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──始まりは、雷の鳴り響く夜だった。



 ローザリア暦384年─我々の感覚で言うと「中世」に良く似た時代─

 ローザリア国中心部、ローザリア治安維持騎士団本部の一室。明かりは点けられておらず、そこに佇む人々の顔は見えない。
 居るのは、貴族風の男と、騎士風の少女。男の傍には侍従と見られるもう一人の男が一冊の本と、ペンを片手に立っていた。どうやら、会話の記録を付けているらしい。
 男は窓際の机に膝をつき、両の手を顔の前で組んで、風格を感じさせる態度で少女を見つめている。
 その反対側─入り口付近で、少女は微動だにせず、顔を伏せ気味にただ壁に寄りかかっていた。その瞳は紺碧、その髪は黄金。どこかの国の要人だ、と言われてても疑えぬほどにその様子は凛々しく、美しい。
 しかし、彼女の身に付けている鎧は─機動性を重視しているらしくかなりの軽装であるとはいえ─どこか違和感を感じさせる。が、それもまた、彼女の美しさをやや倒錯的に引き立てていた。

「…で、状況は」

 少女の様は冷静そのもので、口調は非常に事務的なものだった。
 それに端を発し、相手の男も口を開く。

「反政府組織、我々はリーダーの名を取って『水銀党』と呼んでいるが… 彼らの本部と思われる建物が、約二時間前に爆音とともに半壊した」
「水銀党… 例の連続誘拐事件の犯人グループとして最も有力と目されていた、あの?」
「ああ、その通りだ。居場所を移し、今までの根城を破棄したのか、それとも内部で何かあったのか。恐らく後者だと思われるが…」
「それなら、一分隊で事足りるでしょう。いくら国中の反政府主義者達を一挙に統率していたカリスマとはいえ、その状況で大した抵抗ができるとは…」

 自分の出る幕ではないとでも言うかのように、苛立ち気味に言葉を発した少女だったが、男の反応は鈍い。彼女は訝しげに首を傾げるが、返ってきた言葉はどうやら彼女の予想とは違ったようだった。

「帰ってこないのだ」
「…なんですって?」

 男は言葉を続ける。その顔色を伺うことは部屋の薄暗さのせいで難しいが、やはり苦悶の表情を浮かべているようだ。

「向かわせた一隊と、彼らが帰還しないために増援として送ったもう一つの隊。それらが、一人たりとも、帰ってこないのだ」
「…受け取った資料によれば、そう大きな建物ではないわ。さらに、理由は不明とはいえ半壊状態…それで、このローザリア治安維持騎士団の誇る選りすぐりの精鋭達が、まるまる二ダースも帰還していない、と?」
「その通りだ。…まるで、魔物にでも…」

 その言葉を耳にした瞬間、少女は眉を顰め、やや鬱陶しそうに言い放つ。

「やめて頂戴。我々は国教会の騎士ではないのよ。宗教に口を出すつもりはないけれど、『不可思議な力』なんてものが…」
「…それ以上は、やめておけ」
「…ごめんなさい。口が過ぎたわ」
「…今の発言を記録から消しておいてくれ」
「はっ」

 男の言葉を受けて、傍らの侍従はペンを横に走らせる。信仰の自由がある程度認めれらているとはいえ、国教会への中傷とも取られかねない発言を記録することはあまりよろしいことではないらしかった。
 しばしの沈黙。一呼吸後に、少女は再び口を開く。

「…何にせよ、私が動く意味は? こういうのは対政治犯部の仕事じゃなくて?」
「誘拐された者の一人として、雛苺様があがっている」

 その名が男の口から発された刹那、図ったかのように稲妻が光り、しばしの間部屋を照らす。少女は顔をあげ、驚きの表情を浮かべた。

「…雛苺様、というとあの結菱侯爵の?」
「ああ。それに、その姪であり、養子でもあるめぐ様の義妹君だ」
「…『未来を観る国務長官』ね」
「…そこは否定せんのだな」
「…『不可思議な力』ではないもの。あれは確かな情報処理能力の賜物だわ。…つまり、その二人の面子のため、ということね」
「真偽ははっきりしておらんが、雛苺様が誘拐されているのは間違いない。なぜ彼らがその事実をひた隠しにするのは分からんが…」
「…まあいいわ。とにかく、場所は?」

 少女がそう言うと男は組んでいた両手を解いて、椅子に背を預けた。その顔には少し気の早い安堵の色が浮かんでいる。

「飲み込みが早くて助かるよ、エージェント・真紅。サウス・セフロニアへ向かい、詳細を彼に聞いてくれ」
「…彼?」
「情報捜査班、エージェント・ジュンだ」

──────────────────────────────

 数時間後、真紅はサウス・セフロニアへと到着。時間はすでに真夜中の十二時を回っていた。
 馬車をおり、人通りの消えた街中をさらに南へと。市街地から少々離れた場所に目的の建物はあった。幾ばくかの木々に囲まれた、打ち捨てられた異教の教会。相変わらずに鳴り続ける雷をバックに聳え立つその建物は、もうもうと煙を立ち上げながら不気味な存在感を放っていた。
 真紅がその建物へと近づくと、木陰から建物の方を伺っていた男性が彼女に気づき、振り向いた。眼鏡をかけた、少々童顔の─ややもすれば少年ともとれる顔をした─男。その姿は情報捜査官らしく、当然ではあるがラフな格好に用心程度の防具を身に付けているだけで、戦闘要員でないことは一目瞭然だった。
 彼は真紅の姿を見るなり静かに駆け寄ってきた。

「…貴方が、エージェント・ジュン?」
「…エージェント・真紅だな。予想より早い」

 真紅の堂に入った問いかけに、ジュンは小声で返答する。ここは敵地であり、彼は非戦闘要員。当然の反応だ。
 真紅も思い直し、小声で現況を尋ねることにした。

「状況は?」
「状況も何も、数時間前から膠着状態。ただ建物が黒煙をあげているだけだ。…当然、帰還者はなし」
「特に相手方の増援などがあったわけではないのね?」
「ああ。味方も敵も、一人として敷地内を出入りしてはいない」
「そう。それだけ分かれば十分だわ」

 そう言うと真紅は颯爽と、まるで旧知の友人の家へと出向くかのように堂々と、建物の方へ歩みを進めた。
 突然の真紅の行為に驚き、ジュンはおずおずと彼女に声をかける。

「お、おい…一人でいくなんて無茶だよ。応援を待った方がいい。来るんだろ?」


─Rozen Maiden in VIP─


「…応援?」


─『ローゼンメイデンが普通の女の子だったら』スレ─


 真紅はその言葉を受けて振り返る。その表情は先ほどまで以上に凛々しく、まったくの隙も見出すことが出来ない。それだけのことからでも、彼女が『強者』であることは十分に伺えた。
 そして彼女は強く、自信に満ちた口調で、言い放つ。


─"The Unknown"─


「私がその応援よ」


─第一話『全ての始まり』─


 彼女が脇に挿した小剣が、稲妻の光を受けて炎のように煌いた。

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