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三月の終わり。
三月の終わりといえばもう春だなぁと感じられるような陽気な日々。
だが、今日は違う。
今にも泣き出しそうなどんよりと曇った空。
当然太陽の光はほとんど届かず、辺りは薄暗い。
通りにも、人の姿はまったく見られない。
何か不気味なことが起こるのではないかと思えるような休日の午後2時。
 
周りの家と比べると一際大きな、赤い屋根の家。
しかし、こうも薄暗いと、鮮やかなはずの屋根も、まるで血のようにどす黒い色に見える。
その隣の、赤い屋根の家に比べるとずいぶん見劣りする少し小さな家。
薄暗いとはいえ、休日の昼間から家中の雨戸を閉め切ってある。
 
ああ、とうとう雨が降り始めた。
はじめはパラパラと降っていた雨も、あっという間に大雨へと変化していく。
通りには、雨が家屋の屋根に当たってはじける音が広がる。
その音が、不協和音となって聞く者に不快感を与える。
そんな中、雨戸を閉め切った家の中から。
 
キャアアァァァァァァァァァ!
 
耳をつんざくような悲鳴。声からして女だろうか。
彼女の身に、何が起こったのだろうか。
 
 
場所は、雨戸を閉め切った家の中へと移る。
家の中も、電気はついておらず、ほとんど真っ暗。
唯一感じられる光は、TVの画面。
カチャカチャと、時折ビデオデッキから機械音が漏れる。
そのTVの前に座る、二つの影。
一つは金髪のツインテールの少女の影。
もう一つは、眼鏡をかけた少年の影。
眼鏡をかけた少年が、口を開く。
「どうしたんだ真紅?いきなり悲鳴なんかあげちゃってさ。」
そう言って隣に座る少女へと顔を向ける。
ニヤリ、そんな表現が似合うような笑みを浮かべながら。
その横顔は、TVの画面からの光によって、不気味に影を作る。
「な、なんでもないのだわ!私が怖いはずがないじゃないの!ジュンこそさっきから震えてるんじゃなくて?」
真紅と呼ばれた少女が答える。
言葉では怖くないとは言っているが、声は震えている。
「ふーん。僕は別に怖いのかなんて聞いてないんだけどな。それに僕はこういうの平気だよ。」
ジュンと呼ばれた少年が答える。
こちらは言葉通り、声には震えもないし恐れも感じられない。
「な!貴方、主人を馬鹿にしてるの!?」
真紅が憤慨して言い返す。
「大体下僕がホラービデオを見たいなんて言うから、こうして付き合ってあげてるのよ!有り難く思いなさい!」
吐き出すように言い放つ。でもやっぱり声は震えている。
 
 
時は一時間ほどさかのぼる。
「ジュン、紅茶が飲みたいわ。淹れてきて頂戴。」
真紅の命令。
「あのなぁ…なんでいつもいつも僕が淹れなきゃならないんだ?自分で淹れればいいだろ?」
ジュンの反論。
だが、その小さな反抗も、すぐに主人の手によってうち破られる。
「何を言っているの。貴方は私の下僕でしょう?下僕は主人の言うことに従うものだわ。」
家が隣同士で、幼なじみ。それだけならばどんなにいい関係だろうか。と時々ジュンは感じる。
しかし、幼い頃の幼い故の過ち。
『ジュン、あなたはいまからわたしのしもべよ。しもべはいつもしゅじんのそばにいて、しゅじんをまもるのよ。いい?』
『うん、わかった。ぼくはしんくをまもればいいんだね。』
なんか下僕の定義が間違っているような気もするが、幼い頃にこんなやりとりをしてしまった。しかも親同伴で。
なぜか両親のサインと血判が押された誓約書のようなものも書かされた。
小さい子供の遊びにしてはずいぶんと仰々しいように感じるが、親たちもやたらノリがよく、快くサインしたらしい。
その誓約書がどこに行ったのかは知らないが。
三つ子の魂百までというように、小さい頃に覚えたことは成長しても忘れない。
ジュンもまた例に漏れず、なんだかんだ言いながらも真紅の言うことに従っている。だが…
「くっそー、真紅のやつ…いつも人のこと下僕下僕って…」
今日はなんとなく気にくわない。
ぶつくさ言いながらも、紅茶を淹れる。淹れながら、真紅に何か仕返しを考える。
(どうせ仕返しするなら、やっぱり真紅を怖がらせてやろう。その怖がる姿を見て笑ってやる。)
第三者から見れば悪趣味だが、当人のジュンにとっては大変気分のいいことである。
(何をして怖がらせようかな…?やっぱり猫か?いや、猫なんか連れてくるわけにいかないし…)
そこでジュンの目があるものに止まる。
ニヤリと笑みを浮かべ、紅茶とその「あるもの」を持って部屋へと戻る。
 
