにも唐突に真紅の唇を奪ったのだから。
…あまりにも甘美な触れ合いに、真紅の意識はとろけそうになった。
触れ合う舌と舌。そして、パジャマの上から素肌に侵入し、真紅の豊かになった胸を這うジュンの指…
まるでシルクのように肌理細やかなその肌を縫うようなジュンの指に、真紅は思わず艶めかしい吐息を漏らし…
真「ちょっと!どさくさ紛れに何してるの!」ドゴ
ジ「あべし」
真「…もう///」
ジ「…///」
顔を赤くして俯く二人。ややあって、ジュンが再び口を開く。
ジ「真紅、僕はお前が好きだ」
真「…でも、私は太ってしまったわ…」
ジ「いやいやいや、僕はふとましい真紅のほうが好きだ。こないだまでの真紅よりも…」
真「ふとましいって何よ…でも、私もあなたの事が好きよ///」
また赤くなる二人。
ジ「…なあ、真紅。今からでも遅くはない。ゆっくり静養するんだ。そして早く退院し、勉強に励むんだ」
真「でも…今更…」
気弱そうに言う真紅に、ジュンが決心したように言った。
ジ「僕も、里稲田大学を受験するよ」
真「…ジュン!!」
真紅の顔が輝いた。ジュンの成績は、里稲田大を受験するのに十分な資格があることは周知の事実だった。
ジ「一緒に、頑張ろう」
真「…ええ!!」
再び唇を重ねる二人。病室の窓の外には、粉雪がちらついていた。

それからの真紅は完全に復活した。
彼女は病床で出来る範囲の勉強を続け…

年開けすぐに退院してからは、身体に注意しつつ、一心不乱にセンター対策に打ち込んだ。
もはや何の雑念も彼女を惑わすことは出来ない。
そして…センター試験本番。
真紅は、里稲田受験に必要な英・国・日本史で、85%の得点を上げた。
だが、これだけで喜んではいられない。
気持ちを切り替えた真紅は、里稲田大の一般試験対策に精を出し…
ついに、試験本番を迎えた。

2月、雪のちらつく里稲田キャンパス。
たくさんの制服姿・私服姿が、案内員や掲示に従って建物内の会場に入っていく。
真紅は、ジュンと一緒にここを訪れていた。
真「私は…3号館の教室だわ。ジュンは?」
聞かれたジュンは、手袋の間から受験票をのぞかせて会場を確認する。
ジ「僕は5号館だ。この辺りで別れようか」
真「そうね。しっかりやりましょう、ジュン」
ジ「…ああ。お互い頑張ろう!」
真「ええ!」
手を振って、真紅は少し離れた建物に駆けていった。
それを見送ったジュンは…踵を返し、5号館へ向かう。
…その建物の前で、彼は、真紅と同じく里稲田大を受験する水銀燈と出会う。
まるで事前に図っていたように向かい合った二人。
ジュンは、その手の中の受験票を水銀燈に渡す。
受け取った水銀燈は…彼女に手を振ってキャンパスから出て行くジュンを、どこか寂しげに見送っていた。

『試験始め!』
大教室内の受験生達が、試験監督の号令で一斉に問題用紙を開く。
真紅は、自分の得意科目にして最大の武器・伝家の宝刀とも言うべき英語の文章を見据えた。
彼女が絶大な自信を持つ英語。
里稲田の難易度の高い長文を、真紅は苦もなく読み進めていく。
…英語はもらったわ。日本史も、得点できる公算は高いわね…。

そんな事を考えていた真紅。
普通、私立大の一般入試の試験科目は、英・国・社である。
真紅は、英・社(日本史)が得意な代わりに、里稲田の記述式の国語は非常に苦手だった。
模試では、英・社が高得点なのにも関わらず、国語の点数が低いせいで判定も悪かった。
だが真紅は諦めなかった。彼女は、自分の不得手をどう補填するか…ジュンからの告白直後にそれを考え抜いた末…
里稲田の試験方式の一つ・センター併用型試験を使用することにしていたのだ。
この方式だと、センターの英・国・社を受ければ、里稲田の試験は、3科目のうちの高得点2科目のみで良くなる。
そうすれば、仮に国語で0点でも、真紅の得意な英・社で合格できる可能性が一気に増える…
センター試験の国語…選択式のそれで高得点を取るのに成功していた真紅の、乾坤一擲の作戦だった。
…こうして、この日の試験は終わりを告げた。

そして、2週間ほど経った合格発表の日。
再び里稲田大にやってきた真紅は、布で隠された掲示板の前で、人ごみに押されつつ発表を待っていた。
…やがて、一斉に布が下ろされ、その下の模造紙に羅列された数々の番号が顕わになる。
真「21009…21009…」
真紅は、取りあえず『政経学部』と記された字の真下の列の一番上の番号を見ようとした。
そこから順に下へ番号を探そうとしたのだ。
21から始まるその番号を見据え、そこから視線を下へと流し始めた真紅は…
真「…?」
違和感を感じ、最初の数字を再度見直そうと視線を戻した。
もしかして。手の中の受験番号を慌てて見直す真紅。

そこには、紛うことなく、掲示板の一番左上の番号と同じそれが、記されていた。
「…!あった!あったわっ!!」
気づかないうちに叫び出した真紅は、いつしかその場でぴょんぴょんと飛び跳ねていた。
その体感が以前よりも少しどっしりしている感があったが、そんなことは今の彼女には全くどうでも良かった。
ついでに思わず、横にいた誰かに抱きついた真紅。そのがっしりとした腕の持ち主が、突然声を上げる。
「おい!この女の子合格してるぞ!」
「よっしゃあ!」

