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……夢を見ていた

……これは何時の頃だろうか?

……確かこれは、中学か…いや、高校時代のはずだ


――一人の少年が、視界に映る――


……彼の名前は、桜田JUM

……そうか、彼の夢か…そう思うと、心は躍るとともに沈んでゆく…


……高校時代の彼は、はっきり言って全く目立たない生徒だった

……勉強も運動も人並みで、人並みの人生を送っていた。…送っていく、はずだった…。


……もし、もう一度、彼に会うことができるなら…

……彼の運命を、人生を、狂わせてしまったことを謝罪したい――

……出来るならば、の話だが。

―――――――――――――――――――― 


銀「寝たくないのに、眠ってしまうのよぉ……!」



彼女の名前は、水銀燈。僕こと桜田JUMの幼馴染だ。
小学校は別々だったが、中学校・高校と同じ学校に通っていた。

容姿端麗、成績優秀、スポーツ万能――
文武両道にして才色兼備を地で行く彼女だったが、
高校一年の中ごろから、徐々に授業中居眠りをするようになった。

いつしか毎時間居眠りするようになり――
ついた渾名が「眠り姫」だった。


ある時、僕は彼女に問いただしてみた。

J「なんでそんなに居眠りするんだ? 『眠り姫』なんて呼ばれてるの、知らないわけじゃないだろうに」
銀「分かっているわぁ……けど、どうしても眠くなってしまうのよぉ……夜もしっかり睡眠はとっているんだけど……おかげで中間も酷い成績だったわぁ」

ちなみに、彼女の「酷い成績」とは「学年順位が10番台」である。

J「根性で何とかできないのか?」

からかい調子になってしまい、この時は彼女を怒らせただけで終わってしまった。
しかし、結論から言うと、彼女の意思でどうこう出来るものではなかった。


彼女は、病に冒されていたのだ―― 


高校の三年間は、僕たちはずっと同じクラスだった
恋人になったのは、二年生になってからだろうか――
特に告白とかはお互いしなかったが、自然とそういう間柄になっていった


僕はある日、水銀燈のやせ方が尋常じゃないことに気づいた。

J「なぁ、水銀燈……怒らないで聞いてくれるか?」
銀「言う前から怒るなって言われてもねぇ……話を聞いてみないと」
J「じゃ、単刀直入に聞く。……水銀燈、いま体重は何kgだ?」
銀「え……いきなり何を聞くのよぉ。失礼ねぇ」
J「ごめん。何か、やせ方が尋常じゃないと思って。げっそりしてると言うか」
銀「……もぉ。でも、私のこと心配してくれてるのよね。ありがとう。ごめんなさい。それで――」

J「……え? [ピー]kg? 水銀燈、確か身長は170cmあったよな……? 明らかに痩せ過ぎだぞ? 病気かなんかじゃないのか?」
銀「でも、体調が悪い訳でも無いし……痩せられるなら、それはそれでOKよぉ」
J「まぁ……花の乙女に痩せすぎだから肉を付けろ、って言ってもアレなのは分かるが……」


当然ながら、事態が収束することはなかった
体力が低下し、彼女は所属していた陸上部を辞めざるを得なくなった
居眠りもひどくなり、遅刻もするようになり、勉強の成績も下がり続けた……
生活指導の教師から、呼び出しがかかった――

J「で、どうだった?」
銀「とりあえずは様子見ですって。でも……あんまり酷いようだとまた話をしなきゃならないって」
J「まぁ、確かに傍から見れば不良化の見本みたいだし」
銀「……自分でも、もどかしいわぁ……。『授業がつまらない』そう思ったらすでに居眠りしているし……だんだん授業にもついていけなくなって余計……」
J「……悪循環だな」
銀「体力だって……以前は100m泳ぐくらい余裕だったのに、今では25mでさえ泳いだら倒れそうになるわぁ……」

だが、直後に笑顔を見せてくれたように、彼女の明るさが翳ることはなかった
……この時に、無理にでも入院を勧めていれば、あの事故が起きることはなかっただろう――
よく晴れた日、二人で自転車に乗っていた時の事――

J「……で、例の如く笹塚が廊下に立たされて、ベジータはギャリック法違反で――」
銀「……」
J「……おい水銀燈? どうし――」


ガシャーン!!