 
「遅いのだわ。紅茶を淹れるのに一体何分かかってるの?使えない下僕ね。」
部屋に戻って開口一番、真紅からのきつい一言。
普段のジュンならばまたここで反論するのだが、今回は反論しなかった。
ごめんごめん、と言いながら「あるもの」を取り出す。
「なあ真紅、ビデオ見ないか?せっかく来てくれたのに、退屈だろ?」
ジュンが取り出した「あるもの」とは、一本のビデオテープだった。
真紅がビデオを見ると聞いてまず想像するのは、くんくん探偵のビデオである。
ちょうど退屈だったし、退屈しのぎにビデオを見ると聞けば、食いついてこないはずがない。
「そうね、見るとするわ。準備して頂戴。」
そう言って真紅はTVの前の一番見やすい位置に座る。
すぐにビデオをビデオデッキに入れるかと思いきや、ジュンは雨戸を閉め始めた。
当然真紅は不審に思い、ジュンに尋ねる。
「あら、なぜ雨戸を閉めてしまうの?」
「だって、ホラービデオだから。どうせ見るのなら、とことん怖くしたいだろ?雨戸閉めて、電気も消すぞ。」
ジュンが答えると、真紅の顔面が蒼白になる。
どうやら、真紅にホラービデオを見せて怖がらせるらしい。
陳腐な手だが、恐がりの真紅にとってはこれほど絶大な手はないだろう。
「え…くんくん探偵のビデオじゃ…?」
「何言ってんだ、そんなこと一言も言ってないだろ。それとも、見るのが怖いか?」
戸惑う真紅に、あっさりと答えるジュン。そして安っぽい挑発。
「な、なにを言っているの!見せてもらうわ!」
ここで挑発に乗ってしまうのが真紅らしい。
内心ビクビクしながらも、自分の発言を後悔しながらも、気が強いせいであんな挑発にも乗ってしまう。
ジュンが雨戸を閉め終え、ビデオをビデオデッキに入れ、電気を消す。
再生ボタンを押す。
真紅は最初に座った「TVが一番見やすい位置」から、「TVからできるだけ離れた位置」へと、とうの昔に移動した。
画面の中には、何か不気味なものが蠢いている。
それが少し動いただけでも、真紅はビクッと震える。
どうやら仕返しはかなり効いているようだ。
 
