※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。

1945年8月3日、アメリカ本土のとある修道院系療養施設。
日系2世のメグ・ダイアンは、その一室のベッドに身を起こし、窓の外を眺めていた。
山の上にあるこの部屋から見える景色は絶景であり、抜けるような蒼い空が今日もメグの
眼を楽しませていた。
メ「Dream makes wind… It leads bright…」
かすれたような声で唄を歌っているメグを、「お邪魔だったかしら…」と遮った人がいた。
個室のドアを静かに開けて入ってきたのは金髪の看護婦。
メ「そんな事無いわ、どうしたの?真紅さん」
笑顔で返したメグだったが、真紅の表情は堅かった。
真「…この電報を読んで頂戴」
真紅はゆっくりと二つ折りにされた紙切れを差し出した。
それを開いて読み始めるメグ。
…読み終えた彼女は、その電報を手からこぼし、再び窓の外へと目をやった。

合衆国海軍の勇敢なるパイロットであった水銀燈少尉は、去る7月31日、日本軍と交戦、
戦死されました。我が合衆国は、勇敢であり、敬虔なキリスト教徒であった彼女を忘れません。
               
真「…こんな、こんな事って…」
真紅はこらえ切れずに涙を零し、床に膝をついた。
メ「先に逝っちゃったのね…天使さん…」
メグは窓の外に顔を向けたまま、淡々と言った。
真紅は、そのあっさりとしたメグの様子をいぶかしんだ。
二人は親友だったはずだ。メグは悲しまないのか・・・
メ「真紅さんも水銀燈と親しかったものね、彼女よくここに来てくれてたし」
真「メグ、貴女…悲しくは無いの?」
メ「…真紅さん、私のことなら心配ないわ。水銀燈、私のために治療費を送金してくれていた
  けど…お金がなくなったらここから出してくれても構わない。どうせ私は」
真「そうじゃなくて!!」
真紅は半ば怒っていた。なぜメグは親友の死に動揺一つしないのか。
真「貴女の思いが聞きたいの。貴女にとって、水銀燈は何だったの…?」
泣くのも忘れ、窓の外を向いたままのメグに真紅は問いかけた。
メ「…彼女は私自身だったわ」
真「…えっ?」
メ「私は病弱。長くは無い。だけど彼女は、水銀燈はそんな私の前に現れた。
  彼女は…私の『鏡』だったのよ」
真「…」
水銀燈が初めてメグとあった時にされた話を、真紅もメグから聞いていた。
何だか良く分からなかったが、今なら分かるかも知れない…とふと思った。
メ「彼女…元気で、健康そのものだったでしょう?背中に翼があるみたいに…。
  まるで天使よ。私にとっては二重の意味でね。  
  彼女が私のところに来てはしゃいでるだけで、私ったら、まるで自分も元気になった
  ように感じることが出来たの。だから私…今まで生きてこれたの」
そこまで言い、メグは真紅に顔を向けた。
…メグは、溢れ出る涙を拭おうともせず、真紅を見つめていた。
メ「…悲しくないわけないじゃない。だって彼女、私の親友だもの。最初で最後の…ね」
真「…ごめんなさい。私ったら…」
メ「良いのよ…。真紅さんは悪くないわ」
真「…貴女に伝えておかなくちゃならないわ。水銀燈は…自分が戦死した時のために、遺族年金の
  一部を貴女のために遺す手続きをしていたの。それを…覚えておいて頂戴ね」
真紅は涙を拭いて病室を後にした。背後で、メグが初めて嗚咽を上げたのが聞こえた。