大学の在学生であるアメフト部員の集団が、感極まって知らない男に抱きついたことに今更気づいた真紅を
取り囲み…彼女を高々と持ち上げる。
真「あ…ちょっと…」
「合格おめでとう!バンザーイ!バンザーイ!バンザーイ!」
宙に舞う真紅の瞳に映るのは、2月の透き通るような青い空。
…嬉しい。いや何よりほっとした。
胸が一杯になった真紅は、いつしか涙を零していた。
アメフト部の祝福の声とともに地面に降ろされた真紅を、今度は近くにいたチアガール達が囲む。
ぽっちゃりした後輩の合格を祝う歓声の中で…真紅は、ふと別のことを思い出していた。
…ジュンはどうだったのかしら?
…水銀燈は?
チアガールから解放された真紅の視線の先に、そのジュンが笑顔で彼女に手を振っていた。
真「ジュン!」
思わず駆け寄った真紅を迎えるジュン。
ジ「見てたよ。良かったな真紅!」
真「ええ、ええ本当に…ねえジュン、あなたはどうだったの?水銀燈は?」
矢継ぎ早に問いかける真紅。
ジ「水銀燈なら…そこにいるよ」
少し離れたところにいる水銀燈は、真紅を見つめて涙を零していた。
真紅はこの時…はしゃぎすぎていたことを後悔した。
水銀燈なら絶対に合格しているはず…そう思い込んでいたのだ。
真「ごめんなさい…私…」
神妙な顔で水銀燈に謝る真紅。
水銀燈はハンカチで顔を覆っている。
ジ「真紅…水銀燈は合格してたよ」
あまりにも突然の言葉に、真紅は戸惑ってしまった。
真「…え?」
ジ「水銀燈はね…真紅が合格して、一緒の大学に行けて嬉しいってさ」
真「…!」
銀「ちょっとぉ…余計なこと言わないで!」

涙を拭いながら、鼻声で抗議する水銀燈。
ジ「いいじゃないか。真紅が胴上げされているのを見たときの水銀燈の様子、真紅に見せてやりたかったな」
銀「もぉ…!!」
そんなやりとりを見ながら、真紅は胸が暖かくなるのが分かった。
…普段はつっけんどんな関係しか持てなかったが、水銀燈は真紅の事をひどく気に掛けていたのだった。
真「水銀燈…ありがとう…」
まだぐずっている水銀燈に近寄った真紅は、その親友をそっと抱いた。
銀「うぅ…」
そんな二人を微笑を浮かべて見ているジュン。
その視線に気づいた真紅は、むろんすぐに向き直り、問うた。
真「ねぇジュン、あなたはどうだったの…?」
しかしジュンは照れ笑いを浮かべて頭をかくだけで、真紅の問いに答えようとしない。
そんなジュンを見た真紅が不安になるのは当然の成り行きで…
真「そんな…まさか…ジュン、あなた…!」
悲鳴に似た声を上げた真紅に…傍らの水銀燈がぽつりと言った。
銀「ジュンは…合格でも不合格でもないわ」
真「…え?」
銀「…真紅、ジュンはね…この里稲田大を受験してないのよ」
真紅は、自分の耳が受験のストレスでおかしくなってしまったと思った。
真「どう…して?」
照れと微笑をたたえたまま、ジュンは言った。
ジ「僕はね…実は最初から、大学には行かずに、都内の服飾専門学校に行くことにしてたんだ」
真「そんな…じゃあ、あなたが受験の日にここに来たのは…受験票だって持ってたじゃない!」
銀「あれは…私の受験票よ。貴女が会場でジュンと別れるまで…私が貸してたのよ」
真「ならどうして…センター試験は受験したの…」
ジ「…専門学校の学科受験のためだよ。そこの校長先生は無試験でもいいから来てくれって言ってたけど…ね」
真「…」
真紅はやっと悟った。ジュンは、真紅と同じ志望校…里稲田大学を共に受験する(ポーズだけとる)ことで、
色々あって壊れそうだった彼女を、精神的に支えてくれていたのだ、と。
真「ジュン、あなたって人は…!」

思わず胸に飛び込んだ真紅を迎えるジュン…
ジ「でも良かったな真紅、良かったな…」
真「私、あなたと、水銀燈と三人でこれからも一緒に過ごせると思ったのに…あなたに好きって言ってもらえたのに…!」
胸の中で涙を流している真紅をあやすように、ジュンは応えた。
ジ「これからも離れ離れになるわけじゃないさ。専門学校だってここからそう遠くないところにあるんだから…」
泣き止まない真紅に、横から水銀燈が声をかける。
銀「ほらぁ、いつまでも泣いてんじゃないわよぉ。むしろ泣きたいのはジュンを取られた私なんだからぁ」
ジ「…さあ、今からどっかにお祝いしに行こう?他の皆にも真紅たちが合格した事、メールで伝えてるからさ」
涙を拭った真紅。
真「あなたは…これからも、私と同じ空の下にいるのよね?」
ジ「ああ!」
アメフト部員に撮ってもらった三人の記念写真の真ん中にいる真紅は、この時もやはりふとましかった。

お わ り

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