 
ジュンはビデオの再生が始まってから、時折真紅の方を見てはニヤニヤしている。
真紅もその様子に気付いてはいたが、恐怖のあまりジュンを叱ることができなかった。
結局ビデオが終わるまで、ジュンは真紅に叱られずに、ビクビクする真紅の様子を楽しむことができた。 
「どうやら終わったようね。まったく、なんだって私がこんな物を見なければならないのかしら。」
エンディングのスタッフロールが流れ始めて、真紅がやっと文句を言う。
恐怖が去ったとあれば、また普段通りの調子に戻ってしまうだろう。
だがジュンはビデオを見ている間だけという短い時間では満足できなかった。
「ともかく、さっさと雨戸を開けて、紅茶を淹れてきなさい。」
今度はどうやって恐怖心を煽ってやろうか…と考えていると、またもや真紅の命令。
自分の下僕体質を呪いながらも、しぶしぶ雨戸を開ける。
開けてまず目に入ったのは、どしゃ降りの外。
「うわ、っとと。」
慌ててガラス戸を閉める。ビデオを見ている間に雨が降り始めていたのか。
「ふう。すごい雨だな…さっきまで降ってなかったのに。」
ジュンの言葉を聞いて、真紅も窓の外を見る。
「あら本当ね。…でもそんなことより、紅茶!」
くっそー、とぼやきながらも紅茶を淹れるためにジュンはキッチンへと向かう。
そこで悪戯心が芽生える。
「じゃあ紅茶淹れてくるけど、気をつけてな。」
「……??どういうこと?何に気をつけるというの?」
「いや、僕がいない間に何か出てこないかなぁと思ってさ。ほぉら、そこの机の下からとか…」
そう言って自分の机の下を指さす。
「ひっ!」
真紅が短い悲鳴を上げる。が、すぐに顔を赤らめ、
「な、何を言っているの。何も出るはずがないじゃないの、馬鹿馬鹿しい。さっさと淹れてきなさい。」
強がりを言って取り繕う。
そんな真紅の様子を見て、ジュンは再びニヤニヤする。
 
 
ジュンは紅茶を淹れるために一階のキッチンへと降りていった。
ジュンの部屋には、真紅が一人残されている。
あれだけ強がりを言っておいて、ここでビクビクしていては情けないとは思っているが、
真紅はかなりの怖がりである。当然、自分でも自覚している。
できることなら今すぐにでもキッチンへと降りていって、ジュンを手伝うとかなんとか言って助けを求めたいのだが、
プライドの高さのあまり、それができないでいる。
仕方なく本でも読んで気を紛らわそうとするが、静かすぎてかえって怖さが増長される。
どうしようかとオロオロしていると、
 
ガタン!!
 
「ひゃあ!」
悲鳴をあげ、部屋の端まで急いで後ずさる。
なんだかよく分からないが、物音。
部屋が静かだったせいで、ずいぶんと大きく聞こえる。
音はさっきジュンが指さしていた場所、ジュンの机の下から。
もはや真紅は半泣きだった。
ジュンが言っていた「何か」がいるわけないので、物音の原因を調べて安心したいという気持ちと、
原因を調べに行って万が一「何か」がいたらどうしようかという気持ちが合わさって、
神経がぼろぼろになってしまっているのだ。
ふと視線を横に向けると、ジュンのベッド。
昔から、布団の中は一応、安全といわれている。
真紅は恥も外聞もジュンのことも忘れ、布団に潜り込んだ。
 