同じ日、鵜来基地。
燃え尽きた戦闘機の残骸や穴だらけにされた戦闘指揮所や兵舎の片付けを大体終わらせた
一同は、空っぽになった掩体壕を住空間にし、話し合いをしていた。
ジ「堕天使はまだ目を覚まさないか?」
雪「はい。今は妹が付き添っていますが…まだ意識が戻らないみたいです」
堕天使は、破壊を免れた半地下の無線室に畳と布団を敷いた所に寝かされていた。
ジ「そうか…傷の様子は?」
雪「弾はかすっただけのようです。破傷風みたいな事にならなければいいんですが…」
ジ「そうだな…」
蒼星石は気になることを聞いた。
蒼「司令…堕天使は今後どうなるんですか?」
ジ「まぁ、とりあえず回復すれば本土の憲兵隊に引渡すつもりだ。本土の方が良い治療を  
  受けられるしな」
白「司令…それは考え物です」
ジ「何故だ?」
白「本土の憲兵が捕虜に対してどのような取り扱いを行うかが自分にはかなり疑問です。
  特に捕虜が女だとしたら…」
槐「司令が彼女の保護を優先されるお考えなら、彼女は出来る限りここに置いておくのが
  一番でしょう。…終戦まで」
槐の最後の言葉に驚くものは居なかった。日本の敗北は間違いないと誰もが口には出さずとも
思っていた。…大本営が本土決戦を諦めた場合の話であるが。
雪「幸い、医療品は揃っていますし…」
ジ「…そうか。だが方面軍には、我々が先日の戦闘で捕虜を得たことは伝えてあるんだろう?」
白「ええ、『捕虜ハ重症ナリ』と打電しました。あとで『捕虜ハ死亡セリ』と打電しましょうか」
ジ「…抜かりないな。では皆頼む」
ちなみに、大戦末期に不時着したとあるB-29の乗組員が九州帝國大学で人体実験の犠牲になった事が
明らかになったのは戦後のことである。
ジ「…それと、我が隊の戦闘機は二機が稼動不能となった。よって、明日は広島に出向いて新しい
  機を受領しに行こうと思うんだが…」
梅「分かりました。自分と笹塚が行きます」
ジ「そうだな。蒼星石は捕虜の世話役だからな…。それで、受領手続があるから無論僕も同行せねば
  ならないんだが…」
桜田はここで言葉を切り、なぜか赤くなった。
言葉を続ける代わりに、桜田は胸ポケットから一葉の写真を取り出した。そこには袴姿の女性が写っていた。
笹「あれ?司令、その女性は?」
梅「あっこら笹塚!野暮な事を…」
写真から目を離して振り返った桜田は照れ隠しに笑った。
ジ「これはね…僕の幼馴染で許婚の…柏葉巴だ」
槐「はぁ…司令は婚約されていたんですか」
白「清楚な娘さんですね…」
蒼星石、薔薇水晶、雪華綺晶も写真を覗いて嘆息した。短髪で袴を着、日本刀を持つ巴は凛々しかった。
ジ「彼女は剣道の段持ちだ。今は広島の国民学校で教師をしているよ」
笹「…と言う事は司令、戦闘機受領の折に巴さんとお会いできるじゃないですか?」
笹塚がわずかににんまりとして言った。
ジ「ま、まあ…」
慌ててどもる桜田。それに構わず悪乗りする雪華綺晶。
雪「なるほど。それで巴さんの写真をこうして皆にお見せした訳ですね。広島出発の前日に」
薔「心憎い…」
梅「良いじゃないですか。自分と笹塚はそのまま受領した機でここに帰りますが、司令は
  どの道行きも帰りも陸路と海路を使われるのですから巴さんとゆっくりなさっては」
梅岡までも桜田の敵(?)に回ってしまった。
しばらく赤くなって黙り込んでいた桜田だったが…
ジ「それで…良いか?」
梅「自分らは大丈夫です」
槐「はい。養生なさってきて下さい」
雪「ほら司令、皆さんもこう仰っているのですから、存分に好意にお甘えになったらよろしいのではなくて?」
ジ「…分かった。僕は一日遅く帰るが良いな?」
「「「「「はっ!!」」」」」

