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ジ「ふう…まったく酷い目にあったな」
五月のある晴れた日の事、不思議な転校生がやってきて一騒動起こした後からこの話は続く。

ジュンが、いや彼だけでなくクラスのほぼ全員が彼と同じ心境で、疲れた顔を黒板に向けて
授業を受けているような体裁を整わせているのは、むろん今朝やって来たばかりの転校生のせいであった。
驚いた事にカラスという知能も凶暴さも高い生き物を我が意のままに操ってみせる転校生・水銀燈が、
担任の梅岡が彼女の名前を間違えて紹介した事に大層お怒りになり、手下のカラスにクラスをカオスに
するようにと命じて暴れさせたのがこの少し前。
やっとカラスも水銀燈も大人しくなり、何も知らない英語教師がやって来て一時間目が始まった次第である。
…それにしてもこの教室が受けた爪痕はすぐには消え去ろうはずもなく、床には黒い羽根がたくさん散らばっていた。
爪痕と言うか、それ以上に皆を不安にさせたのが、これからその転校生と机を並べてひとつ屋根の下で勉強していかねば
ならない…というリアルな事実だった。
何しろ、窓際一番後ろに座っている美少女が、授業そっちのけで、窓際に集まったカラス達を愛でているのである。
空いた席がそこしかなかったとは言え…そのひとつ前に座っているジュンにとっては、すぐ後ろの転校生…水銀燈が、
これまた窓のすぐ外に並んでいるカラスに何かブツブツつぶやき、時折小さな笑いすらこぼしているのだから気味悪い。
もちろん気味が悪いのはジュンだけでなく、クラスの全員が水銀燈の方をチラチラと見ては顔を引きつらせているのだが。
銀「あらぁメイメイ、他の子をいじめちゃダメよぉ…?」
今度は背中ではっきりと聞いたジュンは、思わず身を縮ませた。何だよこの転校生、カラスと話せるのか…?
湧いてくる興味が恐怖を少し上回ったのか、ジュンは後ろを振り返って水銀燈の顔を見やった。
居並ぶカラスに片手を差し伸べ、顔を向けている彼女は…恐らくカラスにしか見せないであろう、綺麗な笑顔を浮かべていた。
思わず、息をのむジュン。彼が水銀燈の虜となった瞬間であった。
と、視線に気づいた水銀燈が、一瞬で顔を凍らせてジュンの方を向いた。
銀「何よ」
この様子を見ていたクラス中が震えあがった。皆が朝の悪夢の再来を予感した。
ジ「いっ、いやあの…」
しどろもどろになったジュンが助けを求めるように周りに目線を投げると、クラスメイト達の「このバカ!余計な事を
しやがって!」とでも言いたげな表情が彼を取り巻いていた。

べジータに至っては、片手で痛む尻を押さえながら、ジュンを見据えてもう片方の拳を吐息で暖めていた。…一方、
ジュンの取り巻きとも言うべき乙女達は、ものすごい恐怖に身をおののかせつつ事の成り行きを見守っていた。
とりわけ、絆創膏をオデコに貼った金糸雀や自慢の長髪がまるで鳥の巣のように絡み合っている翠星石のような、
実害を受けた少女達の恐怖はひとしおなようで、元々生き物は触るのも駄目という真紅に至っては、空の通学カバンを
頭から被って震えている始末であった。
なぜか雪華綺晶だけは、爛々と輝く瞳と笑顔をカラスの群れに向けていたが。
銀「あんた。私の顔を覗き見ようとはいい度胸ねぇ…?」
物凄く鋭い表情で凄む水銀燈。気付けばカラスたちも、主に従ってその黒い眼をジュンに向けていた。
ジュンには、黒光りする刃が、幾つも喉元に付きつけられているように思えてならなかった。
哀れな少年は何とか朝の惨事が繰り返されるのを防ごうと言い逃れしようとしていたが…
突如彼の頭に、大きなゲンコツがゴツン、と振り下ろされた。
ジ「いってええええ!!」
頭を押さえてうずくまるジュン。
いつの間にか教科書片手に教室の後ろまで出張して来ていた中年の英語教師が、クラス中が見守る中、口を開いた。
 「コラ!授業中に後ろを向く奴があるか!お前はそれでも高校生か!?」
ジ「す、すみません…」
ジュンは頭を押さえつつも、その英語教師の出現に感謝した。これで水銀燈もこれ以上のリアクションは起こせまい。
そう、そこまでならよかった。
だが、英語教師は、今度はあろうことか水銀燈に叱責を向けてしまったのである。
 「お前もだ!教室中の床が鳥の羽根で散らかっていると思えば、お前が原因か!さっさとそのカラス共を追っ払え!」
クラス中が「やっちまった…」と思った時にはもう遅かった。水銀燈はと言えば、あからさまに不快な表情で
教師に対抗していた。
銀「私の可愛いしもべ達を追い払えですってぇ…?アンタ、誰に口を聞いてるのぉ…?」
 「なっ…先生に対しアンタとは何だ!転校生が来たとは聞いていたが…大体、その髪と瞳は何だ!染髪もカラーコンタクトも
  我が校では禁止されとるんだ!お前のようなつまらん奴が来るから」
この時、水銀燈が一瞬だけ苦しそうな表情を浮かべた事に気がついたのは、間近にいたジュンだけだった。
銀「…メイメイっ!!」
水銀燈は叫んだ。怪訝な表情を浮かべた英語教師の顔に、窓辺にいた一羽のカラスが飛び込んだ。
他のカラスがそれに続き、大きな翼を広げて水銀燈の頭上を飛び越えた。
クラスメイトの、そして年甲斐もない中年教師の悲鳴が上がる。

ジュンは、恐る恐る水銀燈を再び見やった。カラス達が舞い落す黒い羽根の向こうで、転校生の少女が哀しそうに唇を
噛んで俯いているのを、ジュンは確かに見た。
赤い瞳がどのような感情をたたえているのかだけは、彼女の銀髪に遮られて確認する事は叶わなかったが。
つづく

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