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「ねえ、水銀燈。ちょっと良いかな? 」

ベッドから上体を起こしためぐが、私にそう声をかけてきた。
私は視線を窓の外から彼女へと移し、「なによ」と短く答えた。

「相談があるの。
 くだらない、笑っちゃいそうな事。だけど……――― 」

めぐは微笑みながら。
でも、ほんの少しだけ寂しそうな表情を浮べながら、私に語りかけた。



……これが、数ヶ月前の出来事。
全ての発端。


そして暫くして。



私は一人、薄暗い森の中、ライフルを抱えてうずくまるように座っていた。

時間を計ってなどはいないが、かれこれ半日近くはこの姿勢のまま微動だにしていない。
昼には私の事を木の一部か何かと勘違いした鳥が私の肩で羽を休める事もあった。
でも……日が沈みかけてきた今となっては、私に寄り付く動物は少ない。

あるいはそれは、私の体から発せられる殺気のせいだろうか。

いや、そもそも私は、殺気や気配だなんて瞳に映らないものは信用していない。

気配というのだって、僅かな音や空気の揺れを無意識に感じ取っているに過ぎない。

だから私は、その僅かな音すら消し去るために。
かれこれ半日近くも、一切の動きを止めてターゲットを待ち続けていた。

待つ時間というのは、あまりに永く感じられる。

ひょっとして、こちらの動向がターゲットに知れているのではないか。
まさか、ターゲットはこの森の中を通らないのではないか。

永遠のように思われる、いつまで続くとも知れない時間。
私の思考は、そのような事にも及んだが……

それでも、自分の判断を信じて、私は待ち続けた。

どれくらい待ったのだろう。
とうに16時間は過ぎていたと思う。
日は完全に沈んではいるが、僅かな月明かりにも慣れきった私の瞳は、十分な視界を確保していてくれた。

だけれど、見えすぎる、というのも、それはそれで弊害となる場合もある。

私の靴のつま先で、小さな蛇が惰眠を貪っているのが、先程からやけに目に付いた。

気にする程のものでもない。
自分にそう言い聞かせてはみたものの、服に付いた小さなシミと同じで、一度気にしてしまうと厄介だった。

ほんの少しの迷いはあったけれど……
私は、その蛇を掴んで放り捨てる、という動作をする事を、自分に許可する事にした。

一秒に一ミリずつ。空気すら動かさないように、手を伸ばす。

私の靴先で寝ている蛇は、僅かな動きには気が付かず、相変わらず動こうとはしない。

そして私の指先が、蛇に触れるか否かと言う瞬間。

ペキ、と、どこかで誰かが木を踏み鳴らす音が僅かに聞こえた。

全身に緊張感が走る。
耳をすます。
この足音は、人か、獣か。
再び足音が聞こえる。
集中していても、聞き取る事が難しいほどの。
人だ。
獣なら、足音をここまで完璧に消したりできない。

私は伸ばしていた手を、そのままゆっくりと肩のライフルへと伸ばす。
一秒に、一ミリずつ。
まるで蝸牛が這うように、音も無く。でも、確実に。

ライフルを掴み寄せ、スコープを目に当てる。

たったこれだけの動作なのに、私は完全に気配を消す為に、必要以上の時間を費やした。
その間にも、ターゲットは足音を殺しながら歩き……
そして、ついに私の視界の遥か遠くに、その姿を現した。

腰まで伸ばした金色の髪。湖面のような碧い瞳。
そして、赤い服を着た、少女。

姿を見ただけでは、とてもじゃあないけれど、そうには見えない。
少し高慢そうな顔こそしているけれど、まあ世間一般的には普通の女の子で通用しそうにも思える。
でも……私は一目見て、その少女がターゲットである事を確信した。

静かに。
呼吸をする事すら捨てて、静かに、ライフルを構える。

少女はこちらに気付かず歩き、私は彼女に銃口を向ける。
スコープに描かれた十字と少女の側頭部が重なる。
引き金に重ねた指先に力を込める。

瞬間。

少女は、スコープを通して見つめる私の目を見た。

「!? チィッ!」
反射的に毒づきながら、一気に引き金を引く。
少女のすぐ後ろに立っていた木の幹が弾ける。
外した。

せっかくの待ち伏せが、失敗。
そう思うと、情けなさより腹立たしさが先に立つ。

いや、それ以上に……どうして彼女は、私が狙っている事に気付いたのか。
殺気を読んだとでもいうのだろうか。
いいや、それは信じがたい。
恐らく、引き金を絞った瞬間のわずかな指の軋みといった、不自然な音に反応したのだろう。

そこまで考えて、私は思わず、小さく笑ってしまった。

そんな小さな音を、この距離で聞き取る人間が居るだろうか。
居たとしたら……
いや、実際に彼女は私の狙撃を避けてみせた。
どんな方法にせよ、あの少女は確実に人間離れしている。