翌日8月4日、桜田、梅岡、笹塚ら三人は、柴崎老人の漕ぐ伝馬船に乗って鵜来島を離れ、高知に渡って汽車に乗った。
汽車は、グラマンの機銃掃射を避けるために頻繁に緊急停止を繰り返し、三人が香川の高松港に着いたのは5日の朝で
あった。そこから連絡船に乗り換え、数時間して彼らは昼過ぎに広島県呉の港に到着した。
三人は港に降り立ち、そのまま海軍の迎えの自動車に乗り、港から少し離れた郊外の試験飛行場へ向かった。
そして二機の新型機を受領手続を完了し、二名の搭乗員と桜田はそこで別れた。
桜田は近くの駅から汽車に乗り、広島市街へと向かった。
…目的の駅に降り立つと、もんぺ姿の若い女性が桜田を迎えた。
ジ「…やあ。迎えに来てくれてありがとう」
巴「お勤めご苦労様です…電報を貰った時はびっくりしたわ」
ジ「ああ、急な用事でこちらに来る事になってね…」
巴「軍服、良く似合っているわよ。桜田君。前に会ったのはいつだったかしらね」
ジ「無事でよかったよ。最近はどこも空襲が激しいからね…」
巴「広島はそんなに敵が来ないのよ。大丈夫よ」
その日は、二人は近くの旅館に泊まることになっていた。
風呂で汗を流して料理に舌鼓を打ち、二人は久々に落ち着いた時間を過ごした。
旅館の座敷の窓から夜の瀬戸内海を眺めながら、桜田と巴は話に花を咲かせた。
ジ「国民学校はどうなんだい?」
巴「今は授業なんてほとんど出来ないのよ」
ジ「そうか…」
巴「ねえ桜田君。小さいときの授業で、元寇を撃退したのは何だと習ったか覚えてる?」
ジ「もちろん。『大風』さ」
勉強の出来る子だった桜田は得意げに答えた。
巴「そうね…だけど今は違うのよ」
ジ「えっ?歴史研究で新たな発見があったのか?」
巴「違うわ。今の教科書には『神風』って書いてあるの。おかしな事よね…」
ジ「…」 
大正・昭和初期の教育と日中戦争以降の教育は大きく異なっていた。
巴「今は教師も子供たちも皆農作業に追われてるわ。高学年の男の子は軍事教練をしてるのよ」
ジ「国民学校でも軍事教練か…」
巴「配給の食べ物も少ないし…ねえ桜田君、本土決戦はいつ始まるの?」
ジ「…分からない。ただ、沖縄が敵に奪られた以上、そう遅くは無いと思う」
巴「そう…」
ジ「ごめん。僕達内地の部隊には中々情報が入らなくて…」
巴「桜田君を責めているわけじゃないわ。ただ…本土決戦になったら、子供たちも戦うことになるのかなって…」
ジ「…」
桜田は沖縄で学生からなる戦闘部隊「鉄血勤皇隊」が組織されたことを知っていたが、巴には言えなかった。
ジ「まぁ巴なら剣道の凄腕で、上陸してくる敵兵の10人や20人は簡単に倒せるかもな」 
代わりに桜田は冗談めかして言った。だが巴の答えは硬かった。
巴「…無理よ」
ジ「えっ…?」
巴「いくら日本刀でも…本当に人を斬ったらすぐにおかしくなるわ。斬れるのはせいぜい10人位よ」
ジ「でも…南京攻略の時、新聞に100人斬りってのがあったけど…」
巴「あれはどう見ても嘘よ。『鉄兜ごと唐竹割り』だなんて…どうせ戦意高揚で書かれたものでしょ」
ジ「そっか…」
二人ともしばし黙り込んだが、ややあって巴が口を開いた。
巴「ねえ桜田君…聞いても良い?」
ジ「何?」
巴「軍に入って…やりがいは感じてる?」
ジ「…ああ」
巴「本当?」
ジ「…僕は、人々の生活を守る仕事をしたかったんだ。特に貧しい人々の…ね」
巴「うん…」
桜田は関東の小作農の子として育ち、あまり豊かな暮らしは享受できなかった。
巴の生家である柏葉家は地元の富裕農であったが、巴と桜田は小さい頃から仲良くしていた。
ジ「要は消去法だよ。家が貧しい以上、勉強しても中学には上がれない。だから…役人や政治家には
  最初からなれないんだ。…なろうとも思わなかったけどね」