一方、紅茶を淹れに行ったジュンは…
真紅の恐怖も知らず、鼻歌を歌いながら用意をしている。
カップを温め、ミルクを用意し、お茶菓子を準備し、お盆に載せる。
いつからか、桜田家のキッチンには常に、ティータイムが楽しめるようなアイテムが完備されている。
「それにしても、ホントにすごい雨だな…」
かろうじて見える窓の外を眺めながらつぶやく。
水煙で窓が曇って、外がほとんど見えなくなるくらいに降っている。
遠くでは雷も鳴っている。これだけ雨が降っているのだから当然か。
暦の上で三月の終わりは、「雷乃発声:雷乃チ声ヲ発ス(らいすなわちこえをはっす)」と言われ、
春の初雷が鳴り始める頃らしい。いや、詳しくは知らないし、正しいかどうかもよくわからない。
というかそんなことは結構どうでもいい。
トン、トン、とスリッパで音を立てながら、階段を上がっていく。
(あいつ、一人で残してきたけど大丈夫かな…?)
あいつというのは無論真紅のことである。
怖がらせて仕返しをしようと考えても、なんだかんだ言って心配してしまうのがジュンである。
本人はそのことに気づいてはいないが。
階段を上がりきり、自分の部屋のドアを開ける。
「……………………?」
真紅の姿が見えない。
自分の家に帰ったはずはない。ずっと一階のキッチンにいたのだから、帰ろうとすれば気配に気づくはずだ。
とすれば、まだこの部屋にいるはずだ。
お盆を部屋のテーブルにのせ、あたりを見回すと、膨らんでいるベッドの上の布団。
「…何してるんだ?真紅?」
膨らみがビクッと震える。
「…ジュン?ジュンなのね?」
「ああ、そうだよ。」
ふぅー、とため息をついて、真紅が布団の中から出てくる。
「紅茶を淹れてきたのね。いただくわ。」
平然としてテーブルにつく。
「何してたんだ?」
「あら、お茶菓子は三島屋の小倉シュークリームなの。ジュンにしてはなかなかいいセレクトね。」
「なんで布団の中にいたんだ?」
「ふむ、ミルクも紅茶も適温…淹れるのがうまくなったようね。」
「僕がいない間に何かあったのか?」
「ジュン、あなたはいただかないの?」
「怖かったのか?」
「………………」
真紅は頬を赤らめている。一方、ジュンはニヤニヤしている。
「…そこの机の下から、何か物音が聞こえたのよ。万が一危険なものがいるといけないから、下僕である貴方に
 調べさせようと思ったの。主人を守るのも下僕の役目でしょう?私は貴方が来るまで隠れていたの。」
なぜこうも素直じゃないんだろうかコイツは。と言いたくて仕方なかったが、言えばどうなるかは目に見えている。
いつものように、ツインテールでビンタだろう。
「やれやれ。調べればいいんだろ調べれば。」
机の下を覗き込む。
「う、うわぁぁぁぁぁぁぁ!なんだこいつは!?」
叫びながら飛び退く。真紅はベッドに飛び乗り再び布団の中に潜り込む。
「…なーんてね。何もいないよ。おおかた、本が倒れただけだろ。」
机の下に立ててあった本が一冊倒れている。それで音がしたのだろう。
「それにしても、何だよ、さっきの慌てぶりは。くくくく…」
「わ、笑わないでちょうだい!私としたことが、少し取り乱してしまっただけなのだわ!」
真紅が三度顔を赤くして反論する。
「はいはい。…僕も紅茶をいただくとするかな。」
テーブルの、真紅の隣に座る。
「飲んだら、あんまり遅くならない内に帰れよ。」
「……どうして?」
「いや、雨がずいぶん強く降ってるし…」
言いながらカップをテーブルに置く。真紅も。
「それにほら、雷も
 
ピカッ!ゴロゴロゴロゴロ…
 
ずいぶん近くに落ちたらしい。
一瞬、窓と反対側の壁に二人のシルエットが映る。
「キャアァァァァァァァ!」
ジュンの胸に真紅が抱きつく。
「…こんなに強く鳴ってるしさ。って真紅、胸が当たって…」
「怖いのだわ、怖いのだわ…ジュン…怖いのだわ…」
ダメだ。パニック状態になっている。
「真紅、大丈夫か?僕はここに
 
カッ!ガラガラガラ…プツン
 
もう一発来た。おまけにブレーカーが落ちたらしい。
家中の灯りが消える。
まだ昼間だが、こんな天気なのでほとんど真っ暗になってしまった。
暗闇の中、真紅はジュンから離れようとしない。
ジュンもそれが嫌なわけではないので、黙って真紅が落ち着くまで待つことにした。
 
 
「ふぅ…落ち着いたみたいだな。大丈夫か?」
一時間ほど経って、やっと真紅が落ち着いた。
この一時間、何度も雷が鳴り、その度に真紅は震えていた。
その様子を見ていて、ジュンは反省していた。悪ふざけが過ぎたな、と。
「ええ、もう大丈夫よ。」
真紅の顔を見ると、目が赤くなっている。
気づかなかったが、ずっとジュンの腕の中で泣いていたのだろう。
「雷も止まったようだし、私はもう帰るわね。」
真紅が窓の外を見ながら言う。
「そうか。暗くて危ないし、送っていくよ。」
いつもの真紅ならここで、主人を送っていくのは下僕の役目なのだわとかなんとか言っているところだが、
今日はそんな様子はない。雷でずいぶんおとなしくなったのだろう。
また、ジュンも真紅にそんなことを言われない限りは送って行くなどしないのだが、
怖がらせてしまった反省と、雷に震える真紅を見て、ほんの少し真紅のことを愛しく思ったのだろう。
なんだかんだ言ってもジュンは真紅の下僕なのである。
 