J「!! 水銀燈!! 大丈夫か!?」


何と、水銀燈は自転車に乗ったまま居眠りしてしまったのだ!
あろうことか、顔面を打ってさえ目を覚まさなかったのだ。
僕は生まれて初めて、携帯で三桁の番号に繋いだ――


銀「お願い……JUM。皆には、『居眠りして転倒した』って言わないで……!」
J「……分かった」

彼女の怪我は不幸な事故として伝えられた。
だがもし真相を伝えたら? 彼女が嘲笑を浴びるであろう事は疑うべくもなかった。
それだけは何としても避けたかった。

この事故を契機に、彼女の病名が判明した。
「バセドウ病」という病気で、甲状腺機能障害の一症状により臓器のエネルギー代謝が激しくなり、
体重の減少、体力の低下を招き、また過度の居眠りもそこから併発しているとの事だった。
そして――投薬で甲状腺ホルモンの量を正常に出来れば、普通の人と変わらない生活を送るようになれる、との事だった。

銀「……で、月一で血液検査をして進展を見るんですって」
J「本当か……良かったな。これで、また前みたいに自転車で遠出とかも出来るな……!」
銀「ええ……JUM……」

幸い、すぐに退院できた
彼女は余程嬉しかったのか、級友に聞かれる度に病気のことを話していた
最も、なかなか信じてもらえなかったようではあるが――


しかし、彼女の遅刻は次第に増え、
級友たちは残酷にも「歴代新記録更新!」などとからかう始末であった。

銀「うるさいわねぇ……睡眠時間を削って勉強してるのよぉ!」

彼女は表向き明るく、そういなしてはいたが、内心では悲鳴を上げていたに違いない――
後で聞いた話だが、このころ彼女は一日のうち12時間近くを睡眠に充てていたのだ。
休日に彼女を誘っても断られるようになった――恐らく、断らざるを得なくなっていたのだろう。


水銀燈が通院するようになってしばらくした頃、
彼女は現状と悩みを打ち明けてきた。

銀「……通常ならホルモン値が低下するはずが、逆にじわじわ上昇してるって……」
J「……え?」
銀「入院を勧められたわぁ……でも、修学旅行も行きたいし、来年になれば受験もあるし……」
J「……」
銀「でも……行きたいけど、行けるかしらぁ?」
J「うーーん……出来るなら、僕は水銀燈と一緒に居たいな……」
銀「JUM……」
J「もうちょっと様子を見て……そうだな、自転車に乗るとかしなければ大丈夫じゃないか?」
銀「……うん、そうねぇ……そういうことをしなければ大丈夫よねぇ……!」


多分彼女は、僕のその一押しを待っていたようだった
後から考えれば、何と軽率だったことか……彼女の機嫌を損ねようと、入院を勧めるべきだったかも知れない
……いや、もしかしたらどちらにしろ同じだったかも知れない
バセドウ病とは別の奇病が、音もなく彼女を侵食していったのだ――
結局、彼女はそのどちらも参加することは出来なかった。


三年生に上がって、転機となる事件が起こった。


何と彼女は、どんなことが起ころうとも目を覚まさなかったのだ!
どんな大きな音も、彼女を目覚めさせるには至らなかった。
彼女は、眠ったまま病院に運ばれた――

以前の自転車事故を目撃していた僕は、嫌な予感に捕らわれた。

級友の間に笑いがさざめいた。
担任に至っては、「白雪姫の喉にリンゴが詰まったようだ」とまで言う始末――
しかし、その笑いは一日で音もなくかき消された。


彼女は眠り続けた。

次の日も。

その次の日も。




僕はこのとき、ある決心をした。


彼女が目を覚ましたのは、二週間後だった。
クラスの皆が安堵した――少なからず、『眠り姫』などと呼んだことに対する罪悪感もあっただろうが……
僕はすぐに見舞いに行った。

J「水銀燈! 良かった、目が覚めたんだな……!」
銀「JUM……ああ、JUM……!」
J「正直、前の自転車事故のこともあったし、心配で心配で……」
銀「目が覚めたら、いきなり天井が違ってて……正直、とても恐かったわぁ……」
J「まぁ、とりあえず、目が覚めたんだし――」
銀「今度こそ入院した方が……って言われたけど、それよりも不安の方が大きいわぁ……また何日も眠り続けるのか、と思うと――」


結局この時も、入院は見送った。

だが、居眠りは相変わらずだったが、もうそれをからかう者はいなかった。

銀「………?」ハッ
銀「………(良かった……私――)」

授業中、居眠りから覚めた彼女が、声を押し殺して涙を流す姿を見ては―――



それから少しして、僕は誘われて彼女の部屋に行った。
彼女の病状が悪化する前は頻繁に行き来していたものだったが……
彼女に、将来のことを訊かれた。

J「……まずは、大学に行く。やりたい事が、あるんだ。それを、実現させる」
銀「大学かぁ……私も……」

彼女の病状のことは、あれ以来なるべく触れないようにしていた。
尤も、彼女にその話題を振られたところで、当時の僕にはどうしてやることも出来なかった。
だが、彼女の恐怖は限界に達していた――