…桜田は眼を閉じ、幼い頃に思いを馳せた。

桜田と巴がまだ小さい頃、1925年に普通選挙法が施行され、25歳以上の男子には一律に選挙権が付与される
ようになった。
…だが、選ばれた政治家らは、国民を奈落の底に突き落とした。
1929年、アメリカのニューヨークに端を発する大恐慌が発生したが、当時の政府は、この非常事態にも関わらず、
金解禁を実行してしまうという愚挙に出てしまった。
…結果、日本経済は大打撃を受け、都会では東大卒業者すら職に就けず、農村では娘の身売りが相次いだ。

桜田が忘れられないのは、大好きだった姉が家族を養うために、幾らかの金と引き換えに、女衒に連れられて
田んぼのあぜ道をとぼとぼと歩いていく様子だった。

姉が身売りに出され、売春婦とされた貧しい家庭の兄弟達は、授業料が要らない陸軍士官学校や海軍兵学校に
入学し、涙を堪えて勉学に励んだ。のちに桜田が海軍兵学校に行ったのもこれが理由だった。
国民の政治に対する怒りは収まらなかった。
そのような状況下で起こったのが、1932年に海軍将校らが起こした515事件であった。
当時の桜田は父親から事件の説明を聞いて、暗殺された犬養毅首相が死に際に言った事に対し幼いながら怒りを覚えた。
…何が『話せば分かる』だ!一体何を言い訳するつもりだったんだ!お前らのせいで日本はこうなったのに!!
…お前ら政治家さえ無能でなければ、姉さんは娼婦にならずに済んだのに!!!
515事件首謀者の海軍将校らの、全国からの助命嘆願書は100万人分にのぼった。
この頃、信用できない政治家の代わりに、第一次大戦後に一度は国民から蔑まれていた軍が、再び信頼を集め
だしたのがこうした理由だった。
経済規模の割に植民地をほとんど持っていない日本は、欧米のブロック経済によって商品に関税をかけられ、
雇用も創出出来ず、完全に手詰まりになっていた。
そんな中、新たな市場を開拓しようと関東軍の石原莞爾少将が1931年に起こした満州事変により、日本経済は徐々に
回復の兆しを見せ始めた。こうして日本は、世界各国の中で早期に世界恐慌から脱出し、その経済を立ち直らせていったのである。
そして、この満州という生命線をめぐって日本は、これを狙う中国大陸の軍閥や欧米との軋轢を深めていき…
後の日中戦争、大東亜戦争への道を進む事になるのであった。