隣の、周りの家と比べると一際大きな、赤い屋根の家へと真紅を送っていく。
真紅の両親はいつも忙しく、大抵はこの大きな家で一人で過ごさなければならない。
「今日も…一人なのか?」
「…ええ。まぁ、もう慣れてしまったけれどね。」
真紅の家の門で、軽く会話を交わす。
「…そうか。もし何かあったら電話してこいよ?」
「ふふ。そうさせてもらうわ。」
別れを告げ、ジュンは隣の自分の家へ、真紅は目の前の大きな家に入っていく。
 
 
さてそれからまた数時間が経って…
部屋の時計が指す時間は、10時半。
雨もずいぶんと弱くなった。
明日も休みなのだが、ジュンはそろそろ寝ようかと考えていた。
風呂に入り、トン、トン、とスリッパで音を立てながら階段を上っていく。
その途中、プルルルルルルル…と電話が電子音を鳴らす。
「誰だ…?こんな時間に…」
文句を言いながら階段を引き返し、受話器を取る。
「はい、桜田ですけど。どなたですか?」
『…ジュン?私よ、真紅よ。』
「…真紅?どうした!?何かあったのか!?」
昼間自分が言った、何かあったら電話してこいというセリフを思い出す。
『そんなに慌てないで。別に何もないわよ。』
受話器の向こうには、ずいぶんと落ち着いた声。
「なんだよ…心配して損した。で、何か用か?」
まぁ電話してきたからには何か用事があるのだと思い、用を尋ねるが、
『え?…あ、いや…その…』
相手は妙にしどろもどろしている。
「どうしたんだよ…?用がないなら切るぞ?ちょうど寝ようとしてたんだし。」
『ま、待って!寝ようとしてたならちょうどいいわ。今夜は私の家に泊まりなさい。』
真紅の意味不明の提案に、思考が停止する。
「…………はぁ?」
『だ、だから、貴方に泊まりに来てほしいの!いいわね!?鍵は開けておくから、早く来なさいね!?
 ちゃんと枕も持ってくるのよ!それじゃ!プツン…ツー…ツー…ツー…』
「あ、おい真紅!おい!おい!」
延々と続く電子音に話しかけても無駄だと思い、ジュンも受話器を置く。
「…ったく…なんだってんだ…」
どうしようか?無視してさっさと寝るか?いや、でもなんか様子が変だったし…
そんなことを少し考えた後、結局真紅の家に向かうことにした。
 