銀「毎日、夜が恐いわぁ……日が暮れて、また明日太陽を見ることが出来るかしらぁ?」
銀「また二週間眠り続けるのかも……いえ、今度はもっと長いかも……二度と目覚めないかもしれない……!!」
銀「毎晩、同じ事を考えてるわ……寝たくない、寝たら駄目って思っていても、どうにも出来ない……」
銀「朝日を見たら、本当にホッとするわぁ……でも、また夜が来れば同じく恐怖に襲われる……その繰り返しなのよぉ……」


彼女は僕の胸で泣いた。
可哀想に、彼女は囚人なのだ。夜と共に来る眠りの足音を、震えながら待つしか出来ない囚人――


J「大丈夫――僕は、いつまでも待ち続けるよ。君の目が覚めるのを、いつまでも。絶対に――」

僕には、そう誓うことしか出来なかった。

その日、僕は彼女を抱いた。


女性を抱いたのは、これが最初で最後だった。……それは、彼女も同じだった。


彼女の体は、触れれば砕け散りそうな儚さだった。
それは、夏の終わりに見つけた蝉の抜け殻のようでもあった―――

そのあと二人で、態度でクラスの皆にばれたらやだね、とか話していたが――
ある意味、それは杞憂に終わった。



次の日から、また彼女は長い眠りについた――



彼女は、卒業式に出席できなかった。
もしかしたらあの日、僕が彼女のエネルギーを奪ってしまったのか……?


結局、彼女が目を覚ましたのはそれから10ヵ月後だった「そうだ」。


僕は大学の現役合格が叶わず、そのころ予備校の合宿に入っていた
しかも、実家との連絡が原則禁止との事だったので、僕は彼女が目覚めている間に見舞いに行けなかった。

――いつまでも待つと約束したのに――

後で聞いた話では、彼女は2日間目覚めていたそうだが――その間、ひどく取り乱していたそうだ。


僕は後悔した。
そして、それから毎日のように、彼女を見舞い続けた。


彼女は、閉じた瞳で静かに僕を責め続けるだけだった。



――6年ぶりに、彼女が目覚めた。


その知らせを聞いて、僕は彼女の病室へと駆け込んだ。僕にとっては7年ぶりだ。
彼女は、前のように取り乱しはしていなかった。


銀「JUM……」
J「……ごめん、水銀燈。前は、傍に居てやれなくて――」
銀「ううん、もういいわぁ。で……今回は……何年、寝ていたのかしらぁ」
J「……6年、だよ」
銀「6年ねぇ……JUMが大人っぽくなる筈だわぁ。ふふ……ところで、その白衣……JUM、お医者さんになったのぉ?」
J「ああ。いま、この病院に研修医として勤めているんだ。……水銀燈の病気を研究するために。水銀燈の病気を治療するために――!」
銀「JUM……有難う、JUM……」


それから僕たちは、高校時代のように話し込んだ。
歳はとっても、彼女の心は実質何日もたっていない――僕は心が弾んでいった。


銀「JUM……その紙は?」

彼女は、僕が持っていたそれに気がついた。
これは、彼女が目覚めたときのために用意していたものだ。


J「――婚姻届だよ」
銀「え?」
J「水銀燈――僕と結婚してくれないか?」


最初、彼女は呆然とし、すぐに顔を真っ赤にし、俯きながら頷いた。


この日から、僕と彼女は同じ姓となったが――
わずか8時間の新婚生活で、彼女はまた囚われの身となってしまった。


今度の眠りは、とてつもなく長いものとなった。











斉「お帰りなさい、先生。奥さまは今日も元気ですよ」
J「有難う、斉藤君……こんな爺の我儘に付き合わせてしまって……」
斉「お気になさらず……でも、奥様が羨ましいですね、此処まで愛してくださる旦那様が居るというのは……じゃ、何かあったら呼んでください」


J「水銀燈……計算では、ここ数年で目覚めてもおかしくないはずなんだが……」


J「お願いだ、水銀燈……僕がまだ生きているうちに……君が死んでしまう前に……もう一度、目を覚ましてくれ……」



J「僕は……僕たちは、水銀燈を知らず傷つけていたことを謝らなければいけない……『眠り姫』なんて呼んでいたことを……」




J「いや……きっと目覚めるさ……もう少し、あと少しなんだ……こうしている間にも目覚めて、僕に微笑んでくれる……そうだろ?」



そして、僕は握っていた彼女の手に、そっと口づけをした。


~了~

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