巴「桜田君…泣いてるの?」
ジ「あっ…ごめん…」
姉のことを思い出していた桜田はまなじりを拭った。
巴「…私も覚えてるわ。あの時のこと…。結局、あれからお姉さんの消息は分からないのよね…」
ジ「…ああ。僕は…姉さんのような事が二度と起きないように軍でがむしゃらにやってきたんだ。僕達軍人が、
  日本国民を身体を張って守らなくちゃいけないって…」
巴「桜田君は頑張ったわ。この歳で海軍少佐、航空隊の司令なんですもの。お姉さんもきっと喜んでくださるわ…」
ジ「だけど…だけど、今はどうだ…軍が自ら招いた失策で、日本は滅亡しようとしている…。サイパンも…
  沖縄でも…軍は住民を守れなかった。あれだけ大言壮語してたのに….。
  そして今…敵は本土を焼き払い、日本を蹂躙しようとしている…!
  だのに僕達…軍は、人々を守る事すらままならない…守れない…情けない…!!」
巴「桜田君…」
ジ「今の軍は昔の政府と何ら変わりが無いんだ!…軍人である自分自身が嫌になってしまうよ…」
自棄になって口走る桜田。
巴は、そんな桜田の肩を抱いた。
ジ「巴…」
巴「自分をそんなに卑下しないで。少なくとも桜田君は、私達を守ろうと必死に頑張っているわ。
  あなた自身がそれを認められなくても…私は、あなたを認める。あなたが何と言おうとも」
ジ「ううっ…済まない…ありがとう」
巴「良いのよ…」
夜も更け、灯火管制用の布を被せられた電球を消した桜田は…巴の柔肌に甘えた。
愛する人を抱きながら、桜田は、その身体が細くなったことに気が付いていた。
この夜は2度空襲警報が発令されたが、2人は避難する時間も惜しんで一つになっていた。

翌朝早く、桜田は巴に見送られて汽車に乗った。巴も桜田も、互いの姿が見えなくなるまで手を振った。
この時、時刻は7時30分。
同じ頃、飛行場で一泊していた梅岡と笹塚は新型機を受領し、鵜来基地へ帰ろうと離陸準備に入っていた。

更に同じ頃、鵜来基地。
朝早くから無線に向かっていた白崎が、慌てて外に出て蒼星石を呼んだ。
白「蒼星石、いるか!?」
蒼「どうしました!?」
白「足摺岬の対空レーダーが3機のB-29を補足した!どうする、一機しか残っていないが…」
松山にいた343航空隊はこの時期には九州に移動してしまっていた。答えは決まりきっていた。
蒼「もちろん出撃します!薔薇水晶、雪華綺晶!」
蒼星石は、まだ意識の戻らない堕天使を看病していた2人の整備兵を呼んだ。
雪「ええ!ばらしーちゃん、エンジン始動して!」
薔「了解!」
2人は掩体壕へ駆けて行った。槐が続いて無線室から出てくる。
槐「敵編隊は四国上空を通過する見込みだ!高度は現在2000!」
白「頼むぞ蒼星石!」
鵜来基地に一機だけ残っていた紫電改は、夏の青空に上昇していった。

B-29「エノラ・ゲイ」
マリアナ諸島テニアン基地から飛び立ったこの爆撃機は、重大な任務を背負い、科学観測機と写真撮影機の
二機のB-29を従え、日本領空に侵入した。
出撃の時点で、「エノラ・ゲイ」の乗組員は、機長以外その任務の内容を知らされていなかった。
分かっていたのは、爆弾倉に特殊な爆弾が入っていること、そして尾部砲塔以外の対空機銃が全て外されて
いることだった。通常とは異なる緊張感を従え、「エノラ・ゲイ」は飛行を続けた。

桜田は汽車を降り、呉港の連絡船乗り場へと向かっていた。
梅岡と笹塚は、受領した新型機に乗り込み、最後のエンジン試験を行っていた。

高度3000で四国上空に入った蒼星石は、鵜来基地からの無線連絡で、B-29編隊が高度8000まで高度を上げた
ことを知り、自分も上昇を開始した。
そして、やっとのことで高度9000まで上がりきったところで…蒼星石は、後方下に、三機のB-29を発見した。

日本軍機が襲来してきたことを知った「エノラ・ゲイ」機内に緊張が走った。
尾部以外の機銃が外された「エノラ・ゲイ」は、この日本軍機に対抗する術がなかった。

蒼星石は、先頭を飛行するB-29を照準機に入れた。そのB-29には砲塔がなかった。
不審に思っていると、後ろのB-29二機が先頭機を守ろうと速度を上げているのが見えた。
蒼星石は一気に先頭機に接近し、照準機の中の巨大な爆撃機を銃撃した。
…ところが、高高度で酸素不足のために頭が回らなかったのか、目標が大きすぎるために照準が曖昧に
なってしまったのか、射弾は全て外れてしまった。
一航過目の攻撃に失敗した蒼星石は、旋回して次の攻撃を試みた…が、有効な射撃位置の占有に失敗した
彼女を尻目に、3機のB-29は、進路も変えず高速で過ぎ去った。
歯噛みした蒼星石はこれを追撃した。だが、もともと高高度用の戦闘機でない紫電改は、一気にB-29から
距離を離されていった。