戸締まりをして、言われたとおり枕を持って、道を歩く。といっても隣なので大した距離ではないが。
電話で言っていたとおり、真紅の家の玄関には鍵はかかっていなかった。
(もし僕が来なかったらどうするつもりだったんだよ…?)
呆れるジュン。
鍵が開いているとはいえ、勝手に中にはいるのはどうかと思うので、一応インターホンを鳴らす。
「ジュンね?入ってきなさい。あ、鍵もかけて頂戴。」
中から声が返ってきた。言われたとおり中に入り、鍵をかける。
入るとすぐに真紅の姿があった。もちろんパジャマ姿で。
「いらっしゃい。すぐにでも寝られるように準備はしてあるわ。」
そう言って真紅は自分の部屋に向かって歩き出す。
「あの…真紅さん、一つ聞いていいですか?一応僕たちは年頃の男女なんですが…」
真紅の後を歩きながら、質問を投げかける。丁寧語で。
真紅は振り向いて答える。
「あら、私は別にそんなこと気にしないわよ。それとも、貴方に私を襲う勇気があるの?」
ジュンは悔しくて仕方なかったが、そこで理性を失わないジュンはやっぱり下僕。
「じゃあ、もう一つ聞いていいか?なんで急に泊まれなんて言い出したんだ?」
返事はなし。ついでに真紅の部屋に到着。
中に入り、ジュンは再び呆れる。ジュンの分の布団がない。
真紅の体には合わない大きなベッドでは、真紅の物と思われる枕が、どう見ても左側に寄っていた。
「…僕の寝る場所は?」
「私の隣よ。枕を置くスペースを開けてあるでしょう。」
答えはわかっていたが、わずかな可能性にかけて尋ねてみた。が、即答。
「さて、寝ましょう。」
信頼されているのかバカにされているのか誘われているのかジュンはよくわからなかったが、
真紅を無視すると後が怖いので、眼鏡を外し、とりあえず真紅の隣に入った。
やれやれ、と小さくつぶやいて、真紅に背を向ける。
「そういえば」
背後から真紅の声。
「質問に答えてなかったわね。」
質問とは、さっき部屋に入る前にジュンがしたものだろう。
「…正直に言うわ。怖かったの。」
まぁ、答えはわかっていた。
「ごめんなさい。こんな風にムリヤリ連れてきたような形になってしまって。」
たしかに、ジュンの意思を無視したような招待の仕方だった。
「でも…こんなことを言うと少し照れるけれど…貴方と一緒にいると、安心できるの。
 だからジュン、その…これからも………」
ジュンは次の言葉を待ったが、しばらくしても続きが聞こえない。
照れくさくて言えないのかとも思ったが、それにしても様子がおかしい。
「真紅?」
真紅の方に向き直すと、そこにあるのはジュンの方を向いた真紅の寝顔。
まだまだ幼さの残るその顔には、とても幸せそうな表情が。
「やれやれ…変に期待した僕が馬鹿みたいじゃないか…。たしかに僕には、そんな勇気はないな。」
この幸せそうな寝顔を壊したくない。そう思って、ジュンも夢の世界へと沈んでいった…。
 
 
朝。
先に目覚めたのはジュンだった。
昨夜はただ向き合った状態で眠ったはずなのだが、朝になって見ると、真紅がジュンの体に抱きついている。
驚いて一瞬のうちに真紅から離れる。
「……ん………ジュン………」
だが真紅は起きない。そして寝言。
このまま寝顔を見ているのもいいと思ったが、そんなわけにもいかないので起こすことにする。
「おーい真紅?起きろよー?朝だぞー?」
真紅の肩を掴んで前後にユサユサと揺らす。真紅も一瞬で目覚めた。
「あ、あら?ジュン?どうして私の部屋に?」
どうやら寝ぼけているらしい。
「昨夜、泊まれって言ったのは真紅だろ。まだ寝ぼけてるのか?」
真紅はほんの少し黙ったが、すぐに思い出したようだ。
「まったく…いつもいつも人のこと下僕扱いしてるくせに、こんなときだけは頼ってくるんだよなぁ。」
「主人を守るのも下僕の役目よ。」
間髪入れず真紅のいつもの言い分。ジュンももう慣れてしまったが。
「…でも、無償で働かせるのも悪いわね。ジュン、ちょっとこっちを向きなさい。」
「ん?」
真紅の方を向いた瞬間、唇に触れるのは、真紅の唇。
2秒ほど経って、唇は離れる。
「なっ………」
ジュンは目を丸くする。一方、真紅は、
「し、下僕への労いなのだわ!(////)…受け取っておきなさい(////)」
顔を真っ赤にして言う。その様子を見てジュンはふぅ、と小さくため息をつき、
「これからも、その労いがあるだけで、ずっと真紅の下僕でいられるよ。ずっと一緒にいて、守り続けるよ。
 真紅のことも……寝顔も。」
真紅は寝顔の意味がわからず首を傾げているが、ジュンにとってはそんなことはどうでもいい。
 
         ~FIN~
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