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「寒いわね」

窓を開けたままの病室のベッド。
そこで貴女は、見舞い人用の椅子に座った私にそう言った。


「……窓、開けっ放しになってるんですもの。当然よねぇ」

貴女が突飛な事を言い出すのは、珍しい事ではない。
でも、自分で窓を開けておきながらこの発言は、流石に意図を読みかねる。
そんな呆れたような表情を隠さないままで、私は答えた。


「風邪ひいちゃったら、どうしよう?」

貴女はケラケラと楽しそうに、屈託の無い笑みを浮べたりなんかしている。


「貴女が風邪ひいた所で、今更、病院のベッドと仲良しな毎日には変わりは無いわねぇ」

何がそんなに楽しいのか、私を見ながら笑みを浮べている貴女から、私は視線を逸らして答える。


「ううん。貴女がよ、水銀燈」

いきなりな貴女の言葉。
私も、少しだけ眉間に皺を寄せながら、「ハァ?」と疑問を投げ掛ける。
いつもの事には違いないけれど、それでも相変わらず、貴女の考えは私には分からない。
この私にも分からないんだから、この世界で貴女の考えている事が分かる人間なんて居ないのだろう。
  

「寒いわね」

私の疑問や考えを他所に、貴女は再び、同じ言葉を呟いた。


「……窓、閉めるわよ」

私は短くそう告げ、椅子から立ち上がり、大きく開いた窓へと近づく。
でも、やっぱり何を考えているのか分からない貴方の言葉が、窓に触れようとしていた私の手を止めた。


「駄目よ。病室の空気ばっかり吸ってたら、気分も滅入って余計に調子が悪くなるでしょ?
 たまには換気もしとかなきゃ」

よくもまあ、こんなにスラスラと見え透いた嘘を言ってのけるものだ。
ここまでくると、むしろ一種の言葉遊びのようにすら感じてくる。


「……治す気なんて無いくせに、よく言うわ」
「えへへ、バレた?」

貴女はすぐに、悪戯を見つかった子供みたいな笑みを浮べる。
私も、ほんの、ほんの少しだけ微笑んで、再び椅子に腰掛けた。 


「……寒いわね」

今度は私が、開けっ放しの窓を眺めながら呟いた。
ふと視線を移すと、貴女は……ニヤニヤとしか形容の出来ない笑みを浮べている。


「ふふ、ずっと窓開けっ放しだったものね」

貴女はそう言ってから、少し体をよじって、ベッドの隅の方に移動した。
それから、まるで子供を寝かしつけようとするみたいに、空いたベッドの半分を、たしたしと叩いた。

「こっちに来たら?」


これには、流石の私もため息が漏れた。
この子はたったそれだけの事を言う為に……隣に来て欲しいが為だけに、ずっと窓を開けていたのだろうか。
もしそうなら、初めから素直に隣に来てと言えば良いのに。
そうすれば、すぐさま断ってあげたのに。


「早くおいでよ。せっかくの布団が冷たくなっちゃうわよ?」

小さな舌打ちで答えた私に、貴女は相変わらずの笑顔でそう勧めてくる。
この調子だと、私が隣に来るまで、ずっと布団をたしたし叩いているだろう。
そんな事をされたら、埃が舞ってうっとうしい。
それに……
きっと、私が隣に来るまで、窓が閉められる事も無いだろう。
  

「……ほんと、貴女にはいつも呆れさせられるわ」

諦めの言葉を言いながら、私は仕方なしに、貴女のベッドの半分に腰を下ろす。


「横にならないの?」

座るだけでも十分な譲歩だというのに、貴女は不満そうに声を漏らす。
貴女の寂しそうな声を聞くと、私は何一つとして悪い事はしてないのに、不思議と胸が少し痛む。
でも、ちょうど貴女に背中を向ける格好で座っていたから、その時の私の表情は誰にも見られずに済んだ。


「水銀燈の手、すっかり冷たくなっちゃったわね」

貴女は、ベッドの端に腰掛けた私の手に、自分の手を重ねてきた。
冷えた指先に、貴女の手の暖かさが伝わってくる。


「心が温かい人は、手が冷たいって言うものね」

何故だか貴女は、とっても嬉しそうにそう言った。


「手が温かい貴女は、とんでもない冷血漢ねぇ?」

ほんの少し口の端を持ち上げて、私は言う。

  
「冷血漢って、女の子に対して漢は酷いんじゃない?」

無邪気な笑顔を浮かべたまま、貴女は文句を口にする。


「冷血は否定しないの?」

からかうように、意地悪な笑みを浮べて、私は貴女に視線を向ける。


「ふふ、どうだろ?本当はどうだと思う?水銀燈」

貴女は、本当に楽しそうに笑顔を浮べる。
それから、私の手に重ねていた手に、そっと力を込めてきた。


手を振り払わないのは、開けっ放しの窓からの風が冷たいから。


私の手を握る貴女の楽しそうな表情を見ながら、私は心の中でそう呟いた。





 

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