「ふふ……そもそも、同じ『人間』だと思うほうがどうかしてる、って事ねぇ……」

私の予想の遥か上を行くターゲット。
不思議と、恐怖は感じなかった。
それどころか……一撃で終わらなかった事を楽しんでいる自分に気が付いた。

再びスコープ越しの景色に見入り、先程の一撃をかわして身を隠した少女を探す。
きっと彼女も警戒しているはず。
次の銃弾を怖れて、うかつには動けないだろう。
つまり、先程の位置からそう遠くへは……

そう考えた矢先だった。

「危なかったのだわ。
 私に気付かれずにここまで近づいたのは、貴方が初めてよ」

背後から、少女の声が聞こえてきた。

眉間に針を突きつけられたような緊張感が全身に走る。
ライフルを地面に叩きつけるように捨てる。
そのままの動きで、懐に仕込んだ手榴弾のピンを抜く。
振り向きざまに後ろに投げ、そのまま距離をとる。

私が手近な木の陰に隠れた瞬間、爆風があたりをなぎ払った。
 
この程度で倒せるとは思っては居ない。
私は爆発が収まるのと同時に拳銃を抜き、少女が居るであろう方向へと撃ちまくる。
弾丸を撃ち尽くした銃は、そのまま捨てる。
リロードしている暇すら惜しい。
足音を殺して、別の木陰まで移動する。
その最中に、次の銃を取り出す。

巨大な木に背中を預けながら、全身全霊で相手の気配を探る。
普通の相手なら、今ので確実に仕留めているだろう。
でも、とてもじゃあないけれど『普通』だとは思えない。
周囲には砕けた木片やくすぶった炭が散っている。
生きているなら必ず、必ず、何かしらの音を発するはず。

耳を澄ませると、自分の呼吸が、鼓動が、やけに大きく聞こえる。

不意にガサッ、と音が聞こえた。
頭上。

「チッ!いつの間に!」
最も、相手は音も無く私の背後に一瞬で来たような少女だ。
これ位の芸当なら、軽くしてのけるだろう。

私は頭上の大きく広がった枝葉へと銃口をむける。
だが。

「おしいわね。
 木の上は『一手』前よ」

憎ったらしい位に余裕のある声が、背後から聞こえてきた。
同時に、背中に鈍い衝撃が走る。

「……! あ……かは……っ……」

声が出ない。
そのまま、私は地面に倒れる。
体が動かない。

そんな私に追い討ちをかけるでもなく、彼女は……
倒れたままの私に、こう告げた。

「貴方には悪いけれど、私には待っていてくれている人が大勢居るの。
 こんな所で倒れるわけにはいかないのだわ。
 ……だから、貴方は暫く眠っていて頂戴」

その声が終わると同時に、私の意識はプッツリと途切れた。



………

……

… 



目が覚めると、そこは私が最後に覚えている場所……彼女と戦った森の中だった。

いたる所が焼け焦げ、木々には銃創が刻まれている。
それは、全て記憶の通りだったが……
私の倒れていた場所の近くには、見慣れない小さなイヌのヌイグルミが置かれていた。

「……ふん。
 同情のつもり?冗談じゃないわ」

小さく毒づき、私はヌイグルミには手も触れずにその場を後にした。




そして、それからさらに数日が過ぎる。 




私は……再び、めぐの居る病院へと来ていた。

彼女の願いを果たせなかった、一体どうして彼女に再び会えるだろう。
頭の中では、そんな……迷いに近い感情が渦巻いている。

それでも、それなのに、気が付けば私は、めぐに会いに来ていた。

私は病室の扉の前で、立ち止まる。
深呼吸を一度。
それから、私は病室の扉を開いた。

「全く、相変わらず辛気臭い顔してるわねぇ」
開口一番、めぐにそう告げる。

「そうかしら?……そうかもしれないわね」
めぐは微笑みながらそう言うが……その笑顔はどうみても、無理して作ったようにしか見えなかった。

私は、そんなめぐの顔を見るのが辛くて……窓の外へと、視線を向けた。
めぐも、私と同じように窓の外へと視線を向ける。

二人で無機質な病院の窓から見た景色。
町はイルミネーションに彩られ、華やかなクリスマスのムードが広がっていた。

「……クリスマス、中止にならなかったわね」
めぐが言った。
「……今年も開催されちゃったわねぇ」
私が答える。

まるで世間の幸せから隔離されたかのような病室の窓から、外を眺める。
色とりどりに煌く町の空を、あの時に森で闘った少女が、トナカイに引かれたソリで駆けているのが見えた。

「……あのサンタ、やけに強かったわねぇ」
一人、呟く。

「え?水銀燈、何か言った?」
めぐが振り返り、そう尋ねてきた。

「……別に」
思わず声が漏れていた事を悔やみながら、小さな声で答える。

確かに、今回は後れを取った。
今年はクリスマスを中止に出来なかった。
でも……

来年こそは、必ず。
必ず、めぐの為にも……彼女が心から安心できるように、サンタを倒し、クリスマスを中止にしてやろう。

私はそう心に決めながら、トナカイを連れて飛ぶ赤い服の少女を見つめていた。 



 
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