迎撃機を引き離した「エノラ・ゲイ」は、高度を保ったまま、シコク上空からヒロシマを目視で確認した。
このとき午前8時。

時を同じくして、広島の中国(地方)軍管区司令部が、接近してくる3機のB-29を補足し、警戒警報の発令を
決定した。

柏葉巴は、勤務する国民学校の教員昇降口近くで、微かな爆音を聞いた。
登校してきている学童達も、何事かと空を見上げた。

海軍呉鎮守府の飛渡瀬砲台にあった155mm対空高射砲は射撃準備を開始した。
「対空戦闘用ー意!!」
「右35、仰角65っ!!」
「信管調定急げ!!」
「完了しましたっ!!装填終わり!」
「敵機群を有効射程内に捉えましたーっ!!」
「射撃開始しま―」
「まだだ!命令を待て!」
「!?」
その後、結局射撃命令は下りなかった。

司令部の電話交換台では、勤労動員の女学生が、メモを渡されて送信機を握った。
 『中国軍管区司令部発表。中国軍管区司令部発表。現在、広島市に警戒警報発―』
その言葉は、続くことなく途絶えた。

柏葉巴は、高い空の上の飛行機が何かを落としたのを見た。
3つの落下傘が、ふわりふわりと空中を降下していた。
「落下傘じゃ!」
「日本軍の攻撃が当たったんじゃ!」
周囲にいた学童達が、一斉に歓喜の声を上げた。
…だが、巴は、3つの落下傘が下げているのは米兵ではなく、ラジオゾンデか何かだと瞬時に気が付いた。
そして彼女は、続いてその飛行機が落下傘のついていない大きな物体を落としたのを、間違いなく見た。

     何かが、光った。 

空を見ていた巴の眼は一瞬にして焼かれ、光を失った。
彼女の身体はその後にやって来た灼熱の突風に弾き飛ばされ、校舎のコンクリートの壁に叩きつけられた。
そして身体も意識も摂氏1000度以上の熱に焼き尽くされ、柏葉巴は人としての形を失っていった。
「桜田…君…」

    巨大な爆炎が立ち昇った。

連絡船に乗りこもうとしていた桜田は、突風に突き飛ばされ、岸壁から海中に転落した。
彼は慌てて海面に浮き上がり、浮かんでいた制帽を掴み、立ち泳ぎのまま爆炎を見上げた。
…そして絶望した。
「巴…!!」

  一度収束した爆炎は、天に最も近いところから真っ赤な膨らみを帯びて再度上昇を開始した。

梅岡と笹塚は轟音に振り返り、思わず広島市街の異変を身を乗り出して見つめた。
笹「少尉…あれは…」
梅「分からん…何が起きたんだ…!?」

  爆炎はまるで一個の生き物のように、貪欲にその大きさを増し、巨大なキノコ雲となって空を這い上がった。

B-29「エノラ・ゲイ」以下3機の機内は歓声に沸き立った。
「やった!成功だぞ!」
「これで戦争は終わる!俺達の、合衆国の勝利だ!」
「ざまぁ見やがれジャップ!!!」
3機のB-29は、地獄から高速で離脱していった。

  キノコ雲は、その成長速度を緩やかにしつつ、その足元で燃え尽きた数多の生命をすすって膨張し、天へと投げつけた。

そして、B-29追撃でやっと広島を目視に入れた蒼星石は…
蒼「ぁ…ぁ…ぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」

|